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7.新たな同居人。新たな厄介事

「――つまり、お前も今日からここに住む訳だな?」

 話を聞いて出した結論を言うと、アキハ一度こくりと頷いて紅茶を一口飲んだ。キリエはソレを聞いた途端持っていた木製のスプーンを落とし、フーリアは頭に疑問符を浮かべながらもむもむとシチューを食べている。

 口の端についてるぞ?

 シチューを作っている最中に帰ってきた二人は、袋などは一切持っていなかったが、それはメリアの空間魔術でしまっていたからだろう。飯を食っていなかったのは、フーリアが「オレの飯を食いたい」とせがんだかららしい。帰ってきていなかったらどうするつもりだったのか聞くと、考えていなかったと言う。

 ま、それだけオレの飯を気に入ってくれたなら、こちらとしても嬉しい限りだ。

 学園やら、なんやらは面倒だが、家事全般ならガキの頃からメリアに押しつけられ習慣の一部になっている為、そうは思わない。

「メリアが、当てがないならそうしろって。部屋は貴方の部屋にある、余っているベッドを自由に使って良いとも言ってくれたから、後で案内して?」

「おう」

 フーリアの口周り拭きながら返事をすると、キリエが……なんとも形容しがたい色を灯した目でオレを見ていた。なんだろうな……敢えて言うなら、「羨望」と「怒り」と「嫉妬」等の感情が入り混じっていると言った感じだろうか? とにかく、分かり辛い色をしている。

 そんなキリエの落としたスプーンを拾ったメリアが、ソレを渡しながら何か耳打ちした。途端赤くなるキリエ。

 何を言ったんだ、この創造神は?

 それきりキリエは、顔は真っ赤にしたままシチューを食べ、食べ終わると直ぐに食器を流しに持って行って「ごちそうまでした!」と言って家を出て行った。その背中に「食って直ぐ走るとキツイぞー!」と、一応声を掛けると、ピタと止まり、こちらを振り返って頭を下げ、今度はゆっくりと歩いていった。

 大丈夫か?

 リビングに戻って席に着き、またフーリアの口周りにシチューが付いていた為、ソレを拭く。この分だとカレーとかの時もこうなるだろう。

 言葉については問題ないフーリアだが、まだ三歳だからな……と、そう言えば、誕生日はいつなんだ?

「メリア」

「ん、なに?」

「フーリアの誕生日はいつなんだ?」

「え?」

「んく。ご主人、たんじょうび、とはなんだ?」

 服の裾をくいくいと引っ張りながらフーリアが聞いてきた。

 だよな。こういうことも知らないんだよな。

「誕生日ってのは、ソイツが生まれたことを祝う日のことだ。豪華な飯やケーキを食って、みんなでわいわい騒ぐんだよ」

 頬に手を添えながら言うと、メリアはくすぐったそうにした後、「それは楽しいのか?」と聞いてきた。

「楽しいかどうかは――」

「ふにゅ」

 ふっくらとした柔らかな頬をぷにと押すと、そんな声を出す。

「主役と一緒にいる奴次第だ」

「……ご主人は、一緒にいてくれるのか?」

「当たり前だろ? ……やりたいか? 誕生日会」

「ご主人がいるなら、やりたい」

「うし。じゃ、決定だな。まだ、少し先の事になるが、楽しみにしてろよ?」

「うん!」

「それで、結局誕生日はいつ?」

 一口紅茶を啜ったアキハが、ポツリと漏らした。

「フーリア本人が良ければだが、『みどりの月・十一日』にしようと思う」

 翠の月。つまり今月。

 この世界は一年十二ヶ月で、それぞれ色を月の名前にしている。最初の月である「あかの月」から順に、「蒼の月」「黄の月」「翠の月」「紫の月」「灰の月」「茶の月」「銀の月」「金の月」「橙の月」「白の月」「黒の月」となっている。

 十一日と言うのは、コイツが「フェンリル」から「フーリア」になった日、一昨日のことだ。

「お前が家に来た日だ。どうだ?」

「家に来た日?」

「俺たちの家族になった日、ってことだよ」

「かぞく?」

 魔獣フェンリルであったフーリアにとって、家族と言うのは縁が無かった物だろう。だからなのか、家族という言葉の意味すらも良く分かっていない様だ。

 ずっと一緒にいるってことだ、と言うと、フーリアは「ずっと」の部分を復唱した。

「それで、どうだ? その日を、お前の誕生日にしても良いか?」

「うん……うん! その日じゃないとイヤ!」

「そうか。それじゃ、来年の翠の月・十一日を楽しみにしてろよ? 盛大に祝ってやるからな?」

「うん!」

 くしゃくしゃと頭をなで回しながら言うと、フーリアは満面の笑みを浮かべて頷いた。



 夕食を済ませ、「明日伝えることがあるから調査後学園に来るように」と、メリアに言われた後、歯を磨き、フーリアと風呂に入り、上がって早速今日メリアが買ってきた服を着せた。水色の布地に、白い水玉模様が着いており、フリルが着いているこの寝間着は、メリアが選んだ物らしい。

 確かにアイツ水色が好きだからな。

 部屋に入ると、本当にアキハはこの部屋で暮らすらしく、部屋の中央に机がもう一つ置かれていた。いつの間に置いたのか気にはなったが、まあ、いい。ベッドなども、既にアキハ仕様になっている様で、ぬいぐるみなどが置かれている。もしかしたら、チキュウとやらの物かも知れない。見慣れない生物の形を模している。観察していると、手を繋いでいるフーリアが「ふわぁ……」と欠伸をした。抱き上げ、ベッドに寝かせる。

 オレももう寝ようと思い、ベッドに入るとフーリアは抱きついてきた。寝ているオレの上にフーリアがうつ伏せ乗っている状態だ。

「おやすみ、フーリア」

「うん……おやす……み。ごしゅじん……」

 小さな体に両腕を回して抱き締め、頭をそっと撫でるとすぐにフーリアの意識は闇に落ちた。

「獣人」と呼ばれる種族が存在している為、フーリアが学園に行ってもその一人だと思われはするだろう。問題はここオルディスにその獣人が他に居ないことだ。イルヘイト大陸に、確かに獣人は存在するが、殆どが外界との接触を避けている。

 まあ、数十年前まで人間と獣人は争いをしていたからな……最近はナナが獣人の国を建国したから良いが、それはそれで様々な問題を孕んでいる。完全に〈獣人だけの国〉となってしまっているナナの国、〈ビストリア〉は他種族、人間・龍人・精霊・エルフ・天使・悪魔を例えどんな理由があろうと中に入れることは無い。特に人間に関してはそれが顕著に表れており、話すら聞いてもらえない程だ。

 建国した本人であるナナも、まさかそこまでのことになるとは思っていなかったらしく、現在も頭を抱えているらしい。

 つまり、「獣人は他種族を差別している」と言うことになり、それは当然「他種族も獣人を差別」することに繋がる。昼間食器を洗っている時にメリアから聞いたが、やはりフーリアは周囲からその様な視線で見られていた様だ。いくら学園理事長が隣にいるからと言っても、それが差別をしない理由にはならない。

 まあ、そんな視線を送っていたのは大人だけだったらしいが……。

 学園でもそれは同じだろうからな……マジで変な虫が付かない様にしねえと。まあ、指一本でも触れた時点でめり込ませるが。あ、いや、却下。触れようとした時点でめり込ませる。ああ……とりあえず近付く男は全て沈めるか、うん。

 そう決めたオレは、乗っかっている確かな温もりを感じながら目を閉じた。


 翌朝、目を覚ましもう一つのベッドを見ると、既に起きていたらしいアキハが腰掛けながらオレを見ていた。というか睨んでいた。まだ会って一週間そこらしか経っていないし、一緒に行動したのはあの森と氷の迷宮しかなく、そのどちらでも無表情だったアキハの表情の変化に少し驚く。

「おはよう」

 そんなアキハは、声も怒っていた。

 何かしたか? オレ。

「ああ、おはよう。フーリアは、まだ寝てるな」

 しがみついているフーリアを上から降ろし、ベッドから出て布団をかけ直す。その後、着替えを持って部屋から出ようとするとアキハに声を掛けられた。

「どこに行くの?」

「ん? いや、男のオレがいたらお前が着替えられないだろ? なんか怒ってるのも、それが原因かも知れんし……とりあえず言っておくが、起こしてくれて構わないからな? フーリアは熟睡しているから、オレを起こしてもそれで起きることは無いだろうし。じゃ、オレはそのまま朝飯の準備してくるから、フーリアと一緒に来てくれな?」

 手を上げて一気に言い、オレは部屋を出た。が、また直ぐに入り直した。

「まだ一人じゃ着替えられないから、手伝って上げてくれると助かる。じゃな?」

 今度こそ部屋を出たオレはリビングに行き、そこで着替え寝間着を洗濯籠に放った。朝食の準備に取り掛かり、暫くすると二階からトントンと階段を下りてくる音が複数聞こえ、次いで「ごしゅじん~」という、まだ眠気の残っている声と「レスト~」と間延びした声が聞こえた。恐らくアキハも居るだろうが、何も言っていないのだろう。

 パタパタと軽い足音が聞こえ、首だけ回して振り向くと同時に軽い衝撃が太股辺りを襲う。下を見るとそこにはぴこぴこ動く犬耳とゆらゆら揺れる尻尾がある。そんなフーリアは白いワンピースに着替えており、髪は所々撥ねていた。

 整えないとな。

「アキハ」

「何?」

「後頼む」

「え?」

「朝飯の準備。オレはフーリアの髪を整えてくるから、よろしくな?」

 若干困惑気味のアキハに朝食準備を任せ、オレはフーリアを抱え上げて浴場の洗面台に向かった。途中でメリアの首根っこも掴み引き摺っていく。洗顔と歯磨きをした後、二人の髪を整え、リビングに戻ると何故か焦げ臭い匂いがした。台所に行き見てみると、フライパンから黒煙が上がっており、その前ではアキハがあたふたと慌てふためき無意味に行ったり来たりしている。

 と、オレに気付いたのかこちらを振り向くアキハ。その目の端には涙が光っていた。真珠の様な黒い瞳と相俟って酷く神秘的に見える。

「れ、レスト……こ、こここれ、どうしたら!?」

 恐らく今までで一番感情を露わにしたアキハは、フライパンを持ちオレに訴えてきた。

「慌てんな。どこも火傷とかしてないな?」

「え? う、うん」

「なら良い」

 フライパンを受け取り、そのまま流しに持って行き水を掛ける。卵が無駄になってしまったが、仕方無い。

 そう思っていると、アキハが何を思ったのか「ごめん」と力なく謝った。謝られる様なことは何もしていないのにどうして何故謝るのか。聞いてみると、朝飯を無駄にしたことを謝っている様だった。水を止め、アキハに向き直る。すると、何かされると思った様で、固く目を瞑り体に力を入れた。

 その額をトンと押す。

「ふえ?」

 と、なんとも気の抜ける声を上げるアキハ。

「謝ることじゃねえよ。お前が料理出来るかどうか確かめもせずに任せたのはオレだからな。寧ろ謝るのはオレの方だ。悪かった……さっきも聞いたが、本当に火傷とかしてないな?」

「う、うん」

 もう一度確認し、頷いたのを確認し、「ついでに教えてやるから隣で見てろ」と言うと、アキハは隣に立った。

 その後、ベーコンエッグの作り方を教えながら調理し、出来たソレを皿に移す。二人で分担しリビングのテーブルに持って行くと、メリアとフーリアは待ち遠しかった様で同時に「やっと来た!」と叫び、賑やかな朝食が始まった。

 理由は分からないが、怒っていたらしいアキハの機嫌も直っており、笑顔が浮かんでいた。



「それじゃ、『学園祭実行委員』よろしくね?」

「は?」

 メリア魔武術学園の学園祭は年三回ほど無駄に開催され、メリアが余程祭りなど騒ぐことが好きなこともあり、これまら無駄に準備期間は二ヶ月と言う長い時間を設けられ、開催機関は三日もある。まあ、他の職員達も最初は抗議したそうだが、メリアに説得と言う名の脅しを掛けられやむなく承諾した。生徒達は楽しんでいるから良いと思うがな。

 その準備期間は、クラスの奴らの指揮を執り準備が滞り無く進むように働き、開催中の三日間は見回りなどが主な仕事となるそれはそれは面倒なことこの上無い仕事である。

 で、バリエイトを通過し、そこから南東に位置する街〈キーライル〉周辺の魔獣と、少数だけいる悪獣の調査を終え、昨夜言われた通り学園に戻ってきたオレに、目の前のアホ神はにこやかに「その仕事をやれ」と言ってきた。

「…………」

 オレの勘が告げている。

 これは間違いなく厄介事であると。

 その勘に従い、オレが断ろうと口を開き掛けた時、ソレを見越していたかの様にメリアは一枚の用紙をオレに突き付けた。その用紙は、何かの行事に参加する際学園に提出する物であり、正式な手続きの元発行される物だ(今回の場合はメリアの独断だろうが)。

 そこには「メリア魔武術学園・一年二組・出席番号五番・レストを学園祭実行員に任命する」と書かれており、ご丁寧に印まで押されている。つまりこれが発行されている以上、オレに断る権利は無いわけだ。

 くそ、アホ神め、こういうことは無駄に手際が良い。

「はあ……それが発行されている以上、断る気は無いがな。どうしてオレなんだ? もっと居るだろ? キリエとかハーベストとか、後は無名クラスの奴にでもやらせれば良いじゃねえか」

「もしその無名クラスの全員が実行委員になっていたとしても、抑止力としてレストには働いて貰うから意味ないよ。あのクラス全員を相手に出来るのはわたし達を除けばレストかユイちゃんくらいだし」

 言われてみれば確かにそうか。

 アキハはメリアから色々力を貰ってるからな、それを抜きにしても剣術の腕はかなりの物みたいだし、アイツら位は簡単に抑え込むことができるだろう。

 単純に経験の差で、アイツらはアキハには勝てない。

 アキハにしてみれば、オレ達はまだまだガキも同然だからな。

「だから、よろしくね?」

 メリアはもう一度、にこやかに言い放り、オレは溜息を付きながら「分かったよ」と、仕方無く学園祭実行委員なる面倒な役割を引き受けた。

 その後、理事長室を出ると丁度キリエに遭遇した。

「あ、レスト。って、こら、待ちなさい! まだ何もしてないでしょ!?」

 キリエがオレを呼び捨てにした時点で先日の従順なキリエでは無いと判断したオレは一気に駆けだし、その後のキリエの声は全て無視して学園を去った。何か隣にいた気がしたが、それも無視だ。

 つうかまだってなんだ、まだって。何かするつもりだったのか?

 校門を出た所で空間を開き家に帰り、部屋に出ると突然のことに驚いたのか読書をしていたアキハが目を見開いてオレを見ていた。そんなアキハとは対照的に、隣から本を覗き込んでいたフーリアはオレに抱きついてくる。抱き上げ、頭を撫でると、すりすりと擦り寄せ、言外に「もっとしてくれ」とせがみ、それに応えるべく撫で回す。

「どうしたの?」

「ん? 会長から逃げてきた」

「………………ああ、キリエのこと?」

「ああ」

 長い間は気になったが、そこはスルーした。そう言えば、なにか口調が少し柔らかくなっている様な気がするが……まあ、いいか。

 一度ベッドにフーリアを座らせた後、正宗達を整頓し、オレも腰掛け膝の上に座らせる。すると、力を抜き全体重をオレに預けてきた。

 頭を撫でながら二人に夕食のリクエストを聞き、材料があったか脳内で確認する。

 足りない材料は無いな。

「くぁ……」

「ご主人、眠いの?」

「ああ……ちょっとな。寝てもいいか?」

「ボクもいい?」

「ああ。んじゃ、寝るか。アキハ、もし夕方になっても起きなかったら起こしてくれ」

「分かった」

 簡潔に返事をしたアキハは、また読書に没頭し始めた。パッと見だけでも千頁は超えていそうな程の分厚くでかい本を膝の上に広げ、黙々と読み進めるアキハ。オレだったら開始五分で首が限界を迎えるな、と思いながらフーリアと共にベッドに入り、腕枕をしてあげながら目を閉じた。

 暫くして、パラ、という本を捲る音と、それに紛れて聞こえた小さな「おやすみ」という声を最後に、オレの意識は途絶えた。

 どうやらオレは寝付きが良い体質な様だ。


 


 どれだけ眠ったのか分からないが、段々意識が覚醒していき、ぼやける視界で隣にフーリアが眠っていることを確認した後上に目を向けると、

「あ」

黒髪ドジっ娘暗殺者、〈ジュリア・ハーベスト〉が天井に張り付いていた。

 オレの周りの奴は不法侵入が好きなのか? つうかくだりが同じじゃねえか。


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