10.一日の終わり
初めて異世界に召喚されたその日の夜。俺は不貞寝した。
だってしょうがないだろう。
来たくもない異世界に拉致されて、帰りたければ魔王を倒せと言われ、能力を調べてみれば持ってるスキルはありふれたもの。魔力に至ってはゼロときた。
これでは異世界に来てしたいことナンバーワン(俺調べ)の魔法すら使えない。
異世界召喚系といえば主人公が特別な力で俺TUEEEE! するのが定番だ。
俺が主人公じゃないから、と言われれば納得せざるをえない。
けれど俺YOEEEE! とかいくらなんでもあんまりだと思う。どこに需要があるんだか。
いったい俺にどうしろと。
ババ様の占いを受けた後、俺はスキル・直感についてジアさんから説明を受けた。
なんでも、前触れがない危険でもなんとなく察知できるので冒険者なんかには需要が高い能力なんだとか。ひとつのパーティにひとりはほしいと言われているらしい。
……裏を返せばひとつのパーティにひとりは入ることが多いほどにありふれたスキルなのだが。
直感が第六感ではなく第七感なのは、この世界だと五感に魔力を感じる機能が加わり、まとめて六感と呼ぶ。直感は日本でいうところの第六感なので、こちらでは第七感になるのだそうだ。
ジアさんの説明……というかフォローが終わり、俺たちはそれぞれ自分の部屋に案内された。
他の四人はお姫様とジアさんに案内された。俺は占いが終わってから呼び出された、眉を八の字にしてうつむき加減のメイドさんにひとりだけ別に案内された。
見たとこまだ若い女性だ。とはいえ俺よりいくらか年上そうだけど。
彼女のメイド服はジアさんのものとは形状が違う。メイド服というよりスカートにエプロンをつけただけの、より作業着らしい服だ。エプロンドレスじゃないし、見た目の印象はメイドというよりお手伝いさんっぽい。
たどり着いたのは机とクローゼット、ベッドとその脇に小さなタンスがあるだけの殺風景な部屋だった。家具以外は照明用なのかランプがぶら下がっているだけ。現代建築なら窓があるであろう部分には穴が開いている。窓代わりの通気口的なものか。冬じゃなくてよかった。
そこから外を見るととっぷり日が暮れていた。城に入ってからずいぶん時間が経ったようだ。
「ここが、ムラヤマ様のお部屋でございます」
目を伏せながらメイドさんが言った。
予想はしていたことだ。
「やっぱりアレですか。他の四人はもっと豪華な部屋なんです?」
「申し訳ありませんっ! 勝手に呼びつけておきながらこのような仕打ち……」
「別に怒っちゃいませんよ。どうせこれ、あのお姫様の命令なんでしょう? さんざん怒鳴りつけましたし、役立たずとわかってからも部屋がもらえるだけありがたいってもんです」
「……本当に、申し訳ございません」
恐縮するメイドさん。
むう、別に怒るつもりはないんだけど。仮に腹が立っているとしても怒るならあのお姫様に対してだ。メイドさんが部屋割りを決めたわけでもあるまいし。
もっとも、今日は腹が立っても怒る気力がないけども。
なんかもう疲れた。さっさと寝たい。
「なんかこっちこそ役立たずみたいでごめんなさい。期待させたでしょう? あの四人がすごいからなおさら」
「そんな! ムラヤマ様が謝ることではございません!」
ひとしきり頭の下げっこをしていると、まだ仕事があるらしくメイドさんに声がかかった。 彼女の名前はマールというらしい。
マールさんは少し慌てた様子で言う。
「ムラヤマ様、お食事はいかがなさいますか? 私ども使用人と同じものでよろしければご用意させていただきますが……」
どうやら食べるものでも差別されるらしい。
食わしてもらう身で文句を言うのはどうかと思うが、やっぱりあのお姫様は嫌いだ。
「んー、なんか疲れて食欲ないんで、今日はいいです。それより眠たくて」
「左様でございますか。そちらのクローゼットにお召し物がありますので、よろしければご利用ください。そちらの籠に入れておいていただければ洗濯もいたしますので」
手で示されたところを見ると、木製の小さな籠があった。
なんだかいたせりつくせりで申し訳ない。
そう呟くとものすごい勢いで恐縮された。
なんでも勝手に呼び出して冷遇しているのだから、せめてこれくらいはさせてほしいとのこと。
できれば自分のことくらいは自分でやりたいところだけれど、プロの人たちの邪魔をしてしまうのはなおさら申し訳ない。お言葉に甘えよう。
「何か他に聞いておきたいことなどはございますか?」
「そうですね……図々しい話なんですけど、明日以降のご飯はどうすればいいでしょう」
「わたくし共で責任を持ってご用意させていただきます。お口に合うかどうかわかりませんが……」
「好き嫌いはあんまりないんで大丈夫だと思います。あ、でもできれば昆虫食は遠慮させていただけると嬉しいです」
「このあたりにはそういった文化はないので大丈夫ですよ」
とってつけたように冗談めかして言うと、ようやくマールさんは笑ってくれた。よかったよかった。
……その一瞬後に「このあたりには」昆虫食という文化がないと言ったことの意味に思いが巡り背筋が寒くなった。できる限り昆虫食がある文化圏には踏み込まないでおこうと心に刻む。
「うん、ひとまず問題ありません。また何かわからないことがあったら聞かせてもらいます。それと俺みたいなパチモン勇者に敬語はいらないですよ? 背中がムズムズするんで。なんなら貴久って呼び捨ててくれて構いません。さま付けとか本当にいらないんで」
「そうはまいりませんよ。ムラヤマ様は大事な賓客なのですから。むしろムラヤマ様の方こそもっと気軽に命じてくれていいのですよ?」
「嫌ですよー。役立たずのくせに態度ばっかりでかいとか最悪じゃないですかー」
少しは打ち解けられたらしい。マールさんは案内してくれた時よりもいくらか表情が緩んでいた。
と、思っていたら不意にこわばった。
「……最後になりますが、ムラヤマ様にお伝えしておかねばならないことがございます」
「はい、なんでしょう」
居ずまいを直したマールさんに、俺の声も固くなる。
「明日からムラヤマ様にも一人のメイドが付くことになります。ですが、これも姫様の命令で、まだ城に入って間もない少女なのです」
「ほう」
「ムラヤマ様なら大丈夫だと思いますが、もしもあの子が粗相をしてしまっても、あまりひどい罰を与えるようなことはしないでいただきたいのです。私の方からも可能な限りのフォローはさせていただきますので、どうかお願いいたします」
「構いません。むしろ歓迎です。ドジっ娘メイドとか嫌がる理由がないです」
「はい?」
「なんでもありません」
アブねえ……! 思わず本音がこぼれちまった……!
「アレです。問題ないです。むしろ世話係を付けてもらえるだけでもありがたいことですから。それにマールさん、俺はそんなひどいことをするように見えます? だとしたらちょっとばかりショックなんですけど」
「見えませんね。どちらかと言うと甘やかしてしまいそうで、別な心配がありますが」
「くっ……! 見透かされてやがる」
大仰に言ってみると、またマールさんは笑った。よく笑う人なのかもしれない。
「では、私はこれで失礼させていただきます。何かあればお申し付けください。明日は朝食ができしだいお呼びさせていただきます」
「はい。お世話になります」
部屋の扉を閉めると、パタパタと慌ただしい足音が聞こえた。
引き留めすぎてしまったか。悪いことをした。
それにしてもメイドが付く、か。
異世界に来て初めていいことがあったかもしれない。
俺は靴だけ脱いでベッドに倒れこむ。
自覚はあんまりなかったけれど、どうやら相当に疲れていたらしい。
……当然か。
いきなり異世界なんて右も左もわからない世界に連れ出されて。
お姫様や一緒に呼ばれた連中と対立して。
才能がないと現実を突きつけられて。
他の四人とはまったく違う対応をされて。
ストレスは生活環境の変化などの外部刺激によって発生するものだ。これだけいつもと違うことが起きたんだから、疲れないほうがおかしい。
制服にしわが付くなあ、と思いながらも着替える気力もなく。
俺の意識は闇に沈んだ。
――と思ったら十秒経たずに浮上した。
「マールさーん、トイレどこーー!?」




