5.調査開始
フェンリルだった白髪幼女に「フーリア」という新たな名を与えた後、結果を報告したオレとフーリアはキリエ、マートルの追求を無視して家に帰った。途端、フーリアは白いワンピースの裾をはためかせ家の中を駆け回り色々な場所を探検しに行った。
中で最も気に入ったのはオレのベッドだったらしく、今はその上で丸くなり寝息を立てている。いきなり人間になったことと、はしゃいだことによる疲れが来たのだろう。
さて、フーリアがどうして人間になったのか……説明が面倒だ。
簡単に言えば、フェンリルの時にあの迷宮で他の魔獣からハブられていたらしく、その原因がオレの言った所による「全身白髪」だった。魔獣って小せえなぁ……と思ったのは仕方ないことだろう。んで、メリアに頼めばなんとかなるってことで、その結果が人間になることだった。流石創造神。そんなことは朝飯前って感じだ。だが、その際フーリアは魂を二つ削ってしまった様だ。
一つは人間になる為に、もう一つは、この姿でもフェンリルの力を行使出来る様にする為に。
だから、今オレのベッドで眠っている少女は、力を解放するとフェンリル化することが出来、その氷狼・フェンリルとしての力を使うことが出来る。
少女になっているのは、フェンリルがオレ達人間で言う所の「三歳」だったからだ。と、それはおいといて、そろそろ晩飯の準備しないとな。
フーリアに布団を掛け、「キッチンにいる」と書いた紙を枕元に置き、オレはキッチンに向かった。
∞
「いただきま~す」
「いただきます?」
「お~」
メリアの真似をして言ったは良いが、意味が良く分かっていないフーリア。
これからこういうことも教えていかないとな。とりあえず箸の持ち方からか。
「フーリア、こうだ、こう」
目の前の箸に悪戦苦闘しているフーリアに箸を持っている手を見せる。ソレを見ながらフーリアは、その小さな手に箸を持ちたどたどしく野菜炒めの野菜を一つかみ。だが直ぐに落ちる。
結構大変だ。
「こう」
「……こう?」
その後もオレによる「箸の持ち方講座」は続き、対面に座っているメリアはその様子を何か知らんが頬笑みながら見ていた。
夕食後、やはり幼児だからか、睡魔に襲われたフーリアをなんとか風呂に入れ、ベッドに寝かせると、すぐに寝息が聞こえ、それを確認したオレはメリアの部屋に向かった。
ちなみに風呂で体を洗う際、耳や尻尾は少し弱いらしく触れる度にピクピクと小さく反応していた
一応ノックをしようと思ったが、やはり面倒だったからせずにドアを開けて中に入った。どうやら着替えている途中だったらしく、下着姿だったが、気にせずベッドに腰掛ける。
「ノックくらいしなさい」
「メンドい」
「はあ……まったく。まあ、いいや。とりあえず、調査結果のことだけど、フーリア含めてやっぱり魔獣は軒並み力が上がってる」
「それは試練の洞窟の件で分かってるさ。問題なのはその原因だ。何か心当たりはないのか? 他の神さん達だって、このことは知ってるんだろ?」
「うん。魔物の凶暴化を知らせてくれたのが、〈ナナ〉だったからね……もうみんな知ってるし、色々調査もしてるよ」
「にも関わらず」
「うん。全く分からない」
着替え終えたメリアは、至極真剣な表情でそう言った。
原因についてもそうだが、凶暴化した正確な時期も分かっていない。
明日辺り、フーリアに何か心当たりが無いか聞いてみるか。
その考えを言うと、メリアも頷いた。そこから、今後のことに話は移行する。
「『メリア魔武術学園・一年二組・出席番号五番・レスト。学園理事長権限に基づき、貴男に全ダンジョン調査』を命じます」
「了解。で、それはいつからだ?」
「基本レストの気が向いた時で良いよ。後、キリエ辺りが『ついていきたい』って言うと思うけど、その時の判断はレストに任せるから」
「ああ。とりあえず、明日は休日だしな……バリエイト方面を見てくる」
「よろしくね」
ベッドから立ち上がり、手を振って返事としオレはメリアの部屋から出た。扉を閉める寸前、小さな声で「気をつけて」と聞こえ、心の中でだけ返事をし、自分の部屋に戻る。まだ寝るには早い時間だったが、明日は早くに出発する為もう寝ることにした。
ベッドはフーリアが使っているからな。
もう一つ空いているベッドを使って寝ることにし、転がって目を閉じると、直ぐにやってきた睡魔によって、オレの意識は闇に落ちた。
翌日、起きると何故かフーリアに抱きつかれていたオレは、そこはスルーしもう一度フーリアを寝かせ、朝飯の準備に取り掛かった。
昨夜同様、箸の持ち方を教えながら同時に何か凶暴化について心当たりが無いか聞いてみた所、フーリアは「突然力が湧いてきた」と答えた。
「何の前触れも無かった……本当に、突然だったから……ボクだけじゃなく、他の魔獣達も戸惑ったと思う」
「そうか。ありがとな」
「ご主人の役に立てたなら、嬉しい」
ちなみにフーリアの言う「ご主人」と言うのは、自分が人間になれたのはオレのお陰だからと言うことでそう呼んでいるらしい。そのことについて、メリアも特に言うことはないみたいだ。
ついでに、何故オレのベッドに潜り込んでいたのかも聞くと、「一緒に寝たかったら」との事なので、今度からは一緒に寝ることにした。
「ずず……ふう。わたしは今日フーリアと学園に行くから、調査が終わったら学園に来てね?」
「ああ。やっぱりコイツも学園に行かせるのか?」
「うん。大丈夫、クラスはレストの所にするから。そうすれば変な虫も付かないだろうし」
「だといいがな」
話の全容が分かっていないフーリアの頭を撫でながら言うと、それが気持ちいいのか身を委ねてきた。それから、朝食を食べ、メリアとフーリアに弁当を持たせる。一応作っておいて良かったな。
「それじゃ、行ってきます。ほら、フーリアも」
「? いってきます?」
「おう、気を付けろよ?」
メリアに促され小さな手を振りながら言うフーリアの頭をまた撫でながら言うと、パァッと笑顔になり、もう一度元気に「いってきます!」と言った。メリアと繋いだ手を振りながら学園に向かう二人を見送り、オレも準備をするべく部屋に戻る。
全身黒を基調とした服に着替え、両腰に正宗と鬼殺しを差し、背中にミスリル製のシミター、「村正」と「龍殺し」を交差させて提げる。両腕上腕にホルスターを点け、黒に赤の刺繍が施された銃、「デッドコール」を右、白銀に輝く銃、「アライブコール」を左にそれぞれ銃口を上に向けて差す。ブーツを履き、グローブの手を突っ込む所(ここ名前あんのか?)をギチギチと音が鳴るほど引っ張り調整して準備完了。
戸締まりと火元の確認をして、空間を開き銀龍のいる森に出た。目の前では紫のローブを着た銀髪紅眼の幼女が、杖を持って佇んでいる。
「よう、ミネア。どっか行くのか?」
「おはよう、レスト。どっか行くのはそっちでしょ? だからあたしも付き合う。ていうか、どうせ誘ってくれたでしょ?」
「ああ。じゃ、早速行くぞ?」
「はいはい」
やれやれと言った様に返事をしたミネアと共に、まずはこの森の調査をすることにし、出会った魔獣達を片っ端からスコープしていった。ランクは殆どが二ツ星~三ツ星。一体だけだが、四ツ星の奴までいた。特に戦う必要も無かったから全て無視して森を出た後、一気にバリエイトまで飛ぶ。それから周辺の魔獣の調査し、結果をメリアに送ると小さな悲鳴が聞こえた。多分デコに命中したな。
「あたしが来る必要無かったわよね? まあ、貴男が珍しくフル装備だから、そうだとは思ったけど」
「まあな……さて、丁度飯時だし、行こうぜ?」
「貴方の奢りよね?」
「ああ」
その後、バリエイトに入った俺たちはレストランで昼飯を食い、ついでに街を巡った。その時に、ミネアが気に入ったネックレスがあった為それを購入しプレゼントするとかなり喜ばれた。そんなに欲しかったのかと聞くと「相変わらず鈍感ね」と笑いながら言われた。
そんなに鈍感じゃ無いと思うんだが……まあ、いいか。
「最近新しい娘でも来た?」
「フーリアっていう奴が来たよ。身長はお前と同じくらいだな」
「……成る程ね。それじゃ、あたしはそろそろ戻るわ」
「ああ、サンキュな? それと、たまには学園に来いよ?」
ミネアは「ええ」と、返事を返し、目の前から消えた。辺りからどよめきが起こったが、それは気にせずオレも空間を開き学園に帰った。
∞
「まずすることは?」
「フーリア、制服似合ってるぞ」
「ホント!?」
フーリアを抱え上げると、キャッキャと喜んだ。
「違う! 謝罪でしょ! 謝罪!」
「ドウモスミマセンデシタ」
「全く……。カードって結構痛いんだからね! 今度からはもう少し軽く投げるように」
どうやら投げることに関してはお咎めなしの様だ。というか言っても無駄だと分かっているのだろう。昔から言うことを素直に聞いたことは無いからな、オレは。
フーリアを抱えなおし頭を撫でると、「はふぅ~」と気持ちよさそうな声を漏らした。
「結果見たけど、やっぱり同じ様な物だね。一体だけ四ツ星がいるけど、どんな様子だった?」
「様子って言われてもな……何の変哲もない〈ガーゴイル〉だったよ。大きさに関しても、少しでかいってだけだ」
二枚の翼と赤目に二本の角。猫背で両腕を前に垂らして歩く。それがガーゴイルだ。本来ならギルドランクは三ツ星だが、今回の凶暴化に際し四ツ星になっていた。Lvは80。
「そっか……やっぱり全ダンジョンを調査して、それから考えるしかないかな?」
「どうだろうな? とりあえず、オレは明日〈濃霧の森〉を見てくる。まずは一ツ星ダンジョンを一通り回ってくるよ」
「うん。お願いね? あ、フーリアは、明後日の十五日から通うことになったから、そっちもお願い」
「ああ」
カードと空になった二つの弁当箱を受け取り、やけにフーリアが静かなだなと、不思議に思い見てみるとすやすやと寝息を立てていた。ソレを見たメリアがくすりと笑い「慣れないことばかりで疲れたみたい」と言い、それもそうかと納得したオレも笑った。
まだ少し仕事が残っていると言うメリアに夕食のリクエストを聞き、家の前に出ると、そこにキリエがいた。面倒だと思ったが、ここで逃げるとフーリアが起きてしまう為、そのまま進み「よう」と手を振る。階段に座っていたキリエも立ち上がり右手を挙げて返事をした。鍵を開け、キリエ共々中に入り、リビングで待たせフーリアをベッドに寝かせた。制服のままだとシワがついてしまう為、上着だけ脱がせ、たたんで枕元に置いた後、装備を外して机の上に整頓し、リビングに向かう。
どうやらキリエは、メリアにオレがダンジョン調査を始めたことを聞き、手伝おうと思って来たらしい。理由は氷の迷宮でも言っていた「生徒会長だから」だそうだ。
「うん、なら却下」
「え!?」
オレはにこやかに拒否した。
「なんで!?」
「あのなあ……行きたいなら素直に行きたいって言え。生徒会長だからとか、そんな建前はいらん」
「建前なんて、そんなこと」
「あるっての。たく……昔はもっと素直だったのにな」
初めて会ったのは、十年程前だったか……その時のコイツは「素直」を体現している様な奴だったが、学園中等部辺りから常に上にいることと周囲の目もあり、いつの間にか本心を押し殺すことが多くなった。
「だからな? キリエ」
「な――」
オレの顔を見た途端、キリエの体が固まった。
「素直にならないなら――」
「は、はい……」
「分かってるよな?」
「すいませんでした! 本当はレストと行きたいだけです! なので連れて行ってください!」
シュバッ! と言う効果音が付きそうな程の速さでキリエは椅子から降り土下座しながら言った。
そんなに怖がることは無いと思うがな……。
まあ、そんなこんなで、明日の〈濃霧の森調査〉はキリエも同行することになった。