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97.逃走

明けましたおめでとうございます。

1月2日。0時20分ごろ更新。5話目。

「さてと、それはともかくだ。チファ、どうしてまだここにいるんだ?」


 シュラットの背中で小さくなっていたチファがびくっと震えた。

 およそ二週間前。俺はチファと『危なくなったら他をおいても逃げる』と約束した。

 チファなりに考えがあってのことかもしれないが、明らかに危険な事態が発生したのだから速やかに逃げてほしかった。

 誤魔化すつもりはないのか、チファはバツが悪そうに「ごめんなさい」と言った。


「シュラットも。早急に伝言してくれって頼んだよな」

「わりー。ちょっとバタバタしてて間に合わなかった」


 シュラットは申し訳なさそうに頭を下げた。

 眉間を抑えて小さく息をつく。

 こういう状況でシュラットが手抜きをするはずがない。何かしらの事情があったのだろう。


「……なんにせよ無事ならいいか」

「――先輩うしろっ!」


 坂上が叫んだ。

 俺の背中に数体の魔族が攻撃を仕掛けてきていた。

 坂上やチファの無事を確認して気が緩んでいた。注意が散漫になって対処が遅れた。さっさと坂上の結界の中に入れてもらえばよかった。

 坂上が何やら魔法を使おうとしているが、間に合わない。坂上の魔法より魔族が俺の頭を叩き割る方が早い。


 まあ、それより俺の方が早いんだけど。


「いろいろ言いたいことはあるけど、今は逃げ道見つけるのが先決だよな」


 後ろにいる魔族は木端もいいところ。脅威なんてまるで感じない。

 服のようにまとっていた錬気を操り、無数の棘の形に具現化させる。

 やっぱり雑魚だったらしく、避けることもできず棘の中に突っ込んで魔族は絶命した。


「せ、せんぱい? その、いったい何を……?」

「ちょっと錬気を瞬間的に具現化してみた。わりと便利だぞ。魔法みたいに式を組んで、とかしないぶん即興で動かせるからな」


 黒い棘を消すと魔族の死体が地面に倒れた。

 師匠に鍛えられたり黒鎧と戦ったりしているうちに、一度に扱える錬気が増えていたのだ。ある程度の体積までなら結構な強度で具現化できるようになっていた。


「名付けて必殺マーダーコート。おおう、背筋がぞわっとする」


 何を口走ってるのか俺は。技名を付けるのはとっさに使いやすくするよう必要なことだが、わざわざこんな残念な名前にする必要はない。

 チファや坂上の無事を確認して変なテンションになっているらしい。自分に失笑した。


「坂上、できれば俺もその中に入れてほしいんだけど……できる?」

「は、はい」


 俺と坂上達を隔てていた壁の一部が消える。俺が体を滑り込ませると再び塞がった。形状は融通がきくらしい。


「というわけで現状説明を誰か。簡潔に」

「どういうわけかしんねーけど。戦場に取り残されてめっちゃやばい。どうやって逃げようって感じ」

「なるほど、見たまんまか」


 だいたい分かった。ていうか、見れば分かる。

 坂上の結界に籠って助かる手段を考えていたのだろう。


「先輩、わたしもあんまりもたなそうなんですけど、アイデアはありませんか? 群がる魔族を全部倒してくれてもいいんですけど」

「無茶言うな。……ふむ。坂上、この結界を張ったまま移動ってできないのか?」

「走りながら結界を維持するのは難しいです。それに、魔力で作った障壁は重みがないので魔族を押しのけながら走るのは無理だと思います」


 魔力製の障壁は質量がないのか。それだと障壁で魔族を押し潰すというのも現実的ではない、と。


「……あれ? でも重みが無い割には衝撃を受けても位置がずれたりしてないよな?」

「自分が知覚できる範囲に壁を固定しているんです。これは自由に動かせない代わりに防御力を高めたものなので……っ!」


 外にはまた魔族が集まってきていた。攻撃を防ぐ坂上の声に辛そうなものが混じる。あまり説明に気をとらせてはいけないか。


「坂上は壁の維持だけに集中すれば、強度高めの壁をある程度任意の形状で、特定の場所に作り出せる。間違いないか?」

「はい、できます!」

「ならいけるか。坂上、最後の確認だ」

「っ、はいっ!」

「横抱きと俵担ぎ、脇に抱えられるのとおぶられるの。どれがいい?」

「はい?」


―――


「………………」

「なんでこんなお通夜みたいな雰囲気なんだよ。助かる見込みができたのに」

「……いや、なんなんだろうなー。こんなアホな方法で助かるって、おれたちが必死に悩んでたのバカみたいだなーって」


 俺たちは魔族と接触することなく走っていた。

 別に、フォルトと見当違いの方向に走っているわけではない。フォルト目がけて一直線である。

 すったかすったか平和に移動できているのに、なんでかシュラットたちは不満げだった。


「アホな方法とはなんだ。俺にはむしろ、こういう使い方が一般的じゃないほうが不思議だよ」

「……えっと、先輩。普通は考えないと思いますよ?」


 俺に横抱き――要するにお姫様抱っこ――された坂上もなぜか乾いた声で言ってきた。

 先ほどより声に余裕はあるのだが、疲労感がありありと伝わってくる。

 ちなみに横抱きにしたのは半分くらい俺の理由である。この状況で太刀を下ろしたくない。お姫様抱っこと言うとものすごく密着してそうだが背負うより接触面積は少ないから許してほしい。


「魔力で作った障壁の上を走ろう、なんて」


 俺たちは今、坂上が作った障壁の上を走っていた。

 坂上は障壁を作ることに集中していれば、複数の魔族が全力で突撃してきても壊れない壁を、好きな形で作ることができる。

 その障壁は座標を固定して設置するとかで、指定した位置から動かない。


『なら、魔族の上に障壁で橋をかけて、そこを走ればいいんじゃないか?』


 と言ってみたところ、全員に変な目で見られたが、効果は抜群だった。

 俺が抱えて走ることで坂上は移動しながらも障壁を作ることに集中できる。

 支柱がなくても障壁は空中に固定できるので、足場を順次作ってもらうことで魔族に追われることも邪魔をされることもなく走れる。

 我ながらわりと天才的なアイデアと思ったのだが、不評だった。


「あ、もしかして障壁ってつるつるしてて走りづらいから、そのことが不満なのか?」

「タカヒサ様、そういう問題じゃないと思います。まさか本当にあっさりと、こんなヘンテコな解決法を出されるとは思ってなかっただけです」


 シュラットに背負われたチファも、なんか微妙に疲れた顔をしていた。

 『防御魔法=防御に使うもの』という思い込みがあるとそれ以外の使い方が奇異に見えるのかもしれない。


「……つっても、そこまで完璧な案でも、ちょろい敵でもなさそうだけどな」


 フォルトまでもう一息というところまで迫ったが、魔族たちが上を走る俺たちに気付き始めた。上に向けて魔法を撃ってくる。

 上からの攻撃がないことが救いか。ドラゴンっぽいのとか、やたらでかい鳥とか空を飛べる魔物はすでにフォルトにたかっている。フォルトの中でも戦闘が始まっているらしく、ちかちか何かが光るのが見えた。


「させ、ないっ!」


 坂上が新たに障壁を作る。足場に加えて下にも壁を張る。

 おかげで足場に対する攻撃は止められたが、坂上の息が荒くなっている。

 魔力にはまだ余裕がありそうだが、それ以外の疲労が溜まっているのだろう。

 この逃げ方を提案したのは俺だ。となれば策の失点を埋めるのも俺の役割だ。

 幸い、兵士の中には怪我人を背負わず走ってるやつもいることだし。

 中でも一番強そうな感じの兵士に声をかける。


「おいお前、まだ余裕があるな?」

「は?」

「こっからはお前が坂上を背負っていけ。怪我ひとつでもさせたら許さん」

「なんでだ? ていうか目が怖いぞ、お前」

「……先輩、何をするつもりですか」

「何をって、」


 兵士が胡乱な目で俺を見る。坂上も俺の顔を覗きこんでくる。

 服をぎゅっと掴む坂上の手をさくっと振りほどき、兵士に渡す。


「たまには無双でもしてみようかと」

「先輩!?」


 坂上の作った足場から飛び降りる。

 直下にいた魔族と魔物を踏みつけ着地。長短二本の剣を抜き、近くにいた魔族を斬り捨てる。

 だが、魔族の注意は依然上に向いたまま。大量の魔族を一気に殺す術を持たない俺ではヘイトを集めづらい。

 そんなことは百も承知。注意をひきつける当てがなければ飛び降りてなんかいない。


 心を沈めて集中する。

 こいつらはチファと坂上、シュラットたちに殺意を向けている。引きずり降ろして殺そうとしている。

 もしも坂上が作った足場を壊されたら。その時の光景を想像するだけで胸糞悪い。

 ははは、ざけんなクソ共。


「ブチ殺すぞ」


 声に乗せて一際赤黒く染まった錬気を周囲にまき散らす。

 びくりと魔族が震え、一斉にこちらを見た。


 師匠やゴルドルさんとの訓練の最中、気付いたことがあった。

 黒い錬気をぶつけた場合、ダメージになっていなくてもものすごく嫌そうな顔をするのだ。

 いわく『喉元に刃物を突きつけられている気分になる』とか。喉元に刃物を突きつけられて嫌そうな顔をするだけに留まるあの人たちはたいがいだと思った。

 砂糖ツボを略奪した厨房の人も黒い錬気を軽くぶつけると大仰に腰を抜かしていた。

 黒い錬気は俺の殺意とか敵意とかの塊。

 相手を威圧したり、挑発できるようだった。

 というわけで殺意を込めた黒錬気をぶちまけて挑発してみた。

 魔族は狂っていても殺意を向けられたら反応してくれた。一斉に迫ってくる。


「よし、これで上への攻撃は止んだな。あとは迎撃――ってこの数はきついな」


 挑発は思ったより広い範囲に強く作用したらしい。剣二本じゃ処理しきれない数が押し寄せてきた。

 まとう錬気を強め、さっきと同じ具現化で対応する。


「マーダーコー……まだるっこしい! 必殺棘マント!」


 背中だけだったさっきと違い、ウニよろしく全身から黒い棘を生やす。

 具現化を続けて棘マントを振り回し、刺さった死体を投げ飛ばす。できたスペースに滑り込み、魔族を斬りつけ間をすり抜け坂上たちの下を走る。時おり黒錬気を放ってヘイトを集めて上への攻撃を抑制する。

 坂上やチファがちらちら下を見ているが、心配はいらない。

 攻撃の手数ならこいつら全員より黒鎧ひとりの方が多いのだ。威力に関しては言うまでもない。

 こいつらは、戦う回数を重ねるごとに手加減が雑になっていった黒鎧に比べればハエみたいなもの。うっとうしいだけだ。

 厄介な点があるとすれば、


「ちょっと多すぎるな。フォルトに近付いたからか」


 次第に魔族の密度が上がっていく。張り直された結界に阻まれて溜まっている連中だ。

 剣で刻み、衝撃で蹴散らし、棘マントで迎撃してもキリがない。


「! みんな、上を!」


 ふとチファの声が耳に入った。

 魔族を斬りつつ見上げると、小型のドラゴンっぽい魔物がチファたちに襲い掛かっていた。

 フォルトの結界にたかっていた連中がこっちにも気付いたのだ。

 坂上がとっさに張った結界で攻撃は防げているが、足場の構築がおぼつかなくなり進めなくなっていた。


「っ、クソが!」


 二本の剣を鞘に納め、太刀を抜く。バッドのように構え、太刀に錬気を注ぎ込む。

 刃を立てるとか考えなくていい。刃ではなく錬気で斬るのだから。

 真一文字に太刀を振り抜く。

 切っ先に凝縮した錬気を、極細に絞ったまま放つ。

 衝斬撃。俺が使える数少ない範囲攻撃。

 剣の切っ先から十メートル程の範囲内にいた魔族は胴や足を切断され倒れ伏す。

 その隙に跳躍。坂上が作った足場を避け、ドラゴンもどき目がけて一直線に。


「坂上、障壁解除!」

「はいっ!」


 障壁が消えたことで勢い余って向かってきたドラゴンもどきの鼻っ面に重撃を叩きこむ。落ちた拍子に地上の魔族を巻き添えにした。

 俺は坂上が作った足場に無事着地する。


「怪我は!?」

「ないです! でも、攻撃がきつくなってきてなかなか前に進めません!」


 チファが叫ぶように答える。

 坂上はとっさの防御と足場の維持で手一杯。俺はあまり範囲攻撃を使えず、兵士たちはこの数相手に立ち回れない。

 くそ、どうする。浅野と別行動をとったのは失敗だったか? あいつがいれば範囲魔法でもうちょい楽に進めたはずだ。


「坂上、あとどれくらいもつ?」

「……もう、ずいぶん辛いです。フォルトまでの道は作れますけど、このペースで攻撃されたら……!」


 足場を作りながら上と下を警戒し、必要に応じて障壁を張る。

 フォルトに近付くほど魔族の密度は上がり、攻撃される機会も増える。

 怪我人の治療で疲弊している坂上にはオーバーワークだったのだろう。そもそも俺が出した案自体、坂上に頼り過ぎていた。

 ……なら、ここからは俺が意地を張るところだ。


「坂上は足場作りに集中してくれ。上からの攻撃は俺が防ぐから、足場は攻撃を受けても平気なよう頑丈に頼む。他の連中は、ちょっと動くな」


 深く息を吸う。全身を巡る生命力を可能な限り錬気に変換する。

 戦いが始まってから出し惜しみなく錬気を使っているが、錬気は魔力より燃費がいいのだ。まだまだ余裕がある。


「はっ!」


 息を吐くのに合わせ大量の錬気を具現化する。

 形状は無数の縄。チファたちに絡みつけて俺から離れないようにする。

 加えて頭上に板状の錬気を具現化する。ある程度の攻撃ならこれで防げるはず。

 イメージは虫の繭。内側のものを傷つけさせないよう、しっかり包む。

 この場にいるのは俺を除き十数名。なんとかカバーできる範囲内。


「ヒサ、まさか……」

「俺が全員引っ張って全力で走る。縄が絡まった部分に負担がかかり過ぎないように自分でも縄を掴んでおいてくれ。坂上は俺が背負う。前が見える位置の方が足場を作りやすいよな?」

「……はい」


 坂上は額に汗を浮かべて頷いた。そろそろ疲労が限界なのだろう。

 具現化した錬気は体から離れるほど持続時間が短くなる。俺もそう長くはこの状態を維持できない。

 まあ、つまるところ。


「もう時間がない。突撃する」


 突拍子もない案でここまで引っ張って来たのは俺だ。

 一直線にフォルトを目指さずに迂回することもできた。坂上が魔法を使えなくなったら危険だと判断して最短距離を選んだのは俺。

 時間がないとかどの口が言うんだ、という話だが。

 それでも時間がない。賭けの要素が強まるが、これが一番マシな選択のはず。


「ここまで来りゃもう意地だ。おいムラヤマ、無理そうならすぐに言え。そん時はおれたちも戦って道を切り開いてみせる」


 兵士たちは反論もなく縄を掴んだ。笑っているやつもいる。

 ……かっこいいじゃないか。

 当てにさせてもらおう。この人たちだって訓練を受けた戦闘職。足手まといの荷物なんて考えるのは傲慢だ。


「じゃあ、行きます。全員衝撃に備えて」


 足を中心に錬気を巡らせる。

 具現化する分と強化に使う分。錬気を同時に使う量としては過去最高。制御に些少の苦労はあったが、それでも黒鎧と戦う時の曲芸じみた動きに比べれば楽な方。

 最後に靴底にスパイクを具現化。坂上の作った足場を踏みしめる。

 前掲姿勢を取り、出る。


「っらァ!」

「ちょっ、先輩!?」


 踏み切りに合わせ瞬間的な錬気解放。

 ごん、と音を立てて坂上が作った足場にヒビが入る。


「坂上はやく次の足場!」

「無茶、言いますねっ!」

「「「「ひぎゃあああぁぁぁぁっぁああああ!?」」」」


 先ほどまでとは比べ物にならない速度。

 当たり前だ。ペース配分とか一切考えない全速力なのだから。

 後ろから悲鳴なんて聞こえない。きっと幻聴。戦場で感じるストレスってコワいね。


 足場が途切れそうになるが、構わず前進。坂上ならこのペースに付いて来れるという確信があった。

 俺が空中に足を出すと同時に坂上が新たな足場を作った。

 やっぱりだ。疲れているだろうに、坂上は俺よりずっと根性がある。

 俺の速度に合わせて足場を作るペースを早める。

 幸いなことに、上からの攻撃も下からの攻撃もさほど警戒せずによくなった。

 魔族が気付いて攻撃しようとする頃には俺たちがそこにいないからだ。


 フォルトは目と鼻の先。フォルトに戻るのは俺たちが最後だろう。俺たちの後ろに誰かいたとして、ゴルドルさん以外が生き残っているとは思えない。そしてゴルドルさんひとりなら保険に巻き込んでも後から助け出せる。

 あと少し。ほんの百メートル足らず。今の俺なら荷物があっても数秒で駆け抜けられる。

 足に力がこもる。一気に駆け抜けようとした瞬間。


「っ!?」


 嫌な予感がした。

 靴底により大きなスパイクを具現化し、止まろうとする。

 だが、つけた勢いがあり過ぎる。背負った人たちの重みも手伝って止まりきれない。


「全員歯ぁ食いしばれ! 衝撃に備えろ!」


 足場が爆発した。

 より正確に言うと、下からの攻撃で坂上が作っていた足場が粉砕された。

 止まりきれず空中に放り出される。

 このまま落ちたら魔族の群れに圧殺される。

 現状、一度に扱える限界量の錬気を使っているが、ここは根性。一瞬くらい気合いでなんとか――!


「くたばれクソがああぁぁぁぁ!」


 必殺棘マント改、棘ダルマ。前宙返りしながら特大で具現化した棘マントで全体を包み、着地。

 具現化していられたのは本当に一瞬。だがそれで十分、足元には体のあちこちに風穴を空けた魔族が潰れていた。


「お前ら、迎撃体勢だ! シホちゃんたちを中心に円陣を組め!」

「「「おうっ!」」」


 兵士たちが錬気の繭から飛び出し、陣形を組む。

 着地する際にいくらか倒したと言っても周囲には魔族がひしめいている。突然できた空白地帯に一斉になだれ込んでくる。

 おおお、と雄たけびをあげて兵士たちが迎撃する。

 周りにいる敵の多くは木偶魔族と暴走した魔物たち。一体一体はそれほど強くない。

 だが数が多すぎる。兵士たちも頑張ってはいるがこのままではジリ貧。すぐに数で押し潰されるだろう。

 頼みの綱の坂上は憔悴しきった表情で息を切らせていた。


 俺は一人で戦う技術は身に付いていても、大勢で戦う技術がない。

 自分の身は反射的に守れても、誰かや何かを守る戦いなんてできやしない。

 ならば。


「……せん、ぱい?」

「おいムラヤマ!? お前どこに行くつもりだ!?」

「俺はここから一人で動きます! いくらか魔族をひきつけるので、どうにかしてください!」


 坂上を円陣の真ん中におろし、俺はひとりでフォルトとは反対の方向へ飛び出した。

 単独戦闘しかできない俺がいても兵士たちの邪魔になる。戦力になれないだけならまだしも足手まといになったら最悪だ。

 俺はひとりの方が、兵士たちは兵士たちだけの方が生存確率が高い。助かるためには別行動が最善。

 後ろから迫る連中を迎撃し、周りの連中を挑発して引き寄せておけば坂上たちが生き残る確率も上がるはず。俺は自分一人ならどうとでもできる。

 魔物の群れに近付き、挑発のため殺意を込めた錬気を放出しようとすると、


「だ、めです、先輩!」

「ぎゃっ!?」


 半透明な壁に頭を強かに打ち付けた。坂上の障壁だ。


「なにすんだよ坂上!?」


 俺が死ぬ覚悟で囮になろうとしているとでも勘違いしたのか。

 邪魔されたことにちょっとの憤りを感じながら坂上の方を振り返る。

 坂上は俺の方を見ていなかった。

 上を見ていた。

 兵士たちと戦う魔族が入り混じって戦っているのに、まとめて覆うように半球状の結界を張っていた。

 それもかなり強いもの。俺が全力で攻撃しても壊せるかどうか。


「――ってか、何やってんだ自分の身を守れよ!」


 坂上は間近に迫った魔族には構いもせず強固な結界を維持する。

 魔族はなんとか兵士たちが倒したが、もう少しで殺されるところだったのに、結界の維持を優先していた。

 思わず声を荒げた俺に坂上が振り向いた。

 額に脂汗をかきながらも、坂上は笑っていた。


「自分の身を、守ってますよ」

「……は?」

「――来ます!」


 すると。

 坂上のその一言が合図だったかのようなタイミングで。


「!?」


 流星みたいな赤い光弾が無数に降り注いだ。

 坂上以外の誰もがあっけにとられる中、周囲にこぶし大の光弾が着弾。炸裂し魔物も魔族も構わず消し飛ばしていく。


「うわわわわわわわ!?」

「なんっだこれは!?」

「振動が! 立ってられん!」


 着弾するたびにすさまじい衝撃で地面が揺れる。

 いったいなんだと言うんだこれは!?


 光弾が降ることおよそ十秒。もうもうと巻き上げられた土煙が突風に流される。

 周囲の魔族はいなくなっていた。

 ところどころ金属製の武器の欠片が転がっているくらい。魔族は影も形もない。

 俺たちが唖然としていると、坂上の結界が消えた。

 そこにひとりの女性が降りてきた。


「ごめん。遅くなった」


 おとぎ話に出てくる魔女のような恰好をして。

 片手に杖を携えて。

 よほど急いできたのか、息を荒げて。


「……いや、最高のタイミングだよ、日野さん」


 日野祀子が俺たちの目の前に降り立った。

 味方がピンチの時に颯爽と現れ、最悪の状況をひっくり返してくれた。

 俺に軽口を叩ける余裕があったとしたら、坂上に「このタイミングが勇者だよな」とかくだらないことを言っていたに違いない。


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