第五章
「……サワムラが何らかの障害を持っているのは本当らしいな」
一哉が呟く。
障害認定の手続きのログを見つけた、とアダムへ資料を見せる。
そこには補助具を要する障害、と記されている。それ以上の記載はない。こういった個人情報はプライバシーへの配慮から詳しい事故や病歴、障害の部位などは隠されていることが多い。
それでも、実際に見てきた補助具、車椅子から、サワムラが身体に何らかの障害を持っていることは分かる。
「で、どうする?」
アダムは資料を投げ返して相棒に聞き返す。考えるのは一哉担当だ。
「この顔が問題なんだよな……」
黙ってテーブルの上を見つめていた一哉がぽつりと言った。
「……顔?」
ふとアダムが一哉の手元を覗き込むと、サワムラの国民IDポータルの閲覧履歴を見ているようだった。
新着は、2月27日PM1︰13。たった今、二人がサワムラの情報にアクセスしていますよという履歴だった。
国民ID法が重んじる情報の透明性・明確性の観点から導入されているシステム。
国民は国民IDポータルサイトにアクセスすれば、どの情報を誰がいつ閲覧したかをログで確認できる。だからこうして、一哉達がアレク・サワムラの情報に触れていることはリアルタイムでサワムラにも伝わっている。
一哉は画面をスクロールさせて過去の履歴を遡っていた。
「すごい数だな……」
「ん。しかも見てくれよ」
一哉の手元をアダムは覗き込んだ。
膨大な閲覧の履歴数。多い日で2万件もの履歴が残っている。
サイト内を万編なくぐるぐると見て回った履歴が続くかと思えば、数秒ごとに証明写真にアクセス、一定時間をおいてまた最初からサイト内を回って…。
それが、半年前まで遡れる。
「誰だ?こんな妙な閲覧履歴を残してるのは。しかも、ここまで不自然な履歴をなぜポータルのAIが今まで見過ごして……」
アダムを遮るように一哉が一枚の画像ファイルを投げてよこした。
「今調べたよ。閲覧者2-2001-1108-4153−a」
ファイルを開くと、国民ID検索サイトから検索した2-2001-1108-4153−aは、アレク・サワムラの顔写真だった。
「サワムラ……本人?」
黒髪の、どこか幼くも見える青年がこちらへ笑っている。一番最初に見た、本人証明の画像だ。
ただよく見ると、違和感があった。
証明写真のデータと比べると、その画像は顔が正面からやや傾いていた。部屋の中なのか彼の背後には本棚とソファ、車椅子が写り込んでいる。
そして何より、彼の肩に正面から触れる無骨な指。車椅子で生活するサワムラの不安定な上半身を腕で支えて、正面から写真を撮る誰か。その誰かへサワムラは笑いかけていて……。
「これは、証明写真の原簿らしいんだよ。サワムラはこの写真を撮ってポータルサイトへアップ、そこでポータルサイトのAIが部屋の背景を消すなど画像処理を行った。画像処理された写真はそのままポータルサイトへ登録され、原簿は廃棄されるはずだったんだけど……。半年前、なぜか廃棄されずにいたこの写真が、正式な証明写真へ上書きされた。……この写真へのアクセス履歴が異常に多い」
一哉の声にアダムは我に返る。
「いや、いや待て。そもそも、末尾αの番号は正確には本人の国民IDじゃない。これは……」
「ああ。末尾αは国民IDが何らかの事情でロックされたときの、仮ナンバーだ。基本はロック解除の時や国民IDカードの権限制限にしか使われない。ポータルサイトでも情報の閲覧くらいしかできないし、本人の携帯義務はない。ただこのα番号カードは成年後見人や介護AIは携帯することを許されているから……」
「つまりサワムラは国民IDを利用しなかったんじゃなくて、利用できなかったのか。正規の番号がロックされたおかげで、買い物も移動もできなかった。そしてそもそもなぜ、ロックを解除しなかったのかといえば」
「その時点で既に、『サワムラ本人には、ロックの解除ができなかった』から」
一哉がアダムの言葉をそのまま引き継いだ。そして、自身の言葉に血の気が引いたのか、珍しく真正面からアダムの顔を見る。その手が震えていた。
「なぁ……お前は、誰と会ってきたんだ……?」
アダムは呻き、ジャケットを手に立ち上がる。
「行こう。『俺』の目では分からない。お前の助けがいる」




