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93.二度目の戦場

 当然のように魔族は三度目の攻撃を仕掛けてきた。

 前回の戦闘ではフォルト側が勝利したと言っていい状況だった。損害はあれど甚大ではなく、日野さんの魔法と兵士集団による各個撃破で魔族には大きな打撃を与えることができた。

 追撃すれば全滅させられたのでは、と一瞬思ったが、すぐに考えを改めた。

 魔王軍には黒鎧の魔族がいた。俺を殺したのち、本陣側に退いたらしい。

 黒鎧が好き勝手に暴れていたということは師匠が足止めをされていたということ。足止めできるようなやつと戦ったのなら師匠も多かれ少なかれ消耗していたはず。

 戦った感じ、黒鎧の戦闘力は別格だ。本気を出されたら師匠以外では太刀打ちできない。

 消耗した状態では師匠すら返り討ちに遭うかもしれない。


 そんなバケモノがいる場所に、迂闊に追撃なんてかけようものなら無双されて終わる。

 フォルトとしては増援が来るのを待った方が得策。追撃は行われず、決着はつかなかった。

 そして今日、魔族が三度目の攻撃を仕掛けてきた。


 俺は約束通りゴルドルさんの部隊に合流することになった。

 役割は危機察知と武器補充。渡された袋に予備の武器とゴルドルさんの武装を詰めて、ゴルドルさんの部隊と行動を共にする。

 ゴルドルさんの武器はみんなでかい。ゴルドルさんは騎乗して戦うことが多いため全部を背負っていたら馬が潰れる。その問題を解決し、武器を使い分けるために袋は重宝していたそうだ。

 俺に袋を渡した今は長槍と大弓、矢筒を背負っている。


 前回、前々回どちらの戦いでもフォルト側が勝利したおかげで戦線は押し込まれていない。戦場となる場所は概ね変わらない。

 数日前まで戦場だった場所と聞くと腐乱した死体の山がありそうで身構えたが、そんなことはないとのこと。フォルト兵の遺体は回収され、魔族の遺体は衛生上の観点から焼き尽くされたらしい。

 馬に乗ったゴルドルさんについて戦場へ向かう。かなり大きい馬だ。足も太く、蹄もでかい。体高二メートルくらいありそう。


 道中、治療所などの準備をしている人たちから兵士に声がかけられた。

 がんばれ、とか。負けるな、とか。兵士たちも力強く応えている。

 最前列を歩く四ノ宮や浅野には一際強い声援が送られていた。四ノ宮も如才なく対応していた。

 ぜひ頑張ってほしい。おそらく雑魚散らしでは師匠より四ノ宮たちの方が有効。フォルトの平和はあいつらの殲滅力にかかっている。

 一方、ハズレの勇者に声援なんてない。

 それを当たり前だと受け止めて詮無いことを考えていると、


「ぜったい死んだらダメですからね、タカヒサ様!」


 ものっそい聞き覚えのある声が耳に響いた。

 一瞬、幻聴かと思った。


「ほどほどに頑張ってください! 危ないって思ったらすぐに逃げてくださいよ!」


 直後にもう一度同じ声が響いた。

 全身、錆びついたブリキ人形のように動きが硬くなった。

 ぎぎぎ、と音がしそうなほどゆっくりと声がした方を向く。

 するとそこには、いつもと変わらぬ服装で包帯を抱えたチファがいた。

 ゴルドルさんに確認をとる前に体が動いていた。最短距離を直進してチファの眼前に立つ。


「なんでチファがこんな危険地帯にいんの!?」


 全ての疑問はこの一言に集約される。

 強力な回復魔法が使えるわけでもないじゃん、とか。メイドとしてフォルトにいた方が安全じゃん、とか。あらゆる思いを込めた。

 チファは涼しい顔で答える。


「ここが、わたしが一番役に立てそうな場所だからです。この前、タカヒサ様が無茶をしたと聞いてもわたしは怒れませんでした。わたしは安全な場所にいたからです。だから、同じ場所に立てるようにシホ様に頼んだんです。簡単な傷の手当てや、包帯や薬を運ぶくらいならできますから」


 ほら、と両手いっぱいに抱えた包帯を見せてくる。どことなく得意げである。


「まだ同じ立場なんて言えませんけど、一歩近付きました。だから、偉そうに言います。自分の安全を第一に考えてくださいって」

「だからって……! 言ったろ、絶対に勝てるとは限らないって。なのにわざわざ外壁から出るなんて……! ていうか、チファのその行動こそ自分の安全を第一に考えてないだろ」


 驚きのあまり叫びそうになったが、ぎりぎり踏みとどまる。声を殺しチファを叱る。

 チファにはフォルトが陥落する可能性も伝えてある。その場合にスムーズに逃げられるよう準備しておいた方がいいとも言ってある。

 なのに、怒れなかったなんて理由でこんな場所に来てしまったのか。


「実は、怒れなかったからっていうのも理由の全部じゃないんです。ウェズは傷だらけで、シュラは死んじゃうような大怪我をして。タカヒサ様に至っては、本当に、死んじゃって。そんなことになってるのに、わたしだけ何もしないなんて嫌なんです」

「……勝利を信じて待って、帰ったら料理を振る舞って、ってのも立派なことだと思うぞ」

「それは負ける可能性を考えていろいろ準備してる人の言葉じゃないです」


 言い負かされた。確かに負けるかもと逃げる準備をしている奴が勝利を信じるなんて言っても説得力がまるでない。


「勝った時に食べるような料理を作る人はたくさんいます。みんな、わたしより料理も上手な方ばかりです。もちろん、わたしが戦場に出ても足手まといにしかなれません。けど、治療所は人手が足りなくて、お手伝いならわたしにもできる。……きっとここが、わたしが一番力になれる場所なんです。ここで戦う人を支えることがわたしの安全に繋がります」


 ぐっと包帯を握りしめたチファがこちらをまっすぐ見据えてきた。

 ……ちくしょうめ。何も言い返せない。論戦で負けたとかじゃなくて、チファの意気に飲まれてしまった。

 はあ、と小さくため息をついた。

 これは梃子でも動きそうにない。


「じゃあ、せめて約束をしよう。俺は自分が危ないと思ったら他の何を見捨てても逃げる。だからチファも、危なくなったらすぐに逃げてくれ。治療する人が倒れたら治療できる人がいなくなるんだ。治療所で働くなら、逃げるのも仕事の内だ」

「はいっ!」


 元気のいい返事。本当に分かってくれているのかちょっと不安になる。

 二度目のため息が出そうな俺をよそに、チファが治療所の人に呼ばれた。自分も役に立つと言っていただけあって、気合いを入れた様子でそちらに走っていった。

 俺もゴルドルさんたちのところに戻る。頭を下げるとゴルドルさんは苦笑いして「あんま勝手に動くなよ」と言った。

 幸い今回は兵士たちも半笑いで許してくれているが、一応は集団に所属したのだから最悪でも邪魔しないようにしなければ。

 先に相談しておこう。


「ゴルドルさん、俺にできることはなんですか」

「危険を察知してくれりゃそれで十分なんだが……って言っても聞かねえよな、その様子じゃ」

「聞きますよ。他にもできることを探すだけで」


 言うと、ゴルドルさんは苦笑を深めた。


「それを聞かねえって言うんだよ。ったく……動かれるとおれも守るのが難しくなるんだが。それでもか?」

「それでもです。危険を感じたらすぐにゴルドルさんのとこに戻りますし。安全に越したことはないですが」

「……はっきり言って、お前は集団戦に不向きだ。ていうか対応できねえだろ」

「自覚はあります。半分くらい反射で戦ってますんで」


 攻撃された時。俺は考えるより先に体が動く。師匠との訓練の成果だ。

 この反射は自分を守るためには有効に働いても、他の人と連携をとるには向かない。条件反射的に動いてしまうようなやつ、俺でも相方にしたくない。


「だったら、動き回れ。常に動いて魔族に狙われんな。そんで、攻撃できそうな魔族をかたっぱしから攻撃しろ。仕留められなくてもダメージを与えてくれれば他の兵士が何とかする」


 おれの近くで動いているならフォローもできる、とゴルドルさんは言った。

 俺は魔力を使えないが、生命力――錬気は勇者級に持っている。爆発力では錬気と魔力を併用できるやつに劣るが、量が多く燃費がいいだけに長時間強化を維持できる。

 ならば、常に動いて敵に攻撃される危険を減らし、コンスタントに攻撃するのが有効。


「わかりました。辻斬りアタックですね」

「……ひでえ名前だな、それ」


 ゴルドルさんの表情は、苦笑を越えて引きつっていた。名前がひどいことは認めるが、ゴルドルさんが言った戦い方を表す言葉を他に知らない。

 話しながら歩いているうちに小高い丘に差し掛かる。前回の戦闘の後、地形的優位を得るために日野さんが作ったのだ。地形も調整できるあたりチートくさい。

 だいたいどの範囲ならゴルドルさんのフォロー圏内か。優先的に攻撃すべき魔族はどれか。軽く打ち合わせをしながら丘を登りきる。

 緩やかな丘だが距離が長い。頂上はけっこうな高さだった。

 いっそ土壁でも作ってしまえばいいと思ったのだが、魔族側に急な斜面を作ると崩された時に上にいる兵士が埋まってしまうのだとか。壁にした場合の強度とか他にも問題があるらしい。

 そのあたりは置いておくとして。今見るべきは魔族である。土煙を上げてこちらに接近している。

 魔族を高い場所から見ると気付くことがあった。


「……おかしいな」

「ん? 何がどうおかしい」

「大したことじゃないんですが、魔法陣の設置の時に見かけた軍勢だと、もっと木偶人形の割合が少なかった気がするんですよね」


 前々回。初戦を城壁の上から見た印象だと、黒い木偶魔族はこれほど多くなかった。

 初戦で日野さんの魔法により数を減らしたはずの魔王軍だが、こうして見ると数が減ったように見えない。数が減った分を木偶魔族で補っているのだろうか。


「普通の魔族がヒノの魔法で消し飛んだんじゃねえのか?」

「かもしれないですけど……それだけだと、あの木偶人形の補充が早すぎる気がするんですよね」


 木偶魔族は前回の戦いでも前々回の戦いでも数え切れないほど死んでいる。

 にも関わらず、減っている様子がない。

 異常だ。あれだけ殺されても簡単に補充できるほどの数がいるなら最初から物量攻撃で押し潰せばいい。増援の到着がめちゃくちゃに早いというなら普通の魔族も増えていていいはず。あの大して速くない木偶魔族ばかり補充される理由には弱い。


「お前の勘で、あの木偶魔族は危険な相手か?」

「……数次第ですかね。一体二体なら余裕。でも数十、数百に押し寄せられたら対処しきれない」


 木偶魔族の力は数だ。数の暴力は強い。一体一体が弱くても油断できるものじゃない。


「だな。厄介なのは数だ。ヒノたちがうまいこと機能してくれればいいが」

「大丈夫だと思います。いくつかパターンを考えて、すべてに対策を打ってますから。……ちょうど来ましたよ」


 黒鎧に魔法を消されるのだって予想済み。もう意表は突かれない。

 フォルトから赤い光を放つ巨大な球体が魔王軍めがけて飛んで行く。

 黒い炎のようなものが阻止しようと動いた瞬間。

 炎球は爆発した。

 一塊の巨大な炎弾ではなく、数百数千の火弾にばらけ散ったのだ。

 黒鎧の脇を悠々通り過ぎ、魔王軍に着弾。例の炎対策魔法で防いでいるおかげかさほどの損害はなさそうだが、降り注ぐ火球に対応しきれないやつから燃えていく。

 ときおり氷塊や岩石が混じる。魔王軍もそれぞれに対応する防御魔法を準備していたが、立て続けに放たれる魔法を処理しきれていない。

 炎や氷が降り、魔王軍が防ぎ、防ぎきれなかったやつから死んでいく。

そんなことが何度も繰り返される。どんな防御魔法でも魔力が尽きたら使えなくなる。コストパフォーマンスがいい魔法と言ってもあれだけの範囲を守っていれば消耗は激しい。いずれ限界が来る。

 いくつか着弾する前に消される魔法もあるが、着弾し炸裂している魔法も多い。


「数で押す雑魚に狙いを定めたのか」

「ですね。強いやつはどうせ大味な魔法じゃ倒せないんで、数を減らすらしいです」

「堅実だな。おれたちとしても戦いやすい。……と、余裕ぶっこいてるヒマはないな」


 味方の犠牲をさして気にした様子もなく魔王軍はフォルト軍に肉薄する。先頭は黒鎧。前回の戦いから乱戦に持ち込めば大規模魔法は使わないと考えているのだろう。

 正解だ。味方を巻き添えにする魔法なんて下策としか言いようがない。

 魔王軍の先頭がフォルト軍の先頭に接触した。

 先陣で青と紫の光が奔る。四ノ宮の聖剣と、浅野の電撃。雑魚はあの二人が減らしてくれる。

 問題の黒鎧は師匠に任せるとしよう。

 俺も任され、引き受けた役割がいくつかある。そろそろ動く頃合いか。


「それじゃゴルドルさん。俺もそろそろ出ますね」

「ああ、くれぐれも気を付けろ。袋、落とさんようにな」

「注意します」

「……よし、おれたちも行くぞ! タカヒサに続け!」

「「「応ッ!!」」」


 俺が戦場に向かって駆けだすと、背後から鬨の声。ゴルドルさんの部隊も動き始めた。

 乱戦の中に飛び込む前に全身を錬気の鎧で覆う。念のため出力は高め。こうしておけばたいていの攻撃なら喰らっても弾き飛ばされるくらいですむ。

 長剣を抜き、魔族と兵士の中に突入する。

兵士は連携をとって戦い、魔族は保身も考えず殺すことに熱中している様子。

 連携では兵士が優位。しかし自分の安全を考えていない魔族の勢いはすさまじい。木偶以外の魔族はそれなりに強く、兵士が負けることもあり得そうだった。

 なので俺は、手近な兵士と戦う魔族の足を斬りつけた。


「ガッ――――!?」


 きちんと鎧のない部分を狙って斬った。体勢を崩した魔族は足を確認しようとして、気が逸れたところを兵士に殺された。

 ――まずは一体。

 すぐに離脱し、その後も同じことを繰り返す。

 拮抗した戦いを繰り広げているところに横槍を入れ、魔族に手傷を負わす。


 先ほどゴルドルさんにヒントをもらい、勝手に請け負った役割。

拮抗した戦いを兵士有位に傾けること。


 魔族を仕留める必要はないのだ。拮抗しているところで不意に手傷を負わされれば気が動転する。仮に防がれても隙を作ることができる。隙ができれば兵士に仕留められる。ちょうど、前回の俺がされたように。

 錬気で強化した脚力を以って高速で動き続け、目についた強めの魔族に手傷を負わせていく。

 疲れてきたら一旦離脱、休憩。

 無理はしない。無理してまた死ぬなんて御免である。


 乱戦に割り込んで離脱して、割り込んで離脱して。しばらく続けて時間が経つうちに兵士たちも消耗してきた。

 行動方針をシフト。もうひとつの役割を果たす。


「薬と武器です。使ってください」

「お、おう……って、お前は――」


 魔法の袋に詰めてある薬品や替えの武器を消耗した兵士に渡す。

 背後で兵士が何事か叫んでいたが、気にしない。守りの薄い俺にとって戦場で止まるなんてリスキー過ぎる。

 この世界には普通の薬と魔法薬がある。魔法薬は即効性に優れるため、他の仲間に守ってもらうなり敵がいない場所を探すなりすれば戦場でも回復できるのだ。

 また、戦場ゆえにあちこち武器は転がっているがほとんど血と脂で使い物にならない。拾っても、使えるのはもともと鈍器としての面が強い大剣くらいか。

 回復と装備の補充。これがあるだけで兵士の損耗率は大きく下がる――はず。

 しばらく辻斬りアタックを続けていたところに横やりが入った。

十体ほどの魔族に囲まれたのだ。どいつもこいつも息が荒い。


「フフゥ、なかなか活きがよいのがいるではないか。貴様も我が手駒にしてやろう」


 青白い男だった。見た目はほとんど人族と変わらない。妙に細く、血色が悪い程度の姿。俺を囲んだ魔族たちとはまるで違う。

 ものすごく顔色の悪いそいつは興奮した様子。それでも顔は青いのだが。


「長らく待たされた。少しはよい駒が見つかれば、という程度にしか期待しておらなんだが……よもやこれほどヘンテコな生物に当たるとは。運がよい」

「……言いたいことはいろいろあるが、ヘンテコな生物とかお前らには言われたくない。俺を囲んでる魔族も、中途半端な角を生やしてたり青い肌だったり――生物としてどんな合理性があるんだっつーの」

「それは手厳しいな。だが、私に言わせれば貴様の方がよほど奇怪だ。魔力を持たない生物とは!」


 青白魔族が腕を振ると周囲の魔族が一斉に襲い掛かってきた。

 今まで斬った魔族とは違い統率された動き。だが、魔族たちの目に光がない。手駒という言葉から察するに青白魔族が操っているのだろう。

 個々の動きはさほど速くない。他の魔族が乱入してくる前にいくらか片付ければどうとでもなるか。

 俺を囲む中でも一際大きな魔族は体が岩のような甲殻で覆われていた。

 外見相応に硬そうなので簡単に片づけられそうな魔族の方に突っ込み、右手の剣で手近な魔族の首を落とす。左手で逆手に短刀を抜き、すれ違いざまにもう一匹の頸脈を撫で斬る。

 しかし、致命傷を負ったはずの二匹はそのまま体当たりしてきた。

 全員呼吸しているようなので生きた魔族を操っているものだと油断した。片方は首を飛ばしたのにそれでも動くとは。


「ッ、やば――!?」


 後ろで一際大きな、岩人形のような魔族が両腕を振りかぶる。

 避けようにも斬った魔族がまとわりついて来て動きづらい。

 真っ向から受けたらヤバい。錬気解放して逃げようとした瞬間。

岩人形が爆散した。


「……ふ?」

「……へ?」


 どばがん、と岩盤を発破したような音に驚き、俺も青白魔族も岩人形魔族がいたところを見る。

 岩人形魔族はものの見事に粉砕されていた。上半身から足の付け根のあたりまでまるまるなくなっている。


「おいタカヒサ、無事か!」


 大声をあげながらゴルドルさんが馬を駆けさせて来た。その手には巨大な弓が握られている。

 まさか、弓矢で岩人形が爆散させたのか?

 そういえば他の魔物が襲い掛かってこないな、と思って辺りを見ると、ゴルドルさんから岩人形魔族のいた場所を結ぶ線とその延長線上が抉れていた。延長線上にいた魔族は流れ弾で抉られたのだろう。延長線上にいなかった魔族も動きを止めている。青白魔族が動かすのを忘れているからか。


「ふ、ふふ、舐めるな! この場ならいくらでも駒は補充できる!」


 青白魔族がゴルドルさんを睨んで啖呵を切った。

 近くにいた魔族がびくんと震え、こちらに向かってきた。こいつの能力は他の生物ないし死骸を操ることなのだろう。

 青白魔族は新たな手駒をゴルドルさんに差し向けた。ゴルドルさんは無言で矢筒に手を伸ばす。

 その手に握られたのは黒い矢だ。ほぼ全体が鉄でできており、普通の矢よりもはるかに重い。

 埒外に重い矢を巨大な弓につがえ、引き絞る。馬を走らせたまま、放つ。

 わずかな魔力が矢にまとわりついている。空気が渦巻き矢に強烈な回転をつける。

 矢は操られた魔族をやすやす貫く。魔法もかけられていたのか、矢の軌跡を中心に真空波が巻き起こり、操られていた魔族はこう……しっちゃかめっちゃかになった。あまりじっくり見たくない。


「な……ぐひゃっ!?」


 結果的に盾になった魔族たちのおかげで軌道がずれていたらしく、真空波で肩と頬を切るだけで済んだらしい。本人の肉体は見た目通り弱いらしくしりもちをついていた。

 悔しそうにゴルドルさんを睨んでいたが、怖い顔で怖い表情をして馬で突撃してくるゴルドルさんにビビったのか。青白い顔をいっそう青くして逃げ去っていった。


「お、覚えていろっ!」


 いっそユーモラスな捨て台詞を残して青白魔族は逃げて行った。

 その背に向かってゴルドルさんがもう一度矢をつがえるが、巻き込む位置に兵士がいたため放つことはなかった。

 兵士がどく頃には青白魔族の姿は見えなくなっていた。魔力感知にも引っかからない。青白魔族の魔力はそこそこ大きいもののここは戦場。魔法がガンガン使われているせいで個別に魔力を辿るのは難しい。


「助かりました、ゴルドルさん。ありがとうございます」

「いや、気にするな。お前ならあれくらい自力でも切り抜けられただろう」

「できないことはなかったと思いますけど、消耗したでしょうから。錬気解放使う寸前でしたし」


 こちらに向かってきたゴルドルさんは大弓を背負い直し、長槍を抜いていた。お互い群がってくる雑魚魔族を斬りながら軽く会話する。

 その最中もゴルドルさんは自分が率いている兵士から目を離さない。自分の戦いに集中しなくても敵を物ともしない様子は非常に頼もしい。

 

 ゴルドルさん周辺を走り回って魔族を斬ったり兵士を助けていると、どごん、と地響きのような音。少し離れた場所で魔族とフォルト兵が吹き飛ばされた。

 衝撃の中心地にいたのは、


「黒鎧!? あいつは師匠の担当じゃなかったのかよ!」

「ヨギは普通の兵士じゃ手に余りそうなやつを仕留めてる! 黒鎧は見つけ次第最優先で当たってるようだが、ヨギは今戦場の逆側にいる……クソが、影武者たてやがったな!」


 黒鎧に対抗できるのは師匠だけ。黒鎧は単体でフォルトを滅ぼしかねない存在だ。相応のマークがされている。師匠も黒鎧がいたという方向に配置されていた。

 だが、目の前にいる黒鎧は間違いなく本物だ。感じる危険度が半端じゃない。

 もともと細身に黒い全身鎧という姿。特徴的ではあるが、真似るのは難しくない。おそらくビスティが黒鎧を動かしやすいよう代役を立てたのだろう。魔力感知で確認もされたはずだが、ビスティに偽装されたら見抜くことは困難。

 師匠に当てられた影武者だって相当な強さを持っているだろう。そうでなければ師匠の足止めなんかできやしない。少なくとも師匠と相性がよくて足止めが得意なやつを当てたはずだ。

 つまり、師匠がいつこちらに来るかは分からないということ。


「……ゴルドルさん、これヤバくないですか?」

「……ヤバいな。逃げるのが最善だが、おれが逃げたら兵の士気に関わる。あっさり殺されても下がるだろうが。タカヒサ、大剣を寄越せ」


 言われるがまま袋から大剣を取り出し渡した。

 ゴルドルさんの額からも汗が伝っていた。黒鎧の魔族はそれだけヤバのだ。

 十中八九、黒鎧はこちらに気付いている。逃げたところで後ろから刺されて終わり。

 にっちもさっちもいかない俺たちはそれぞれ武器を構える。ゴルドルさんは馬から下りて副官に引き渡した。


「おいタカヒサ、あれとやる上での注意事項とかないか」

「最初は手を抜いてますけどどんどん強くなっていきます。そういう制約があるわけじゃなさそうですけど。基本は近接。魔法はそんなに使わない。持ってる武器は変幻自在で使う武器もコロコロ変わるって具合です。あと硬い」

「そんじゃあおれが攻撃した方がいいか」

「……いえ、俺が反射的に守れるのは自分だけなんで」

「そうか。なら攻撃は任せた」

「うまいこと隙を作れたら一発ブチかましてやってください。もう一度同じ相手に殺されるとか、ゴメンですから」


 違う相手でも殺されるのは勘弁願いたいところだが。死ぬなら寿命で大往生が良い。

 周囲にいた存在を敵味方問わずに吹き飛ばしながら黒鎧の魔族はこちらに進んでくる。正確に言えば目標はフォルト。俺たちがフォルトと黒鎧の間に立っているに過ぎない。

 その証拠に黒鎧の注意は周辺に配られている。師匠を警戒しているのだろう。

 衝突寸前。黒鎧がこちらを見た。


『……!?』


 そして、一瞬止まった。

 その隙を見逃すゴルドルさんじゃない。気合い一閃、巨大な剣を黒鎧の魔族目がけて振り下ろした。

 大剣の一撃は過たず黒鎧に命中した。

 黒鎧はとっさに腕を盾にしたものの直撃を浴びた。重々しい音を立てて吹っ飛んでいく。


「……この程度で仕留められてりゃ楽なんだが」


 常人なら防いだ腕がちぎれて頭が割れて右半身と左半身が泣き別れしているような一撃を喰らわせながらもゴルドルさんの表情は晴れない。

 俺も同じだ。黒鎧は何事もなかったかのように立ち上がったのだから。

さしもの黒鎧も無傷とはいかず、盾にした右腕をひしゃげさせていた。

 俺もゴルドルさんも全力で警戒しながら剣を構えた。片腕を潰したからといって油断できるような相手じゃない。

 ゴルドルさんならともかく、俺なんて黒鎧に本気を出されたら片腕でぐちゃーだ。

 彼我の圧倒的な実力差のせいで迂闊に攻め込めない。

 もしかしたら片腕を痛めたことで退いてくれるかもしれないという希望的観測もある。

 そんなことを考えながら警戒をしていたのに。


「「!?」」


 一瞬、黒鎧の姿を見失った。ゴルドルさんが身構える。

 その直後。黒鎧は俺の眼前に迫っていた。慌てて飛び退る。ゴルドルさんも距離をとった。


『…………?』


 警戒していたところをあっさり近寄られ気が動転している俺たちをよそに黒鎧は小首をかしげた。不思議がっているらしい。

 その様子を見て危機を察知できなかった理由を悟る。

 今の黒鎧は全く殺気を放っていないのだ。武器すら持っていない。

 師匠の訓練で身に付けたのは危険に対する反射。殺意どころか害意もない丸腰の相手には発動してくれなかった。


「……おいタカヒサ、あいつ」

「はい。たぶん、俺が生きてることを不思議がっているのかと」

「だろうよ。おれだって自分が殺した相手が平然と生きてたら気にもなる」


 俺は黒鎧に殺された。けれど坂上の蘇生魔法によって復活した。

 黒鎧は俺が生き還ったことも、どうやって生き返ったのかも知らないはず。さきほど一瞬動きが止まったのも、平然と生きている俺を見て驚いたからだろう。

 黒鎧はまあいいか、とばかりに首を振った。


「ところで今、どう近付かれたか、見えたか?」

「かろうじて。そこそこ真面目に戦う師匠の動きも見えるようにはなってたんですけどね……」


 いまだに本気を出した師匠の動きは見えない。見えるのは錬気と軽めの強化魔法を併用した時の速度までだ。

 師匠にとって、俺に見える限度の速度が戦う時の標準速度らしい。黒鎧も師匠と互角に戦える以上、それくらいの速さはあると思っておくべきだった。

 つまり、逃げられない。

 ……これはヤバい。とてもヤバい。

 黒鎧が何で手抜きをしているかは分からない。

 分かるのは、こいつが手抜きをやめた瞬間に俺もゴルドルさんも死ぬことだけ。


「……今、ヨギが来てくれりゃあな」

「片腕潰せてますもんね。千載一遇のチャンスなのに」


 無い物ねだりをしたって仕方ない。俺とゴルドルさんはそろって剣を構える。


「タカヒサ、おれには構わず好きに暴れて構わん。可能な限り援護する。守りきれなかったら、悪い」

「そうなっても責める気はないですよ。戦場に出るっていうならこういう可能性も考慮しておくべきでした」


 頼まれたのは確かだが、最終的に戦場に出ると決めたのは俺自身だ。それを責めるのはお門違いというものである。

 それに、まだ詰んだわけじゃない。黒鎧が手加減をしているうちは生き残る目がある。運が良ければ粘っているうちに師匠が来てパパッと片付けてくれるかもしれない。

 とりあえず死ぬ気で抵抗する。諦めたら死ぬ以上、諦めるなんて選択肢はない。

 俺とゴルドルさんが肚をくくると、待っていたかのように黒鎧が動き出す。

 ひしゃげていない左腕に作り出したのはオーソドックスな形状の黒い剣。

 意識を集中させる。黒鎧がどうして手加減するのか分からない以上、一瞬でも気を抜いたら死ぬと考えておく。一挙手一投足を見逃さない。

 ふっ、と霞のごとく黒鎧の姿がブレる。

 今度はかろうじて目で追える速さ。体は勝手に反応する。

 左側面。ゴルドルさんがいない方からの刺突。俺が回避したらゴルドルさんに直撃するコース。黒鎧の姿勢は低く、ゴルドルさんからは俺の体で隠れて見えない。

 だが俺は、構うことなく黒鎧の刺突を回避した。


「っ、らぁッ!」


 なぜならゴルドルさんは黒鎧の動きを捉え、動き始めていたからだ。

 ゴルドルさんは俺より長く師匠と稽古し、師匠が一目置いている人。俺が捉えられるような動き、ゴルドルさんが対応できないはずがない。


 裂帛の気合いと共に繰り出される袈裟がけの一斬。前に跳び出すように黒鎧の攻撃を避けた俺の髪をかすめる。

 黒鎧は細身でさほど大きくない。作り出した剣も普通の兵士が持っているものと大差ない大きさだ。

 対するゴルドルさんは二メートル以上ありそうな長身。腕も身長に比例したように長い。そのうえ武器も刃渡り1.5メートルほどありそうな大剣だ。

 リーチはゴルドルさんが上。黒鎧の刺突がゴルドルさんを貫くよりも、ゴルドルさんの大剣が黒鎧の頭を叩き割る方が早い。

 黒鎧は突きを引っ込めて大剣の一撃を防ぐ。

 攻撃を途中でやめたせいでバランスを崩した黒鎧は大剣をいなすことができず、剣がぶつかり合う衝撃に膝をついた。

 間髪入れずゴルドルさんは左手を剣から放した。右腕で大剣に力を込めて黒鎧を押しとどめ、赤褐色に変じた左拳で黒鎧を殴りつける。


「剛ぉぉぉう!」


 黒鎧はひしゃげた右腕を盾にするも防ぎきれない。拳は腕の上から頭を打ち抜いた。

 ゴルドルさんが持つ技能のひとつ、剛体法。一時的に筋力と体表の硬度を激増させる能力。今の打撃は腕と同じ大きさのハンマーにも劣らない衝撃だったはず。


「タカヒサぁ!」

「はい!」


 殴った直後。ゴルドルさんが叫ぶ。

 言われるまでもない。あのくらいで黒鎧が死ぬはずがない。追撃だ。

 ゴルドルさんは大剣を手放し、背中に担いでいた大弓に鉄の矢をつがえている。

 俺の役目は、引き絞り放つまでの時間を稼ぐこと。放った瞬間に黒鎧の視界を潰せればなおいい。

 黒鎧は弾き飛ばされながらも姿勢を整え、足から着地した。完全に体勢を整える前に連続攻撃を叩きこむ。

 後ろに飛ばされる勢いを殺しきれていなかった黒鎧は後退しながらも俺の攻撃をさばく。

 バランスを崩して、片腕を使えない状態でも攻撃を全て防がれる。バケモノじみた技量と精神力。普通、片腕を潰されたら痛みでパニックになっているはずだ。ソースは俺。

 背後でゴルドルさんの魔力が動く。準備は整った。

 俺は右の長剣で全力の重撃を放つ。黒鎧の左腕を剣ごと押し下げた。

 黒鎧の右腕は鎧ごとベキベキに歪んでいる。左腕さえどかせばゴルドルさんの矢を防ぐことは困難なはず。


「おまけだっ!」


 矢の射線上からずれるために横っ飛び。最後に左手の短刀を振り、黒い錬気で黒鎧の顔面目がけて衝撃を放つ。

 威力はいらない。一瞬黒鎧の視界を塞げれば上等だ。

 頬を疾風が撫でた。ゴルドルさんの大弓から放たれた一矢はまっすぐ黒鎧目がけて飛んでいく。

 先ほどの矢とはかけられた魔法が違う。今回はひたすらに回転数と矢の強度、速度を上げた。攻撃範囲は狭まったものの速度も威力も貫通力も先ほどの矢をはるかに上回る。

 黒鎧が小細工で防ごうとしたって、小細工もろともに貫く一撃だ。


 ――そのはず、なのに。


「ゴルドルさん剣を!」

「!?」


 気が付けば俺は叫んでいた。大剣を拾っている暇はないと直感し、長剣をゴルドルさんに向かって投げた。即座に短刀を鞘に納め、俺は背負った鞘から太刀を抜く。

 矢を放ち終えた姿勢だったゴルドルさんは驚きながらも弓を手放し剣を受け取ってくれた。大きさは足りないだろうが、丸腰よりはよほどましだ。


 そして、矢が黒鎧に当たる直前。

 黒鎧が潰れた右腕を矢に向かってかざした。

 同時。黒い魔力が迸った。

 鉄砲水のように押し寄せる黒い魔力を後ろに跳んでかわす。

 ばぎん、と金属音。矢が黒鎧に当たった音――のはず。

 それ以外に考えられないはずなのに、そんな気がまるでしないのは何故なのか。

 黒い魔力は一瞬で消えたが、今度は矢が着弾した衝撃で巻き上げられた土ぼこりが視界を塞ぐ。


「! 避けて!」


 土煙をまとった何かがゴルドルさんの方へ向かって行った。

 何か、なんて考えるまでもない。黒鎧以外に何がいる。

 ゴルドルさんは身の丈に合わない剣で迎撃する。

 黒鎧の初撃は右手に掴んだ物の投擲。見るからに適当に投げられたそれは、黒鎧の膂力と相まってとんでもない速さでゴルドルさんに迫る。

 ゴルドルさんはそれを、赤褐色に染まった左手で弾いた。

 黒鎧の左手に黒い槍が作り出される。本命の一撃をゴルドルさんは右手の剣で防いだ。


「おらぁッ!」


 ゴルドルさんは力づくで剣を振り抜く。黒鎧も組み合うつもりはなかったのか、あっさり退いた。

 ひゅんひゅん音を立てて、先ほど黒鎧が投げ、ゴルドルさんが弾いたものが俺の足元に落ちてきた。

 それは鉄だった。十秒前までは矢だった物。もう二度と矢として使えないほどグネグネに曲がっている。


「……まさか、掴んだのかよ」


 あの勢いの矢を防いだだけで驚きだが、掴んだとなると理不尽が加速する。

 百歩譲って手のひらで防いだというなら納得しよう。どうして貫通しなかったのかとか疑問は残るが、まだ防ぐ方法として理解できる。

 だが、それなら先端がひしゃげているはずだ。

落ちてきた矢は曲がってこそいたものの矢じりが潰れてはいなかった。となると、掴んだとしか考えられない。

 ……掴んだって何だ。あの速度で、かつ回転する物体の軌道を適切に見切ったのか。掴み損ねたら死にかねないプレッシャーの中で、自分の握力なら止められることを冷静に確信したというのか。


「バケモノとしか、言いようがねえな。勇者が来た時にもバケモノじみた魔力だと思ったが、こいつほど埒外の存在とは思わなかった。

 ……クソが。ヨギはこんなやつと当たり前みたいに戦ってたのか」


 ゴルドルさんはだらだらと汗をかいていた。自分の大剣は拾わず、俺が渡した剣を握りしめている。

 怖いのだ。それだけの理不尽を平然とやらかした黒鎧が。剣を拾うわずかな隙もさらしたくないほどに。

 黒鎧にすれば俺たちを殺すくらい難しいことじゃない。

 そのことが分かっているのに、なぜか俺たちは生きている。

 黒鎧からそういう気配は感じないが、なぶられているようなものだ。

 確実に自分たちを殺せる相手が、戦場という殺し殺されが当たり前の場で、理由も分からずに自分たちを殺さず戦っている。

 圧倒的脅威に対する恐れと、理解不能なものに対する恐れ。二重の恐怖だ。


『………………』


 黒鎧は自分を注視する俺たちに構う様子もない。槍を消して、顎に手を当て何かを考えている様子。

 と、瞬間移動にも見える速さで黒鎧はゴルドルさんに肉薄していた。


「な――!?」


 ゴルドルさんはとっさに構えた剣を振ろうとするが、黒鎧の速さには及ばない。

 剛拳一閃。黒鎧の拳を腹に受けたゴルドルさんはおそろしい勢いで飛んでいった。

 ……剛体は使っていたようだし、錬気も全身に張り巡らせていた。死んではないはず。

 だが、相当な距離を吹き飛ばされてしまった。腹部に受けたダメージと併せて、すぐに戻ってこれるとは思わない方がいいだろう。

 かしゃ、と軽い音を立てて黒鎧がこちらを向く。いつの間にか両手に黒い剣を握っている。

 ……落ち着け。慌てるな。殺すことが目的ならとっくに殺されている。集中して、本気で戦えばすぐに死ぬことはない。

 大きく息を吸い、静かに吐く。意識を深く沈め、集中する。

 もともと、こいつとの再戦は予想していた。どう戦うかも、一人で戦うことを前提に練っていたのだ。焦るようなことは何もない。相手の実力が予想以上にトンデモだっただけだ。


 全身により強く錬気を巡らせ、うっすらと体外に放出する。

 普通の兵士ならすぐに錬気が尽きるような愚行だが、俺は生命力だけなら勇者並み。放出量を調整すれば当分もつ。

 怯えるな。怯えて硬直した状態で戦える相手じゃない。

 呼吸を整え意識を沈め、頭を回しながら太刀を構える。


 第二ラウンド、開始。


―――


「つっても、まともに戦うと思うなよ」


 ゆっくりこちらに近付いてくる黒鎧。視覚はそちらに集中させる一方で、耳を澄ます。

 この世界の兵士は戦闘能力の格差が激しい。限度はあれど強い兵士は弱い兵士相手なら無双できる。

 ゆえに。戦場のところどころで轟音が響き、人が宙を舞う。

 目か耳か魔力感知。いずれかが届く範囲にいてくれれば目当ての人――師匠の居場所が分かる。

 勝てない相手と戦う必要はない。勝てる人に戦ってもらえばいいのだ。

 だが、困ったことに師匠の気配は俺が感知できる範囲にはなかった。

 他に黒鎧に対抗できる人に心当たりがない以上、どうにか師匠と合流しなければならない。

 ゴルドルさんが言うには師匠は戦場の逆側にいる。ならばそちらを目指しつつ、師匠の気配を探るしかない。


「さて、それじゃあさよならだ!」

『!』


 俺は黒鎧に背を向け、師匠がいるだろう方角へ走る。

 当然のように黒鎧が追ってきた。ゴルドルさんを殴り飛ばした時の速度は強化魔法を使って出したのだろう。今は驚くほどの速度じゃない。

 それでも十分に速いのだが。ちらちら後ろを振り返っていてはすぐに追いつかれてしまう。


 黒鎧がこちらに手を向ける。魔力が蠢き、黒いもやが細長い槍状になる。足を狙って伸びてきた。

 俺はそれを、背を向けたままかわした。


『!?』


 黒鎧から驚いたような気配が伝わる。

 俺は黒鎧に構わず全力で走る。あっさりかわしたように見えても心臓は暴れまわっている。

 うまくいって良かった! 二度としたくない! でもまだ何度もやらないと逃げ切れない!


 種明かしをしてしまえば簡単なこと。

 俺は今、微量の錬気をばら撒きながら走っている。

 自分の体を中心に、半球状に放ち続けている。黒鎧がいる背後は特に念入りに。

 空間を自分の錬気で満たすことで、敵に押しのけられて錬気が空白になった場所がよく分かる。生命力を放つだけあって生命体の感知力は特に高い。

 魔力感知でも敵の所在を探ることはできる。が、戦場は日野さんが初手で放った魔法を筆頭に魔法が乱発されたことで幻素濃度が高い。魔力感知はどうしても鈍る。

 魔力感知は魔法発動の瞬間を探る程度に留め、生じた現象を放出した錬気で察知。回避する。

 普通ならすぐに錬気が枯渇するような愚行だが、俺は生命力だけなら勇者級。師匠の苦行で使える錬気が増えた今、野放図に使ってもそうそう枯渇しない。

 とっさに放出イメージを固めやすいよう、便宜上『縄張り』と名付けた。ずいぶん不確かで敵に追いやられてしまう脆弱な縄張りだけども。


 見もしないで攻撃をかわしたことが黒鎧の興味を引いてしまったのか。より容赦のない攻撃が放たれる。

 背中を狙う矢が放たれたり。魔力が高まったと思ったら地面が爆発したり。黒い槍が弧を描いて両サイドから襲って来たり。変幻自在この上ない。


「くそが、少しは自重しろっての!」


 黒いもやによる攻撃に飽きたのか、黒鎧が急に加速した。

 錬気解放すれば引き離せるが、それも黒鎧が本気を出したらすぐに追いつかれる。今、体に負担がかかる錬気解放を使うのは得策じゃない。

 とはいえ距離を詰められるのはうまくない。黒鎧の攻撃が当たるまでの時間の長さは生死に直結する。

 負担を最小限に黒鎧と距離をとる方法は……なくはない!


 俺は振り向くことなく思い切り跳んだ。

 黒鎧がいる、後方へと。

 うしろに放出していた錬気を圧縮し、背中を守る。

 俺が自分から、それも背中をさらしたまま向かってくるとは黒鎧も思わないはず。

 黒鎧が俺に向かってくる速度と俺から黒鎧に向かう速度。合わさって相当なものになる。

 それでも黒鎧は反応し、後頭部目がけて右手を突き出してきたが、頭を下げてそれをかわす。

 衝突。

 黒鎧はさほど大きくないとはいえ俺より身長が高い。俺の背中は黒鎧の胸と腹の中間あたりに当たった。

 重心を落とした俺に黒鎧がつまずいたような形になる。右手を突き出したまま、黒鎧はつんのめった。

 俺は両足の裏に錬気を集め、スパイクを作る。自分でつけた後ろへの勢いを減殺し、その場に踏みとどまる。

 頭頂部をかすめた黒鎧の右腕を掴み、師匠がいるであろう方角に向かってブン投げた。


 ……よぉし! うまくいった!

 キモが冷えた。死ぬかと思った!

 黒鎧がとっさに棘でも身にまとったら体中に穴が空いていたかもしれない。

 死の予感をほんのわずかでも感じていたら絶対にできなかった。

 ていうか、死の予感がなくてもこんな真似は二度としたくない。心臓に悪い。冷やっこい鎧に触れた瞬間は生きた心地がしなかった。


 甲冑のような外見から百キロは余裕で越えると思っていたが、それほどの重みは感じなかった。

 黒鎧は自分でつけた勢いと、申し訳程度ながら俺が加えた力によって吹っ飛んだ。

 ……が、投げたくらいでどうにかなってくれる相手ではない。

 黒鎧は鎖を作り、それを伸ばして地面に突き立てた。

 武器をアンカー代わりにして着地するつもりか。

 すぐに着地され、こっちに向かってこられては意味がない。師匠のもとに誘導するためにも俺は黒鎧と師匠を結ぶ直線上にいなければならないのだ。

 今度は前を向き、黒鎧がいる方へ向かって走る。できればアンカーを叩き折りたいところだが、無理だ。遠い。

 それでも可能な限り距離を詰める。せっかく稼いだ距離を無駄にされたらたまらない。

 ずん、と微細に地面を揺らして黒鎧が着地。こちらに向かってくる。


 投げたことで黒鎧と離れることができたのはいいが、そのせいで俺と黒鎧の位置関係が反転してしまった。

 黒鎧を師匠がいるであろう方向に誘導するためにはもう一度、俺と黒鎧の位置を入れ替えなければならない。

 俺は錬気をまとわせた太刀を振りかぶりながら黒鎧に接近する。黒鎧もまた、槍を作ってこちらに向ける。

 まともにぶつかってはいけない。技量も体重も腕力もあちらが上だ。ただでさえ勝ち目なんかないのに、真っ向勝負なんて自殺にしかならない。

 だからこそ黒鎧は俺が途中で走る向きを変えることを警戒しているはず。寸前で左右に変化して脇を抜けようとしても確実に失敗する。

 なら、正面から奇襲をかける。


「あんまり曲芸みたいな真似はしたくないんだけどなっ!」


 一歩。さらに強く踏み込み加速する。

 黒鎧は細長い槍を俺めがけて突き出した。

 その槍めがけて太刀を振り下ろす。

 がぎん、と金属がぶつかり合うような音。

 上から叩いてやったのに黒鎧の槍はびくともしない。

 ――好都合!

 競り合いはしない。鍔がない太刀でそんなことをすれば指が落ちる。

 太刀で上から槍を抑え付ける。槍と太刀が触れている部分を軸に前に跳ぶ。

 槍の上を前転するような形。こちらに向かっていた黒鎧の勢いも、俺が自分で付けた勢いもほとんど殺さず、俺は黒鎧の上を通り抜けた。

 そして、黒鎧の真似をする。

 太刀にまとわせていた錬気を黒鎧の槍に巻きつけ、縄のように具現化させる。

 黒鎧を相手に身動きのとれない空中に長居するのは自殺行為。黒鎧の引っ張る力を利用して前に跳ぶ力を減衰。着地を早めてもらった。


「……キッついな、これ!」


 錬気を具現化するには相応の密度が必要。そして錬気は体外に出している時間が長いほど弱まってしまう。具現化できる密度の錬気を縄状にして放出するのは消耗が大きい。

 燃費が悪い上に維持が難しい。俺が一度に操れる限界の量の錬気を使っても大した強度の縄にはならなかった。

 着地の直前に縄状に放出していた錬気を消す。遠心力で投げ出されながら体勢を整え、黒鎧から距離をとるべく、駆ける。


『………………』


 黒鎧が立ち止まった。おかげでどんどん距離が離れていく。

 ……ヤバい。

 唐突に嫌な予感。

 魔力感知をすると黒鎧の魔力が高まっていた。

 ちらりと背後を見やると立ち止まった黒鎧がこちらに身を傾けていた。

 今のうちに1メートルでも距離をとらないと。

 そう思って前を向いて全力疾走を再開した瞬間。


「いっ!?」


 黒鎧が俺と併走していた。

 無造作に黒鎧の右拳が振るわれる。太刀でどうにか防ぐが、とっさに衝撃を逸らせなかった。バランスを崩してその場に転がる。

 受け身をとりながら立ち上がると黒鎧が両手で長剣を構えていた。


「……こりゃあもう、背中は向けられないかな」


 さっきまで逃げられていたのは、黒鎧が追いかけっこを楽しむようなそぶりを見せていたからだ。

 少なくとも。黒鎧はずっと本気を出していなかった。

 それが先ほどになって爆発的な加速を見せた。

 しびれを切らしたか。あるいは追いかけっこに飽きたのか。

 どちらにせよ、今度背を向けるなら、その背をバッサリいかれる覚悟を決めなければならない。

 戦場をかなり移動したはずだが、師匠とはまだ接触できていない。

 となれば。生き残るには師匠が足止めを突破するまで待つか、あるいは――


「ッ!?」


 考えている間に黒鎧が眼前に迫っていた。

 速い。前の会戦で俺が殺される直前に出していたのと同等の速度。


「続きからはじめるってか」


 振り下ろされた剣の腹を太刀で殴る。

 今度はこちらもきちんと踏み込み、力と体重をかけた一撃だ。斬撃の軌道を逸らすくらいできる。

 黒鎧が手を抜いている間なら、だが。


 相変わらず黒鎧の目的が見えない。

 さんざん逃げられて、コケにされたと怒って追いかけてきたなら分かる。

 だが、それなら怒りで少しは動きが荒れるはずだ。

 俺は剣の素人。動きの良し悪しなんてよほど極端でなければ分からない。

 それでも。これほど絶妙に手を抜かれたなら気付かないはずがない。

 集中して戦えばしのげるギリギリの攻撃を仕掛けてきているのだから。


 何度か剣を合わせる。

 師匠にもらった太刀には鍔がないため、組み合うわけにはいかない。

 接触するのはほんの一瞬。それを何度も繰り返す。

 黒鎧の斬撃が上、下、右、左から。刺突や魔法も絡めた連続攻撃。

 俺がひとしきりいなすと黒鎧は武器を変える。

 新しい武器でも様々な方向から攻撃を加え、連続攻撃。

 それを繰り返す。

 俺が集中していればかろうじて防げるぎりぎりのラインの攻撃を。

 次第に黒鎧の攻撃も強く、速くなっていくが、それは俺が黒鎧の攻撃に慣れるのを見計らいながら。

 おかしい。

 これでは、まるで。


「俺を鍛えてるつもりか?」

『………………』


 黒鎧の攻撃の隙間を狙って重撃を放つ。当然に防がれた。

 ほんの少しだけ黒鎧を押しこむことはできたが、黒鎧はバランスを崩しもしない。黙したまま質問への返答もない。


「……だんまりか。いいけどな。お前が手ぇ抜いてるおかげで生きてるんだし。けどまあ――」


 今度はこちらから攻撃を仕掛ける。

 すると、黒鎧の攻撃があからさまに緩んだ。

 攻撃をかわされ反撃が来ることもあるが、先ほどまでの攻勢に比べても明らかにぬるい。

 俺の攻撃力を確認しているのだろう。

 言葉がなくてもその態度が何より雄弁だ。


「せっかく育てるんだ。お前だって逸材の方がいいだろ?」


 ここまで逃げて来たの無駄ではなかった。師匠とはまだ合流できていないが、黒鎧の気を引けそうなものを見つけることができた。

 俺は黒鎧の反撃を、十分回避することができた攻撃を、あえて太刀で受け止めた。

 同時に軽く後ろに跳ぶ。

 抵抗しなかった俺は面白いほどすっ飛ばされる。

 錬気の鎧で全身を守りながら。足から着地できるよう空中で体勢を整えながら。

 俺は腹から声を出した。


「ぶちかませ四ノ宮ぁ!」

「おおおぉぉおおおぉぉぉぉ!」


 周囲にいた魔族の群れを蹴散らす青い光と共に、聖剣を振りかざすのは四ノ宮征也。その脇には槍を携えた浅野も追従している。

 聖剣から放たれたすさまじい裂光が黒鎧を捉えた。


―――


 四ノ宮の聖剣から放たれた青光は爆音を轟かせ、土ぼこりを舞い上げた。


「ぃよし四ノ宮、いいところにいてくれた!」


 俺は聖剣を振り終えた四ノ宮の背中をバンバン叩いた。

 いやほんと、すばらしいタイミング。これが勇者力というやつか。


「村山、どうしてお前がここに?」

「ていうかあんた、どうして戦場に出てるの?」

「細かい話は戦闘が終わってからだ。それより師匠――ヨギさんがどこにいるか知らないか?」

「ヨギさんなら前線の右翼側で戦ってたわよ」

「方向は間違ってなかったか。よし、俺はヨギさんを呼んでくる。それまでそいつを食い止めていてくれ」

「……簡単に言うわね」


 浅野は渋面を作る。

 黒鎧のことを誰かに聞いているのだろう。聞いていないとしても対面すれば危険な相手ということくらい分かる。

 だが。黒鎧が人を育てようとしているとすれば。

 四ノ宮は勇者らしく伸びしろがあるはず。そう簡単に殺されることはない。

 それに、四ノ宮はやる気満々だ。先ほどから土ぼこりの方を黙って睨みつけている。

 これなら火をつけるのは簡単。


「俺がひとりでも戦えてた相手だ。お前らならいけるだろ」

「……ああ、任せろ」

「征也!? でもあいつは……!」

「村山がひとりで戦っていた相手だ。俺だって、戦えないといけない。夏輝は逃げてくれ」

「……もう! 逃げられるはずないでしょ!」


 黒鎧が手を抜いて戦うという前提条件がなければ、浅野の心配は的を射ている。

 二人は黒鎧のことを知っているらしい。なら戦いを避けようとするのが普通だ。


 ひょう、と風が吹く。

 四ノ宮が立てた土けむりが晴れる。

 黒鎧は棒立ちしていた。左手を顎に当て、考え込んでいるようだった。

 ちなみに無傷。聖剣の一撃を受けたにも関わらず何の痛痒もを感じていない様子。

 ああ、なんとなく何を考えているのか分かる。

 あっちのちっこいのを逃がしたくはないけれど、こっちはこっちで戦ってみたい。

 おおかたそんなところだろう。


「そいつの武器は変幻自在だから間合いに気を付けろ。それじゃあ頑張れよ!」


 けれども俺が黒鎧の悩みに付き合ってやる義理はない。さっさと黒鎧に背を向けた。

 あっ、と言いそうな雰囲気で黒鎧がこちらに黒い槍を飛ばす。

 それを四ノ宮が迎撃。叩き落した。

 返す刀で聖剣を振るうと青い光が放たれる。黒鎧はそれを避けもしない。直撃しても無傷。

 どういう耐久力だ。周囲の木偶魔族は光の余波だけで消えていくのに。


「お前の相手は俺がする!」


 四ノ宮の叫びと共に金属音。ぶつかり合いが始まった。

 浅野もいる。黒鎧も四ノ宮の実力を測りにかかった。しばらくはもつはず。

 とはいえ、四ノ宮たちに死なれたら困る。あいつらが前線で範囲魔法を乱打しているからフォルト軍は数の差を補えているのだ。

 早急に師匠を見つけ出して黒鎧に当たってもらわなければならない。


 しばし走ると怒声が聞こえた。


『ヨォォォギイィィィィ! どうした、動きが悪いぞ!』

「っ、そんくらい自分で分かってるわよ!」


 師匠はすぐに見つかった。

 周囲の魔族を巻き込んで、派手に戦っていた。

 敵は豪奢な鎧を身に付けた騎士。顔面がガイコツ。師匠からの攻撃を土魔法で作ったと思しき盾で防ぎ、ランスでの突撃を繰り返す。それだけでなく杖術のようにランスを操るあたり、技量もあるのだろう。

 師匠の攻撃は何度もガイコツを掠めているが、直撃がなかった。

 おかしい。

 ガイコツから感じる脅威は黒鎧に及ばない。

 物事には相性というものがある。師匠がガイコツに苦戦することに不思議はない。

 だが、これほど師匠が攻撃の目測を誤るのは不自然だ。

 となると誰か、邪魔しているやつがいる。目に見える範囲に魔法を使っている魔族はいない。


 っと。悠長に観察している場合じゃない。たぶん大丈夫だとは思うが、こうしているうちに四ノ宮たちが黒鎧に殺されているかもしれない。

 縄張りを念入りに展開。俺はガイコツに突撃。横合いから重撃を叩きこんだ。


「タカヒサ!?」

「師匠、黒鎧と四ノ宮たちが戦ってます!」


 言いながらぐらついたガイコツに追撃の重撃を放つ。

 師匠も驚きながら何度も斬りつけた。俺とは違い鎧の隙間を正確に狙い、ガイコツをバラバラにした。

 だが、ばらされたガイコツはまだ動いている。仕留められてはいないらしい。


「ここは俺が引き受けます。行ってやってもらえませんか」

「分かったわ。犬死されても困るもの」


 師匠は俺が指さした方を向き、駆けだした。

 その刹那。


「助かったわ。やるじゃない、タカヒサ」


 少し。誇らしい気持ちになった。


―――


 目の前で鎧をまとったガイコツが再生していく。関節あたりの叩き割られた骨までもとに戻る。


「まあ、黙って見てる道理もないよな」


 壊しても集まって再生するというなら、壊すことに意味はない。

 集まって再生できないようにする。

 師匠によってぶちまけられた部位を拾って適当な方向に投げていく。これで時間を稼ぐことはできるはず。

 ガイコツの再生を妨げていると縄張りに見えない、魔力感知にも反応しない気配が引っかかった。

 俺は気付いてないふうを装ってガイコツの欠片を拾い、気配を探る。

そして。気配が間合いに入った瞬間に斬りつけた。


「ッ!?」

「やっぱりお前か、ビスティ!」


 切り裂く直前に気付かれたせいで太刀は気配の真ん中あたりを浅くなでるだけに終わった。

 それでもダメージはあったようで、今まで気配を隠していた魔法が途切れ、その姿が露わになる。

 ビスティ。フォルトに戦線布告したフクロウ頭の魔族だ。

 こいつは仕留めておきたい。続けて斬りつけるが、落ちる羽毛のように不規則な動きでかわされる。


「くそ、ちょこまか鬱陶しい……!」

「伊達に……千年生きながらえてはおりませんよ。私もここで殺されるわけにはいかないのでねぇ、失礼」

「っ!?」


 ビスティがこちらを指さした。

 閃光。

 反射的に強く目を閉じた。一瞬視界を奪われる。

 その隙をついてビスティは俺から離れた。ぎりぎり、一歩の踏み込みでは仕留めきれない距離。


「ふむ。光魔法を無効化できるわけではない、と」

「……余裕だな。せっかく俺の目を潰したのに、攻撃してこないなんて」

「御冗談を。見えていなくともあなたは私の居場所が分かっているようだ。私の技量では、うかつに攻撃すればまた斬られてしまうでしょう」


 俺は視覚を欺くビスティの誤魔化しを無視して攻撃した。反撃できることくらい見え透いているか。


「それにしても、驚きました。あなたはエメシトに殺されたはずでは?」

「さあ、どうだかな」


 エメシト、というのが黒鎧の名前らしい。

 俺はビスティの言葉に取り合わない。

 わざわざ生き返ったなんて教える必要はない。ビスティも俺が喋るとは思っていなかったのだろう。さほど気にした様子もない。言葉通り驚いてはいるようだが。

 話しているうちに視覚は回復した。ビスティは隠蔽魔法を使わず、姿を見せたままだった。


「師匠の方には行かせない。さっきもガイコツに攻撃が当たらないようちょっかいかけてたのはお前だろ」

「行きませんよ。エメシトは見境がない。あの二人の戦いにちょっかいを出せば、巻き添えだけで殺されてしまう。それにしても……ヨギと言いましたか。私が感覚をずらしていたのに、それでもバルと互角なのだから恐れ入る」

「感覚をずらす、ねえ。幻術か、精神魔法か」

「それほど大した魔法ではありませんよ。彼女なら術をかけられたと気付いた瞬間に無効化しかねない。不調の範囲ですむよう、気付かれないよう。ごくわずかに狂わせていただけです」


 ふう、とビスティが溜め息をついた。


「私が出張り、相性のいいバルをけしかけてみたのですが、それでも仕留めきれないとは。誤算ですよ」

「そうか」


 黒鎧はこの戦場で飛び抜けた戦力だ。もしも黒鎧を抑えられる人材がいなければ、フォルトは前回の戦いで陥落していた。

 逆に。もしも黒鎧がいなければ、魔王軍に師匠を止められるやつはいないはず。

 師匠と黒鎧の戦力は拮抗している。そのことがフォルト軍と魔王軍の戦力を拮抗させていると見て大きな誤りはないはず。

師匠は魔王軍にとって最優先で潰しておきたい戦力のひとつなのだ。


 まあ、ひとまずそれはおいておくとして。


「誤算ついでだ。お前が死んどけ」


 俺は最速で踏み込み、太刀を振るう。

 ビスティは間合いの外にいる。普通に太刀を振ったところで届かないし、届くように無茶な振り方をしたら避けられるのが関の山。

 だが。こちらの間合いがビスティの目測より広かったら。

 師匠から教わった技、衝撃。剣先に錬気を集中。剣を振る力で放ち、離れた相手に攻撃する。

 一発当てて怯ませることができれば。

その隙に距離を詰めてビスティを仕留めることができる。

 ガイコツと揃えば師匠の足止めができるお前も十分に厄介ものなんだよ――!


「むっ!?」


 危機を察知したビスティが飛び退る。

 だが。太刀から放たれた赤黒い衝撃はビスティを捉えている。

 仕留めた、と思ったのだが。

 衝撃は防がれた。

 いつの間にか再生を終えていたガイコツによって。

 ……あ、ところどころ再生してないか。微妙にパーツが足りなくて右腕と左腕の長さが違ったりしてる。


「助かりましたよ、バル」

『ふん、世辞はいい。貴様、我が再生するのを見計らっておっただろう』

「ええ、まあ」


 そうこう言っている間にもガイコツのパーツが戻ってきている。

 やばい。正面に置いて実感したが、このガイコツもかなり強い。

 師匠や黒鎧には及ばない。だが、ゴルドルさんと同等。まともにやって勝てる見込みは薄い。

 となれば先手必勝。完全体になる前にもう一度ばらす!


『ぬ?』


 ビスティの方を向いて喋っていたガイコツに跳びかかる。頭を狙って重撃を放つ。

 だがそれは、短くなったガイコツの右腕、籠手によって防がれた。


「……さすが、弱体化していたとはいえ師匠と戦えるやつか」


 鎧込みで相当に重いらしいガイコツは重撃を受けても微動だにしない。

 着地し、今度は足元を狙う。どさくさに紛れてビスティにも攻撃してみたが、かわされた。


『ほう、ほうほう。小兵ではあるが、なかなか戦える者と見た。我は魔王軍旗下、死霊騎士のバルドゥール・ゼーレである。貴殿の名は?』

「………………」


 こちらの攻撃を全て防ぎながらガイコツ――バルドゥールが問いかけてきた。

 俺は答えない。適当に攻撃しながらビスティなりバルドゥールなりに痛手を与えられるタイミングを見計らう。


『答えぬか。戦場の粋というものを弁えん小僧であるな』

「そこのトリ魔人に個人情報を与えたくないんだよっ!」

『ぬ、ははっ! 確かにな。こやつは粋やノリをまったく弁えん下衆であるからな! ふはは、気持ちは分かる!』

「味方に対して随分な言いようですねえ。それよりも、彼をこの場で仕留めてください。私の偽装を見破る厄介な者です」

「……そういうことか」


 ビスティには俺と問答する理由はなかった。

 師匠を追って妨害なり、作戦失敗と見なしてさっさと安全圏に戻るなり。俺と会話するより優先すべきことがあった。

 それなのにこの場に残っていた理由は、俺を仕留められるだけの戦力が復活するまでの時間稼ぎ。

 師匠の邪魔をさせないよう時間稼ぎをしていたつもりだったが、ビスティもまた時間稼ぎをしていたらしい。


 ……これは、ちょっとまずい。

 二人そろえば師匠と互角の戦力。俺はビスティの存在を知っていて、その居場所を捉えることもできるが、それを差し引いても逃げ切れるかどうか。

 ビスティを倒しておこうなんて欲をかかず、さっさと退散しておくべきだったか。

 とりあえず。もう一度太刀を振るもビスティには届かない。

 バルドゥールのパーツもほぼ戻った。

 よし、無理だ。逃げよう。

 後ろに跳んで距離をとる。

 追撃がくるかと身構えていたが、バルドゥールは動かなかった。


「バル、何をしているのですか。速く彼を始末しなさい」

『断る!』

「「は?」」


 威勢よく言い放たれたバルドゥールの言葉に、俺もビスティも口を開けて呆然とする。

 仕方ないと思う。普通に考えて、ここはビスティとバルドゥールが協力して俺を殺しに来るところだ。

 いや、殺されたくないからいいんだけど。


『小僧よ、先ほど貴様は弱体化した師匠がどうこう言っていたな。その師匠とは、ヨギで相違ないな?』

「……ああ、そうだけど」

『やはりか。では、弱体化していたというのは?』

「そこのビスティが魔法で師匠の感覚をずらしてたってさ」

『なるほど。道理でヨギの動きが悪かったわけだ』


 ふんふんとバルドゥールは腕を組んで頷いた。

 そして、無造作に。

 左腕をビスティ目がけて振り抜いた。


「なっ――!?」


 ビスティはとっさに後ろに跳んだ。かろうじてかわしたものの、拳は顔を掠めた。うっすらと血が滲む。

 ビスティの呼吸が荒くなっていた。予想外の一撃だったらしい。

 どういう状況だ。


「……何を、するのですか」

『ふん、余計な手出しをしおって。我は強者と戦うためにここまで来たのだ。くだらん茶々を入れるでない』


 バルドゥールは吐き捨てるように言って、こちらに背を向ける。


『興が冷めた。我はもう退く。さらばだ小僧。機会があったら一戦交えようではないか』


 そのまま本当にバルドゥールは去っていった。

 ビスティもバルドゥールの方を向いていたのでそっと攻撃してみるも、ぬるりとかわされた。


「……見誤りましたねえ」

「何をだよ」

「バルとは古い付き合いなのですよ。ですが、一度死んで以来、さらに昔に戻っているようだ」

「さらに昔?」

「あなたには関係のない話です」


 会話しながら逃げていたビスティは俺から大きく距離をとった。

 俺が使える飛び道具は衝撃だけ。一度見せてしまった以上、ビスティも警戒している。本気で逃げられたら仕留めることはできない。

 周囲の景色と同化するようにビスティの姿が滲む。周囲の魔族に紛れて縄張りでも気配を判別しきれなくなる。


「できればヨギかあなたは倒しておきたいところでしたが、まあいいでしょう。今回の目的は果たしました。今日のところは、これにて」


 波のように魔族が退いていく。

 攻める時はあれほど苛烈に、狂ったような勢いで向かって来たにも関わらず、引き際は静かで速やかだ。

 荒れ狂っていた魔族も、ひたすら突撃を繰り返していた木偶魔族も。異様なほど静かに退いていく。

 十分にフォルト軍と離れたところで日野さんが追撃の氷塊を放つも防がれた。よく見えなかったが、おそらく黒鎧が何かしたのだろう。

 辺りを見回す。敵は見えない。魔力感知にも縄張りにも引っかからない。

 これでひとまず安全か。


「っと、そうだ。師匠や四ノ宮たちはどうなった」


 黒鎧と共に四ノ宮たちを置いてきた方に戻る。

 道中、敵がいないか警戒していたものの、一匹も見当たらなかった。

 本当に魔族は全部撤退したらしい。

 おかげで四ノ宮たちのもとへはすぐにたどり着けた。

 四ノ宮と浅野は無事生きていた。どちらも武器を杖のようにして、息も絶え絶えの様子。

 師匠は不思議そうな顔で二人に黒鎧と戦った感想を聞いていた。

 黒鎧が師匠と互角の強さとすると、まともに戦ったらこの二人が生き延びているはずがない。

 手を抜いて戦っているという話は師匠にも伝えたが、普通の兵士は何の容赦もなく殺されている。黒鎧が鍛える相手の基準が分からない。師匠も気になるのだろう。

 浅野は師匠の質問に答えている。一方四ノ宮は憔悴しきっておりまともに返答もしない。


「おい四ノ宮、大丈夫か? どっかやられたのか」


 胴体に打撃でも受けたのかもしれない。魔法で状態異常的なアレを押し付けられたのかもしれない。

 もしもこれで死なれていたらゲームで言うところのMPKしたようなものだ。

 いかんせん。ちょっとは責任を感じる。


「……なんなんだ、あいつは」


 四ノ宮はようやく顔を上げ、こちらは向かずに呟いた。

 目の前から敵がいなくなったというのに奥歯を噛みしめている。呼吸も荒い。額から脂汗が流れる。単に疲れているのではなさそうだ。


「おい、本当に大丈夫か。薬ならいくらか持ってるぞ」

「……なあ、村山」

「なんだ」


 気分を落ち着ける薬でもあったかと思い、袋を漁る。

 四ノ宮はようやくこちらを向いて、尋ねた。


「お前は、ひとりであいつの相手をしていたのか?」

「ん? ああ。だってあの黒鎧、手ぇ抜いてただろ。こっちがぎりぎり死なないラインを見極めて。こっちを殺したいわけでもないようだし、集中してれば結構な時間戦える」

「…………ッ」

「え?」


 四ノ宮が歯噛みし、浅野がこちらを向いた。


「どうした浅野、そんな間抜けな顔をして」

「だってあたしたち、あいつとの戦いはすぐに終わったわよ?」

「? でもあいつは始めは手を抜いて、だんだん気ぃ入れて戦い出すだろ」

「それはそうだったんだけど、少し戦ったらすぐに蹴散らされたわ」

「すぐに……?」


 理屈に合わない。

 四ノ宮も浅野も俺より戦う才能に恵まれている。

 師匠の訓練を受けた俺の方が攻撃への反応速度は上だろうが、それは経験で補える要素。魔力やスキルといった面で四ノ宮と浅野は俺のはるか上を行く。

 ことに四ノ宮は膨大な魔力に加え、些少なりと錬気も扱える。強化魔法と錬気を併用すれば相当な身体能力を発揮できる。スキルと併せて近接戦に高い適性を持つはずだ。

 黒鎧の目的が人族を鍛えることであれば、俺よりもこの二人に反応しなければおかしい。

 何か考え違いをしていたか?


「まあ、とりあえずフォルトに戻ろう。手当を受けて、腰を落ち着けてからでも話はできる」

「そうね。わざわざこんな血生臭いところで話す必要もないわ」


 師匠の賛同を得て、俺たちはフォルトに向かう。

 もう戦場に魔族はいないようだった。フォルトの兵士で比較的元気な人が遺体を回収したりしている。

 戦いの熱狂がなくなり、命の危機もなくなった。緊張がほどけた。

 周囲の光景や臭いに気が回るようになってしまう。

 最低限遺体を踏まない程度に注意し、なるべく上を向いて歩く。

 あんまり見ていたら、吐いてしまいそうだったから。


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