第7話 電子決済って便利よね
「ピザの宅配?おかしいな、確かに今……」
ネイトが言う。
「あたし、見て来ますよ」
ミラはそう言うと、レピディアの後を追って玄関まで行った。
ピザの宅配の人が彼女に商品を渡している。
「あ、ミラ、ちょっと持って行ってくれるか?熱いかな……」
レピディアが振り向いたので、宅配の人の顔が見えた。
「……え?コルブロ……?」
ミラが驚いて言う。
レピディアがピザを渡す手を止めた。
「まさか。ほら、これ持って」
宅配の人がこちらを見た。長めの前髪の奥の目が、一瞬見開かれた気がした。
彼はレピディアの方に向き直り、顔を見て言う。
「……8,768円です」
「あ、はい。ポイポイで払っても良いですか?」
「はい、こちらですね……」
そう言ってスキャンの機械を出す。レピディアもスマートフォンを翳した。
ポイポイ、と音がして料金が支払われた。
「ね、ポイポイって何?」
「電子決済の事ですよ。最近は宅配でも何にでも使えるんです。では、ありがとうございました〜」
彼はミラに向かってそう言うと、被っていた帽子にちょっと手を添えて頭を下げ、バイクに乗って去って行ってしまった。
「コルブロ……」
角を曲がって見えなくなったバイクの後を見て、ミラが呟く。
「ミラ?ほら、温かいうちに食べよう。こっちにおいで」
「でも、コルブロが……」
彼女がリビングに駆け込みながら言う。
「コルブロな訳ないだろ。他人の空似だよ。ネイト様も食べます?」
「人間の食べ物なんて……いただくわ」
ネイトが自前の皿を出す。
「ねえ……イピディア。でもおかしいんだよ?」
「何が?」
ミラはまだ言っている。
「だって、私の言葉ってさ、あんたが言うには滅びた『中エジプト語』なんでしょ?さっきあたしが言った『ポイポイって何?』って言葉に普通に返事してたじゃん、あの人」
レピディアの手が止まった。
「本当だ!私とは普通に話してるから気が付かなかった!あんた……たまに鋭いよね。恐ろしい子……」
「取り敢えず食べましょう。Lサイズ2枚とは豪勢ね。2人だけのつもりだったんでしょ?」
ネイトがもうピザしか見ないで言った。
「余ったら冷凍しておこうと思って」
「ねえ、どうしてそんなに冷静なの?コルブロも3500年生きてるって事にならない?」
「「いただきます」」
イピディアとネイトがそう言って食べ出した。
「ほら、ミラも食べてみろ。初めてなんだろ?テリチキとかのピースが味的に食べやすいぞ」
イピディアが言った。
「……私は実は、今の宅配の彼について分かった事があるの」
ネイトが口をムグムグさせて言う。
「え?何?」
「……彼はバイトリーダーを目指しているわ」
「なんですかそれ」
「お客様をお待たせせずに即座に次の配達に回る。その意気が見えていたの……彼は社畜、いや、バイト畜ね」
「……だから?」
「もし何か気付いたとしても、仕事終わりに連絡して来るでしょうって事よ。やっぱペザーラ美味しいわ」
「ネイト様ピザ好きなんですね」
レピディアが立ち上がり、冷蔵庫前に行って冷えた発泡酒の缶を取って来ると、コップと共に1缶彼女に渡し、自分の分をプシュッと開けて一口飲んだ。
「『銀麦』だ。庶民の味方の発泡酒。ありがとう」
「……あなたは本当に古代エジプトの神ですか?日本に馴染みすぎてません?」
「円安だからたまに来てる」
ネイトが発泡酒をコップに移しながら平然と言う。
「マジですか……どんだけ暇なんですか。あ、ミラはお子様のままだから我慢ね」
「それよりその飲み物も入れ物もあたしには未知との遭遇だよ……泡を飲むのか?」
ミラが代わりに渡して貰ったリンゴジュースが入ったグラスを、口元に持っていきながら答えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
果たして、ネイトが言った通り、その夜9時頃にレピディアの元に一件の電話が掛かって来た。
「……こんばんは。7時ぐらいにピザの宅配でお伺いした者です。ちょっと休憩時間なので手短に……」
「やっぱり掛かって来た。お前、コルブロなんだってな?」
イピディアが単刀直入に言う。
「……やはりバレていたか。そこにミラがいるな?」
「お前……3500年ぶりだ。今まで何をしていた?」
「話せば長くなるんだよ、3500年分だからな」
「勿体つけてないでうちに来い。もう場所知ってるんだし」
「ダメだ……」
コルブロが辛そうに言う。
「どうして?」
「今日はバイトがラストまで入っている。夜11時終業後に鍵閉めなきゃいけなくて」
「まさしく社畜!いやバイト畜!!」
「明日なら行ける。朝はお寝坊さんだから昼12時頃」
イピディアの声が厳しくなる。
「待てよ……まだお前が悪者じゃないって決まったわけじゃないよな。何か味方だって分かる物持って来れないか?」
「……」
コルブロが一瞬黙った。
「……他のピザの宅配業者ではやっていない、当社限定のパエリアセットを持って行く。……たくさん食べたいから6人分」
「何?気が利くな。……出来ればノーマルと地中海風味を持って来てくれないか」
「何故パエリアの種類を熟知している……さては当社のヘビーユーザーですね。毎度ありがとうございます」
「じゃあ明日の12時に。おまけのマンゴージュースも忘れずにな」
「何?……ジュースの特典まで知っているとは……分かった、持って行く」
イピディアは電話を切った。
「……どうだった?」
ミラとネイトが聞いて来る。
「やはりコルブロでした。明日の昼12時に6人分のパエリアを持って来るそうです。半分は地中海風味にしてくれる様に頼みました。特典のマンゴージュースもくれるそうです」
「……やはりそうだったのね」
ネイトが腕を組む。
そしておもむろにイピディアに言った。
「パエリアの為に、私も今夜泊めてもらうわ。マンゴージュースも楽しみね」
「どんだけ人間の食べ物好きなの」
イピディアが呆れたように言った。




