序章
新シリーズの序章になります!大好きなSFを書くことができてうれしいです!皆さんが楽しんで読んで下さることを期待します!
覚えているのは、小さな神社の境内に生えている巨木の枝にまたがって町を眺めている 自分の姿だ。
学校には馴染めずにこっそり早退して、1時間でも2時間でも暮れゆく街並みを眺めていた。故郷は海の近い港町で、高台にある神社からは遠くに小さく海が見えたものだった。
ぼくはひとりだった。
……一人になりたかった。
僕には学校も家も、夜眠るときさえ 、この世の中には怖いものだらけだった。
いないはずのものが見え、あるはずのものが見えない。
音は全て雑音に聞こえ、流行りのポップスに耳が苛まれた。
僕には、幼い自分も両親さえも気づかない、生まれながらの障害があった。
音に敏感で、眠れない。
意識しないとまっすぐに歩けない。
人の顔が覚えられず、人の顔を直視できない。
鋏さえまっすぐ使えない不器用さに表情のなさ。
頭が常に重く、緊張していて、倦怠感ですぐに眠くなる。
小学校の絵画の時間などは毎日見ているはずの家族の顔や髪型を思い出せずに、半泣きになった。
卒業式や体育祭でも、教師に真っ直ぐに並べと言われた僕はどうしても半歩横にずれた位置にしか並べなかった。前の人の頭の位置を見て、足元のラインを見て、ここだと思う位置に並ぶのに必ず叱られる。教師によって修正された位置は、僕から見ればやや斜めにずれた位置で――後年、僕は自分にとってやや斜め右前方に立つことで他の人の正面になるらしいということを学び実践していた。
注意されたり笑われたりした経験が積み重なり、学校は億劫だった。
毎日毎日、各種様々な不便があったが、皆こんなものだろうと思って頑張ってきた。
普通の人間はそんなこと頑張らなくても良いのだということを知りもしないで。
だから僕は自分に自信がなく、顔を上げて歩けた試しがなかった。
それでもなんとか大人になれた。
大人になった僕は朝起きて、15分で身なりを整える。
髪は短すぎるとよく言われるが気にしない。
坊主手前まで刈り上げた短い髪、高身長とやや筋肉質な体。整った顔と相まって、ゲイっぽいなどとよく言われるが、それも僕は気にしない。
プレスされた服は苦手で、許可をもらって職場ではハイネックのTシャツやポロシャツで通している。灰色や白ばかり着るものだから、子供達からは 同じ服を何着持ってるのと笑われる。僕も笑う。「一週間分同じ服を持っているよ」と。
僕は大人になって塾の講師となった。
毎日は楽しい。子供達は可愛い。一緒に学ぶ楽しさを日々実感している。
大人になるとは素晴らしいなと、たまに 欠落した子供の頃の思い出を反芻などしたりして、僕は今日も職場へ行く準備をする。
僕は朝起きて、15分で身なりを整える。
ニャーとすり寄ってきた猫へ餌をやって、行ってきますと声をかける。
仕事は好きだ。子供は可愛い。頭でっかちの大人より、よほど話が通じる。
もちろん分かり合えない子もいる。
けれど、毎日は楽しい。
さあ授業へ行かなければ。
右手にはビジネスバッグ、左手には授業用の資料を詰め込んだトートバッグ。
…… 両手が塞がっていては携帯が持てない。
鍵はどこだ。
思い出せない。
頭の中はパニックで、一度カバンを床に置くことさえ思いつかない。
玄関で僕は呆然と立ち尽くす。
動けないままどうにか首だけを左へと回す。足がもつれてその場に倒れ込む。
目の前がチカチカした。
「鍵……」
小さな声でつぶやくと、ニャァと猫が近寄ってきて、ふふっ……と自嘲で涙がこぼれそうになる。
分かっている。
僕は小さい頃から何も変わっていない。出来損ないだ。
両手に荷物を持っていては、家の鍵を掴むことも携帯を探すこともできない。
うつむくと感情が溢れ出し、涙で目の前がにじむ。泣くようなことじゃない。扉の向こうでは、外の世界では仕事が待っている 。
僕はどこへ行くのだろう。どうしてそこへ行くのだろう。
僕は……そのまま、何分も家の玄関で座り込んで泣いた。




