4.王都へと旅立った
村長から正式にミレイユの護衛を頼まれた。
伝えにきた使用人はまだ俺を信じきれていないみたいだが、ミレイユ本人からの要請だからと、不快さを隠すことなく頭を下げた。
俺の命の恩人である老夫妻のことを訊いてみると、俺が帰るまで村の中に住んでほしいとのこと。ミレイユが村に結界を張るので、村の中に魔物が入ってくることはないらしい。生活の面倒も見てくれるというので、俺はミレイユの護衛を引き受けることにした。
「街で手に入れてきてくれた小麦粉でパンを焼こう。旅に持っておいき」
ヨハンナが日持ちするように少し固めに焼いたパンを用意してくれた。
「若い頃に使っていた剣だ。持っていけ。気を付けて行ってこい」
傭兵だったというニコライが剣を貸してくれる。
「やったで訳はない。貸すだけだ。必ず無事に帰ってきて返すんだぞ。ただし、命をかけてまで守るようなものではないからな。ミレイユ様やおまえの命を優先しろ」
良く手入れされた剣だった。華美な装飾は施されていないが、良い剣であることは素人の俺にもわかった。
「本当にいいのか? 大切なものなのではないのか?」
「後生大事に置いておくようなものでもない。おまえに使ってもらえたら、この剣も喜ぶだろう」
「ありがとう。大切に使わせてもらう」
記憶を失った怪しい俺の命を助けてくれ、村八分になった時も俺を信じてくれたニコライとヨハンナだ。ミレイユを無事王都へと送り届けて、この世界を守りたいと思う。恩人の老夫妻がいる世界だから。
ミレイユが王都へ行かなければこの世が終わると言うのは眉唾ものだが、何もしないで知らないところで世界が終わってしまうのは嫌だ。
老夫妻を連れて村長の家を訪れた。
帰ってきたばかりの自慢の娘が、間を置かずに旅立つことが不満なのか、ミレイユの護衛を俺が務めることに納得がいかないのか、村長夫妻はとても機嫌が悪かった。それでも俺に娘を頼むと頭を下げる。
「娘が白銀の髪を持つ聖魔法の使い手として産まれた時は、とても嬉しかったものだが、儂たちは何も知らなかっただけだった。か弱い女性の身で魔物と戦わなければならないなどとは思ってもいなかった。神殿の奥で皆に傅かれ、運が良ければ王族や高位の貴族に見初められて結婚をする。そんな風にミレイユは幸せになると思っていた。こんなことならば、普通の娘として産まれてきてほしかった」
確かに普通の娘だったのならば、村の男と結婚してそれなりに幸せになったかもしれない。少なくとも、魔物と戦うなどという危険なことはしなくてもよかっただろう。
「私は大丈夫よ。この村周辺に魔物が現れたことを報告しに行くだけだから。すぐに帰って来るわよ」
ミレイユは落ち込んでいる村長夫妻を励ますように明るく言った。
ニコライとヨハンナは、町で働いている息子のところへ行ってしまった未亡人の空き家を貸してもらえることになった。
「元気でな」
「ミレイユを頼む」
「ミレイユ様、どうかご無事で」
「ミレイユ様に何かしたら許さないからな」
「なぜ、おまえなんだ。おまえだってただの村人なのに。ミレイユ様が魔物と戦っているところにたまたま居合わせたただけだよな」
村の皆の見送りを受けて、ミレイユと俺は旅立った。殆どの村人は俺に文句を言っていたが、望んだのがミレイユだから軽く無視しておいた。
曲がりくねった町へと続く道を下りながら歩く。
「結界なんて張れるんだな。凄いな」
はっきり言って、聖女見習いをなめていた。村全体を長期に渡って結界を張り、魔物の侵入を阻むことができるなんて思わなかった。しかも、村を離れた後も有効とは凄すぎる。
「あの魔物を倒したとき、大きな魔石が取れたから。あの魔石の力を使って継続的に魔物を避ける結界を張ることができたの。あの大きさなら一年は大丈夫よ」
「魔石って凄いんだな」
「神殿では、魔石をはめ込んだ聖剣を作っているのよ。普通の人でも聖剣を振るえば魔物を斬り付けることができるようになるの」
聖剣って人が作るんだ。勇者だけが持つことを許される特別な剣だと思っていた。
「魔石は魔物の中にあるのに、聖なる力を持つのか?」
「この世には聖なる力と闇の力が混在しているの。でも、魔物となってしまうと、体が闇の力に傾いて余計な聖の力を結晶化するのよ。それが魔石」
「なるほど。聖なる力を集めて結晶化するから、体は闇ばかりになるんだな」
「そんな感じね。私たち聖女見習いは聖魔法の訓練を受けて、魔物討伐の旅を行うのだけれど、魔石を回収できれば高額で買い取ってもらえるの。もちろんお給金とは別にね」
何だか世知辛いな。聖女って金儲けとかの浮世の事柄から遠いところにいると思っていた。
でも、あの護衛の鈍らな剣でも魔物に突き刺さった。このニコライの剣ならば小さい魔物なら余裕で狩ることができるのではないか。そうできれば、魔物から出てきた魔石を売って金を得られるかもしれない。金に余裕があれば旅は楽になりそうだ。
「一旦町へ寄るのか?」
「町の神殿に白銀の髪の女の子がいるらしいの。聖魔法が使える者は白銀の髪をした女性だけ。生まれつき闇を持っていないから聖なる力が使えるのよ。普通の人は聖と闇が打ち消し合ってどちらの力も持たないの。その子は町の神殿で修行中らしいわ。様子を見て王都まで連れて行こうと思うの」
こんな美しい白銀の髪の女が他にもいるのか。会ってみたい気がする。
「その女は何歳だ?」
「私より五歳下だったから、たぶん十三歳くらいだと思う」
「子どもじゃないか。足手まといになるぞ」
「私だって十二歳で王都へ行って、十三歳から魔物退治に行っていたのよ。聖魔法さえ使えれば、普通の大人より戦と言っても、
はぁ、いくら聖魔法使えると言っても、お子様のお守りをしながら旅をするのは気が重い。
町へ入ると、人通りの多い大通りを真っ直ぐに奥へ進む。
「すげえな」
町の神殿は石造りの思った以上に立派な建物だった。俺の身長の二倍はあっても通行が可能なほど高さがある美しい装飾を施した門を見上げて圧倒されていた。
「王都の神殿はもっと立派なのよ」
もう想像もできない大きさだ。
「待て、入るな!」
王都の神殿に思いを馳せていると、後ろから声がした。振り返ってみると、そこにいたのは十二、三歳の男の子。ミレイユを睨みながら仁王立ちしている。
「誰だ? おまえ」
「僕はセレス、アニーの婚約者だ」
こんながきにも婚約者がいるのか。何だか悔しいな。無視して中に入ってもいいのではないか。
「知り合いか?」
一応ミレイユに確かめてみる。
「この子は知らないけれど、白銀の髪の少女は、アニーと言う名だと聞いているわ」
「婚約者がいるのならば、このまま立ち去った方がいいのではないか? 愛し合う者同士を引き離すのは可哀想だ」
「そうだ。帰れ。アニーは王都の神殿なんかに行かせない」
がきどもが幸せになるのは納得できないが、俺がお守りよりするよりましだろう。
「駄目よ。本当の聖女様かもしれないの。王都まで連れて行かなければ」
「本当の聖女って、本物は王都にいるのではないのか?」
俺が問うと、失言したと思ったのか、ミレイユが口に手を当てて慌てている。
「とりあえず、アニーと会わなければ」
ミレイユは、何かを隠している。俺はそう確信した。