01 - 将来を左右する一通のメール
「ええい! メンドイ! メンドイぞ親愛なる我が友よ!?」
「うっせーバーカ! 黙って手を動かしやがれっ!」
狭いとしか表現できないような小さな部屋の中に二人の男が見るからにむさ苦しさを全開にして寄り添っている。
別に変な意味ではなく背と背を合わせて互いの目の前に置かれているノートパソコンのキーボードを用いて物凄いスピードでアルファベットの羅列を打っていた(一人は既にダウンしているが)。
「おい、秋庭紅葉! テメェ、全身全霊を込めてプログラムを組み上げている友を裏切り一人で休息タイムに入るつもりかよ!」
「……疲れたんだよパトラッシュ……あぁ~メンドイ……」
「薄情者! 血も涙もねえ悪魔!」
「……オレさ、ゆゆ様のとこへ逝くんだ……」
「勝手に死ぬな! っつかそのネタは止めろ! この小説と元ネタの設定が違いすぎて世界観が壊れるわっ!」
片方はボケや愚痴をこぼしながらグッタリと背もたれし片方はタイピングにボケに幾度なくツッコミを入れ、ただでさえ熱い部屋が更に熱く感じられた。この二人の男、と言ってもまだ16歳のの少年なのだが……何故こんな所にいるかと言うと、ここは物語開始から「メンドイ」と連呼している秋庭紅葉の仮住まいであり先ほど相棒同士を戦わせるスポーツ・デュエルに参加したのは良いものの予選一回戦でズタボロにされた。
デュエルとは知能搭載プログラム・相棒に「決闘者プラグイン」を追加することで得る事ができる戦闘システムのアップロード、戦闘能力と決闘者資格を持つ相棒同士を戦わせるスポーツ。この時代で最も普及している超が付くほど人気なのだ。紅葉と友達は二人一緒に参加して敗北、で今は次に備えて相棒の改良を行なっている。
相棒は一種のOSみたいなモノなのでネイティブコンパイルが吐く機械語プログラムを実行できる。相棒専用に作られたプログラムをプラグインと呼ぶ。初期設定の相棒にはメール、電話、画像、音楽、動画、インターネット、地図、辞書のプラグインがインストールされている。
相棒はオープンソースプロジェクトだからプログラミングが出来る者ならプラグインを自作したり改良したりも可能。
「あぁ~、メンドイしあづいぃ死ぬって、とっつぁん。そろそろ休もうぜ~?」
「……秋庭……知ってるか? 開始早々ダラけてるヤツに休もうぜとか言われるとイラッと来るんだぜ」
「へぇー……そうなんだ。で? 昼飯にするか?」
「人の話を聞けよテメェェェェェ! オレよりプログラミングスキルが優れてる癖に何でオレよりペースが遅いんだよ! っつても次のデュエル大会までは確かに時間あるし、マクドでも行くか?」
「おおぉーさすがだぜ我友ぉー! んじゃ僕はチーズバーガー。飲み物はコーラでお願いなー」
「おう、チーズバーガーとコーラだな……って待て待て何故にオレに言う?」
「そりゃあ少年、二人で向かうより一人は行って一人がここに残りプログラミングをする方が時間の無駄にならないと思うけどね」
なるほどぉ~、と紅葉の思いつきに頷く友は、
「まあ、考えて見れば確かに秋庭は何もしてないからな。んじゃ、オレが戻るまでに少しは進ませておけよー」
「おぉけぇ~」
適当に相槌を打つ紅葉はマックへバーガーを買いに立ち上がった友が家を出たのを確認するとポケットからスライドキーボードが付いた灰色のスマートフォンを取り出した。ロックを解除して自身のアバターとも分身とも呼べる相棒が画面に映る。
一言で表すと紅葉の相棒は猿。肩、肘、膝、胸、背中、そして頭に銀色の鎧を付けている。肩にあるのは小さいし、肘や膝についてるのはまるでローラースケートのプロテクターだし、胸と背中のモノも防具というより洋服に近い感じ、頭に乗っているは鎧の一部よりヘルメットの方が正しいかもしれない。猿の相棒の体の色も独特的な翡翠色。目はどっちかと言うとキリッとしている。顔全体的には怖い無表情。
少年は自身の相棒を真っ直ぐに見据えながら、
「……なあ、相棒」
『イエス、マイ・パートナー』
紅葉の呟きに反応して彼の相棒が返事をする。
実はこれ標準で付いているシステム音という音声データを再生しているだけ。高度な知能を搭載しているとは言えデフォルト設定では会話機能は不可能。故に呼ばれたら「イエス」、これをしてあれをしてと頼んだりしても「イエス」しか言わない(操作に失敗するとエラーと出るが消してノーとか口にしない)。
「僕たちも大舞台に出て思いっ切り戦ってみたいよな」
『…………』
高度な知能を搭載しているが故に主から何を命令されているかを高速処理で得た結果で調べている。一なら命令された。ゼロなら命令はない。無言ということは結果はゼロつまり命令はないと判断されたのだ。
「……くぁ~メンドイな僕。ブルー、デバックモードを頼む」
『イエス、マイ・パートナー。オープン、デバックツール』
猿の相棒ブルーは主である紅葉の「デバックモードを頼む」という台詞が命令であると判断し処理を実行する。瞬間、スマートフォンの画面から幾つもの小さなウィンドウが現実に飛び出す。
エアーディスプレイだ。二次元の画面に表示されている物を現実世界に三次元として飛び出す技術。おかげで小さな画面でも立体的に出すことで簡単に視れる。しかもセンサーで指の動きを探知して空中画面をタッチパッドの如く操作できる優れもの。
紅葉はネットワークを通じてスマートフォンとパソコンをリンクさせプログラミング作業に戻る。紅葉たちが改良しようと試みているのは友の相棒だったりする。さて何故に自分の相棒と一緒に戦いたがっている紅葉が友の相棒の改良をしているかと言うと。戦闘を行うための「決闘者プラグイン」は有料商品。一応、技術があるのなら作れないことはないのだが規約により禁じられている。紅葉は母親と一緒に小さなアパートに暮らしており物凄く貧乏な生活をおくっている。「決闘者プラグイン」はゲーム機と同じくらいの価格だが家庭的経済が危ういなか無駄な出費は避けたいから買わない。
今こうして友の相棒を組んでいるのは彼に誘われたのだ。金がないのなら一緒に稼ごう、と。デュエル大会は世界的有名なスポーツ故に小さいな大会でも勝てば賞金が貰える。友は優勝するたびに手に入れた賞金を全て紅葉に渡す(まあ、勝てた回数は二回で、しかも去年の話であり最近では一、二回戦でアウトが当たり前)。貯まった額は僅かの五千円。本当は二人でバイトをした方が早いのだけど彼らが通う高校はバイト禁止。だからこうして地道に稼ぐしか道がない。
『マイ・パートナー、ユーガットメール』
ブルーからメールを受信したシステム音を聞きキーボードを打つ手を止める。
「ん? メール? 誰からだろう。届いたメールを開いて」
『イエス。オープン、メール』
エアーディスプレイの最前に表示されたメール。
件名【現代勇者プログラム】
本文【DownLoad Now】
「……なんじゃこりゃ?」
不思議なメールを見た時の人間の反応は大雑把に考えて二種類だろう。
一つ、無視及び削除。
二つ、興味を持って開いてみる。
秋庭紅葉という少年は思いっ切り後者だった。
「勇者かぁー何か響きがカッチョいいよなぁー。なるほど現代勇者とか最高じゃねーの」
紅葉はプログラミングを止めて添付ファイルをスマートフォンにダウンロードしてからパソコン内に転送する。一応、実行前にアンチウィルスソフトをウィルスがどうか確認して否と出て、安心してプログラムを動かす。
何故から現れたのはテキストファイルだ。読んでみると相棒がインストールされたスマートフォン内しか実行できないみたいらしいので。直ぐ様スマートフォンに送る。
「ブルー、今送ったファイルにある実行プログラムを起動」
『イエス、マイ・パートナー。プログラムエグゼキューション。ヒーロープラグイン、アンド、デュエリストプラグイン、ダブルインストールスタート』
「え……?」
間の抜けた声が小さくて狭い部屋に響いた。それもそのはず、今ブルーがインストールしているプラグインはデュエリストプラグインつまり決闘者プラグインなのだ。ヒーロープラグインがどんなモノか分からないが今の紅葉はそんなことどうでもよい。それよりなぜ自分宛に決闘者プラグインが届いたという方が気になる。
「おいおい……もしかして悪徳商法に引っ掛かったりしてないよね? ね? うわー、それだけはヤメてあげて! もう僕のライフはゼロよ! これ以上の厄介はゴメンなのに~!」
『インストールエンド』
「はやっ! って僕は基本的にボケキャラなのにぃ~……僕にツッコミを入れさせるとかもう悪い予感しかしないし……」
紅葉は迷う。明らかにヤバそうなプログラムをインストールしてしまい迷っている。ブルーごとスマートフォンを壊すか否か。しかし流石に壊すは無理だ。ブルーとは小学校に入学した時からの付き合い。簡単に捨てれるのなら”相棒”ではない。
ならどうしよぉ~っと頭を抱えて体を奇妙にクネクネさせる。
「あ……僕はバカか……アンインストールすればいいだけか……」
紅葉はスマートフォンを手動で動かしてインストールされたプログラム一覧を開こうとするが、
「あれ? デスクトップに戻った?」
おかしいなぁ~、首を傾げていると目の前のブルーを見つめていると、
『紅葉君』
「……え?」
『漸く話せるね♪』
紅葉の猿の姿形をした相棒が笑顔で言った。所々に付いているローラースケートのプロテクターみたいな鎧もヘルメットみちたいな兜も変わらずだが釣りあがっていたキリッとした瞳のせいで怖い無表情にみえていた顔だったけれど今では優しい一杯の満面の笑みを浮かべている。