1.メンドくせえ
面倒だ。激しく面倒だ。どれくらい面倒かと言うと、そうだな…………うん、面倒だ。学園なんて消えて無くなれば良い。ついでにそこの理事長も……創造神の癖になんで理事長なんかしてんだよ、もっと別のことしろよ、アホか、アホなんだろうな。「アホじゃない!」とか言う声が隣から聞こえてきたが、知らん。知ったこっちゃない。
「無視!?」
とりあえずうるさいので最近発明されたイヤホンなるモノを両耳に詰め周りの音を遮断する。
なんでも、どっかの国の天才さんが作ったこれは、長方形に加工された薄い魔水晶に記録した音楽を水晶に貯められた魔力を消費し、コードをとおして音楽を直接耳に届けるらしく、今オレの耳には音楽が聞こえている。適当に選んだ物だが結構良い音楽だ。
目を閉じながら歩いていたからだろうか?
誰かにぶつかってしまった。
そんで謝ろうとすると、それよりも先に胸倉を掴まれ、相手が何か言ったがイヤホンを付けているから部分的にしか聞こえなかった。
隣にいる、オレよりも頭一個分程小さいアホ神は「あちゃ~」と言いながら手で顔を覆い、首を軽く左右に振った。長い水色の髪が付いていくように揺れている。
後ろに猫がいたら間違いなく飛びついてるな。
「悪かった。前をちゃんと見ていなかったんだ」
イヤホンを取りながら適当に謝罪する。
「そんな適当な謝罪で済むと思ってんのか? あぁん? 今ので骨折れたからな……慰謝料として百万ギル払えよ」
典型的なヤンさんだった。髪が真ん中で真上に向かって直立している様は、なんというか面白いな。両サイドは髪が一本も無くサラ地と化しているが。
「あれくらいで骨が折れるかよ、どんだけ柔なんだ? なんならオレが鍛えてやろうか?」
「アぁ? っ! いででで!」
オレを掴んでいる手を掴み、軽く力を入れるとヤンさんが声を上げた。
「たく……で? どうする? ホントに折れてるなら止めるけど、そうじゃないなら左腕をホントに折るぞ?」
「わ、分かった! 嘘をついて済まなかった!」
「よし許す。じゃ、さっさと学校行け。遅刻すると面倒だぞ?」
「あ、ああ。お~、いて」
そう良いながらヤンさんは一㎞程先にある、この街オルディスの三分の一を占める規模を誇る「メリア魔武術学園」に向かっていった。
そしてオレは百八十度方向を変え来た道を戻ろうと歩き出したが、
「どこに行く気かしら?」
そこには学園以上に面倒な奴がいた。
長い金髪に碧眼で、白を基調とした赤いラインの入った学園の制服に身を包んでおり、腕組みをしてオレを見ている、と言うよりは睨んでいる。
……よし、逃げよう。
そう決めたオレは近くの家の屋根に飛び移り街の外にある森方面に向かってダッシュした。
「あ、こら! レスト! もうすぐ学校なんだから、戻ってきなさい!」
「逃がさないわよ!」
後ろからメリアとキリエの声が聞こえてきたが、無視してオレは屋根を飛び移りながら森へ向かった。
魔術の発動する音が聞こえたから、多分キリエが身体強化か何かしたんだろう。
∞
メリア魔武術学園は、名の通り魔術と武術の腕を磨く学園だ。と言っても、授業は選択制で、入学する際に〈普通科〉〈魔術科〉〈武術科〉〈総合学科〉の四種類の学科の中から一つ選び、次の日からそれぞれのクラスで授業が始まる。
普通科では、午前中に一般的な知識を教わり、午後は自由に時間を使って良い。自習しようが、クエストを受けようがダンジョンを攻略しようが、自由。
魔術科・武術科はそれらを専門的に学び、授業は全て実習制。クラス間での戦闘訓練などは毎日行われている為、本来ならば爆音やら金属同士のぶつかり合う音が聞こえて授業に集中出来ないと思われるが、それは防音結界のお陰で問題ない。
総合学科は一般知識・魔術・武術を均等に学ぶ学科だ。これの説明と言うと、前述した三つを合わせた物、としか言えないな。
と、四種類とは言ったが、実際は五種類あり、その五つ目には名前が無く、入学試験の際計測した魔力・妖力・聖力・マナ・テナの五つの力のどれか一つが計測不能レベルの者が集まるクラスだ。勿論、別のクラスに入ることも出来る。
まあ、力に酔っているのか知らないが、計測不能者はその無名のクラスに入っている。
さっきのキリエも、妖力・マナの二つが計測不能だった為そのクラスに入っているが、キリエともう一人は他の奴らとは違い己の力に過信はしていない。
と、そんなことはどうでもよくて、今オレの前には銀竜がおり、白銀の鱗に包まれた巨大な体から伸びる首を下げ、蒼い双眸でオレをジッと見ている。
「またサボったの?」
見た目とは裏腹に、鈴を転がしたような声で問いかけてくる銀竜。
「正確にはサボろうとしている。もう少し経ったら、あいつが来るかも知れんからな……そうなると連れ戻される」
「良いじゃない。あんな可愛い娘に好かれるなんて、男としては嬉しいことだと思うけど?」
「あいつがオレのことを好いてる訳なんか無いだろ? 生徒会長なんだから、義務感でやってるだけだって。昔はもっと素直だったんだが……とりあえず、オレはこのままどっか行くから、適当に誤魔化しておいてくれな?」
銀竜は呆れた様な溜息を付きながら頷いた。
五年前、この森に来た時銀竜と会い、何か妙に懐かれ、それからは週に何度か通っている。その内にそれが習慣となり、今ではサボる時などは決まってここに来ている。棲息している魔獣も結構強いからな……キリエでも少しは時間が掛かる。
魔獣共が諦めなければ、だが。
ちなみに銀竜は人間の姿になると銀髪紅眼の幼女になる。名前は〈ミネア〉だ。その魔力は、ここ〈イルヘイト大陸〉だけでなく、世界規模でトップらしく、全ての魔術を使用出来るというなんとも魔術師泣かせの存在だ。詠唱なしに加えて、初級魔術で上級魔術を粉砕することもそれに拍車を掛けているのかも知れない。あとついでに学園の生徒。本日はオレ同様サボるみたいだ。
学校にはちゃんと行けよな?
あ、あと、魔物の言葉を少し教わっているから、先生みたいなもんでもある、って、どうでもいいか。
襲ってくる魔獣を斬ったり撃ったり殴ったりしながら進むこと約三十分。森の出口が見えてきた。今更思い出したが、一昨日くらいにメリアが「最近世界中の魔物達が凶暴化してるから気を付けてね?」と言っていた。その割には全く手応えがなかったが、まあ、いいか。
「正宗」達に労いの言葉を掛けながら空間に仕舞い、そんなことを考えている内に森を出ると、朝陽が容赦なくオレを照らし付けた。さながら「サボってないで学校に行け」とでも言っている様な気がするが気の所為だろう。
つうか暑い。なんで春先なのにこんなに暑いんだよ? 少しは活動を抑えて冬に思う存分照らしてくれ。オレは寒いのが苦手なんだこんちくしょう。
と、太陽に悪態を付きながら〈バリエイト〉に続く街道を歩こうと一歩踏み出すと同時に、
「うわあ! 誰か助けてくれえ!」
という声が聞こえた。
何日前だったか?
『ギルドで一ツ星級にランク付けされてる魔物が、三ツ星級くらいの強さになってるの。だから、一ヶ月位経ったら、魔物達のランクが全部変わると思う。何度も言うけど、気を付けてね?』
夕食の席で対面に座っていたメリアにそんなことを言われた。
魔物とは、メノリアに存在する魔獣・聖獣・妖獣・天獣・悪獣の総称だ。というかそんなに細かく分ける必要は無いと思うが、まあ結局は分けることになるんだろう。
ギルドと言うのは、大抵の街に一つはある施設のことで、魔物討伐やダンジョン攻略を生業とする者が集まり情報収集・交換を行ったり、クエストを受ける所だ。そこに登録している者は二種類に分けられ、ダンジョン攻略を主にする者は「攻略者」、主にクエストを受ける者は「冒険者」と呼ばれている。ただ、何にでもメリットとデメリットがある様に、ギルドにもそれらは存在する。
まずメリットは、数人であつまり攻略や討伐を行う為、命を失う危険性が低い。と言っても、死んだからと言ってまだ魂が残っているなら大丈夫だが。次にデメリットは、攻略の場合、その際手に入れた物の半分をギルド側に納めなければならない。何を納めるかを選ぶ権利が、攻略した側にあるのは、まあ、当然のことだろう。
命を失う危険性を孕むダンジョンから帰還して、納める物をギルドに選ばれたら高価な物を取られるに決まっているからな。
大分話が脱線したが、今の叫び声はどうやら十㍍程先で襲われている馬車の御者が上げた物みたいだ。周りを囲んでいるのは、集団で得物を狩ることを得意とする狼型の魔物、ガルム。個々の力は大したことないが、そういう奴は集まると面倒だ。次から次へと仲間を呼んで最終的には五十体くらいの集団にまでなるんだからな……。
とりあえず現在進行形で馬車を襲っているガルムの群れに向かって、魔力の膜を作りながら突進。五体程一気に吹っ飛ばし急停止すると地面が少し抉れた。
「いくらこの辺りの魔獣が弱いからって、護衛の一人も付けないのは馬鹿としか言えないぞ?」
いきなり現れたオレに警戒を露わにするガルム達を見ながら、後ろにいる御者に言えば「まさかこんなに出てくるとは思わなかったんだ」等と抜かしやがった。
「なら、せめて魔物避けでも持っておけよ。それで荷物が奪われても文句言えねえっての」
御者が何か言おうとしたが、それは聞かずにオレは残りのガルムを蹴散らした。幸いこの付近に仲間はいなかった様で、直ぐに奴らは撤退した。最期に「クソガキが!」みたいな感じで吠えられたのは気の所為では無いだろう。まさか、暇潰し程度に銀竜から教わっていた魔物語がこんな所で活用されるとは思わなかった。
それにしても、腹が減った。やっぱ朝はちゃんと食わないとな……と朝食のありがたさを痛感しながら、オレはバリエイトに向けて再度出発しようとしたのだが、
「待って」
抑揚の無い、けれどどこか澄んだ声に呼び止められた。
振り返ると、その声のお主はどうやら馬車の荷台に乗っていたらしく、布を開けて荷台から飛び降り、ゆっくりと歩いて近づいてきた。
目深にローブを被っているから顔は分からんが、とりあえず小さい。オレの身長が百七十くらいだが、コイツは多分百五十くらいだ。あと、胸も小さい。メリア、キリエの二人と張るな。
と思った途端、背中に悪寒が走った。流石。
「助けてくれて、ありがとう」
「ん? ああ、いいよ別に。単に通り掛かっただけだしな……。あんた、学園の生徒か?」
学園の制服を着ていることに今更気付いたオレが聞くと、少女は頷いた。そして、どういう訳かオレに道案内をして欲しいと言ってきた。
「馬車は……ああ、確かにあれじゃ、使えないか」
どうやらガルムの奴が車輪の一部を破壊していた様で、今の状態で走るとその内壊れてしまうだろう。
馬も怪我を負っているみたいだしな…………はあ、学園に行くと何かと面倒なんだよなぁ……暗殺してこようとする奴まで居るし。バレバレだが。
「まあ、良いか。分かったよ。とりあえず、学園まで送るさ」
「ありがとう。助かる」
さっき同様抑揚の無い声で少女は言い、道案内を頼んだにも関わらず先に歩き始めた。その後を追い、馬車の横を通り掛かった時に馬の怪我を治す。後は勝手にしてくれと、そのまま去ろうとしたが、ここまでの金を払えと御者が抜かした。
「客を危険な目に遭わせといて、何が金だよ、ふざけんな」
まだ何か言っていた御者を放っておき、オレは少女の後を追い、ついさっき出たばかりの森に戻った。