第6話 お宅訪問に来た女神様
「ストーップ!止まって。嫌な予感しかしないっ!」
イピディアが焦って水栓に向けて言う。
膨らみ方がピタッと止まった。
「……そのまま……申し訳ないが、ちょっと戻って風呂場の方に回ってくれるか…上水道同じルートだし……出て来るなら風呂場からにしてくれ」
彼女の声で水栓の膨らみはスウっと戻り、程なく風呂場の方で大きな水音と悲鳴が聞こえた。
バッシャーン!
「キャアアアッ!お風呂入ったならお湯抜いておきなさいよおおおおっ!」
間違えてシャワーヘッドから出て来てしまった『水の神』ネイトがバスタブに落っこちていた。
暫くしてイピディアのパジャマを着て頭にタオルを巻いた彼女が、リビングでイピディアとミラを前にしてチンと座っていた。
「あの、ドライヤー……」
「熱風は嫌いなのよ」
ネイトがフイと横を向く。
そしてミラを横目で見て言った。
「……ワタクシを呼んだのはあなたかしら?ミラ」
「はい、ネイト様。お久しぶりです。凄いですね、わざわざエジプトから?」
「最近は神を信じる者がいなくなって暇だったのよ。後、名前は『水』の意味だけど、基本機織とか家事とか戦いと狩猟の女神だからねっ?」
「めっちゃハイブリッドで現代の働くママ像じゃないか……多才なんですね」
イピディアが驚く。
「……もっと褒めてくれても良いのよ?」
久しぶりに人間に構ってもらえたのが嬉しいのか、ネイトの機嫌が少し良くなる。
「ミラも凄いな。水の魔女だけど女神様まで呼べるのか」
「ネイト様は小さい頃のあたしとよく遊んでくれてたんだ」
イピディアがミラに言う。
「って……あら?ミラ……あなた今いくつ?」
ネイトが不思議そうに聞く。
「15歳」
「3515歳だろ」
「えっ?あなた人間よね?長生きすぎない?」
「3500年間お昼寝してました」
「長っ。神々の間でもそこまで寝る神はいないわよ……凄いわね。そちらのお嬢さんも長生きそうね」
彼女がイピディアを見て言う。
「3516歳だ。私も魔女なんだ。いえ、魔女なんです。なんか死ねないので、私は神になったのかなって……確かめようって事になってミラがあなたを呼びました」
慣れない敬語を頑張って使って答える。
それを聞いたネイトが何かの帳簿を取り出した。
「……ちょっと待ってね……イピディア、イピディア……あら、西暦2020年頃に『神様始めようか選手権』の最終候補者に残ってる」
「え」
「あ、飲み屋で酔い潰れて終電逃すって言う人間くさい事やらかして候補から外れてる」
「待って、いつの間にノミネートされてたの?」
「後、映画館で映画観てボロ泣きしてたり、踏切で詰まった車椅子のお婆さん助けたり花育ててたり……あまりにも人間臭いから候補から外されているわ……」
「……だって人間だもの。魔女だけど。しかしめちゃくちゃ監視されてるな。……でもじゃあ、何故死なないんですか」
イピディアが少しションボリして言った。
「きっと何かの鍵がある筈よ。それが揃ったら、また歳を取ってちゃんと死ねるんじゃないかしら……でも3500年分のツケで一瞬で灰になるかもね……そういうのアニメで観たことあるわ」
「……アニメの知識ですか……灰化は怖いな……てか、地味に日本に染まりすぎてませんか?」
イピディアが少し引き気味に言う。
「でも、その鍵ってなんなの?」
ミラが聞く。
「そうね……例えば……」
言い掛けたネイトがハッとして顔を上げた。
「待って、何か重要な人物がこっちに向かって来ているわ」
「え?」
イピディアとミラが驚く。
「……結構なスピードよ……あ、今この家の前で止まったわ。………3、2、1……」
ネイトがカウントする。
その時、
ピンポーン!と家のインターホンから音がした。
「わあっ!」
「あ、はい」
驚くミラをよそに、イピディアがインターホンで応答する。
「どうも、ペザーラです!お届けにあがりました」
「はーい」
「ペザーラ?」
「さっき頼んだピザの宅配だよ」
イピディアはそう言うと、スマホと財布を握りしめて玄関に行った。




