第7話 アレクサンドリアの魔法使い ③
なるほど、よくある事とはいえ、母御所が亡くなってしまったのは何とも可哀想じゃ、しかし人の事は言えないが男って奴は……と思ってしまうな。
「よいしょ、よいしょ。姉さま重いだばさ」
双子の不遇さを思っていたら、噂をすればなんとやら。メリルに頼まれた荷物を双子は重そうに持ってきた。
「これに見覚えがお有りじゃないですかヒデヨシ様」
メリルは双子の姉妹から受け取ると細長い物を差し出した。
こ、これは!!
大坂城の宝物庫に仕舞われている名刀【正宗】を手に取り鞘を抜いて刀身を見つめた。
鏡のように研ぎ澄まされた刀身に自身の顔が映る。
髪はふさふさと俺の大好きな金色色をしていて、目鼻立ちもはっきりしていて、信長さまの小姓である森蘭丸にもひけを取らない美少年じゃないか。
信長さまや蘭丸に『禿鼠』と小馬鹿にされていた醜男はここにはいない。
思わず端正の取れた顔立ちに見とれてしまう。しかも若い。力が漲る原泉は若さだと実感してしまう。
「ヒデヨシ様、ご存知の通りその刀は正宗でございます。わたくしが転生してほどなくしてこの指輪と共に枕元に置かれており、夢の中で神様があなた様の力になるから渡してくれとの事でした。正宗は恐らく何らかのの魔力が施されていて、こちらの騎士が着用している分厚い甲冑すら一刀両断出来るほどの斬れ味と刃こぼれしない力が授かっていると夢の中で聞いておりまする。そして指輪ですが、ヒデヨシ様の有能なご家来衆の力が宿っております。ピンチの時に擦ると指輪の精霊が助太刀してくれることでしょう」
しかし、一体全体に俺が思うところのコーディネーター、メリルが言うところの神様とやらは、男前の容姿に転生させ、メリルという名の美人な魔法使いをこの先の指南役にする。
そして宝物庫に眠っている武器の名刀正宗や得体の知れない指輪まで……ある意味至れり尽くせりなんじゃないか。
「それは、ヒデヨシ様が弱く、これから戦うかも知れない相手が強大で強いからですよ」
以心伝心とはこのことだな。これから聞こうと思っていた事をメリルが簡単に言ってくれた。
強大な敵になるかも知れない相手とは、恐らくこの世界を治めているフリードリヒなんちゃらを終わらせる存在だが、今はメリルに聞いても教えてはくれない。
全ては俺自身が決めるような言い方をしていた。メリルと話していると聞きたい事が山のように出てくる。
「弱いって、そんなに俺は不能なのか」
「はい、申し訳ないですが弱いです。恐らくそこにいる双子のトレマシーとドーラにも負けますよ。双子は幼くても攻撃魔法の使い手ですからね。そして、今は現れてはいませんが強大な相手は魔物達も配下にしております。魔物相手だとヒデヨシ様は瞬殺かと……。ですから来たる時に備えて今からここで準備しましょう。弱いというのは準備しないでいたらと言う意味なんで安心されてください。そもそもヒデヨシ様はここに来る前の世界では天下人。才能も運も抜群に優れておられますから」
貶されてるのか褒められてるのか微妙だけれども、どうやら近いうちに魔物をひきつれたこの世のものとは思えないものがこの世界の支配者候補になるようだ。
確か、コーディネーターの奴は「欲望のままにこの世界でやりたい事をすれば道は開ける」みたいな偉そうな事を言っていたからな。
したい事なぁ? とにかく天下人になってる元の世界に帰りたいだけ出し、恋女房の寧々や家族に会いたい。
寂しい気持ちはあるがなるようになるだろうし、今の気分は言うほど悪くない。
この世界に対しては好奇心からワクワクもする。何にしろ、さっき刀身に映る己は若いし男前だからな。
まぁ、今は前向きに考えて時が来るのを待つしかないな。
「ですよ。ヒデヨシ様。早くこの世界に慣れていただいてもらわないとですよ」
さっきからメリルは俺の考えが分かるかのように返してきよる。
これも、魔法使いの能力の一つなのだろうかな。だとしたら味方で軍師になってくれるのは頼もしい限りだ。
そうして俺は右も左も分からぬ異世界でメリルの屋敷に厄介になり、時が来て何かしらの出来事が起こるのを待つ事にしなさいって話なのだと理解した。
「じゃ、フレドさん。ここまでヒデヨシ様をお連れしつ意味の分からない話まで聞いてご苦労でしたね。少ないですけど御駄賃とこれをヒデヨシ様の家族に渡してくださいね。ヒデヨシ様のご両親にはヒデヨシ様はメリルの屋敷で働く事になったと言っといてください」
流石、天下人(予定)の右腕になろうかというメリル、このあたりの根回しが出来るのは能力が高い証拠だな。
だが、なぜ故にコーディネーターは、こちらの世界のヒデヨシなるものを転生先にしたのだろう。若くて容姿は良いが身分はこちらの世界では低いようだしな。
願わくば、王様や貴族、最低でも騎士あたりにしてくれていたら今後の立ち回りも楽なような気がしないまでもない。
そこいらも含めて遊ばれているというか試されていて気持ち悪い部分もあるな。
まぁ、しかし、主君の信長さまの口癖が「人生は暇つぶし、生まれた時から遊びじゃ」と何が起きても楽しまれていた節があったから、俺も少しはこの現状を受け入れるのも一興じゃな。
「それじゃ、フレド宜しくだばさ」
御駄賃と袋に詰まっているだろう金貨を握りしめたフレドが帰り支度をし、双子のトレマシーとドーラが手を振ってお見送りしていた。
「ありがとうなフレド。また、時々様子見に来てくれよな」
以前のこちらの世界でのヒデヨシとフレドの関係は知るよしもないが、人たらしで名高い俺からして悪い人間には見えないからな。
メリルの話では、これから先は命に関わる事が起きるようだし、フレドを巻き込み万が一の事でもあったら哀しいから社交辞令的なお別れが一番だと思った。
「あぁーまた来るよ。ヒデヨシ!」
フレドは屈託のない笑顔を見せて帰っていった。
こうして最初から通筋が出来ていたかは知らないが、アレクサンドリアという街の魔法使いの家に厄介になる先行き不明な同居生活が始まったのだった。