最終話.別れと旅立ち
時間ができたのでこんな時間に投稿をば。
「……先輩は、すごいですね」
「ん? なにが?」
お姫様のそばから離れる俺に気付いた坂上がついてきた。お姫様たちから十分に距離をとったところで坂上が口を開く。
「まるで、アルスティアの考えていることを完璧に理解してるみたいでした」
坂上は俺と目を合わせない。声も小さくて聞き取りづらい。
……まあ、あれだけやれば引かれるよな。殴るよりはるかに陰湿だし。
「確かに、心を読めるなら勇者級のチートだな」
あるいは悪魔じみたチートだ。勇者だったとしても絶対に王道の勇者じゃない。
「けど、違うよ。俺がお姫様の考えてることが分かったのは、単なる経験則だ」
「……経験、ですか?」
「そう。俺もお姫様みたいに特別な何かが欲しくて必死になってた時期があるんだよ。俺はそれを手に入れられなかった。だから負け犬の気持ちがよく分かる」
他人の気持ちを理解するには自分に照らし合わせて考えるしかない。
人がどんな時にどう感じるか、実際に経験していれば想像しやすい。
劣等感や嫉妬、羨望といった後ろ暗い感情ならおおよそ知っている。経験している。
特にお姫様の特別に対するコンプレックスは俺にも覚えがあるものだった。物事の考え方もある程度近かった。
ならばお姫様の考えは、自分だったらどうかと想像すればある程度予想できる。
「……そう、ですか」
坂上は俺の返事を聞いてうつむいた。
俺の後ろに付いてきているが、ずいぶん距離が開いている。足取りは重く表情も明るいとは言い難い。
怖がられたか、嫌われたか。内心溜め息をつく。
……しょうがないか。
「坂上、もう一回聞くけどさ、俺と一緒に来るか?」
「っ!」
残念ではあるがこちらから水を向ける。
坂上は弾けたように顔を上げる。
戸惑ったような、慌てたような。
目じりの下がった情けない顔をしていた。
それを見て俺の認識は概ね正しいと理解した。
表情に嫌悪はない。
だが、迷いがあった。葛藤があった。わずかに怯えがあった。
そういったなじみ深い感情くらい、チートが無くても読み取れる。
今の状態の坂上を無視して何食わぬ顔で旅に連れて行くのはよくない。坂上は感じている何かを隠して笑ってくれるかもしれないが、その裏に暗い感情を抱えていくことになる。
それなら、いっそ。
「無理する必要はないよ。坂上は坂上のしたいようにすればいい」
「無理なんて……!」
「してるだろ。仮に今はしていなくても、俺についてきたら無理することになる。坂上はそう思ってる。違うか」
「それ、は」
「ならいいよ。我慢して付いてこられても困るからさ」
こちらから切り離してやった方がいい。一度は来ると言った手前、坂上からは断りづらいだろうから俺が拒否する。
言うと坂上はぐっと押し黙る。目じりがほんのり湿っていた。
もう少し優しく言うべきだったか。でもあれ以上優しくすると坂上に断らせることになりそうだったし。
ここは早いところそっぽを向いて去るべきだ。黙っていれば坂上に何か言うよう促すかたちになってしまう。
じゃあな、とか言って去ろうとした時。
坂上が口を開いた。
「……わたしは、アルスティアのことが気になります。怪我人の手当もありますし、先輩とは、行きません」
つっかえつっかえで整理された言葉とは思えないが坂上は自分から断りを入れた。
俺はまだこの後輩を甘く見ていたらしい。断りづらいだろうなんて決めつけて、自分が泥をかぶろうなんて考えは上から目線で傲慢だった。
「……そっか」
「でもそれは、先輩と行くのが嫌だったとか、我慢するとか、そういうことじゃありません。わたしの整理がついてないから、一緒にいけないだけです」
最後ははっきりと断言された。
先ほど言っていたお姫様のことが気になるというのは、嘘でなくても本音の全部ではないのだろう。
坂上は前に話した時にも自分が回復魔法を使って人を助ける理由を伏せていた。
尋ねると、ほんのわずかに危うさを感じる笑みで拒絶された。
今もそれと似たものを感じる。きっと聞いても答えてもらえない。
「悪いな」
坂上に気を遣って断らせてしまったことも。
踏み込まれたくない部分に触れようとしてしまったことも。
「いえ、こちらこそごめんなさい」
そう坂上は頭を下げた。
謝ることなんてないのに。坂上に来てほしいというのは俺のワガママだったんだから。
「坂上」
「はい……え?」
俺は魔法の袋からもうひとつの魔法の袋を取り出し、坂上にゆるく投げて渡す。
不思議そうにしながらも坂上は両手で受けとった。
「さっき浅野に渡したのと概ね同じものが入ってる。袋そのものも希少らしいから、いざとなったら売るといい」
坂上を誘おうとは思っていたが、城で火事場泥棒している最中は来てくれるとは思っていなかった。だからあらかじめ荷物を分けてある。
ちなみに浅野に渡したものより貨幣や貴金属を多めに入れてある。魔法の袋があるからかさばらないし、金はあっても困らないはずだ。食糧はそんなに入れてない。あり過ぎても腐るし。
先輩としてこれくらいの世話は焼かせてほしい。
「いろいろあると思うけど、気を付けろよ」
何にとは言わない。強いて言うとしたら何もかもに。
お姫様が王都に戻るなら貴族連中と接することもあるだろう。その時に騙されたり利用されたりしないように。
そうでなくても魔物や魔族、人間がいる世界。いつ何に襲われてもおかしくない。
何かあれば力になりたいと思うが、その時に俺の手が届く場所にいてくれるとも限らない。
「先輩こそまた死んだりしたらダメですから」
「ああ、注意する」
俺には前科があるし、坂上がいなければ蘇生はできない。
坂上の力になりたいと思っても、力になれるタイミングで俺が死んでいたのでは冗談にしかならない。
そんな体を張った冗談をかますつもりはない。
坂上のことをおいても俺は死にたくない。今後はよりいっそう注意せねば。
「それじゃあ、またな」
「はい、そのうち、また」
踵を返す。
あまり話していると名残惜しくなる。
坂上に背を向けて歩きながら、ひらひら手を振った。
―――
坂上と別れ、チファたちがいる方へ向かう前に近くの木の陰に隠れた。
お姫様たちの方へ注目が集まっているから平気だと思うが、俺がしたことを考えると仲良くした相手にも悪評が付くおそれがある。
誰もこちらを見ていないことを確認し、木に隠れながらこっそり近付いた。
「よう、具合はどうだ」
「わっ!? び、びっくりした」
声をかけると一番手近にいたウェズリーが小さく跳ねた。
その反応でそばにいたチファ、シュラット、マールさん、なぜかダイム先生、どういうわけか師匠、レナードさんと見覚えのない女性と女の子がこちらを向いた。
「タカヒサさん、えっと、お疲れ様でいいのかな?」
「んー……そうですね、おおむねフォルトでやることは済ませました」
微妙な顔をしていたマールさんに答える。直前までしていたことがしていたことなので、こちらとしてもあまり爽やかには応対できない。
チファはよく分かってなさそうに俺とマールさんのやり取りを見ていた。ウェズリーやシュラットにさっきまで付いてなかった包帯が巻かれたりしていたので、俺とお姫様のやり取りは見ずに手当をしていたのかもしれない。
一方、ウェズリーとシュラット、レナードさん、ダイム先生、師匠の表情は冴えない。
理由は想像が付くが切り出しづらい。
とはいえなあなあで済ますつもりはない。よし、と内心意気込む。
「……タカヒサ、ゴルドルはどうしたか知ってる?」
先に師匠が口を開いた。
話題も予想していた通り。ゴルドルさんの安否だった。
この五人は俺が知る中でもゴルドルさんと交流が深かった。あれだけ目立つ容姿をした人が見当たらなければ気にもなる。
……それだけにどういうことになっているか覚悟しているようだが。
「結界を起動した後に戦場を見て回りましたが、見つけられませんでした」
直截に、はっきりと告げる。
師匠は目を伏せ、淡々と頷いた。
「そう」
「み、見つけられなかっただけなんだよなー? どこかで凍ってるってことは……」
「絶対にない、とは言えないけどたぶんない。これは見つけた」
「これは……」
魔法の袋から折れた大剣を取り出すとウェズリーもレナードさんも痛ましげに目を伏せた。
ゴルドルさんが使っていた大剣だ。新調したのは最近だったが、訓練でも使っていた。
今ではべったり血がこびりつき、ぼっきりと折れている。
これを見れば嫌でも見当はつく。
「……あの、バカ」
師匠は折れた大剣の柄に触れ、小さくなじった。
誰も、何も答えない。答える人がいない。
「ムラヤマ君、最後に見た彼の姿はどのようなものでしたか」
「……俺が白骨魔族に絡まれてる時に来て、逃げろと」
「そうですか。ゴルドルらしい」
端的に告げるとダイム先生はため息をついた。
それきり無言。助けられたかもしれないのに逃げた俺を責める声すらない。
しばらくすると師匠がこちらを向いた。
「タカヒサ、ひとつ聞いてもいい」
「……なんでしょう」
「あんたの勘は何て言ってる? ゴルドルは死んだと思う?」
「……亡くなったと考えるしかないでしょう。遺体は見つかりませんでしたが、人を食うような連中もいましたし」
「考えを聞いてるんじゃないわ。どう感じているの」
理屈ではなく、勘と感情がどう言っているか。
考える必要のない答えは口から滑り出した。
「探しても見つからない、ここにはいないと感じました」
「そう」
師匠はふっと笑った。
あのバカ、ともう一度言った。
「じゃあ、死んだとも限らないわね」
「いえ、でも……」
「生きてる証拠はなくても死んだ証拠もないわ。どこかで生きてると考えた方が希望があるじゃない」
意外だった。他の人もぽかんと口を開いている。
師匠は死が身近な環境で生きてきたと思っていた。それなのに割り切らず生きている可能性を優先するとは思っていなかった。
「安心なさい。ゴルドルを探しに行こうなんて考えてないから。探しても見つからないんでしょ?」
「まあ、勘ですが」
「あんたの勘なら当てになるわ。それに、探さなくても縁があればまた会えるもの」
師匠はあっさりと言い切った。
淡白な口調だが、それだけではない。確信を感じさせる口調。生きていることも縁があることもまるで疑っていないような。
さっぱりした言いように全員が毒気を抜かれる。不思議と俺までゴルドルさんが無事な気がしてきた。
「え、どうしたのよ。みんなしてぽかんとして」
「……や、ずいぶんはっきり言うんだな、と」
「だってゴルドルはあたしと戦えるのよ? もともとしぶといやつだし、そうそう死んだりしないわ」
「それもですけど、縁があることも確信してるんだなーと」
「き、気にしなくていいわ」
「気になりますけど」
「黙れ」
「はい」
ひやっとする殺気を向けられ黙る。せっかく生き延びたのに師匠に殺されるとか勘弁だ。
ウェズリーたちがぷっと吹き出した。
―――
「そういえばタカヒサ、あんたはこれから旅に出るのよね?」
「はい、そのつもりです。チファたちはどうするのか気になって聞きに来たんですけど」
ここに残るというなら挨拶くらいしておきたい。住んでた村に帰るというなら道中の護衛を務めたいところ。
「わたしたちは村に帰ろうって話していたところです」
「フォルトの軍もしっちゃかめっちゃかになっちまったからなー」
「ダイム先生に聞いたけど、この結界は何十年も消えないんだよね? 今なら狩人や討伐者としてやっていけそうだから、これからどうするか家族とも相談したいんだ」
「村のことも心配だしなー。残ってれば誰か送ってくれるかもしんねーけど、なるべく早く帰りてーんだ。残ってたら送る側に使われるかもしんねーし」
ウェズリーとシュラットは訓練始めたての頃とは比べ物にならないほど強くなっている。ベテラン兵士とまではいかないが、一人でも中堅上位の兵士くらいの実力がある。兵士以外でもやっていけそうなのだろう。
兵士として手続きをせず帰っていいものかと思ったが、この状況だ。誰が生きていて誰が死んだかなんて把握しきれてるはずがない。おいおい誤魔化せばたぶん大丈夫だろう。
「……悪いな。結界を張るのが遅れたから、もしかすると魔族がフォルトより西側に入り込んだかもしれない」
「ヒサが謝ることじゃないよ。フォルトを守れなかったのは僕たち兵士全員のせいだ」
「そうだぜー。むしろヒサがいなかったらもっと悪いことになってたかもしんねーんだから」
三人がフォルトの近くにあるという村のことを心配していたので正直に告げると、あっけらかんと返された。
魔族が入り込んでいないことと村が無事であることを祈ろう。
「……あ、そういえば。ねえタカヒサ、あんたが旅に出るのは分かったけど、身分証はどうするの?」
「はい?」
「だから、身分証。ないと街に入れてもらえないと思うわよ」
「えっ」
なんかいきなりファンタジーに似つかわしくない話題に突入した気がする。
ファンタジーって言ったらふつうパスポートもなしに国家間を行き来できるものじゃないのか。
俺がうまくリアクションできないでいるとダイム先生が「あー」と眉間を抑えた。
「ムラヤマ君は送還魔法を発動させるための情報を求めて旅に出るのですよね。そうなると資料が集まる大きな街を目指すことになります。小さな村ならともかく、大きな街は身分証がなければ入るのは難しいでしょう」
「フォルトが陥落した今、警戒が強まって審査も厳重になると思うわよ」
「まさか勇者ムラヤマタカヒサとして身分証を作るわけにもいきませんからね」
「くそったれファンタジー! いらんところばっかり王道から逸れやがって!」
税関や関所があるまともな国家なら許可証や身分証なしに移動できるはずがない。
お姫様をめったくそにした上に勇者のしがらみもほっぽり出して旅に出るのだ。勇者としての身分証なんてないし、あったとしても使えない。まして勇者じゃない一個人としての身分証を持っているはずもない。……財布に入れてた学生証でなんとかならないかな。ならないな。
「冒険者ギルド的な……こう、戸籍がなくてもあっさり登録してくれて、そこでの身分証は超国家的な威力を持つような組織ってありません?」
「あるわけないでしょ」
「ですよね」
ファンタジーの鉄板、冒険者ギルドの万能身分証は存在しないらしい。
そんな国連級の組織があったら逆にびっくりだが。
「探索者組合ならあるけど誰の身分でも保証してくれるわけじゃないわ。登録にも国が発行する身分証が必要よ。あとは……裏道っぽくなるけど、相当な地位の人に保証人になってもらうか、三級以上の探索者からの推薦があればいけるかしら」
戸籍謄本的なアレがないと正規の登録は難しい、と。
「師匠、そこに所属してませんか? 実は三級以上の資格を持ってるとか……」
「あたしは一級討伐者だけど、あたし自身ユーリ商会に身分を保証してもらってる立場だから誰かの保証人にはなれないの。推薦もできないわ」
できるならしてやりたいけどね、と師匠は苦い顔をした。
そういえば師匠もアストリアス人じゃない。登録するために社会的な権威を持っている人に保証してもらっていると。
……ていうかユーリ商会って、ユーリって、異世界にインしてからちょっと聞いたことある名前なんですけど。
「ダイム先生の口利きでなんとかなりません?」
「私はあくまで魔法の研究者ですからそういった繋がりはありませんよ。古いつてで軍の上層部に話を通すことはできますが、それでは本末転倒でしょう?」
確実に国とか軍の人にマークされるパターンだ、それ。まきたい相手に個人情報を根こそぎ渡してどうする。
八方ふさがりだ。王道ファンタジーな世界観というなら王道にゆるくあってほしい。本当にいらないところばっかり王道から逸れやがって腹立たしいことこの上ない。
「それならおれが組合に紹介しようか?」
「へ?」
頭を抱えていると頬をかきながらレナードさんが話に入ってきた。
「おれは前に討伐者やってたんだよ。いちおう三級ではあるし、物入りな時には討伐者として活動も続けてる。おれから話を通せば登録できると思う」
救いの手は意外なところから差し伸べられた。
なんでも結婚を機に生活が安定する兵士に転職したが、今でも繋がりがあるらしい。
レナードさんの後ろにいるのは奥さんと娘さんとのことだ。
「……いいんですか?」
「構わんよ。お前さんにはいくらか借りがあるからな。このくらいならお安い御用だ。……あ、でも誰彼かまわずケンカ吹っかけるのはやめてくれよ? 貴族とケンカになってウチにまで飛び火すんのは困るぞ」
「それは大丈夫です。貴族とか関わる気が無いんで」
目の前で貴族が非道なことをしてそれに主人公が突っかかり対立、なんてよくある展開だがそんなことをするつもりはない。他人なんぞ我が身かわいさに見捨ててみせよう。
「なら、組合がある街までは一緒に行くことになるな。シュラットたちの村もそっち方面だろ?」
「おー、セントの街だなー? 村はその近くだぜー」
「セントには組合の支部があるからちょうどいいな。おれたちもひとまずセントを目指す。ムラヤマもそれでいいか?」
「うっす。よろしくお願いします」
目的地が決まったし直近の予定も立った。となれば手早くこの場を離れることだ。
幸い荷物は魔法の袋に全部入っている。あとは出発するだけだ。
「あたしはこれから行くところがあるし、ここでお別れね。縁があったらまた会いましょう」
「師匠もお元気で」
師匠が同行してくれれば頼もしいことこの上ないが、あまり甘えるわけにもいかない。移動のペースも違うだろうし、俺ではついていくことも難しいだろう。
「タカヒサさん、私も付いて行っていいかな? お祖父さまがいる街に帰ろうと思うんだけど、少し離れた街にしか直通の馬車がないの」
と、マールさん。断る理由も特にない。
「俺は構いませんよ。レナードさん、いいですよね?」
「ああ。娘がいるから素早く移動とはいかんが、それでいいなら」
「私もそれほど足は速くないですから。ご一緒させてもらいますね。……ところでタカヒサさん、他に声をかける人はいませんか?」
言ってマールさんは視線を遠くにやる。
そちらには偉そうな格好をした人と会話している日野さんがいた。何やら褒められたり、質問を受けているようだ。
マールさんは日野さんにも声をかけなくていいのか、と言っているのだろう。
「坂上にはフラれたし、もういませんよ」
あえて意図を外した回答をする。
日野さんは弟を、貴住を知っている。
このクソッタレな異世界で俺にとっていいことがあるとすれば、弟と比較されないことくらいだ。
別に今さら比べられて困ることはないが、気分がよくないのは確か。日野さんなら自力でどうとでもできるだろうし、声をかけるつもりはない。帰る目途がついたら探して連絡くらいするが。
「……そう。ではダイムさんはどうするんですか?」
「私は間近に迫った騎士団と共に王都に戻ります。結界について説明する者が必要ですから。ムラヤマ君を送還する方法も研究したいところです」
マールさんの問いかけにダイム先生は即答した。ここでお別れらしい。
わざわざ帰る方法を探してくれるとのこと。あまり口出しして迷惑をかけるべきではない。
「助かります。ダイム先生にもいつかお礼を」
「いりませんよ。勇者召喚、送還の研究をするのは個人的な興味でもありますから。グイーダあたりを連れていくとしましょう」
「……それなら、これを」
言って魔法の袋から薄めの本を取り出す。お姫様が作った勇者召喚の写本である。
まるっきりのノーヒントよりも召喚に使われた魔法の式が分かった方がいいだろう。
写本を渡そうとして、思いとどまる。
改めて魔法の袋からもうひとつの袋を取り出してまとめて渡す。
「この袋には日野さんの部屋にあったものと、倉庫からかっぱらった食糧が入っています。食糧はいい具合に使ってください。この本は勇者召喚の本の写しです」
「ああ、これはありがたい。食糧はきちんと分配することを約束しましょう。食糧を出したあとは袋を丸ごとヒノ君に渡せばいいですね?」
「はい。お願いします」
ダイム先生なら他の誰に渡すより有効活用してくれるはずだ。横領とかしそうにない点も信用できる。
ダイム先生は袋に本を入れてベルトに結び、柏手を打った。
「では、それぞれ行動を始めるとしましょう。特にムラヤマ君は早めに動かないと面倒なことになるでしょうから」
「そういえば間近に迫ってる騎士団って……これか」
感知に意識を集中すると相当な人数がこちらに向かっているのが分かった。
おそらくフォルトに増援に来た連中だろう。肝心なところに一歩間に合わず無駄足とは、彼らも不運だ。……いや、四ノ宮のあおりを受けなくて済んで幸運と言うべきか?
捕まったら厄介なことになる。早いところこの場を離れるとしよう。
「またそのうち連絡させてもらいます」
「ええ。王都に来た際には……そうですね、図書館の司書に声をかけてください。それで私に伝わるはずですので」
「わかりました。それじゃあこれで失礼します」
俺がダイム先生にお辞儀をすると、レナードさんが声をあげた。
「っし、行くか!」
この王道を微妙に外してくる異世界だから楽に帰れるとは思わない。不安も大いにある。
だが、フォルトを離れられることにせいせいするのも確か。
城で漁ったもののおかげでそれなりに安心感もある。
「おう」とか「はい」とかめいめい声をあげて俺たちはフォルトを後にする。
そんなこんなで、俺は旅立つ運びとなった。
ツッコミが怖くて感想欄を開けない可能性があります。そのため返信が遅くなるかもしれません。
それと、最終話となっていますが完結にはしません。このあとにエピローグ兼プロローグ的な話を投稿して、それから完結にします。