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1箇所目 死にたがり


 何度も、何度も願った事がある。


 誰もが願いそうな、単純で純粋、温かな願いとは真逆の願い。それは生きている事を否定する願いだ。

 そして時に、その言葉を発するだけで精神が安定し、生きる事にやや前を向けたりする事もある。


――死にたい。


 あなただって、気がついたら言っているでしょう。最近では不満や失敗したと思ったら口に出されてしまう、軽い言葉になったものだ。


 失敗したら「死にたい」

 恥ずかしくて「死にたい」

 全てが嫌になって「死にたい」


 様々な意味で、この言葉は今日も何処かで呟かれている。

 今を生きている人間が生まれる前の遠い時代には、血を流して死ぬことが美学だった事もあった。


 昔にそんな事があったのだから「そんな事は言ったらいけない」と強く強く叱られ、生きる事を全うする事に集中しろと言う人もいるが、それだって綺麗事の時がある。


 「死」とは人間にとって最終地点であり、最終手段である。

 どん詰まり、生きているのがしんどくなって命を絶つ奴はごまんと居る。まあそう思った所で、残念ながら人間はちょっとやそっとでは死ねやしない。


 死にたいと思い、願い続ける人間には痛い程わわかる。眠れば嫌でも朝が来る。生きてる証明に、朝日が眩しく刺し、寝ぼけ眼に不快感を与えてくるのだ。


 ああ、今日も生きている。生まれてから何日目の朝かもわからない朝を。


 誰か、死に方を教えて欲しい。思いつくものは全て試した。


 なんでもいい。なんでもいいから、この心臓を止めてくれやしませんか。

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