8.5箇所目 川内の知る薩日内さん
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「行っちゃいましたねぇ」
伊達さんの背中を見送りながら、薩日内さんに声をかけると、音を立てずに屈んでは足首程の高さしかない四足歩行のタヌキの私をそっと撫でた。
その掌は真冬になかなか出られない布団の様に温くて心地の良いものです。
「これでいいんだよ。50万払ってもこうなるってわかってたし。川内、全額返金してあげて」
「えぇ……でも……」
それで良いのですか? と、問いかける前に、彼女は少し寂しさを混ぜた表情で微笑むんです。
私はこの顔を見ると目を瞑りたくなって、それといつもツンケンしている薩日内さんに戻るまで胸が締め付けられます。
「少しは世間の方が安全だってわかっただろうから。さぁ川内、ずっとタヌキのままじゃ仕事が出来ないよ」
「はいぃ」
薩日内さんは落ち込みも悩む事もせず、長い足を一歩踏み出すと、また日常へ溶けていく。
私はその背中を見ながら、頭に作ったように緑色で形の整い過ぎている葉っぱを一枚頭上に乗せ、フンと一度力む。
ボブっと土を纏う様な煙が広がり、それが落ち着くと、あっという間に何処からどう見ても人間の女性の姿になって、観光ガイド窓口係の川内が出来上がるわけです。
――私はずうっと昔に、人に憧れて人里へ降りた時に危険な目にあったところを薩日内さんに助けて頂いた、しがないタヌキでした。
今の私が人間に紛れて生きていられるのは薩日内さんのおかげです。助けて頂いたのは私だけでなく、提灯小僧くんや他の妖怪、人間だって多く居ます。
そんな彼女は他の誰かを救う為に、よく冷たい態度を取ります。
薩日内さんは言うんです。人は人の中にいた方が良いって。不老不死の私は人間でない――だから興味を持って接してくれる人がいても、危険な目に巻き込んでしまったりしたら取り返しがつかない。
だけど薩日内さんだって"人"なんです。口では生活の為と言うけど、本当は人と関わらないと寂しいから観光ガイドを始めたのだと川内は思います。
それに、薩日内さんて教えたがりなんです。知識を共有したくて、自分が役に立てるなら喜んで飛んでいく。
そんな彼女の高額ガイド希望した人は伊達さんが初めてでした。
薩日内さんを見る目は輝き、真っ直ぐで偽りのない眼だった。イロモノで見られ、時には人でないような扱いを受けてきた薩日内さんの心は荒んでいると思うんです。
もちろん全て推測です。薩日内さんは自分の事をあまり話さなくなりましたから。
けれど確実な事があります。薩日内さんの奥深くにある孤独です。その孤独に、伊達さんなら寄り添ってくれるんじゃないかと期待しました。
でも、薩日内さんから切っちゃった。それは多分、伊達さんだからだったのかもしれません。本当の事なんかわかりませんけど、川内はそう感じます。
薩日内さんは優しい人です。優しいから、手を離す。そんな人です。
聞いても答えてくれないと思うので、薩日内さんの言う通り、私は伊達さんにガイド料金を返金する手続きを取りに案内所へ戻ります。
「薩日内さん……」
彼女の名前を呟くと、耳元で地面が割れた時錯覚する程の大きな雷鳴が街を叱りつけるように響いた。
駅構内から見える仙台は大荒れです。




