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91.復活翌日

 翌日、リハビリと確認のため訓練場に出た。病み上がりなので訓練場の隅、木が生えている場所に陣取る。日除けである。

 体をほぐしているとゴルドルさんが来た。こちらを見るなり眉間にしわを寄せ、頭を抱えている。


「どうしました、ゴルドルさん。死人に出くわしたみたいな顔をして」

「その通りの顔なんだが……いや、確かに生き返ったとは聞いていたが、実際に目にするとこう……なんだ。なんにせよ、よかった」


 はあぁ、とゴルドルさんは深いため息をついた。

 俺の遺体を回収してくれたのはレナードさんとゴルドルさんらしい。ウェズリーやシュラット同様、俺の遺体を直で見ているわけだ。そりゃ困惑もする。

 それでもよかったと言ってくれたのは、もともとゴルドルさんが勇者を戦わせることに前向きでなかったからだろう。拉致られた世界で死なせてしまったとか、気に病みそうな人だし。


「すみません。無断で戦場に出たあげく死んじゃって」

「……いや、それはいいんだ。お前に助けられたって兵士もいるしよ。生き返って、お前がいいなら問題ない」


 喰われそうになってた人を助けた覚えはある。シュラットたちの居場所を目指すために何体かの魔族を斬った。

 うまいこと助かったなら何よりだ。結局魔族にトドメを刺したのは喰われそうになってた人だし、なで斬りにした魔族は後を確認していないので助けた実感はないが。

 何より死んだことの衝撃が強すぎて、黒鎧と戦ってた時の記憶以外はぼやけている。


「それよりタカヒサ、お前、また戦うつもりなのか?」


 ゴルドルさんの視線が俺の足元にいく。

 そこには長短二本の剣と一本の太刀がある。一通り体がほぐれたら振ろうかと思って持ってきていたのだ。


「はい。戦う力はできる限り伸ばしておきたいですね。さしあたり、あの黒鎧級のやつに出くわしても逃げられる程度には」


 嫌な予感がするのだ。下手すればフォルトが壊滅してもおかしくないほどに人が死ぬ予感が。

 そうなったら俺はフォルトを捨てる。安全な生活基盤を捨てる可能性が高まった以上、戦う力は鍛えておきたい。

 前回の戦いで魔族は、少なくとも雑兵はクソだと確定した。無理ない範囲でならフォルト陥落を防止するために戦ってもいい。


「戦う意思は無くなってないのか」

「無くしたら死ぬような環境ですからね。いざって時に頼れる誰かがいてくれるとも限りませんし、必要なら戦場にだって出ますよ」

「……そうか。それじゃあ止めるのも無粋だな。戦うつもりがあるなら、早目にもう一度戦った方がいいぞ。死んで生き返ったやつは前例がないから分からんが、殺されかけたやつの中には恐怖が固着して動けなくなるやつもいる」

「精神的外傷ってやつですか。心得ておきます」


 ならもう一度くらい戦場に出てもいいかもしれない。

 ところどころヤバいやつはいるが、それ以外なら油断しなければ大丈夫。感知と直感で危険な連中をかわせばまた死ぬなんてことはないだろう。

 黒鎧と戦って気付いたこと、なんとなく掴めた戦い方を試してみたい気もする。


「……と言っても、お前は大丈夫そうだな」

「はい?」

「いや、戦えなくなることはなさそうだと思ってな。黒鎧を引き合いに出しても動じてねえし」

「……ああ」


 自分の心臓を潰した相手なんてトラウマものだ。顔を思い出すだけでパニックを起こしても仕方がない。あいつの顔は見えなかったけど。

 ぶっちゃけたところ、死んだと理解していてもあまり実感がないのだ。

 怪我なら痛みがあるだろう。傷跡が残り、不自由することもあるかもしれない。

 けれども心臓を潰され即死した俺は痛みを味わっていない。傷も蘇る前に坂上が治してくれたおかげで不自由もしていない。傷跡は師匠との訓練で付いたものと区別がつかない。

 感覚の上では気絶したのと大して変わらない。

 それに、だ。


「あんまり、あの黒鎧に殺されたって気がしないんですよね」

「気がしねえって、お前の心臓を潰したのはあいつだろう」

「そうなんですけど。殺される直前に、宣戦布告したフクロウ魔族が来やがりまして。あいつに気をとられた一瞬に心臓を潰されたんでよ。そんで、心臓を潰されるのとほとんど同時に向き直ったら、黒鎧は唖然としてたんです。顔は見えなかったんで雰囲気だけですけど」


 表情が見えないのに変な話だが、黒鎧は俺の心臓を潰した時に「失敗した」と言いたげな表情を浮かべていたと思う。


「……そういや、あいつは様子がおかしかったな」

「ゴルドルさんも黒鎧に会ったんですか?」

「ああ。多分、お前が殺された直後だと思う。……あいつはお前の死体を呆然と眺めた後、治癒魔法を使っていた」

「治癒魔法を?」

「お前は死んでいたし、さほど強力なものじゃなかったがな。効かないと分かったらすぐに魔族の陣に戻っていった」


 ふむ。なぜだ。

 黒鎧には俺に治癒魔法をかける理由なんかないはずだ。俺は不意打ちで頭をブン殴ったのだから、腹いせに死体をしっちゃかめっちゃかにされていてもおかしくない。


「スロースターターってわけでもないのに手ぇ抜いて戦ったり……なんなんだ、あの魔族」


 黒鎧の目的が読めない。

 人を殺すのが目的なら最初から本気で暴れていればいい。おそらく師匠以外ならサクサク殺せただろう。

 殺戮狂でなくとも普通は敵の遺体に治癒魔法なんてかけない。消耗していないのに帰ることもないだろう。

 悩んでいるとゴルドルさんが俺の独り言を拾った。


「あの黒鎧は手ぇ抜いて戦ってたのか?」

「はい。間違いなく本気じゃありませんでした。しばらく俺は黒鎧と打ち合っていられたんですよ。あいつが師匠と同格だとすると、理屈に合いません」


 俺は師匠が本気を出したら十秒もたずに殺される。

 あの黒鎧は師匠と互角の戦力を持っている。

 ならば、俺がまともに戦えるはずがないのだ。

 黒鎧が手を抜いているのでもなければ。


「かといって、殺気がないわけじゃなかったんですよね。即死級の威力の攻撃をバンバン打ってきましたし」

「……意味わかんねえな。手ぇ抜きながらも殺す気で、死んだら動揺して治そうとする。行動に一貫性がない」


 まったくだ。

俺を殺す気なら本気を出せばいい。生かしたいなら殺さなければいい。

 兵士は手当たり次第殺していたので人を殺したくないわけじゃないだろうが。

ウェズリーが言うには、最初は手を抜き徐々に強さを増していく。しかし、ほとんどの兵士は鎧袖一触で薙ぎ払われていた。全ての兵士に手を抜いていたわけじゃない。

 ウェズリーとシュラット相手に手を抜いていたのなら、俺が勇者だから手を抜いたわけでもないだろう。もっとも勇者相手だったら加減すると言われても理由は分からないが。

 黒鎧が何をしたいのか。さっぱり見当がつかない。


「おいヨギ、どう思う? 黒鎧の魔族と一番付き合い長いのはお前だろ?」

「へ?」


 ゴルドルさんが変なことを言い出した。

 訓練場である。周囲に障害物もないので視界は開けている。隠れられる場所もない。端っこなので傍らに木があるが、それくらい――って、まさか。

 木を見上げるとほぼ同時。がさがさっと木の上から師匠が下りてきた。

 改めて感知に集中すると、わずかに気配。わざわざ魔力を抑えて隠れていたらしい。


「……なんでまた」

「……声かけようと思ったら訓練始めてたから。具合は聞くより見た方が早いかなって」

「最初からいたんですか。一声かけてくれればよかったのに」


 言うと師匠は目を逸らした。

 死んだと聞いていた人間がぴんぴんしていたから動揺したのだと解釈しておこう。

 ゴルドルさんは苦笑いしている。


「で、どうだヨギ。お前なら黒鎧の目的に見当つかねえか?」

「分かんないわよ。あいつ、話しかけても応えないもの。分かるのは、あたしとやる時にも手の内隠してるってことね」

「……師匠とやる時にも手ぇ抜いてるんですか」

「あたしも同じだけどね。確実に仕留められる時以外、奥の手なんて見せないものよ」


 愕然としていると師匠がなんてこともなさそうに言った。

 手札が割れている方が不利なのだろう。で、お互いに仕留める期を狙っていると。

 結局、黒鎧の目的は分からないまま。確かめたいなら本人に聞け、となった。


「そんなことよりタカヒサ、訓練するんじゃなかったの?」

「あ、そうでした。一回死んで体に不具合出てないか調べてたんですけど、大丈夫そうですし。黒鎧と戦った時にいろいろ思いついたこと、試そうと思ってたんですよね」

「へえ、なんか参考になりそうなことでもあったの?」

「いろいろと。あいつは魔力でいろいろやってましたけど、俺は錬気でやれないかと思って。ビスティ対策も、坂上のアイデアをとっかかりに考えてみたんですよね」


 錬気は体外に出すと急速に減衰していくので、黒鎧の魔力のような扱いは現実的でない。

 だが、俺は生命力だけなら他の勇者と同等だ。かなり野放図に錬気を扱える。錬気の具現化を使えば黒鎧と似たようなことができるはず。

 おそらく黒鎧の接近戦は俺が目指せる到達点に近い。

 いやまあ、戦いを極めるつもりはないけども。強くなりたいのは確かなのだ。

 ただ殺されたのではもったいない。せいぜい参考にさせてもらうとしよう。


 そしてビスティ対策だ。

今回の直接の死因は黒鎧の一撃だが、引き起こしたのはビスティの不意打ちである。

 黒鎧に集中するあまり周囲への警戒がおろそかになっていたことは否めないが、ビスティはそもそも捉えるのが難しい。近寄られたら分かる程度になっておかないとまた殺されかねない。

 坂上が試していた生命力を感知する結界。あれは使えないが、ヒントになった。


「ふうん……それじゃ、今日はとことん付き合ってあげるわ。思う存分試すといいわ」

「えっ」

「また弟子を殺されるとかゴメンなのよね。思いっきりしごいてあげる。覚悟なさい、タカヒサ」

「ちょ、ゴルドルさ……ん!?」


 黒鎧と対峙した時とタメを張るほど嫌な予感。助けを求めると、ゴルドルさんは脱兎のごとく訓練場から離脱していた。

 良い顔でぐっと親指を立てている。パクパク動く口の動きは……『ガンバレ』。

 逃げやがったなあのデカブツ!


「さ、早いとこ構えなさい。でないと他のやつに殺される前にあたしに殺されるわよ」


 ニコ! と効果音が付きそうな師匠の笑顔を見ても悪寒しか感じない。

 これは多分、遠慮しても聞いてもらえない。


 ……また殺されるのは御免だ。力を研ぎ澄ますのにこれ以上のやり方を俺は知らない。

 肚をくくって、ありがたくお付き合い願うことにしよう。


「よろしくお願いします。でも、くれぐれも俺がまた壊れるようなことがないよう手加減してください!」

「……善処するわ!」

「!?」


 結論。手加減は師匠より黒鎧の方が上手だった。


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