エピローグ.ハズレの勇者
夕方。目的地までの道中。俺は魔族の軍勢から逃げ、黒鎧と戦い、休む間もなくフォルトを後にしたため、疲れが溜まっていた。フォルトから離れ緊張が途切れたことで軽い眠気に襲われ歩調が緩んでいた。
他の人たちの後ろ、列から少し離れたところを歩いている時だった。
「よう、ハズレの勇者よ」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと傍らに大荷物を浮かせた若々しい雰囲気の老婆がいた。
……誰だっけ。
「誰だっけ、と言いたげな顔をしておるのう。わしじゃ、シャンドじゃ。勇者の能力と魔力を伝えた者じゃ」
「あー……」
いたな、そういえば。ものすごく思わせぶりな感じで現れておきながら、数か月顔も見なかった人が。
「で、そのシャンドのババ様が俺に何の用で? 先に言っておきますが厄介ごとなら御免蒙りますよ」
「そう嫌そうな顔をするでない。最後にちょろっと話したかっただけじゃ」
だいたいそのちょっとの話が面倒事に繋がるから嫌なんだが。
ババ様の方も分かっているのか、ばつが悪そうに頭をかいた。
「まあ、勇者の話じゃからのう。おぬしが嫌がるのも理解はできる」
「じゃあわざわざしないでくださいよ」
「にべもないのう……」
ババ様はため息をつく。老い先短いババアの話くらい聞いてくれてもよかろうに、とぼやいている。
俺の隣を歩きながら少し考え、切り口を変えてきた。
「のう、お主ではなくミカミソウが召喚されていたらどうなっていたか、知りたくはないか?」
「生徒会長……ミカミさんが召喚されていたら? そんなの分かるんですか」
「分かるとも。わしは運命を見る力を持つのだぞ。……これ、そんな胡散臭いものを見るような目をするでない」
「いやだって、運命って。これを胡散臭がらずに何を胡散臭がるのかって話じゃないですか」
「……運命という言い方が悪いのかのう。では、周期ならどうじゃ。季節が巡るように世界には大きな流れがある。その一部を見ることができると言えばよいか?」
「それなら、まあ」
運命と言われたら怪しむが、ファンタジーな世界だし。ちょっとした未来視的な能力があると思っておけばいいだろう。
いや、ババ様は前に、俺ではなく御神叢が呼ばれるはずだと言っていた。
本来の歴史とかそんな感じで、特定の未来を見る能力と捉えた方がいいか。
「で? ミカミさんが召喚されていた未来がどうだと? 今とはだいぶ違うんですか。……違うんでしょうね」
「ああ、全く違う。ミカミソウが呼ばれておったならフォルトは陥落せず、魔王軍を押し返しておった」
興味が湧いた。眠気も覚めてきたので話を聞いてみる。
御神叢はすさまじい力で魔王軍を蹴散らす。
フォルトは陥落するどころかアストリアス劣勢の戦況を覆す基点となり、アストリアスは奪われた土地を奪い返していくはずだったとか。
「そりゃ悪かったですね。俺が召喚されたせいで状況が悪くなったみたいで」
苦い気分になる。
そんなことを言われたって俺にはどうしようもない。嫌味にしか聞こえない。文句を言いたかったら間違って召喚したお姫様に言って欲しい。
「そうでもないぞ?」
「……はい?」
が、ババ様は意外にも俺の言葉を否定して笑った。
「まだわしの話は終わっとらんよ。フォルトの話はミカミソウの圧勝で終わりじゃが、その先は違う。おぬしらを観てしばらくしてから、新しく未来が観えた。……ミカミソウを除いた勇者が死に、ミカミソウも死にかけておる未来じゃ」
「……坂上も、日野さんも、四ノ宮も、浅野もか?」
「ああ。そしてほとんどの人族も、おそらく魔族もな」
「魔族まで?」
この戦争は魔族と人族の間に発生したものと聞いている。
強大な力を持つ魔王が魔族と共に戦っているという話だ。
それなのに人族も魔族も共倒れ。
どういう結末だ。
「ミカミさんが加わったら人族と魔族の戦力が拮抗して戦争が泥沼化、両方滅ぶとかそんな具合ですか」
「それはわからん」
「……わからんって。運命とか周期が見えるんじゃないんですか」
「完全に任意というわけではない。ふとした拍子に遠い未来が鮮明に見えることがあれば、必死になっても明日が見えんこともある。……人々が死んでいく未来は見えたが、一部は塗りつぶされたように見えんのじゃ」
「塗りつぶされた、ねえ」
引っかかる。誰かが恣意的に見えなくしているような言い方だ。
「わしの目には遠すぎる光景なのか、わしでは見ることもかなわん存在が関わっておるのか、理由はわからぬ。
じゃが、おぬしが召喚されたことでこの未来が破棄されたことは確かじゃ」
「まあ、ミカミさんが召喚されてない時点であなたが見たものとは違うんでしょうね」
いない人は死なない。フォルトは陥落した。アストリアスは奪われた土地を取り戻すどころか使えない土地の面積が増えた。
ババ様が見た未来と現在が違っていることは間違いない。
「俺が召喚されたことで違った未来が見えたりしたんですか?」
「いや、変わらぬ。今もわしに見えるのはミカミソウが召喚されていた場合の世界だけじゃ」
「意味ないじゃないですか、それ。もしかすると死ぬのがミカミさんから俺に変わるだけかもしれない。ミカミさんがいなくなることでその未来が来るのが早まるかもしれない」
「かもしれぬのう。ともすればおぬしが世界を滅ぼす未来もありうるくらいじゃ」
可能性の話だがの、とババ様はけたけた笑う。
笑ってするような話なのか、これ。
呆れてババ様の方を見るとババ様は真剣な表情をしていた。雰囲気の変わりように一瞬気圧される。
「あるいは、おぬしの存在が世界を救う基点となるやもしれん」
目が合うとババ様はにやりと笑う。
「残念ながらそれはないと思いますよ。俺には反則じみた知恵も力もない」
「さあ、分からんぞ。わしらが気付けぬだけですさまじい力を秘めておるかもしれん。おぬしが影響を与える誰かが世界を救うかもしれん。もはや未来は白紙。わからんことばかりじゃ」
「……ずいぶん楽しそうですね」
「楽しいとも。この力のおかげで世界の流れが分かっておった。未知のことなどほとんどない生涯じゃったわ。
そこにおぬしが現れた。おぬしがおるだけでわしが見たものとは違う未来ができてゆく。これが楽しくないはずなかろうよ」
ババ様は俺から視線を切り、宙を浮く自分の荷物に飛び乗った。
「本来の運命から完全に逸れたわけではなかろうが、おぬしという不確定要素がある以上、滅びの未来は確定しない。おかげで希望が生まれたよ」
「仮に俺が不確定要素としても、海に投げた小石くらいのものですよ。それに、その未来視だって確実なものじゃないでしょう。俺が召喚されることも見通せなかったんだし」
「確かにの。まさかこの歳になって自分の力の不確かさを知るとは思わんかったよ」
くけけ、と笑ってババ様は改めてこちらを向いた。
「話したいことは話せた。わしはここらで失礼するよ。
わしにも見えん、おぬしがいる未来を楽しみにしておる」
「楽しみにされても困りますよ。俺はもとの世界に帰るんですから」
「帰れるかどうかも含めて楽しみじゃよ、わしは」
つぅっと浮かんだ荷物が俺の進行方向とは違った方向にかじを取る。
ババ様は最後に、愉快なことこの上ない様子で破顔し、言った。
「じゃあの、外れの勇者。もう会うことはないだろうが、おぬしの前途に幸あらんことを」
俺が何か返す前にババ様は俺の視界から消えていた。
最後に言われたハズレは、今まで言われたハズレと違って聞こえた。
これで「ハズレ勇者の奮闘記」は完結扱いになります。
ですが、お読みいただいた方はわかると思いますが、ちっとも完結していません。第一部完! みたいな状態です。
が、話の雰囲気が大きく変わると予想されるため、こちらは完結扱いにし、続きは別の話として投稿しようと考えています。
このあといくらか詳しい話を活動報告にあげようと思っているので、興味がおありでしたらそちらを読んでいただけると助かります。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/395782/blogkey/1323671/
↑先ほど活動報告しました。
最後になりましたが、ハズレ勇者の奮闘記を、このような形とはいえ最終話まで投稿できたのは読んでくださった方々のおかげです。
厳しい言葉も優しい言葉もたくさん頂戴し、「こなくそ!」と思ったり「みゃあああ!」と奇声をあげて喜んだりしました。
お言葉をいただけなかったらだらだら書いて、途中で飽きて、ここまでこぎつけることすらできなかったかもしれません。
遅くなりましたが、ここまで読んでくださった方に感謝を。