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100.帰り際

ちょっと気の抜けた話。

本編100話+最終話で終わりにする予定でしたが、そうすると本編100話目がものすごく長くなるので断念。

余裕があれば今日中に他の本編100話部分を投稿するかもしれません。


「……悪かった坂上。本当にごめん」

「だからいいですって。ああするのがベストだったって、わたし自身納得してますから」


 俺は坂上を背負い、凍りついたフォルトの街をそこそこのペースで走っていた。

 黒鎧の気配はない。あったらもっと死ぬ気で走っている。

 坂上はきちんと負ぶっている。最初は肩に担いだまま走っていたが、黒鎧の気配を感じなくなって落ち着いた時に「先輩、苦しいし寒いです」と言われ、この姿勢に落ち着いた。今はもう周りに敵の気配を感じないので太刀は坂上に預けている。

 俺も坂上も特大の危機から逃れたことで緊張が緩んでいた。


「いや、さっきのタックルのことだけじゃなくてさ。この結界のことも」

「ああ……わたしにも冷気の影響があったことですか?」

「悪い。遅くとも、少し魔力を提供した日野さんに少しでも霜が降りてた時点で気付くべきだった」


 坂上が城から離脱しなかった――より正確に言うと離脱できなかった理由は、俺が仕込んだ結界にあった。

 日野さんは結界を張るためのマーキング用魔力結晶を提供してくれていた。そのため結界の魔力の一部は日野さんのものであり、結界の冷気の影響が弱まっていた。

 この事実は、結界を構築する魔力の全てが坂上の魔力でない以上、坂上も多少なりと結界の影響を受けてしまうことを示唆していた。

 体が冷え切り疲弊した坂上は結界が完全に起動したあともうまく動けず、少しずつ体を温めながら移動していたらしい。

 城から出ようとしたところ、俺が黒鎧とドンパチしていることに気付き助けに入ってくれたとか。

 また坂上に借りができた。

 結界の不手際という負い目も合わさって坂上に足を向けて寝られない。


「気にしなくていいです。結界がなかったら今ごろもっとひどいことになっていたと思いますし。それに、先に先輩が凍りかけてるわたしを見つけたとしても、こうして背負ってくれましたよね?」

「そりゃ当たり前だ」

「なら、おあいこです。先に見つけたのがたまたまわたしだっただけで、先輩が先に見つけてくれていても結果は同じ。助けられたのはわたしも一緒なんですよ」

「……そう言ってもらえると助かる」

「先輩はもっと胸を張ってください。そもそも先輩がいなかったらわたしはフォルトに帰ってこれなかったんですよ? 保険を用意してフォルトの人たちを助けたのも、わたしを背負ってくれてるのも先輩です。貸し借りとかいりません。お互いさまでいいじゃないですか」


 坂上が俺の両肩に手を当てながら体重をかけてくる。

 いつになく甘えられてる気がする。首筋に当たる坂上の吐息をやけに熱く感じる。

 ……ヤバい。これはいけない。

 意識し始めると大変よろしくない。両手で支えているふとももが大変やわらかくて痩せているのに指が沈むようなんて認識してはいけない。


 今の状況を思い出せ。かなり深刻だ。浮ついている場合じゃない。

 周囲は降り注ぐ氷の粒が光を反射してきらきら輝いている。なかなかに美しい光景。

 けど、この氷の粒は街を守っていた障壁が凍って砕けたものだから。フォルトの東側の平野には凍りついた魔族が山ほどいるから。

 拠点とできる街を失ったのでこれからは生活が不安定になるし。

 マイナス思考だ。お先真っ暗な未来に思いを馳せろ。いろいろ準備してあるからたぶん大丈夫ということは今だけ忘れろ。


「そういえば坂上はこれからどうするんだ?」

「これから、ですか?」

「ああ。見ての通りフォルトは陥落した。近くの村に避難するとか、アストリアスの連中について行って治療役を続けるとか」

「……あんまり考えていませんでした。先輩に言われて逃げる時用の荷物はまとめておいたんですけど、城に置きっぱなしになっちゃいましたし」

「それについては心配いらない。戦場で用事を済ませた後、城で荷物を回収したからな。坂上の部屋にあったものもまとめて回収してある」

「抜け目ないですね!?」


 言って、腰に提げた袋を見る。

 魔法の袋。外見の数十、数百倍の容量を持つ千年前の遺産。

 城には食糧や武器の備蓄、緊急避難用に使われているものがいくつかあった。

 それらを持ちだし坂上や俺の荷物を収めて、ゴルドルさんに借りた袋の中に入れている。

 袋イン袋。こう言うとバカみたいだけど魔法の袋の使い方としては有効だと思う。なにせかさばらない。落とす心配も少ない。


「黒鎧が来るまでは案外時間があったからな。食糧庫の備蓄とか、宝物庫にあった金目のものとか、根こそぎ頂戴してきた」


 おかげでフォルトから出た後の心配はだいぶ減った。人間、懐が豊かだと心も豊かになるものだ。


「……先輩、そういうのなんて言うか知ってます?」


 放棄される予定だったものを回収して活用するんだから、


「リユースかな」

「火事場泥棒ですよっ!」

「あはははは」


 知ってた。自分でもまるっきり火事場泥棒だよなーと思いながら漁ってた。

 備蓄されていた食糧は思いのほかたくさんだったので俺には消費しきれそうにない。大部分を避難した連中に譲るので許してほしい。


「話を戻すけどさ、これからどうするかはまだ決めてないってことでいいのか?」

「とりあえず怪我人の手当はしなきゃって思いますけど……それだけですね。んー、どうしましょう」

「じゃあ、俺と一緒に来ないか?」

「え?」


 何気なく言うと坂上が声をあげた。

 顔を覗きこもうとしているのか坂上が背中でもぞもぞ動く。なんか妙に決まりが悪い。


「前に言ったか忘れたけどさ、俺はフォルトが陥落するようなことがあったらさっさと街を出て、地球に帰る準備をすることにしていたんだ。とりあえず送還魔法は見つかった。あとはそれを実現する手段を見つけなきゃならない」

「送還魔法の式を手に入れたんですか!?」

「ああ、お姫様の部屋に勇者召喚と送還の本があったから回収しておいた。魔法陣の形状も記録しといたからあとは魔力さえあれば帰れる」


 結界発動後、お姫様の部屋に忍び込んで勇者召喚と送還魔法が書いてある本を拝借してきた。防犯用の魔法も結界の影響で凍結していたので何の問題もなく持ちだせた。お姫様の研究ノートや写しも頂戴してある。

 ざっと確認したところ、魔法陣の形状を記載しているページがないことには焦った。現代の技術がなければ詰んでいたかもしれない。文明国家バンザイ。

 あとは送還魔法を発動できるだけの魔力を用立てる必要がある。

 逆を言えば、その問題さえクリアできれば地球に、日本に帰れるのだ。


「アストリアスに残って送還魔法を使ってもらえるよう取引することも考えたけど、俺はアストリアスの人間、特に貴族を信用する気になれない。王都の魔法陣を使ってもらえる見込みもないしな」


 俺が知るアストリアス貴族の筆頭はお姫様だ。

 そのうえ王都ということは王がいる。あのお姫様の父親が。

 ぶっちゃけアレの父親というだけで信用ならん。

 貴族や政治家みたいな悪知恵を飯の種にしている人種と交渉で渡り合えるとは思えない。アストリアス残留は選択肢から消えた。


「だから、自力で送還魔法を発動する手段を探す。そのために旅に出ようと思う」

「それで旅、ですか」


 魔力に溢れた土地とか、魔法のコストを削減する式が見つかればよし。見つからなくても不思議となんとかなるような気もする。

 勇者召喚だの送還だのの式は四百年前のものだ。今の技術を使えば低コストで使えて当然のはず。ていうか八回くらい起きてろ技術革新。400年もすれば蒸気機関も電気動力に置き換わるっつーの。


「坂上がいてくれれば魔法も使えて助かる。帰りたいなら悪い提案じゃないと思うんだが、どうだ? あ、もちろん一緒に来なくても帰る方法が見つかったら教えるけどな?」

「……そうですよね。魔法を使える人がいれば便利ですよね」


 どことなく拗ねたような、落胆したような。イメージ「あたしの体だけが目当てだったのね!?」的なことを言われている気がした。

 これはよくない。


「悪い、便利とかそういうことじゃないんだ。旅は道連れというか、なんというか」

「……?」


 うまく言葉がまとまらない。坂上も不思議そうに顔を覗きこんできている。顔が近いぞ後輩。

 むう。思っていることをそのまま言うのは説得力に欠ける。理屈で説明しようとするとまた坂上の能力が目当てみたいになってしまう。どっちもどっちだ。

 いい感じの表現が思い浮かばないが、この沈黙もいたたまれない。

 ……言うだけ言おう。フラれたらそれまでで構わない。


「知らない場所に行くとき、誰かが一緒だと頼もしいだろ?」

「先輩でもひとりだと心細いとか、思ったりするんですか?」

「思うさ」


 今回だっていろいろな人に助けられたからこうして生きている。

 自分一人で大丈夫なんて言えるほど厚顔じゃない。


「必要に迫られての旅だけど、坂上が道連れになってくれたら案外楽しいかもしれない。そう思ったから誘ってみた。……悪い、説明になってないな」

「…………いえ」


 言うと、坂上がふっと息をついた。

 それから背中に柔らかい感触。坂上の両腕が肩の上に回される。坂上の体から力が抜け、背中と首の境目あたりに頭を預けられる。


「わたし、ちょろいのかな」

「? 何か言ったか」


 結構な速度で走っているので耳にはびょうびょうと風を切る音。加えて坂上の頭は俺の背中で、消え入りそうな声だった。さすがに聞き取れない。

 尋ねると坂上は体に力を入れ直し、後ろに傾いていた重心を前に直した。


「なんでもないです。そのお誘い、受けさせてもらいたいです」

「お、ホントか? ダメ元でも誘ってみるもんだな」


 浮かれて笑うと、坂上もひかえめに笑った。


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