第45話 花魁道中
それは、傾斜のある丘陵を登り進軍している最中。
この丘を超えると帝都パラメキアのシャングリラ城が見える位置での出来事だった。
ちょうどパールロードの道幅が狭く、このところの連戦連勝で勢いがついて行軍が横に広がっていた隊列を狭めるように先端が詰まっている所。
丘の上から何者かがこちらに近づいて来た。
近づく者の数は数十名で全員女だった。
しかも先頭は二人の子供だ。
この世界には似つかわしくない格好をしている。
だが、俺にはこいつらが何者か装いで分かった。
中央で一番目立つ女は高い下駄を履きながら独特のハの字にして歩を進め、豪華な小袖と何枚もの打掛を羽織り白く白粉を塗って化粧をしているのは、俺が京の街に作った遊郭。
島原の花魁そのものだ。
花魁の横にいるのは遊女で女郎なのだろう。
こちらは薄い小袖で胸元がはだけているから胸が露わになっていて片乳が露出している者もいる。
そして先頭に立つ子供は禿と言って女郎見習いの稚児が花魁達を先導している。
これは、正に花魁道中そのものだった。
もし、遊郭を知っているものがいたら「おねーり、おねーり」と掛け声をするものがいたことだろうと思われた。
「あれは、何でしょうか? 綺麗な衣装を纏ってますけど……」
異国の者から見たら、豪華な着物を纏っていればいる花魁風情は初見で稀有な存在だろうな。
俺自身、遊郭の花魁や遊女を見た時は度肝を抜かれて興奮したものだ。
メリルにしても、興奮はともかくとして興味はあるのだろう。
「あれは、恐らく花魁道中と呼ばれるものだ。俺のいた世界の催しだよ」
花魁道中が近づくに連れて、先頭の禿が持っている者に連合軍は驚き恐怖し行列に道を空けて中央を進んでくる。
禿の一人は生首を持って歩いていたからだ。
その生首は胴から離れているのに口から言葉を発していた。
しかも、生首はここにいる者達のほとんどが知っている男のようだ。
生きる屍が通る時に何人かは「ジョージ様じゃ、なんと酷いお姿に」と言っているから、生首はジョセフ侯爵の一人息子のジョージだと思われた。
パラメキアのコッシー砦を偵察中に魔王軍に連れ去られ消息不明となっていたジョージ。
皆が生きているとは思ってはいなかったようだが、まさかこのように生きる屍となって晒し首になっていたとは……。
禿の片手に提灯のように突き出されたジョージの首は「ヒデヨシいるなら出てこい。魔王様がお待ちだぞ。知っている者がいたら突きだせ。褒美をつかわすそうだ!」
やはり、魔王=信長様? このような事までして俺を探している。
「どうしよう? メリル」
「絶対名乗りを挙げてはダメですよ。これは何かしらの罠の匂いがします。幸いにもこの世界でヒデヨシ様の素性を知っているのは馬車に乗っている私達だけですから、様子を伺いましょう」
メリルの言う通りだ。
名前を呼ばれて反応しそうになってしまったが、こんな得体の知れない生首の誘いなんていかなる思惑や罠が潜んでいるかも知れない。
この花魁道中と戦闘になるかもだからスキルで確認だけはしておこう。
高い下駄を履いてる一番目立つ者を見てみる。
【サキュバス(摂津有岡城主の妻だし) 異性を誘惑して捕まえると骨抜きにされるよ スケベな男は精気吸い取られ生きる屍となる だしは村重の裏切りにより落城後処刑され死しても尚信長に囚われの存在 主に敵を引きつけ数を知る 禿や女郎も以下同文】
な、なんと荒木村重の奥方があのような姿に……。
おいたわしい……。
しかし、こんな目立つ形で現れてどうするのだ。
「こ、これは罠です。我々の軍勢の中心に入りこみ何かしら企みがあるのですよ」
メリルの言うように、サキュバスこと花魁達は軍勢の中程まで突き進んでいて大将であるジョセフ侯爵の目に留まる。
「うぐぐっ。何をしてるジョージはもはや死んでおる! 魔法兵よ、遠慮は要らぬこの化物達を焼いてしまえ」
トーレス・パラメキア連合軍の中央を奇抜な格好で軍勢の視線を引きつけ突破してきた花魁達をウィザードとウィッチが周囲を取り囲み魔法の詠唱を始め出す。
「アハハ、ハ。あちき達の役割はここまで。煉獄で逢おうぞよ」
そういうと魔法兵の攻撃より早く、花魁達は素早く宙に舞い上がって攻撃をかわした。
花魁達がいた場所には投げ捨てられたジョージの生首が青い炎を上げて燃えているだけだ。
その場から浮遊しこちら側を見つめる形で花魁達は姿を小さくしていく。
それと同時に聞き覚えのある法螺貝の音が周りから聞こえだす。
連合軍は、花魁道中によって陣形を乱されジョージが燃えている場所が中央になり兵全体がそれを囲む円状になっていた。
「もしかして、私達は罠に嵌ったようですね」
感の良いメリルが残念そうな顔をしながら法螺貝の音が耳に残る中、目指していた丘陵の稜線を見て呟いた。
メリルの視線の先には稜線から被さるように三頭のドラゴンと丘の上からパールロードを猛スピードで下ってくる騎馬隊の砂煙が舞い上がっていた。