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95.決壊

お待たせしております。

12月30日2時45分ごろ更新。一話目。

 街から城に戻った俺は即座に戦闘態勢を整える。

 といってもすることは簡単だ。出歩く用の服から特殊繊維で織られた服に着替え、長短一対の剣を腰に差し、太刀を背負う。魔法の袋も括り付ければ準備は万端。薬や携帯食糧、予備の武器なんかはあらかじめ袋の中に入っている。

 『灯り』の魔法の精霊を体に宿すことも忘れない。

 このところ精霊魔法は使ってないが、いざという時に生死を分けるかもしれない。使うと思っていなくても念のため体に宿していた。

 食堂でパンをくすね、歩きながら食べる。


 兵士たちも慣れたもので、速やかに集合、街の外で隊列を組む。

 その様子を傍目にゴルドルさんと合流する。

 兵士たちはずいぶん苛立っているようだった。

 行動自体は迅速なのだが、ときおり無駄口が聞こえる。


「くそ、またかよ」「いい加減にしろよな、魔族も」「また誰か……」


 エトセトラエトセトラ。毎日、魔族がいつ攻めてくるか分からない状況に置かれているのだから当然と言えば当然。

 その気になればいつでもフォルトを捨てられる俺ですら疲れているのだから、逃げ場のない彼らの疲弊は推して知るべし。いっそ魔族が総戦力で決戦を仕掛けてきてくれた方が助かると思ってしまう有様。

 こうして兵士を追い詰めるのもビスティの戦略なのだろう。

 早く援軍が来ないものか。このままではいつ兵士が暴走してもおかしくない。

 それに、だ。


「ゴルドルさん、今日はいつもより気を付けてください。嫌な予感がします」

「……本当か」

「ウェズリーたちから聞いてると思いますけど、普段から感じてる嫌な予感が波打ってる感じです。兵士たちも苛立ってる様子ですから、余裕があれば彼らも見といてあげてください」

「分かった。もともとそれがおれの役割だからな」


 じんわり滲みだしてくるような悪寒。

 今ならまだ手入れが間に合うかもしれない。手入れをしても時間の問題かもしれない。

 漠然と嫌な予感がするとしか分からない俺には手入れなんてできないのだが。戦場に関することならゴルドルさんに任せておくしかない。

 お姫様に聞いた話だとそろそろ大規模な援軍が到着するらしい。

 今日さえ凌げればなんとかなるはず。


 こちらが迎撃態勢を整えてしばらくすると、向かってくる魔族が見えた。

 大量の木偶魔族の群れが戦闘にいるだけあって、黒い塊に見える。

 それに向かって魔法が乱れ飛ぶ。

 日野さんが初手に放つ魔法もだんだんエスカレートしており、炎の竜巻やブリザード、果ては雷の雨が降る異常気象が発生していた。

 余談だが、風属性の魔法を複合すると攻撃範囲が広がっていい感じらしい。


 天変地異のような魔法の嵐を抜けてきた魔族に矢と小規模魔法が無数に襲い掛かる。

 フォルト側としては魔族を近づけたくない。離れていれば日野さんの魔法で安全確実に殲滅できるからだ。

 魔王軍も甘くない。押し寄せる木偶魔族は体が砕けようと構わず突進してくる。その陰に隠れて接近を試みる魔族もいる。

 何より厄介なのは弾幕に対処しつつ迫ってくる連中だ。攻撃への対処能力が示す通り、強い。

 先頭には四ノ宮や浅野もいるが分散して襲い掛かってくる連中に対応しきれるはずがない。次第に接近され、魔法兵が退いていく。

 乱戦が形成される。

 日野さんの魔法も射程ギリギリ、後方の魔族を撃つに留まる。そしてそれもほとんどの魔族が乱戦に混じると終わる。


「そろそろ動くぞ!」

「「「応ッ!」」」


 フォルト軍の中央近くにいる俺たちも動き始める。

 ゴルドルさんが号令をかけたら戦闘開始。魔族目がけて突撃し、各個撃破していく。

 俺は兵士たちと別行動する。ゴルドルさんの居場所が正確に分かる範囲内を動き回る。

 木偶魔族を蹴散らし、兵士が苦戦している魔族を辻斬りする。魔法の袋から兵士に救援物資を渡すこともある。

 付近に黒鎧の魔族が現れたら俺が迎撃するのだが、今日は気配がない。どこか違う場所にいるようだ。地獄の訓練はお休みらしい。


 こんな具合に戦っていればやがて魔族は退いていく。

 ビスティが何を考えているか分からない。

 今のやり方は魔王軍としてもうまくないはずだ。

 木偶魔族はいくらでも補充が効くようだが、それならもっと数を集めて一気に攻め込んでくればいい。数は力。連携なんてとれなくてもこちらの倍の数を揃えれば圧倒できる。

 兵士を苛立たせて内部崩壊でもさせたいのか。


 なんにせよ、俺が今考えることじゃないが。

もっと軍略に詳しい人らが指揮を執っているんだから、その辺の人たちが考えて対応するだろう。

 俺は余計なことを考えるよりも目の前の敵に集中すべきだ。

 雑魚魔族ならともかく、強いやつが混じっていることもある。余計なことを考えて注意が散漫になれば俺が死ぬ。



 戦場を動き回っていると、やがていつも通りに魔族が退いていく。

 今回はわりと平和に終わったな、と思って息をついた時だった。


「追撃をかける! 俺に続け!」


 魔法でも使ったのか、戦場に声が響き渡った。

 それは、聞き覚えのある声だった。


「なっ……に言ってんだあのクソ馬鹿は!?」


 四ノ宮だ。バカげたとしか言いようがない号令を掛けやがったのは。

 ぞわりと悪寒が背筋を舐める。嫌な予感が肥大化する。総毛立つ、という言葉を実感した。

 人が死ぬ予感がした。それも大勢。


「「「「「おおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」」」


 数秒の間をあけて、兵士たちが叫んだ。

溜まっていた鬱憤がそれほど大きかったのか、まるで地鳴りのように怒号が響き渡る。

 頭がぐらぐらする。突然の事態への混乱と、バカへの憤り、周囲の怒声サラウンド。足元が不確かになったようにふらついてしまう。

 とはいえここで失神するわけにはいかない。そうなったら俺が死ぬ。

 気張って腹に力を込め、俺もまた叫ぶ。


「退けええええぇぇぇぇええぇぇぇ!」


 周囲にいた一部の兵士はびくっと震えてこちらを見る。

 そいつらと目を合わせ、告げる。


「あの馬鹿の言うことは無視しろ! 熱に浮かされた周りのバカ共を殴ってでも連れ戻せ! 死ぬぞ! ……ゴルドルさん!」

「ああ、分かってる!」


 ゴルドルさんも大きく息を吸い「総員、撤退だ! 追撃はしない!」と号令をかける。

 腹に響く声は俺の叫びよりはるかに人の耳に届く。より多くの兵士がこちらを向き、立ち止まる。

 兵士たちには撤退を指示し、ゴルドルさんはあちこちで叫ぶ。俺も走りながら制止する。

 その度に多くの兵士が立ち止まる。四ノ宮の号令があいつの暴走だと告げるとほとんどの兵士は撤退命令に従った。

 だが、前のほうにいた連中はどうだ。

 四ノ宮の号令と共に駆け出し、距離が離れた。ゴルドルさんや俺の方が移動速度が上でも、兵士たちが邪魔で思うように走れない。

 どんどん嫌な予感が強くなる。


「ひ、ヒサ!? これはどういう状況なんだ!?」


 幸いにも暴走に加わらず、無事でいてくれたウェズリーが俺に併走しながら声をかけてきた。


「四ノ宮のバカが暴走しやがった! シュラットは!?」

「お、おれもいるぜー?」

「よかった! それならお前たちはフォルトに戻って住民の避難誘導をしてくれ! 撤退した兵士たちにも声をかけろ。動いてくれないようならお姫様かジアさんあたりに俺からの要請だって伝えてくれ! あと、治療所にも声をかけてくれ! チファがいる!」


 人のことを友達呼ばわりしやがるんだ。被害を最小限に抑えるために協力してもらう。

 このままではお姫様自身だって危険なのだから。


 フォルト軍は完全に分断された。

 戦場側に、この二週間の恐怖と鬱憤を晴らすべく突撃するバカ軍団。

 街側に、ゴルドルさんの号令に従い撤退した兵士たち。

 人数比は3:2程度。前者が多い。

 仮にバカ軍団の被害が半分程度で済んだとしても、兵士の三割近い数。

 可能な限り退かせなければフォルト軍は組織として機能できなくなる。そうでなくても兵力がごっそり減るのは避けるべき事態である。


「……クソが、どうして俺がフォルト軍の心配なんてしなきゃいけないんだっつーの!」


 もっとも確実かつ早く帰るために必要だから、と分かっていても愚痴が出る。

 突撃してった兵士もフラストレーションがたまっていたのは分かる。この二週間、ずっとなぶるような魔族の攻撃を受け続けて来たのだから。

 それでも。あとちょっと持ちこたえれば援軍も来て攻勢をかけられるのだから我慢しろ、と思うのはワガママだろうか。


「いや、それ以上にあのクソ馬鹿だな。勇者っていうか単なる扇動者アジテーターじゃねえか。なんでこんなバカをしやがった……!」


 号令を掛けやがった四ノ宮はどういう了見をしていやがるのか。

 せっかく坂上の助力で命を落とす連中も減っていたのに、それを台無しにするつもりなのか。


 ウェズリーとシュラットに街の事を任せ、俺は兵士たちを撤退させる。

 全力で走り、バカ軍団に加わりかけている連中を引っ張り倒して帰れと言う。

 次に人が固まっている場所はどこだ、と辺りを見回した時だった。


 全身を虫が這いまわるような、激烈な悪寒がした。

 先ほどバカが扇動した時よりなお嫌な予感。


「っ、さっ、がれえぇえぇぇl!」


 とっさに扱えるだけの錬気を喉と腹に集め、全力で叫んだ。

 近くにいた連中は声に気付いたのか立ち止まる。

 だが、最前線で突撃している連中にはとうてい届かない。

 そいつらが撤退していた魔族の背に触れようか、という瞬間。


 大地が震え、幾本もの光の柱が立った。


 一拍遅れて轟音と衝撃。

 抵抗することもできずに俺と周辺の兵士たちは吹き飛ばされる。

 空中で受け身をとり、着地。幸いにも土ぼこりは衝撃が起こした突風によりすぐに取り払われた。

 そして。晴れた視界の中には、


「……はは、マジかよ。そういうことか」


 数える気が起きないほどの木偶魔族。

 今の衝撃の中で生き残った兵士を血祭りに上げる魔族。

 加えてどす黒い魔力に染められた、フォルト近辺の魔物の軍勢がいた。

 フォルト近辺で魔物が減っていたのは魔王軍に兵隊として取り込まれていたから。

 あの光の柱は魔法による罠なのだろう。

 まんまと引っかかった馬鹿がいたら見逃してくれるわけがない。

 四ノ宮の号令で突撃した兵士は全滅したと思っていいだろう。四ノ宮と浅野の生存もあやしい。

 フォルト軍は、事実上の全滅状態で、最初の一戦よりも戦力を充実させ、こちらが見せた手札に対抗手段を得た魔王軍とやり合わなきゃいけないわけだ。


「無理ゲーにもほどがあるな。おい兵士たち、さっさと引き上げるぞ!」


 なんにせよ、まずは体勢を立て直さないことにはどうにもならない。

 立て直せたとしても十中八九フォルトは壊滅する。

 俺としてはさっさとフォルトを捨てて逃げたいところだが、あそこにはチファたちがいる。

 せめて俺を助けてくれた人たちが逃げ出す時間くらいは稼がなければならない。

 フォルトは帰るための最短経路であるが、唯一の道というわけではない。無理をしてまで守る必要はない。

 街を潰してでも逃げる時間を稼いでやる。

 そのために手間をかけて保険をかけたのだから。


このまま数日中にハズレ勇者の奮闘記の最後まで投稿予定です。

重大な齟齬などが見つからなければ。

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