4.白い魔獣から
どうにも厄介なことになった、とオレは一つ溜息を付いた。周囲の気温の所為か、それは白い煙となりやがて霧散していく。
今現在オレが居るのは、三ツ星ダンジョン〈氷の迷宮〉。そう、二年前マートルと会ったダンジョンだ。
何故こんな所に居るのかと言うと、話は一週間程前に遡るわけだが、一々回想するのも面倒だからな……まあ、とりあえず、一週間前、つまりギガンテスを倒した日、理事長室に帰って寝て起きたオレは早々、創造神であり理事長であり同居人であるメリアに「全ダンジョンの調査をしてきて」と言われ今に至る(ちなみに一週間も空いたのはオレの気が向いた時で良いと言われたから)。
それに関しては別に何とも思っちゃいない。オレ自身、今回のことは気がかりだからな(一週間も空けたが)……ただ、問題は……。
「うぅ~……寒い」
「なんでそんな薄着で平気なの?」
「体質」
問題は、何故この三人。つまり、キリエ・ローデディンス、コネリット・マートル、ユイ・アキハが居るのかと言うことだ。あと、誤解しないように言っておくが最初の「厄介」と言うのは、ダンジョン調査ではなくこの三人、いや正確にはキリエの一人だな。
色々と面倒なんだよ、コイツ。やれ学園に行けだの、やれ勉強しろだの、やれ夜更かしするなだの……なんだ? お前はオレのお袋か? それはメリアで間に合ってるから勘弁願いたい所だ。昔はもっと可愛かったと言うのに。
まあ、それはどうでも良いとして、いや良くないが……。
「お前等何で居るんだよ?」
まずはそれだ。
「だって、レスト一人じゃ危ないでしょ? それに、メリア魔武術学園の生徒会長として、同じ学園の生徒が行くのに私が行かないなんて、他ならぬ私自身が許せないもの」
「わたしは、二年前のリベンジも兼ねて。結局、あの後踏ん切りが付かなくてここはずっと避けてたから……」
「貴方の力に興味がある。ついでにジパングの外の妖獣にも」
と、三者三様の答えが返ってきた。
まあ、聞いてる途中でどうでも良くなったから良いが。
「とりあえず、アキハ」
「なに?」
これだけは言っておかなければなるまい。
「この大陸に妖獣はいない」
そのオレの言葉に、アキハまるで雷に打たれたかの様に(打たれたことないから分からんが)多大な衝撃を受けた様で、真珠の様な黒い眼を見開いた。
「つうか、ここに来るまで妖獣を見たことないだろ?」
「……そう言えば、確かにそう。あまりに見かけないから、余程少ないのかと思っていた。まさか居なかったとは」
一応説明しておくか。
アキハの今の格好は、先程マートルが言った用に「薄着」だ。どれくらい薄いかと言うと、そうだな……胸と比例していると言えbやはり止めておこう。まあ、説明すると言うか、単にうちの学園の夏服ってだけだ。白を基調としているのは変わらず、涼しげな印象を与える為か分からないが、青いラインが入っている。
キリエとマートルの二人は、学園の冬服に耐寒性のコート。それでも寒がっているのは、ひとえにここの気温が低すぎるからだろう。さっさと終わらせて風呂入ろう。と、その前に、
「さっきもマートルが聞いていたが、寒くないのか?」
これはオレも聞いておこうと思う。
「貴方には一週間前に説明している」
「それもそうだったな。いやなに、聞かずには居られなかったんだ」
「ねえ、レストくん。一週間前ってどういうこと?」
空気と化していたマートルが唐突に聞いてきた。そう言えば言ってなかったな……と思いながら入り口で止まっていた足を動かしながら言うと、それが合図となり三人も歩き始めた。とりあえず、マートルは理解したらしい。
「海を歩いて?」
したのか?
∞
「スコープ」
目の前に現れたアイスガルムにカードを向け、唱える。表示されたのは〈四ツ星・Lv68〉と言う文字列。三ツ星ダンジョンであるここの敵がこれくらいと言うことは、他の三ツ星ダンジョンは大体これくらいだろう。
ちなみにこのカードは、今回の調査の為にメリアが理事長権限と言う名の脅しを使い、登録せずに手に入れることが出来た。流石理事長。
あ、あと、あれだ……メリア魔武術学園は普通科以外のクラスの奴は大抵が攻略者志望だ。そんで、無名クラスの奴らは授業が免除されているから、その分攻略やら探索やら自由に時間を使っている。まともに登校しているのは、会長と〈ハーベスト〉くらいだろうな。
まあ、アイツはアイツで色々危ないことをやっているが。
「レポート。おし、どっか行け」
「ギャイン!」
「「「………………」」」
抑えていた力をアイスガルムに向けて少し解放しながら言うと、正に脱兎の如く場を去った。なにやら視線が刺さっている気がするが、気の所為だろう。というかそう思いたい。振り返ったら絶対面倒だ。特にマートル辺りが「リベンジしたかったのに!」とか言うだろう、というか今実際に言った。
「リベンジも何も、二年前お前がやられたのは魔獣じゃなく、この寒さだろ?」
「ぅえ? そだっけ?」
「そうだよ」
その後、アイスガルムの他に〈アイスバット〉や〈アイスプラント〉等このダンジョンに棲息する粗方の魔獣のデータを取り終え、後はボスである〈アイスタイタン〉のデータを取ればここでの調査は終わるなぁ……と思っていた矢先、ソレは唐突に現れた。
ダンジョンの中には、稀にボスに準ずる存在が出現することがある。その原因は未だに不明だが、一説では創造神が気まぐれで生み出したのでは無いか? 等と言われているが、それは無いだろう。
まあ、百%無いとは言い切れないが……何せアイツだからな。
ただ、出てくるのは本当に稀で、同じダンジョンに千回潜ってやっと一回出るか出ないかと言う程の確率らしく、見た者は殆ど居ないと言う。もしかしたら、見た奴はそこでやられ、帰ってくることが出来なかったのかも知れない。
ソイツらは、ボスの次に強い魔物だからなのか、ボスを「大ボス」と言うなら、それに準じる者とあって「中ボス」と呼ばれている。もう少し別の言い方は無いのかと思わないでも無いが、総称に「ボス」と入っているだけあってその力は他とは一線を画す強さを誇っている。
これはオレの勝手な推測だが、中ボスの中にはボスより強い奴も居ると思う。力がどうとか、そういうのじゃ無くて、動きや知恵などがボスを上回っていれば、ボスよりも厄介な相手となるからな……だから、今の状況で言えば、殆どのダンジョンで最も厄介な相手は大抵が中ボスになってくると思う。
ギガンテス然り、ここのアイスタイタン然り、ボスと言うのは得てして巨大だからな。ギガンテスをあれだけ簡単に倒すことができたのも、動きが速かったが、知恵がなかったことが関係しているだろうし……あの力のままで、知恵なんて持っていたら、勝てたとしてもかなりのダメージを負ったと思う。
「〈氷狼・フェンリル〉。こんな状況の時には、出て来て欲しく無かったわね」
そう言いながら、我等が会長・キリエ・ローデディンスは空間から〈戦斧・バハムーティア〉を構えた。コイツ相手には向かない武器だな……。ちなみに、無名クラスの奴らは空間魔術か時間魔術のどちらかを使えることが唯一の共通点だ。って、どうでもいいか。
さて、キリエが言った様に、今の状況でコイツの相手をするのは面倒だ。スコープしてみると、結果は〈五ツ星・Lv90〉と出て来た。
それだけなら、別に良い。問題は、今居る場所が通路ではなく広間であることだ。
狭い通路なら、オレ達は勿論、相手も動きが制限される分対処はしやすいが、これくらいの広さがあるなら奴さんも十分自由に動くことが出来る。
まあ、ブレスを躱しやすくなったのは良いとは思うが……さて、無駄話は終わりにしてさっさと先に進まないとな。
「アキハ、お前妖術は使えるのか?」
「もちろん。でも、組み上げるのに少し時間が掛かる。五十秒稼いで」
ミスリル製のシミター、「村正」と「龍殺し」を呼び出し、構えながら聞くと早速印を結び始めた。目で追えない速さだが、それでも五十秒が必要となるってことは、かなりでかいのを組み上げてるんだろうな……うし、行くか。
「キリエはアキハの盾。マートル、出来るだけアイツの動きを止めるぞ」
「了解」
「分かった」
「ウオオオオオオオン!」
一度遠吠えを上げたフェンリルは姿勢を低くし、突進の構えを取った。同時にオレ達も動き始め、マートルは言った通りフェンリルの背後に回っていったが、それよりも遙かに速くフェンリルが突進してきた。
踏み込み真っ正面から受け止め、数㎝程後ろに押されるが踏みとどまり動きを止め、その間にマートルが後ろから鞭を打ち付けたが、力に差がありすぎる為か、フェンリルは全く気にしていない様子だった。シミターが直撃している額にも傷一つ付いていない。
結構な勢いを付けて振り下ろしたんだけどな……。
「頑丈過ぎだろ、お前」
「グルルル」
フェンリルは「これくらいで殺られるか、ボケ」と言った。
「うっせ、ボケ」
「グル」
「アホ」
「グルル」
「全身白髪」
「ガルル!」
「うお、コンプレックスか?」
売り言葉に買い言葉で、最後にオレが言ったことに過剰に反応した。勿論この間も、マートルは攻撃をしていたが、そんなの完全に無視している。多分、マートルのことは意識してないな。
「ガルル……グル、グルゥア」
「そうか、そうか……災難だったな?」
「グルゥ……」
「ん~……そうだな……オレの知り合いに頼めばなんとかなると思うが、どうする?」
「グア!?」
「ああ。行くか?」
オレが問うとフェンリルは何度も首を縦に振った。と言うわけで、フェンリルとの戦いはそこで終わり、オレは空間から紙とペンを取り出し、それに「アホ神へ」と書いて、フェンリルの首に紐で垂らし、その空間を理事長室に繋げ不安気なフェンリルに入るよう言い、アホ神の悲鳴が聞こえた所で即座に空間を閉じた。
後で文句を言われるだろうが、無視しよう。
「ちょっと、レスト? どういうこと?」
「ん? ちょっとな、さっさと行くぞ。あ、アキハ、もう印は組み終わったか?」
どこか不満気な顔をしているが、アキハは頷いた。別空間を開き、そこにその妖術を放つ様に言う。
「どうして?」
「ここに保管して、アイスタイタンが見えた時点でぶっ放すから」
「どういうこと?」
アキハだけでなくキリエとマートルも同様、どういう意味か分からないようだったが、論より証拠ってことで、とりあえず空間にアキハの炎の妖術を保管した。
少し見えたが、めっちゃ燃え盛ってた。喰らったら絶対死ぬわ、あの氷巨人。
その後奥に進み、言った通りアイスタイタンが見えた時点で、データを取り、最近ではすっかり見慣れた〈測定不能・レベル不明〉の文字を確認する。それからソイツの頭上に空間を開いてアキハの妖術〈煉獄〉をぶつける。
「キュワアアアアアアアアアア!!」
というアイスタイタンの断末魔を聞き終えて、そこから理事長室に帰った。
ちなみに、アイスタイタンは煉獄を喰らって僅か二~三秒で燃え尽きた。天井も結構溶けてしまったが。ダイジョブ、すぐに氷直すさ、ハッハ。
あと、キリエ達は何か言いたそうにしていたが、無視だ無視。
「帰った「ご主人!」ごっはあ!」
「「レスト(くん)!?」」
理事長に帰ってきたことを伝えようと、口を開くのとほぼ同時に鳩尾にもんの凄い衝撃を与えられ肺の空気が全て吐き出された。そして衝撃を殺せず、突っ込んできた何か諸共吹っ飛び床に倒れる。
首を上げて見ると、そこには白く長い髪に犬耳があり、髪同様白い尻尾(?)が揺れていた。それはそれは凄い勢いで揺れていた。
「よう、フェンリル。上手く行ったみたいだな」
「うん! ありがとう、ご主人!」
「え? えええええええええ!?」
「…………」
理事長室には、理解の全く追いついていないキリエの叫びが木霊し、マートルは言葉を失い、目を見開いていた。アキハはいつの間に用意したのか、茶を飲んでいる。
だが、そんな状況などどこ吹く風と言わんばかりに、フェンリルだったこの白髪幼女の蒼い瞳は、はちきれんばかりの輝きを放っていた。