6.濃霧の森
現状確認。視界最悪。湿度高め。じめじめする。服が張り付く。気持ちわりい。総合結果……もう帰りたい。
つうか、なんだよこの森。年がら年中霧が立ちこめてるとか面倒なんだよ。しかも魔獣までなんちゃらミストだのうんちゃらミストだの、霧が魔獣化した面倒な奴しかいねえし、ああ、むかつく。
「さっさと行くぞ、キリエ」
「あ、は、はい!」
オレとキリエの周りに風の魔術を発動させ、霧を払いながら進んでいく。索敵魔術で魔獣の位置を確認しながら、発見次第スコープをかけ、奥へ。ちなみにさっきキリエは敬語で返事をしていたが、何故か昨日の夜からずっとこの調子だ。
何かしたか? オレ。まあ、いいか。
今のキリエの格好は、学園の制服ではないが、白を基調とした服に赤いラインが入っており、後ろが燕尾服の様に分かれている。下は白いプリーツスカート。胸にはオリハルコン製の胸当てを着けている。
うん、どうでもいいな。
「キリエ、最近学園で変わったことあったか?」
「え? えっと、クラスの生徒が、ダンジョンに挑む頻度が高くなっているくらいですけど」
「やっぱりか。それにはハーベストも参加してるか?」
「いえ、ジュリアは興味ないそうで。『レストさんを殺りたい』って仕切りに唸ってました。もしかしたら、そろそろ我慢の限界が来るかも知れません」
「それは別にどうでもいいや。アイツ間抜けだし。素でドジっ娘だからな。ダンジョンに行くのに武器忘れるとかどんだけだよ」
なんてハーベストについて色々言っていると、数㍍先に見えていた樹が動き出した。
出たよ、濃霧の森の中ボスが。何故二回連続で出てくるのか……。
その樹は、メキメキと音を立て地中から姿を現していき、最後には五㍍程の動く樹となった。目と口、鼻の部分は空洞で黒い。スコープをして出た結果は〈四ツ星・Lv76〉という物。やっぱり凶暴化の影響を受けているみたいだ。
この魔獣の名前は〈枯れた巨大樹〉。
統一しろよ。なんでコイツとボスはミストが付いて無いんだよ。名前付けた奴誰だ、一言文句言ってやる。分かり難いんだよ。その癖、攻撃には〈ミストブレス〉だの〈ミストブレイク〉だのとミスト付けやがって……。
「オオォオオオオオォォオオオ!!」
「うっせえ! クソ樹が!」
「オ゛――?」
色々考えてむかついた結果、オレは枯れた巨大樹を中央から真っ二つに割った。程なくして消えていく巨大樹。ソレを最後まで見ることなく、オレは村正を収めてズカズカと先に進んだ。慌てた様にキリエもついてくる。
「キリエ、もっと側に来い」
「あ、はい」
「どこでも良いから、しっかり掴んでろ。離すなよ?」
「はい」
言われた通りに、オレの左腕にしがみつくキリエ。それを確認し、オレは風の魔術を一割ほどの力で発動させ辺りの霧を全て散らした。飛ばされないように力を入れているキリエの肩を掴んで支え、範囲を広げていくと、半径三㎞程の霧は完全に晴れ、同時にミスト系統の魔獣達もどっかに飛んでいった。
これで二時間位は霧が再発生することはない……近くにボスが居なければ、だが。
キリエにもう離れる様に言い、進みながらボスの攻略方を考える。
この濃霧の森のボス〈スフィンクス〉も、さっきのクソ樹同様、ミストが付いていない癖に技にはミストが付いている。中でも厄介なのは、吐き出す霧に幻惑効果を付与されているチャームミスト。霧と言う、実体の無いものによる攻撃の為、防ぐことが難しく、躱したと思ってもその時にはその霧の効果により、そう思わせられているだけと言うことがある。同じ様な物で、その霧を喰らったと気付かず、味方を敵だと思い攻撃してしまうことなどもしばしば。
とりあえず、スフィンクスと戦うなら、防御魔術を掛けておくか、最初から一人で戦うかだろうな……今回はキリエがいるが。
ちなみにフーリアは、メリアと共に日用品や服などの買い物に行っている。
メリアはともかくとしてフーリアに変な奴がつかないかが心配だな。一応念を押しておくか。
紙とペンを取り出し、「フーリアから目を離すな。離したら………………な?」と書いて空間に放り込む。これで何とかなるだろう。
「レストさん、なんだか周りの霧が可笑しいです」
不意に放たれたキリエの言葉に、辺りを見ると、さっき晴らしたばかりの霧が不規則な動きと共に、オレ達を追い詰める様に濃くなっていった。キリエを抱き寄せ、風を薄い衣状にして纏わせる。
「チャームミストだ。スフィンクスが近くにいる。油断するな」
「はい!」
デッドとアライブを抜き、真上に十連射する(ちなみに魔力を弾として撃っている為、弾切れは無い)。響く銃声と共に獣の鳴き声が聞こえ、五㍍程前方に何かがドシンと重々しい音を立て落ちた。
「え!?」
それを見たキリエが驚きの声を上げる。
さっきは、チャームミストが厄介だと言ったが、それ以上に厄介なのは他ならないスフィンクス本体だ。体を霧状に変化させ、ここ濃霧の森の霧の中に潜み気まぐれに獲物を狩る。数あるダンジョンの中でも、ちょろちょろと動き回るボスはコイツだけなので、攻略者達からは「ある意味最も厄介なボス」として有名だ。何せこの霧を抜けて最奥部に着いたにも関わらずそこに何もいない、なんてことは、この森ではざらにある。
そんなスフィンクスを引き摺り出すには、今オレがしたようにどこにスフィンクス本体がいるかを見極め、額にある魔石を攻撃するか、体のどこかに威力の高い攻撃をお見舞いするか、後は適当にやるか等の方法があるが、一番確実なのはチャームミストを感じた時点で魔術が使えるなら広範囲魔術を使うことだな。
「魔石にダメージを与えたからな。暫く霧化は出来ない。その間に叩くぞ」
スコープし、〈測定不能・Lv不明〉の字を見ながら指示をすると、バハムーティアを構える隣に立つキリエ。と、そう言った所であることに気付いた。
「――なあ、キリエ?」
「何ですか?」
「倒さないとダメか?」
「え?」
疑問の声を上げるキリエ。
「いや……オレがメリアに命じられたのはあくまで『ダンジョンの調査』だ。『魔獣を倒せ』とは命じられていない」
「あ…………そう言えば、確かにそうですね。私も理事長から聞いたのは、『レストさんにダンジョンの調査を頼んだ』と言う内容でした。魔獣については何も聞いていません」
そう、一昨日の夜、オレが学園理事長であるメリアから、理事長命令として下されたのは「全ダンジョンの調査」でしかない。こう言ってはなんだが、「ダンジョンに入る」と言う時点でそこに棲息する魔獣を「倒さない」と言う選択肢は殆どない訳だ。ましてや、先程キリエが自分達のクラスのことについて言った様に「攻略者」としては殆どどころか、「全く」と言って良いほど無く、そんな選択が出る予知すら無い。あのクラスの奴は、ここにいるキリエともう一人、ハーベスト以外は自分の力に酔っている。凶暴化したという知らせがあったにも関わらずダンジョンに行っているのがその証拠だ。
と、色々言いはしたが、オレ達は別に魔獣を倒す必要は無い。魔獣達のデータはカードに記録しているし、ダンジョンそのものにも、大した変化がないことも確認済みだ。つまり、「調査」は全て終わっているのだから、ここで「帰って」も良いということになる。
「だろ? 氷の迷宮じゃ、勢いでアイスタイタンをアキハの妖術で燃やしたが、その必要は別に無かった訳だ。まあ、あの時はまだ、命令される前だったけどな」
「そうですね。では、もう帰りますか?」
「そうだな……特にやることも無い。腹も減ったし、さっさと帰ろう。何か食いたい物あるか? 出来る物なら作るぞ?」
銃をホルスターに収め、空間を開きながら言うとキリエは碧い瞳をキラキラと輝かせながら「ホントですか!?」と言った。
「ああ、何が良い?」
「そうですね~……」
指で唇をちょんちょんと突きながら思案するキリエが中に入ったのを確認し、立ち上がったスフィンクスに殺気を向けながらオレも中に入り、着いたのはオレの部屋。昨日と同じように机の上に外した装備を整頓する。
「野菜たっぷりのシチューが食べたいです!」
「シチューか、確かに最近してないな。うし、分かった。早速作るから、少し待っていてくれ」
「そんな、私も手伝いますよ」
「お前な、自分の料理の腕分かってるのか?」
「あう……それは……ん」
「良いから、大人しく待ってろ。分かったな?」
「……はい」
言いよどむキリエの頭にポンと手を置きながら言うと、何故か顔を赤くしながら頷いた。
その後、好きに寛いでいる様に言い、リビングに降りると、そこには
「――一昨日振り」
紅茶を飲んでいるアキハがいた。
「いやいや、何不法侵入してんだよ」
思わずツッコんでしまったオレは決して間違っていない筈だ。