5.アニーに会う
「セレス君、私は聖女見習いのミレイユよ。アニーと話がしたいと思ってここに来たの」
「知っているよ。アニーを連れに来たんだろう。銀色の髪の女がアニーを王都へ連れて行くと、アニーの母親が言っていた。魔物が出たからって、町の神殿へ連れて行かれたんだ。そして、王都まで連れて行くつもりなんだろう。そんなことさせない」
涙目になりながらミレイユの腕を掴み、神殿の中へ入るのを阻止しようとするセレス。俺は護衛としてセレスの手をミレイユの腕から外し、セレスの身を拘束しながら罪悪感を覚えていた。
「離せよ。卑怯だぞ」
暴れるセレスになるべく怪我をさせないように力を込める。
「そう言われても、俺は護衛だから」
子どもとはいえ、力を込めて握ったらミレイユの柔肌に痣が付いてしまう。それでは、護衛を解任されてしまうかもしれない。気が進まない護衛の仕事だが、引き受けた以上は全うしたい。
「セレス君も神殿の中まで一緒に来て。アニーがそれほど力を持たないのであれば、私はこのまま一人で王都へ向かいます。だから、アニーに会わせてほしいの」
「わかったよ」
おとなしくなったのでセレスを開放し、俺たちは三人一緒に神前の中へ入っていった。
俺は聖女見習いというものを舐めていた。
神官に案内された部屋で会ったアニーという少女は、十三歳と思えないほど大人っぽくて色気があった。さすが婚約者がいる女だ。
ミレイユの方を見ると目が合う。
「私の方が子どもっぽいとでも思っているのでしょう?」
同じ白銀の髪をしていても、ミレイユとアニーの印象はかなり違う。小柄で目が大きく、十八歳にしては幼いミレイユは小型犬のようだ。きつめの眼差しと整った顔のアニーは、気が強い雌猫みたいな雰囲気を醸し出している。
「そうだな」
正直に伝えると、ミレイユが怒り出した。
「どうせ私は子供っぽいですよ」
「女は年若く言われた方が喜ぶとヨハンナが言っていたが?」
ヨハンナに騙されたのか。
「私はまだ十八歳です。若く言われて喜ぶような年ではありませんから」
ますます怒り出すミレイユ。理由がわからない。
「兄ちゃん、馬鹿だな。女心が全くわかっていない」
子どものセレスに馬鹿にされた。
「これは、貴方様が良くないですね」
老齢の上品な神官に責められた。
「聖女見習いのミレイユ様は、村長の娘なのでしょう? なぜこんな馬鹿を共にしているの?」
小娘にまで馬鹿呼ばわりされた。
「ちょっと訳があって。私も不本意なんだけど」
ミレイユから護衛してくれって頼んできたんだけど。納得がいかない。
もうこいつらの前では口をきかないでおこうと思った。
「アニー、手を繋いでもらえるかしら?」
ミレイユが手を差し出すと、怖いものに触れるようにアニーはそっと手を重ねた。
しばらくアニーの手を握っていたミレイユは、辛そうに顔を上げた。
「私と一緒に王都へ行ってもらえますか?」
ため息をついて頷くアニー。
「アニーはまれに見る聖なる力の持ち主です」
嬉しそうに神官がミレイユに伝える。
「何でアニーなんだよ!」
セレスが納得出来ないとでも言うように叫んだ。
「セレス、私は覚悟していたの。私にこの世界を守る力があるのならば、ちゃんと戦おうと思っていた。セレスがいる世界だもの。壊したくない」
生意気ながきだと思ったけれど、惚れた男のために戦おうというその覚悟は立派だ。
「アニーが行くなら僕も一緒だ。僕はその馬鹿よりは絶対に役立つはずだ」
俺を指差しながら、セレスが叫んだ。
「いい加減馬鹿呼ばわりは止めろ。年長者を少しは敬え」
ここは釘を刺しておかねばならない。
「おまえは何歳なんだ?」
セレスは俺を敬うつもりなど全くないようだ。
「何歳かな?」
記憶が無いので自分の年もわからない。ミレイユが知っているかもと思い訊いてみた。
「私が知るはずがないでしょう」
ミレイユに睨まれた。
「セレス君、王都までの旅は危険なの。魔物だって出てくるかもしれないし。盗賊のような悪い人だっているのよ」
「そんな旅にアニーを連れて行くのか!」
ミレイユの説得は、セレスを怒らせただけだった。
「私はセレスがいてくれると、とても心強いわ」
「アニーのことは僕が絶対に守るよ」
見つめ合うアニーとセレス。こんなのを連れて旅をするのか?
「わかったわ。セレス君のご両親が許してくれたら一緒に行きましょう」
ミレイユが折れた。俺の心も折れそうだ。
セレスの両親は町で食堂を経営していた。ちょうど昼時に訪れたので、小さな食堂は客でいっぱいだった。
「セレス、どこへ行っていたんだ。銀髪の女を見つけたと叫んで家を飛び出していって、って、アニーちゃんじゃないか、久しぶり」
セレスによく似た女がセレスを怒鳴った。俺たちが神殿に向かう途中でこの店の前を通った時、セレスがミレイユの髪に目を留めたらしい。ミレイユの美しい髪はよく目立つから。
店は大変繁盛していたので、話は昼食後にすることになった。
俺はミレイユとアニー、そして、説明のためついてきた神官と一緒の食卓に座った。
セレスは忙しそうに店の手伝いをしている。セレスのおすすめを頼むと、すぐに配膳された。さすがに繁盛しているだけあって、料理は本当に美味かった。
「わかった。婚約者がいるのに守りもせず街に残るなんてあり得ないな。セレス、行っておいで。ちゃんとアニーちゃんを守るんだぞ」
厨房から出てきた大柄の男が、セレスにそう言った。セレスの父親は料理人だという。
「世話をかけるかもしれないけど、よろしく頼むわね」
母親が俺とミレイユに頭を下げた。
「店は心配するな。頑張ってこい」
父親がセレスの頭を撫でる。
止めてくれるかと期待していたセレスの両親は、あっさりとアニーと旅に出ることを許した。
俺は不機嫌なミレイユと生意気ながき二人を護衛して王都まで行かなくてはならないらしい。
そんなこと聞いてないと思ったが、今更逃げ出すこともできない。