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96.逃走開始

12月30日16時20ごろ更新 3話目

 木偶魔族が押し寄せてくる。

 逃げながら背後を見ると黒い波のような有様だった。数が多過ぎて気持ち悪い。

 一体一体が弱くてもこれだけの数が揃えば十分脅威だ。逃げ遅れた兵士を飲みこみ、木偶魔族はフォルトを一直線に目指す。

 逃げながら背後に向かって衝撃を撃って数を減らすもキリがない。

 糠に釘。暖簾に腕押し。焼け石に水。

 木偶魔族は倒れた同族すら踏み砕いてフォルトに迫る。


「広範囲を一気に薙ぎ払わなきゃ足止めにもならないっぽいな、これは」


 俺が攻撃したところで倒せる数はたかが知れている。最前列の木偶魔族をいくらか倒してそれで終わり。勢いを弱めることすらかなわない。

 木偶魔族の群れは圧倒的な物量攻撃だ。

 仮に生き残った兵士全てが足止めに尽力したとしても、数十秒稼ぐのがせいぜいだろう。

 それこそ日野さんが使ったような大規模魔法で一気に減らさなければ立ち向かうことすらできない。


 日野さんならフォルトの魔法陣を使って戦場まるごと焼き払うことも可能だろう。

 だがフォルト軍が壊走している現状、魔王軍とフォルト軍の境目はあいまいになっている。加えて味方を巻き込まないよう超規模魔法を撃て、なんて無茶だ。できるならとっくにやっている。

 フォルト兵ごと魔王軍をぶっ殺せ、は日野さんにも兵士にも酷というもの。

 広範囲に影響を及ぼす保険も今はまだ使えない。引き付けが不十分なうえ、巻き込まれる兵士が多すぎる。

 できれば現場にいるやつに、フォルト兵がいないところに超が付かない程度の大規模魔法をぶち込んでもらいたいところだが。


「それができそうなふたりは生きてるかどうかもあやしいと」


 勇者の魔力は異常にデカい。罠が炸裂した影響か魔力感知が上手く働かないが、そばにいれば気付くはず。

 少なくとも目に見える範囲で大規模魔法が放たれている様子はなかった。

 使えない。本当に使えない。せめて自分のケツくらい自分で拭いてほしい。


 と、思いながら走っていると視界の端に浅野が入った。

 全身に巡らせる錬気を強めて近寄り、併走する。


「おい浅野、四ノ宮はどうした」

「村山、無事だったんだ」

「この状況で無事に見えるか」

「……ごめん」

「謝んなくていい。それより四ノあのバカは一緒じゃないのか」

「……城の方へ行ったわ」

「逃げやがったのか、あの役立たずは」


 浅野は言葉を濁したが要はそういうことだろう。

 魔族の軍勢に臆したか、自分がしでかしたことの意味に気付いたか。

 どちらにせよ、結果をほっぽって逃げたのだ。

 今の状況は四ノ宮が招いたと言っても過言ではない。失敗から目を背けるやつのどこに勇気があるというのか。


「ともあれ、今はあんなやつに構ってる状況じゃないな。浅野、現状をどうにかするのに力を貸せ」

「どうにかって……できる当てがあんの?」

「このまま逃げ続けるよりはな。しばらく時間を稼いで兵士が逃げ切るか死ぬかすれば魔王軍の侵攻は食い止められる。……多分」

「多分?」

「どのみちこのままじゃ全滅だ。少しでも可能性があるだけマシだろ」

「それは、そうだけど。どうすればいい――なんて、聞くまでもないわね」

「ああ。数を減らしてくれ。詠唱が必要ならその時間は俺が稼ぐ」


 この浅野の役目は防波堤。

 木偶魔族をこのまま放っておけばフォルト側は対抗しきれない。

 大規模魔法を連打できる浅野に雑魚だけでも減らしてもらわなければならない。

 浅野がぶつぶつと呟くと構えた槍の先に五つの光球が生まれる。


「雷光弾、五連」


 浅野が放った光球は尾を引きそれぞれ違った方向に散らばり、兵士がおらず魔王軍が固まっている場所で炸裂する。

 魔法は大量の魔族を焼き払い魔族の空白地帯が生まれるも数秒と待たずに新たな魔族に埋め尽くされる。

 魔法が当たった場所の侵攻は一時的に遅くなるが戦場全体で魔族を食い止めることはできない。

 現に他の場所から押し込まれており、このままではいずれ俺たちは囲まれてしまう。


「浅野、逃げながら撃ってくれ! おまえまでいなくなったらどうにもならん!」

「分かってるわよ!」


 退きながらも浅野は先ほどの光球を何度も放ち、木偶魔族を減らしていく。

 俺は浅野に迫る魔族を斬り捨てる。浅野までいなくなったらいろいろ終わる。

 逃げては迎撃して、を繰り返していると、俺たち周辺の魔族の侵攻速度が緩んだ。

 数を減らせてのことじゃない。

 浅野の魔法を防げる魔族に木偶魔族が道をあけただけの話だ。


『……ほう、小僧、貴様か』


 出て来たのは白骨騎士バルドゥール。今日も今日とて厳めしい鎧を着こんでいる。

 ヤバい。こいつは強い。こんな状況でなくても真っ向勝負は避けたい相手なのに。

 浅野がいればなんとか――ならないな。俺が足止めしてデカい魔法でドカンしてもらえれば倒せる可能性はあるが、その間に魔族に包囲、圧殺される。

 さっさと逃げるが吉と見た。


『小僧、先日は見逃したが、今日も逃げ切れると思うなよ?』


 バルドゥールを見据えながらも逃げ道を探していると、バルドゥールが眼前に迫っていた。

 速い。その重々しい外見から想像できるよりずっと。

 バルドゥールは気のない突きを放つ。それ自体は簡単に回避できた。


『今のは警告である。もしも気を抜けば次の瞬間、貴殿は串刺しとなる』

「……クソが」


 あの速度が相手では逃げ切るのも難しい。この状況では救援も望めない。

 かといって戦って勝つのは困難。仮に勝てても時間をかければ魔族に囲まれてしまう。木偶魔族程度なら囲まれてもなんとかできると思うが。

 となると、だ。


「浅野、お前はさっさと逃げろ。できれば魔族の数を減らしながら」

「……それでいいの」

「いい。こいつが相手じゃ詠唱する暇なんか作れそうにないからな。それとも無詠唱でこいつにダメージを与えられる魔法を撃てるか?」


 言うと浅野はぐっと黙った。

 我ながら性格悪い言い方だった。


「それに、あれだ。俺はお前と一緒に戦ったことがないからな。お前も魔法を撃つタイミングを掴めないだろ」


 先ほどまでのように浅野に近付いてくる魔族を倒すならともかく、バルドゥールに近付いた俺を避けて撃つのは難しいだろう。

 浅野は眉をしかめながら、それでもフォルト側に向き直った。


「……分かったわよ。先に行かせてもらう。あんたもすぐに追いつきなさいよ」

「当たり前だ。こんなところで死ぬ気はないからな。ほれ行け」

「いや、行くのはお前もだ、タカヒサ」


 腹に響く声がした。

 そちらを向くと、ゴルドルさんがいた。今は馬にも乗っていない。


「なんでゴルドルさんがここに?」

「生き残った兵士のほとんどはフォルトに戻ったってのにお前がいなかったからな。探しに来たんだよ。今はまだフォルトの結界で魔族を足止めできている。救護所の連中も避難済みだ。この骨はおれが止めておく。お前はさっさとフォルトに戻れ」

「二人がかりの方が手早く片付くでしょう。俺もやりますよ」

「いや、いい。おれもお前と同じだ。周囲に気ぃ遣って戦うよりも、勝手に大暴れする方がやりやすい。袋におれの大剣が入ってるだろ。寄越せ」

「……はい」


 そう言われては返す言葉もない。

 袋に手を入れ、ゴルドルさんの大剣を取り出した。

 以前の黒鎧との戦いでゴルドルさんは愛用の剣を紛失していた。これは現在のゴルドルさんの体格と技量に合わせて新調したもの。

 厚い片刃の刀身を持つ武骨な剣である。俺では錬気を使っても持て余しそうな重量をしている。

 それを受け取ったゴルドルさんはブンブンとさほど重さを感じさせない手軽さで振り回す。


「ああ、やっぱり槍より剣だな。一番手に馴染む。よし行け、タカヒサ。おれが追いつけなかった場合も構うことはない。保険を使え」


 なんてゴルドルさんは気弱なことを言っていた。

 大丈夫かと思い顔を見る。

 ゴルドルさんは、バルドゥールから目を離さずに獰猛な笑みを浮かべていた。

 子どもが見たら泣き出しそうな、頼もしい笑みだった。


「行くぞ、浅野」

「え、あ……うん」


 これ以上粘るのは無粋以上に迷惑だ。

 浅野に声をかけ、俺はゴルドルさんに背を向けた。

 その瞬間。背後で金属音が鳴り響いた。


「どうした骨野郎。相手がおれじゃあ不満か?」

『いやいや、そうではない。ただ、二人いた方が楽しめそうだと思っただけである』

「は、安心しろ。おれァ周りに人がいない方が強いからよ。

 どのみち、あいつは追わせんがな。この前は守ると言っておきながらおれが先に脱落した。約束はもう破らん」


 走りながら振り向くと、ゴルドルさんは大剣でバルドゥールを叩き伏せていた。

 ゴルドルさんならば心配はいらないだろう。

それよりも考えるべきは、これからどう動くかだ。


 浅野が魔法を乱打してくれたおかげである程度魔族の動きを遅らせることができた。

 しかし、それも魔法が届く範囲に限ってのこと。

 俺たちは戦場の中心付近を通ってきた。そのため魔族の足並みは揃わず北側と南側に大きく突き出していた。

 ずいぶんと攻め込まれてしまっているようで、フォルトの結界までの道のりには数え切れないほどの魔族がいる。今ではもう魔族の本陣側から迫ってくるやつの方が少ない。


「これだとまっすぐフォルトに行くよりも迂回した方が早そうよね」

「だな。障害物が多すぎる」


 大きく迂回すれば走る距離は倍近くになるかもしれないが、あの数の障害物を突破するよりは難度も低いだろう。

 北か南か。どちらが空いているか伺っていると、フォルトのすぐそばで凶悪な気配が蠢いた気がした。

 魔力感知でカバーできる範囲じゃない。当然縄張りの外である。

 けれども直感の賜物か。確かに感じた。


 次の瞬間。黒い砲弾のようなものがフォルトの結界に衝突し、砕いた。

 間髪入れず新しい結界が張り直されたが、完全ではない。カバーしきれていない部分から魔族が結界の内側に入り込んでしまった。


 続けて嫌な予感がした。

 自分が死ぬとかそういう類ではないが、放っておいたらかなり胸糞悪いことになりそうな予感。


「っ、これは、ヤバいな」

「うん、急がないと!」


 浅野はとっさに敵が少なそうに見える北側の進路をとった。

 それは正しい選択だろう。急がば回れということわざもある。大量の障害物の中を突っ切るよりも障害物を避けて走った方が体力を温存できるし、速くて安全だ。

 早くフォルトに着けばそれだけ早く手を打てる。

 俺がいなくても保険は起動できるとはいえ、早く戻るに越したことはない。


 だから俺は、全力で走ることにした。


―――


 フォルトでもすぐに異常を察知した。

 征也たちが踏み抜いた罠は非常に強力なもの。兵士の大半が死んだことを含め観測していた兵士が確認し、伝心の魔法で伝えた。


「……なんですって!?」


 フォルト城、地下の一室で祀子に戦場の様子を伝えていた魔法兵は思わず叫び、慌てて状況を知らせに行った。

 その様子を見ていた祀子も異常事態が起きたことを察した。

 だが、フォルトの街の状況を確認しようとは考えなかった。

 もっと悪い状況を予想したからだ。

 村山貴久が仕掛けた保険。その要の式をいつでも使えるように魔力を貯め、準備する。

 しばらくすると魔法兵が平静を装い部屋に戻ってきた。

 それで誤魔化される祀子ではなかった。


「――外がどうなっているのか。説明を聞かせてもらえるな」


 普段より低い声で問い詰める祀子。その手にはバチバチと紫電が迸っていた。

脅しに恐怖したのもあるが、魔法兵は伝えるべきと判断し、要点をかいつまんで話した。


「フォルト軍が壊滅。撤退している最中。私の魔法も巻き込む人数が多すぎて使えない、か」


 祀子はフォルトの魔法陣に魔法の反動を肩代わりさせることで絶大な火力を放っている。

 一方、魔法陣を使える部屋からでは戦場が見えず、細かい調整は不可能。

 もしも今、ここから超規模魔法を放ったら間違いなく大量の兵士が犠牲になる。


「……なので、ヒノ様にはこちらに残っていただきます」

「私がいれば大規模魔法で切り返しができる。最悪、兵士を全滅させることになってもフォルトは守りきれる、と?」

「……はい。フォルトまで壊滅しては、魔王軍は一気に王都まで侵攻しかねません。そうなればここにいる兵士とは比較できないほどの人が死んでしまいます」


 フォルトが奪われれば魔族に更なる拠点を与えてしまうことになる。

 そうなれば、アストリアスは滅びにまた一歩近付いてしまう。

 それだけは防がなければならなかった。


 安全策をとるなら祀子はフォルトで待機しているべきだ。

 魔法兵が言った通り、頃合いを見計らって超規模魔法を放ってもいい。

 祀子なら貴久が用意した保険を発動することもできる。


 だが。


「そんなの、私が知ることか」

「ヒノ様!?」


 祀子は城から出ることを選んだ。

 追いすがる魔法兵に弱い風魔法を当て、しりもちをつかせる。


「私がこの街を守る理由は契約と、お世話になった人たちがいるからだ。

 その人たちは言っていた。息子が、夫が兵士だと。

 彼らを直接的にせよ間接的にせよ殺したら、私はあの人たちにどう顔向けすればいい」


 祀子は、理屈でしか他人の感情を理解できない。

 そんな祀子でも『国のため』なんて言われて親しい人を殺された人が怒り、悲しむことくらいは分かる。

 大規模魔法で魔族ごと殺すなんて論外。見殺しにだってしたくない。


「何よりだ。私の同郷の友人たちが戦場で危険な目に遭っている。

 お前たちの都合で待機なんて、冗談じゃない」

「……姫様との契約はどうなるのですか!」

「私が結んだ契約は『フォルトを守るため尽力すること』『魔王軍や他国に寝返らないこと』だ。私が出ることで兵士の犠牲も減らせるはず。魔王軍に味方するつもりもない。――何か問題でも?」


 祀子はふん、と鼻を鳴らして部屋に背を向けた。

 保険の発動にせよ、超規模魔法にしても当分は使えない。ならば自分が出陣し、敵を減らした方が有意義だ。

 契約に違反することは何もなかった。


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