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7.兄貴ではない

 空が暗くなった。そう思う間もなく、ならず者の一人が空から襲ってきた大きな魔物の口に咥えられた。

 鳥のような姿ではない。翼を持つ獅子のような姿をしている。黒い肌は溶けたようにぬめっていて、たてがみは蛇のようにうねっている。村の近くで見た魔物とは違う姿だが、禍々しさは同じだ。

 魔物が首を振ると、咥えられていた男が口から外れ地面に叩き付けられた。魔物の唾液が付いたところから煙が上がっていて、肌が見る見るうちに溶けていく。


 咆哮する魔物にならず者たちが剣で切りかかったが、魔物に触れた途端に剣身が解けてしまった。確かにこれでは剣が効かないはずだ。

 ならず者の一人が魔物の前足で蹴られ、あっけなく落馬する。蹴られた部分が大きく抉れていた。馬だけは無事に逃げられたようだ。

 残ったならず者は二人。馬も人も怯えて動くことができない。

 遠目に馬車が引き返してくるのが見えた。この魔物を町に近付けてはいけない。町には結界が張ってあって魔物は侵入できないかもしれないが、町の近くには森があり、採集や狩りに行った町の人たちがいる。こんな魔物に襲われたらひとたまりもない。


 とりあえず、馬車がミレイユの聖魔法が届く距離に来るまで、ここに魔物を引き止めておかなければならない。逃がしてしまったら、翼を使い空を飛ぶこの魔物に馬車は追い付けない。

 狙うは翼だ。翼は剣や肌を溶かす粘液に覆われていないようだ。翼を切り落とすことができたなら、いくら魔物でも空を飛べなくなるだろう。

 俺は馬の背に立ち上がり、ならず者を襲いに舞い降りる魔物の背を狙った。

 魔物が予想通り降りてくる。俺は馬の背を蹴り跳び上がる。魔物の体に触れたら自身や剣が溶けてしまう。俺は空中で回転しながら魔物の翼の根元を狙う。手ごたえがありあっさりと翼は切り落とされた。

 俺はその勢いのまま回転しながら地に落ちる痛みを軽減する。膝を付きながら何とか着地することができた。


「すげー」

 ならず者の一人が呆けたように俺を見ていた。翼を切り落とされた魔物が地に落ちる。黒い羽根が辺りに散らばり、ゆっくりと舞い降りた。

 そして、二本の閃光が魔物を貫く。美しい金色の光の矢だ。

 一瞬金色に輝いた魔物は、砂のように崩れ去った。後には輝く赤い石が残っていた。降り積もっていた黒い羽根も一緒に砂になってしまっていた。

 

 馬車が近付いてくる。

「翼を切り落としたの?」

 不思議そうにアニーが言う。

「翼には粘液が付いていなかったからな。剣が溶けないと思ったんだ」

「そういう問題じゃないと思うけど」

 アニーは首を傾げながらミレイユを見た。ミレイユは首を横に振っている。


「聖女様!」

 生き残ったならず者の二人が、馬を降りて馬車に近付いてきた。俺は剣を構える。魔物の翼を切り落とした時、剣は少し刃こぼれしてしまったが、こいつらの相手くらいはできるだろう。

「兄貴、聖女様に謝ろうとしただけですから、剣を収めてください」

「誰が兄貴なんだ」

「あんたのように強い男には会ったことはない。兄貴と呼ばせてくれ」

「嫌だ」

 こんなむさ苦しい男たちの兄貴などまっぴらだ。

「そ、そんな。それならばせめて名前だけでも教えてください」

「おまえらに教える名はない。襲ってきておいて今更何の用だ」

「聖女様にお詫びをしたくて」

 ならず者たちは馬車の前に跪いた。

「聖女様、申し訳ありませんでした。聖女様を襲うなどという、とんでもないことをしでかしました。これからは心を入れ替えて真面目に生きます。お許しください」

「私たちは聖女見習いです。聖女ではありません。本物の聖女様は王都にいらっしゃいます。でも、貴方たちの改心を私は嬉しく思います。今の心を忘れずに頑張ってください」

 ミレイユ、少し優しすぎるんではないか?

「私たちを襲おうとしたことは忘れないから」

 アニーの方が正解のような気がするぞ。

 ならず者たちは深々とお辞儀をする。

「仲間をちゃんと弔ってやれ」

「わかっているよ。兄貴」

「だから兄貴ではないと言っているだろう」

 はぁ。変なやつらに懐かれてしまった。


「それにしても、魔物を倒せて良かったな。アニーの聖魔法、とっても格好良かったよ」

「そうでしょう? セレスも素敵だった。私を守るって言ってくれたから。またセレスに恋してもいい?」

「もちろんだよ。俺もアニーが好きだよ。早く魔王を討伐して結婚しようね」

 セレスとアニーが手を取り合っている。

「おまえら、まだ十三歳だろうが。結婚は許されていないからな。それに、あまりいちゃつくな。ミレイユが困っている」

「私はべ、別に、羨ましいとか思っていないから」

 羨ましいのだな。まぁ、俺も羨ましいぞ。

  

「この魔石で聖剣は作ることはできないのか聖剣?」

 魔物が崩れた後に残ったのはかなり大きな魔石だ。これがあれば聖なる力を剣に与えた聖剣ができるらしい。それがあれば、この旅は随分と楽になる。

「聖剣製造には専門の神官と専門の鍛冶職人が必要で、町では一か月ほどもかかるそうです。王都ではもっと早く作ることができるので、この魔石はなるべく手放さないで王都まで持って行きましょう」

 やはり聖剣は簡単には製造できないらしい。残念だ。


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