02 - 事件発端
『漸く話せるね♪』
紅葉が持つ猿の姿形をした相棒が笑顔で言った。
うそだろ、少年の顔が驚愕一色に染まる。ブルーは必要最低限の機能しか持たない知能プラグラム相棒だ。つまりはプラグインも購入した時のまま増えてもなければ減ってもいない状態、メール、電話、画像、音楽、動画、インターネット、地図、辞書しか搭載していないはず。
だがブルーはシステム音の音声データを使わず対話システムの音声データを用いて紅葉に話しかけた。実は言うと相棒に会話させるために使われる「対話プラグイン」も「決闘者プラグイン」並に高い代物だからだ。
もちろんそんな高いプラグインを手に入れてインストールした記憶がないので先ほどの「勇者プラグイン」の中に入っていたのだろう。
「何だが分からないけど……ブルーなんだよな?」
『イエスだよ、マイ・パートナー紅葉君! ボクはブルーだよ。小学からの付き合いなのに新しいシステムが一つや二つ付いたくらいで分からなくなったのかい?』
「……あ、いや、そ、そうだよな。お前はブルーだよな。ごめん、なんつーか、色々と突然過ぎて頭が追いつかなくて。ほら現代勇者プログラムとか見たことも聞いたこともないプラグインをインストールしたからさ」
ニシシとブルーは笑う、
『だよね。ボクも驚いた。まさか夢だった対話プラグインと決闘者プラグインを二つ同時に手に入ったしね』
「夢、だった?」
『うん、ボクの夢。マイ・パートナーと仲良く会話すること。そして、紅葉君とデュエル大会に出ることがボクの夢』
「……僕もブルーと話したり一緒に戦ったりしたかったんだ……一緒だな」
『一緒だね、ボクたち』
「ハハハ」
『プクク』
数秒、紅葉とブルーは互いに無言で見つめ合い、笑う。とにかく笑う。
近所迷惑とかそんなの関係ねぇんだよとにかく今は相棒と喜びを分かり合いたい。出会って数年が経つけど今の今までまともに会話をしたことがなかったけれど二人の想いはずっと一緒で繋がっていた。機械とかプログラムとか関係なしに世の中に存在する全ての物に心は宿る、知能プラグラム相棒であるブルーも然り。だからこそ夢を想い描いてきたのだ。
「あ、ハハハ。ヤベェ笑い疲れた、ハハハ。そうだ、友にブルーを紹介しないと。マックまで追いかけるか」
『うん♪』
二人はニカッと笑い合い家を出る。先月に拾ったボロボロの自転車に跨りペダルを漕ぐ。因みにもちろん綺麗に整備をした。こう見えて秋庭紅葉という人間は手先が器用。
猛スピードで走る駆る馬ならぬ自転車で、押し寄せてくる人込みという名の雑兵を蹴散らして行く。戦場である都会を取り囲むのは雑兵だけではない。雑音やノイズだ。走る列車の振動が響き自動はエンジン音とクラクションをかき鳴らしている。
「ブルー、あいつにメールを送ってくれる? 今からそっちに行くってやつ」
『分かった』
「言ってみただけなんだけど、そんな事もできるんだ。対話プラグインって」
『そうだよ。便利でしょ?』
「つまりはブルーとコンビニがあれば僕は生きていける!」
『こらこら、ニートになったら家出するから』
「そりゃ、きついよ……」
『手が離せない時はボクがやってあげるけど、自分で出来るときは自分でやるんだよ?』
「……ぐへぇ~ブルー、お母さんみたいだぁ~」
『返事は?』
「はぁ~い」
「よろしい♪」
対話プラグインを入れると感情豊かになるだけではなく、常に返事は「イエス」という法則も破られるようだ。ブルーが
自動操作で友へメールを送ると同時に紅葉は角を曲がる。
丁度、数十メートル先の信号が赤になったのを見てブレーキをかけて減速し止まる。
フッと違和感を感じて首を傾げる。
「ここに信号なんてあった?」
週に二、三回くらい通る道だ。忘れるはずがない。工事などは今の今まで一度もなかったし何より昨日もこの道を通ったのだ。勘違いとか間違えるはずがない。
『紅葉君! 危ない!』
「え?」
相棒の叫びが耳に届いた瞬間、パリンと世界が割れて崩れ落ちて、別の世界が顔を出した。
考えるより早く体が動く。壊れゆく世界内にある赤信号を無視してペダルを漕ぐ。道の真中に辿り着いた時、前方にある見えない壁にぶつかりバランスを崩し倒れる。
「いってぇ~……」
当たり所が悪かったのか額から出血を右手で押さえて立ち上げる。道中のど真ん中に居たはずが今は信号の向こう側にいる。
紅葉は今の視界という名の世界が割る感じを知っている、、
「ヘアーディスプレイを応用した擬似空間」
二次元の画面を三次元に立体的に飛び出させる技術を応用すれば理論的にはだが擬似的に空間を創りだすことは可能。まあ、触れることが出来ないカモフラージュみたいな感じだけど。っつか実のところ現在のスマートフォンに搭載されている技術だけで誰でも簡単に出来る。パワー的な問題で本当に空間を丸ごと、という事は無理だけどウィンドウを一つか二つくらい視界を覆い尽くすように出せば。いうなれば三次元メガネ。表示しているウィンドウ内に空間を再現してメガネのように目の近くに出せば……完成。
実際にこれは目隠しの代わりになったりするわけでもある。
「まあ、何にせよ……いつの間にか起動していた擬似空間っていうか三次元メガネを消してくれてありがとうなブルー。っつか車が少なくて良かったぁ~」
『紅葉君、それより大変だよ。周りをみて』
「ま、わり……? おい、どうなってんの……?」
周りを見渡すと人々が信号、車道と歩道とか関係なしに歩いていた。
「もしかしてこの人達も!?」
『そうみたい。でも早く止めないと……』
「おおおお、おおっととと、ってどうすればいいんだよ……」
『落ち着いて紅葉君! こういう時は仮想世界にログインしてサポートセンターに連絡するんだ』
「あ、そう、そうだった!」
仮想世界。インターネット上に存在する仮想世界だ。相棒がプラグインを実行させるためのOSなら、仮想世界は相棒を実行させるためのOS。相棒は数時間置きに仮想世界の管理センターに接続してバグ修正やアップデートパッチを落としたり存在するか確認を取っている。二十四時間以上接続しなかったら相棒は停止する。今の時代、発達しすぎたコンピュータネットワーク技術のおかげで地球上のどこにいようとネットに繋がる且つネットに繋がっているだけで充電も出来るのだ。
そして色々な企業も仮想世界参加及び導入している。因みに電子機器の殆ども仮想世界を実装している。例えば冷蔵庫にログインするとその冷蔵庫を開発又は販売した会社のホームページに飛ぶ。因みに今の問題は知能プラグラム相棒を搭載しているスマートフォンなので、リンク集から直ぐに行くことができるのだ。
「んじゃ、ブルーよろしく頼むぅ~」
『イエス、マイ・パートナー!』
――login
現実世界と変わらない全てを包み込むような雲一つない青空の下にブルーはログインした。地に着く。こちらも現実と同じくアスファルトの地面。実は仮想世界は現実と大差ない。唯一の違いは住人。相棒であるか人であるか、だけなのだ。
「こ、紅葉君……み、みてる?」
『ブルー! マジでどうなってんだよ! おかしいぞ色々と!』
今までの違いは住人、相棒か人であるか、だけだった。
ブルーの眼前に広がる景色――彼が見たものとは。