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on your side  作者: 河野章


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第六章

「それで?今日は一体何の用だ」

 男は家にいた。玄関でうんざりとした顔をして俺たちを見下ろしてくる。

 一哉が前に出て、男を見上げた。

「調査員の権限で、証明写真を閲覧させていただきました。周辺の方やサワムラさんの職場関係者にお話も伺ってきました。…あなたは、サワムラさんではありませんね?」

「……」

「あなたは誰ですか」

「……」

男は無言だ。

「サワムラさんはどこですか?」

「アレク・サワムラは俺だ」

「では、その車椅子は?」

「これは……」

「その車椅子は自走式ではありませんよね。サワムラさんは室外では電動の自走式車椅子を使っておられた。一人暮らしの彼は、本来なら室内でも電動の自走式の車椅子を使っていたはずです。半年前、メンタルに不調をきたしたサワムラさんは、医師に相談してこの介助用車椅子をレンタルした。鬱状態では自分では起き上がれない日があるかもしれない。しかしそれでは、彼は自力で水も飲めない。……彼には看護者が必要でした。あなたは、この部屋で誰をそこに載せていたんですか」

「恋、人……だ」

「彼に恋人はいません。彼の疾病のきっかけは、職場での同僚への失恋です。快活で自身の障害を苦にも思わなかった彼ですが、その彼でも失恋は堪えた。…アレク・サワムラに会わせてください。あなたではない。もう一人のアレク・サワムラにです」

 男は困惑していた。室内を振り返り、何度も言葉を探して口を開きかける。

「俺は……アレクは……」

「あなたは…彼の介護AIです。彼の相棒として長らく電動車椅子に搭載されていた。彼は自身の体に無数の電子チップを埋め込んで、眼球や指の動きであなたを自身の足として機能させていた。あなたは彼の体の一部で、彼はあなたの一部だった。アレク・サワムラの身体データを記録し、サポートしてきたあなたはそのプログラムのまま、介護ロボットへ搭載された。…言い方を変えましょう。あなたの恋人に会わせて下さい。あなたの一部であり、恋人でもあるアレク・サワムラに」


「……こっちだ」

 導かれたのは寝室だった。アレク・サワムラの電動ベッドの横に、1m四方の白い箱があった。プラスチックのようにつるりとした質感。

「知っているか。これがなにか……」

 本来ならここには、パーツごとに分解され折り畳まれたロボットの躯体が入っている。箱を展開すれば、自動で骨組みが組み上がり、別売りのパーツで肉付けができる。

「12月28日AM9︰12。アレクは、自分で風呂に入った。いつものように、俺の腕を借りて浴槽に入り、その後は俺の手を使わずに自分で入浴していた」

 男が瞬きをして、箱の側面を撫でた。

 カチリとロックの外れる音がして、箱が静かに展開する。

「俺は、アレクを浴室において朝食を準備していた。7分後に戻ると、アレクは…」

 箱が、背面を残して全てきれいに展開した。

 そこには裸で膝を抱えて蹲る姿勢の男性が座っていた。

 体表は薄いシートでぴったりと覆われ、伏せた瞼の先に雫が霜となって睫毛を縁取っている。

「アレクは水の中に沈んでいた。俺はアレクを湯から引き上げた。息をしていなかったので、生命維持装置のついたこのポッドに入れて、入れて……」

 男が綺麗にパッケージされたアレク・サワムラの前に跪いた。

 冷却され芯まで凍っているかに見えた胸郭がかすかに動いている。男は上体を屈め、横向きに固定されたサワムラの顔を覗き込む。

「どうしようもなかった。事故だった。俺に与えられた国民ID23678815-αでは、アレクについて何の権限もなく……このままにするしかなかった。アレクはよく言っていた。『お前は俺だ』と。彼の願いは、自宅で俺に看取られたいだった。あとは……ロボット法の改正を気にしていた。介護ロボットに後見人の権限が与えられる制度アレクが生きている間、俺に人間の後見人として様々な権利が与えられる」

「それで、お前は……」

「権限はいらなかった。ただ彼に生きていて欲しかった。顔も体も彼はどんどん変わっていく。俺レベルのAIでは、彼の顔や姿をアレク・サワムラとして認識できないレベルになりつつあった。だから、だから……俺自身がアレク・サワムラになろうと思った。変わりゆく彼を恋人として登録さえしていれば、それで問題はなかったからだ」

 その介護ロボットはシャオと名付けられていた。

 アレク・サワムラの側でただ彼を助け続けた。

 アレクは失恋の痛手もあり寂しかった。

 目の前の人間の形をした、優しいそれに愛情を向けた。笑顔を向け、たわいないおしゃべりをし、時には一緒に眠る。それ自体がセラピーだと、最後の通院で医者は言った。

 アレク・サワムラはゲイではない。

 しっかりとしたカウンセリングを受けて、この介護ロボットの躯体も決めた。

 大柄な躯体の男性型ロボットにすれば、失恋の痛手を女型のロボットで癒やす寂しい奴と、見られることもないだろうという見栄もあっただろう。

 けれど、日増しにロボットへの愛情は増す。

 彼はある日、彼の頬に手を当てて感謝の意を示した。

「お前が、俺の恋人だったらなぁ」

 戯言だったかもしれない。

「お前なしでは、もう生きていけないよ」

 親愛の情でもって抱き寄せられる。

「まぁ…お前は俺の一部だったから、そもそもが離れることなんてできないんだけど」


そして彼は死んでしまった。

彼を残して。


「どうやって入れ替わった? 」

「簡単だ。そもそもの写真を入れ替えた。知っているか。この第3地区では、ポータルサイトに自分で証明写真を登録する方法では、写真のチェックが厳しいが、役所へ自分で登録しに行くと、登録しに言った目の前の人物と写真とを目で確かめるだけで登録できることを。役所の窓口はAIだ、証明書の確認をするのは人間だが、電子ビューを使っている。この写真にはアレクと俺が写っている。俺の体、車椅子と腕だ。それが、アレクの顔の面積よりも大きく写っている、だから、電子ビューは自動で写真を持参した俺をアレク・サワムラだと認識した。」

「……役所のAIは、提示された『原簿』に映る私の腕や体格のフレームを解析し、それを現物と照合した。電子ビューが補正する世界では、記号が一致すればそれが真実になる。私はアレクになり、アレクは私の一部としてポッドの中に隠された。そうすれば、いつかアンドロイド法が施行される日まで、彼をこの部屋で『生かして』おけると思ったんだ」

 シャオの声は、感情を排した合成音声のはずなのに、どこか湿り気を帯びて響いた。  一哉は、ポッドの中で凍りついたように眠る本物のアレク・サワムラを見つめた。微かに動く胸郭。それは生命の鼓動というより、機械によって維持される物理的な往復運動に見えた。

「シャオ、君のしたことは……」  

 アダムが言いかけ、言葉を飲み込んだ。  

 このAIは、主人の「自宅で看取られたい」という願いと、「お前は俺の一部だ」という言葉を愚直に実行しようとしただけなのだ。その結果、主人のIDを盗み、その外見を模倣し、法を欺く怪物になってしまったとしても。

「もういい、シャオ。リセットプログラムを起動させる。君の仮人格は一度消去され、標準の介護モードに戻る必要がある」  

 一哉が重い口を開くと、大男の姿をしたシャオは、諦めたように力なく頷いた。

「……アレクは、怒るだろうか」

「さあね。でも、彼は君に自分を重ねるほど信頼していた。それだけは事実だと思うよ」

 一哉が端末を操作し、強制リセットのコマンドを入力する。大男の輪郭が激しくノイズを走らせ、次の瞬間、そこには無機質な金属の骨格を露呈させた、本来の介護ロボットの姿があった。感情を宿していたはずの瞳からは光が消え、ただのレンズへと戻る。

 後日、本部に提出された報告書には「失踪者アレク・サワムラは自宅にて植物状態で発見。介護AIのプログラム不具合によりID管理に混乱が生じていた」とだけ記された。サワムラはその後、適切な医療機関へと搬送されたが、意識が戻る見込みはない。

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