11.専属メイド
翌朝。昨日早くに熟睡したためか夜も明けきらないうちに目が覚めた。
さて、どうするか。ベッドの上であぐらをかいて考える。
夕飯を食べなかったことも相まってか、結構腹はすいている。
食堂で何かもらおうか。……やめとこう。もう朝食の準備ができているとは限らない。できたら呼んでくれるらしいし。
メシの世話になるのは仕方ないにしても、何もしていない役立たずの分際で催促までするのはどうかと思う。
とりあえず、持っている物の整理でもしているか。
着の身着のまま異世界に放り出されたとは言っても、素っ裸にされてはいない。制服に入っていたもの、手に持っていたものは一緒に持ってきていた。
ポケットというポケットから入っている物すべてを引っ張り出す。
大したものは入っていなかった。とはいえ使い方次第で役立つものがあるかもしれないので、広げて確認してみる。
まず、手に持っていた文庫本。図書館で借りた『世界の甘味大全~チョコレート編~』。世界中のあらゆるチョコレートの解説書のようなもので、歴史や作り方についても簡単に載っている。
この世界にチョコレートがなくてカカオ豆があれば役立つかもしれない。
……返却期限までに帰れるかなあ。無理だろうなあ。
次に自転車の鍵。肝心の自転車がないから意味がない。
ポケットティッシュとハンカチ。ハンカチはこの世界でも調達できるかもしれないがティッシュほど柔らかい紙はないだろう。使えないことはないはず。
携帯電話。長いこと付き合っているガラケーだ。
これは使いみちがないこともないだろう。モバイルライトとか、カメラ機能とか。音楽でも再生すれば時間を潰せる。
とはいえ電池は有限だ。浪費しないように電源を落としておく。
コーヒー牛乳が入っていた紙パック。パンの包装ビニール。ゴミ。
財布。残金3312円。通貨単位が違う。ポイントカードは使えない。
最後に、あちこちのポケットに詰め込まれていた菓子類。
のど飴やらチューイングキャンディやらグミやら小分けのチョコやら、出るわ出るわ。未開封の板チョコまで。我ながらどうやってこんなに詰め込んでいたんだろう。砂糖の国の住人として無意識にストックしていたんだろうか。
なんにせよ貴重な食料品だ。だいたいのものは小分けになっているか封ができるので、故郷の味が懐かしくなったら食べよう。チョコレートはカロリー高いし非常食にでもしておこう。
改めて見てみてもお菓子とケータイくらいしか役に立ちそうなものがない。
せめてもっと内政チートに使えそうな本が持ちこめていれば。
同じ食料品ならジャガイモでもあれば食糧生産に革命を起こせたかもしれないのに。
……仕方ないか。不意打ちの召喚だったし準備万端なほうがおかしい。もともと勤勉な学生というわけではないし、ジャガイモとか生のままポケットに入れてる高校生なんて普通いない。糖分補給源を持ちこめているだけよしとしよう。
荷物はまとめて机の上に置いておく。
とりあえず着替えよう。
クローゼットを開くと異世界っぽい衣装が並んでいた。
ごわつく質感の簡素な服が何着か。これは運動着的なものだろうか。
薄手の柔らかい布でできた、やはり簡素な服が一着。これは寝間着だろう。
この中では手触りのいい布でできた装飾の施された服が一着。これは正装か。
下の引き出しには下着が何着かあった。
おそらくこの運動着っぽいものを普段着にしろということだろう。
制服を脱いで袖を通す。目測でもちゃんと丈を測っていてくれたのか、ちょうどいいサイズ。
日本謹製の服には比べるべくもない着心地だ。
服にこだわりなんて持ってないと思っていたけれど、こだわる必要がないくらい上質な服が安く手に入っていたのだ。日本の服メーカーの努力に敬礼。
それでもしばらく着ていれば慣れるだろう。人間は慣れる生き物だって誰かが言ってた。
制服はハンガーにかけて吊るしておく。籠に入れれば洗濯してくれるらしいが洗剤がどうなっているのかもわからない。さほど汚れてもいないので洗わなくても大丈夫なはず。
シャツとネクタイはたたんでベッド横の小さなタンスにしまっておく。下着だけは洗濯籠にいれておいた。
そういえば女性用の下着はどうなっているんだろう。男物の下着は日本とそこまで変わらない形状だったけど。
……イカンイカン。ここで妄想なんぞしてどうするし。
さて、これから何をするか。城の中を見て回りたいところだが朝食ができ次第呼びに来てくれるらしいし、勝手に動き回るのもいかがなものか。
まあいいか。厨房とかを見つけたら顔をだして声をかけておけば問題ないだろ。
さっそく扉を開き、いざ探検へ!
ごすっ。
「あうっ」
……部屋の扉は外開きだった。
勢いよく開けたドアは何かにぶつかり鈍い音を立てた。
おそるおそる扉の陰を見ると、何もいなかった。
あれ、おかしいな。確かに手ごたえがあったから誰かいたと思うんだけど。
「……痛いです」
不満たっぷりの声に導かれて下を見ると、マールさんのものと同じ(サイズ以外)メイド服を着た少女がうずくまっていた。
「えっと、ごめんなさい」
部屋から出て扉をしめて、とりあえず謝る。
「いえ、大丈夫です」
少女はおデコをさすりながら立ち上がる。
やはり小柄だ。多分十歳かそこら。ランドセルが似合いそう。
赤っぽい短髪にはゆるいウェーブがかかっている。顔にはうっすらそばかすが。
……うん。これぞ異世界ファンタジー!って感じの美少女ではないが、普通に可愛い女の子である。
ぼんやりと観察していると、彼女がエプロンを払ってから姿勢を正す。
「おはようございます。本日からムラヤマ様の専属メイドとなります、チファと申します」
そう言って彼女――チファが丁寧なしぐさでお辞儀した。
昨日のマールさんの話からして、お姫様はまだメイドになったばかりの女の子を俺に付けて嫌がらせのつもりかもしれないが、世話をされっぱなしになるつもりもないので構わない。態度が丁寧なだけ好感触だ。
っと、いけない。むこうに挨拶されたのだからこちらからも紳士的に挨拶せねば。
「ご丁寧にどうもありがとう。俺は村山貴久。勇者召喚に巻き込まれた一般人だ。だから気軽に貴久と呼び捨ててくれていいよ。まあ、別にご主人様と呼んでくれても構わないが」
この年頃の子からすればよく分からない男の世話をするなんて気が気じゃないだろう。似合わない冗談なんぞ言ってみて場を和ませようと試みる。
「いえ、私はあくまでムラヤマ様のお世話を命じられただけで、ムラヤマ様が主人というわけではないのですが」
「……そうですか…………」
あえなく撃沈。お姫様、あんたの嫌がらせは極めて有効に作用したよ……。
似合わないと自覚していることをやっただけに恥ずかしさは倍増しである。
気落ちしている俺を見ても動じず、チファさんは声をかけてくれた。
「ムラヤマ様、朝食の用意ができておりますので、よろしければ食堂へどうぞ」
「うん……ありがとうね、チファさん」
「私のことはチファと呼び捨ててくださって結構です」
「そっか。俺のことも貴久でいいよ?」
「かしこまりました、タカヒサ様」
様づけもいらないんだけど。
そう言おうとしたが、チファはどことなく頑なな雰囲気を漂わせていて、言い出せなかった。
どうやら俺も一応は賓客扱いしてもらえてるようだし、あまり気安い態度はメイド的にないのだろうか。
まあいい。そのうち打ち解けたらまた頼んでみよう。
「じゃあ朝ご飯に行こうか」
「はい、いってらっしゃいませ」
チファはお辞儀をして俺を見送る。
可愛いメイドに見送られるというのはとってもいい気分だけど、そうじゃない。
「チファさん、俺、昨日ここに来たばっかりで食堂がどこにあるか知らないんだけど……」
「……あっ」
漏れた声を抑えようとしたのか口に手を当てるが、もうしっかり声は出てしまっている。
自分でも意味がないことをしたことは理解しているのか、頬に朱がさした。
数秒硬直し、ふいっと俺に背を向けた。
怒らせたか?
「……たいへん失礼いたしました。こちらへどうぞ」
ただ単に進行方向を向いただけだったらしい。何事もなかったように案内してくれる。
が、耳が真っ赤になっていたことを俺は見逃さなかった。
食堂に入る時に他のメイドさんにチファが怒られているのを見かけた。どうやらチファは俺を見送って洗濯物を回収しようとしていたらしく、手ぶらで戻ったのがまずかったらしい。
先輩メイドさんに事情を話して解放してもらったあと、チファはふくれっ面で「ありがとうございます」と呟いた。
すぐに目を逸らして洗濯物の回収に行ってしまったけれど。
……なにあの可愛いイキモノ。