映の短編 映画、最強! 夢物語、最高!
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係有りません。
ジャンルは一応、ホラーです。
閲覧には注意してください。
──ノー・モア・映○泥棒。
お馴染みの広告映像を見ながら、俺、爆田夢馬は、澄ました顔をしつつも内心興奮していた。
今日は久しぶりの映画観賞だ。品行方正な会社員である俺の、ささやかな楽しみ。
土曜日なので受付ロビーには大勢の客が居たが、今から見るのは公開から1ヶ月経ったアニメ映画。席の埋まり具合は5割にも満たない。ゆったりと楽しめるだろう。
俺が取った席は最後方の中央部、やや右。3席連続で空いていた場所の真ん中だ。
取った時間は上映開始1時間半前だが、直前に確認した限りでは両隣とも空席のまま。おそらくこのまま誰も来ないだろう。来たところでお1人様なのだから何も問題はない。
「──でさ、この男がさ──」アハハ…
「──え──マジ──?」キャハッ…
「──前作の出来が──」
「──あの人──今度は──もっと──」
まだ薄く明かりが点いている館内は、なかなか騒がしい。特に、俺の左に居る夫婦と右に居る女子高生2人組が結構な声量で喋っている。
最後方だからこれより後方には他の客が居ない。だからこそゆったりと寛げると言うもの。同じ思考の者がこぞって集まるのは仕方ない。
(まあ、上映が始まれば大丈夫だろう。)
俺は沸点の低い輩おじさんとは違う。真っ当な一般社会人だ。この程度は想定範囲内。
酷ければ、小さく注意すれば良い。
映画本編が始まった。直前までのざわめきが消え、シアターのスピーカーが唸りを上げる。
静かで意味深な回想シーンからスタートし、そこからテンションをブチ上げる大音量のオープニングソングが流れた。
完璧だ。
場面転換、世界観の伝達、物語の始まり。それらを言葉ではなく「歌」で表現するとは。これを聞けただけで今日の映画代金の元は取れただろう。
(流石はボ○ロP出身のアーティスト。前作から引き続いての起用だが、ここまで作品に寄り添える良曲を作れるなんて…。)
俺の感動がゆっくり染み渡るのに合わせて、音楽も終わり本編が開始される。入りも申し分無いな。
今回のストーリーは漫画原作での内容を忠実に再現しているそう。そちらの話は知っているからこの先の展開ももちろん──
「──じゃね──?」アハ…
「──ねぇ──」ヤハ…
右隣からヒソヒソ声。
横目で見れば先ほどの女子高生2人組だ。顔を前ではなく互いに向けて口元を手で押さえて若干の前傾姿勢でいる。
おい、本編の上映時間中だぞ正気か?
どうやら映画の主人公の何かに反応している様子だ。が、今は口は慎め。そう言うのは、DVD、いや現代はブルーレイか。ともかく家でレンタルを視ながらやれ。
とりあえずそのヒソヒソ会話はそこで止まったので、俺は無言で目線を前に戻す。まったく、やれやれ…。
今回の映画ストーリーは、「正義の爆弾魔」たる中年主人公が、若いヒロインと偶然に知り合い奇妙な交流の果てに数奇な運命に直面すると言うもの。
ギャグ有り、涙有り、ハイスピードバトル有りの大人気作品だ。
特に主人公が抱える、仕事への正義と男としての欲望、それらがヒロインによって乱され葛藤が──
「──ほんと──?」アハ…
「──こいつが──、──」ヤハ…
またあの2人だ。
流石に看過できないので、俺はそちらに顔を向けた。
そして、しばらくジッと見つめる。
当然上映中なので暗いが、座っている相手がどんな様子かくらいは判別できる。つまりは、向こうからも俺のことが分かるはずだ。
俺は、こちらに顔を向けている奥の女が気づくだろうと思っていたが、何故か手前の女が振り返り一瞬目が合った。そしてすぐさま顔を背ける。
そのまま観察していたが、ヒソヒソ声は止まった。
30秒ほどして再び視線をスクリーンに戻す。
映画本編が佳境に入った。
ヒロインが実は下半身が魚の人魚姫だとバレて、すったもんだの末に主人公と激突。男が丹精込めて作った爆弾と人魚の水の魔法。怒涛の極彩色の爆炎に、烈火の如く鋭い魔法水流。人の知恵と化け物の叫び、そして、泥臭くぶつかり合う肉体…。
声と動きが付くだけで、ここまで変わるとは…。もはや別物、1段も2段も上への昇華である…。見事なものだ。
激しく目が離せないシーンだからか、横から声が上がることもない。
そのまま物語はクライマックスを迎え、エンドロールが流れる。
(このエンディングはなかなかしっとり系だな。もちろん作品には合うが、カラオケで歌うには諸々難し──)
「──じゃな──?」キャハ…
「──ウソ──?」ヤハ…
「──が──ツキで──」
「──で──ビーム──」
「──いいかげんにしろ。」
小さいが低い声が思わず出た。
エンディングはまだ映画本編中なんだよ。照明が点くまで黙ってろ。
俺の声がおそらく聞こえたのだろう。2人組から声はしなくなった。しかし、何やらごそごそと額を突き合わせて動きを続けている。
もう、ダメだな。コイツらは。
上映が終了し館内が明るくなる。
俺は緩慢な動作で荷物をまとめ、周囲に異常は無いか確認していく。
左隣の夫婦が席を立ち出口へと向かうのを確認し、その後ろに続いて移動を始めた。
例の女子高生2人組の前を過ぎる際、目一杯に瞼を開き横目でガン見してやったが、茶髪と金髪の女は両方とも携帯か何かを弄っていて俯いたまま無言の様子。こちらを見もせず、座ったままだ。
今この時にこそ喋れよ、バカどもが。
入り口に向かう人の波が捌けるまでの間、たっぷりの呪詛を込めて女子高生ども見つめ続けやった。そのまま何事もなく、映画館を後にする。
──────────
──んじゃ オヤスミ~ (シュポッ)
──きょうはたのしかった~ またね! (シュポッ)
茶髪の女子が、今日遊びに行った友達とメッセージアプリでのやり取りを終えて、ベッドに横になった。
今日も1日適当に暇を潰せたと目を閉じたところで──
〈<●><●>〉
「──ヒッ!?」ガバッ!!
瞼の裏に、強烈な眼光が浮かんだ。
昼間行った映画館で自分達のことを見てきた、キモいおっさんの目だった。
暗くて顔ははっきりとは分からなかったし、周りに人が居るから手を出せる訳がない。大丈夫だと思ったが、それでも気色悪さは感じていた。
「あ~~、もう! あんな奴こそ爆殺されれば良いのにっ!」
茶髪をガシガシと掻き乱し、悪態をついてスマホを手に取った。頭の中の光景を塗り潰そうと、推しの声優の情報を集め始める。
──────────
──ねぇ あたし何か した? (シュポッ)
──(怯える顔スタンプ) (シュポッ)
それから2日後。
茶髪のスマホに、金髪の友人から妙なメッセージが来た。
──何? 疲れてんだけど (シュポッ)
──このまえから態度悪いじゃん 話もろくに聞いてないし (シュポッ)
──最近眠れてないだけ あんたこそ何なの (シュポッ)
金髪からの言葉に、つい語気が鋭くなる茶髪少女。
すると向こうからアプリ電話のコールが入った。即座に取る。
「ちょっと何──」
「『何なの』って何?」
「そのままの意味でしょ。頭大丈夫?」
「頭おかしいのそっちでしょ。」
「何それ。寝れないのがどんだけツラいか分かんないの!」
「こっちだって変な夢見て眠れてねぇし!」
ヒートアップした2人は互いを罵り合う。
すると金髪はおかしな夢を見ていて自分も寝不足だと叫んだ。
訝しんだ茶髪が問い質すと、金髪は「暗い映画館みたいな所で、茶髪少女や他の客からジッと見つめられ続ける」悪夢を見ていると言うのだ。それも、ここ3日ずっと。
「な、んで…?」
スマホを耳から離し呆然とする。自分達に、何か異常なことが起きている。どうにかせねば。
警察に相談? どっかでお祓い? 親に言う?
ダメだ。どれもうまくいく気がまるでしない。
──ちょっと聞い──!? あんた──したんでしょ!? 嫉妬──呪う──りえないんだ──!
──うるせえええええ!!!!
──きゃあっ!?
スマホの向こうから男の怒声。続いてドタンバタンと不安になる鋭い音が響きわたる。
確か向こうの家には一浪したダサい兄が居て、雰囲気が最悪だとか言っていたか。
そうこうしているうちに電話がブツリ!と切れた。
不気味に思いつつもいい気味だと薄ら笑いを浮かべた時──
〈<●><●>〉
「!?」バッ…!
スマホの画面が突然黒くなり、あの「目」がそこに浮かび上がった。咄嗟に手に持つそれを放り投げる。
ベッドの上に着地したスマホを恐る恐る確認すると、普通にホーム画面が表示されているだけだった。
「もうっ! ほんと何なの!? マジあり得ないんだけど──」
──いいかげんにしろ──
「!?」
バッと振り返ると、部屋の窓に、
〈<●><●>〉
──いいかげんにしろ。
おっさんが、居た。
「…っ!」
がくがくと震え後ずさる茶髪。ベッドへとたどり着き掛け布団を無意識に手に取って──
──いいかげんにしろ。〈<●><●>〉
おっさんが、真横に。真っ黒な人型が、部屋の中に、立っている。
汗ばむ手を伸ばした形のまま、硬直する少女。
〈<●><●>〉
──いいかげんにしろ。〈<●><●>〉
──んにしろ。
〈<●><●>〉 〈<●><●>〉
──いいかげんにしろ。
──いいかげんにしろ。
〈<●><●>〉
──いいかげん──
──いいかげんにしろ。
少女の周りに何人もの人影が、覆い被さる様に囲っている。壊れた機械の様に同じ言葉を吐き続けている。
「──あ──、ああああああああああ──!!」
少女は 完全に 発狂した。
──────────
「さて。そろそろ精神病んだかね~?」
善良なる一般市民たる俺には、ちょっとした特殊能力が有る。
この俺の眼で視た相手の、「夢」を汚染することができるのだ。平たく言えば悪夢を見せることができる。
俺の下の名前が「むま=夢魔」だからなのか「夢の馬=悪夢をもたらす妖怪」だからなのか、理由は定かでないが。
とは言え、出力自体は大したことはない。
俺が明確な敵意を持つとか、直接に目を合わせるとかしない限りは、普通の夢の範疇に収まる程度である。
一例を挙げるなら、「先輩の話を聴く時は、相手の目を見ろクソガキ!」と1時間近く怒鳴り続けてくださった超絶スーパー上司様などは、次の日から無断欠勤をし数日は現場が混乱したものの、その後はスムーズに業務が回る様になった。後輩に指導をするだけした後はクールに去る。上司の鑑だと思わんかね?
「県境の山奥の崖下から事故死の白骨死体で見つかる辺りも、逃げ臆病な人だったよな~。」
まあ、顔もまともに思い出せない奴のことはいい。
ともかく。普段の俺は長時間他人と目を合わせない様に、前髪を伸ばし姿勢を丸くし、生活スタイルをズラして過ごしている。写真や映像の人物はいくら見ても問題は無いので、動画配信や映画はそんな俺の心を潤してくれる最強コンテンツなのだ。
そんな平穏を意図的に邪魔する輩は、馬に蹴られるのが筋と言うものである。
「お2人さん、良い夢を~。」指パッチン☆
むしろ、ノンフィクションであってくれねぇかな…。(叶わぬ願望)




