第32話 The Last Supper in アレクサンドリア ②
初めて、他人の前で食前の祈りを終えたトレマシーは「どうでした?」と言わんばかりに隣に座るメリルの顔を少し見ていた。
「うんうん」と頷く姿を見てようやく少し微笑むトレマシー。
メリルはきっと姉であり、齢の離れた双子の母親の任も背負っているのだろうなと思える光景。
最初はお互いの顔を見合わせていて、食事を口に入れてなかったフレドの弟達だったが「さあ、遠慮しないで食べてね」とメリルがシチューを勧めるとようやく一口食べだした。
すると、料理が美味いのだろう。
無言の中、咀嚼する音とフォークとナイフが食器に当たる心地良い響きが食卓に溢れていた。
その状況を見てメリルは皿にパンやおかずを取り分けて子供達の卓に置いてやる。
俺も本当なら主催者側として客人に料理を取り分けをするのが道理だと思うが、硬いパンにシチューを浸したものを口に入れた時から全て忘れて夢中で食べた。
実に旨い、美味しい、上手い料理の数々に舌鼓を打ってしまう。
フレド達も同じ気持ちなのだろう。
時折「美味しい、旨い」と感嘆の声が聞こえてきた。
フレドの方はお酒の方もかなり進んでいて、料理を口に入れては「グビグビ」とワインを胃に流し込んでいる。
おかげでもう顔は真っ赤だ。
食卓に並んでいた料理が皆のお腹に入り一段落した頃、フレドの弟達は食卓の横の絨毯に腰をおろしていた。
気付くとそこにトレマシーとドーラも加わり一緒になって絵札トランプ遊びをしている。
やはり、子供通しはすぐに仲良く打ち解けあうのだな。
しかし、大人なフレドは酒の力を借りて強引にメリルと仲良くなりたいようだ。
「今日はひょんな事から、このような場所を設けてくださりヒデヨシにメリル姫様ありがとうございます。家は貧乏この上ないのでこんなご馳走、俺も弟達も食った事なかったですわ」
いつの間にかメリルの事を姫様と呼んでるし……。
「でね、いつもヒデヨシの事を羨ましく思ってたのですよ。何故だって? そんなもん毎日、毎日、姫様と一緒に暮らせてるのですからね。俺なんて、俺なんて、ふだんは農作業だし、暇が出来たらギルドに通い食い扶持探しですからね。でないと家族食べていけないですよ」
と、突然にフレドは身のうえ話をして泣きだす。
こ、こいつは泣き上戸なのか……。
フレドの言わすところのメリル姫様は、顔が少しひきつっているように見えたが、「ふんふん」と頷き聞き上戸役に徹し笑顔は絶やさない。
もしかして男慣れしてるか天性の魔性を秘めてる。
もとい魔法使いだからな。
勿論、フレドに対しては何も言わずただ聞き流してる感じのように見えた。
「肝心なのは、姫様がおいらの顔見てくださる事なのですわ。鈍感な男でも、あんなウルウルした瞳で見つめられたらお気持ちを察しないわけにはいきませんから……。身分の違いはありますが私でよければいつでも……。いや、女性からは言いにくいでしょうから。自分はメリルさんの事が好きであります。いや愛しております」
と、熱い愛の告白をすると今度は笑い出した。
誠に酒とは恐ろしい。
メリルは急転直下のフレドの告白に少し恥ずかしいのがほっぺが少し紅くなったがフレドには何も言わずにただ聞いてるだけだった。
その後も不幸な身の上話をして泣いたかと思うと突然笑い出したり、怒ったりと喜怒哀楽の激しい酒乱ぶりを見せてくれたがワイン数本を空にしたのを最後にいひきをかいて寝てしまった。
こんな場所で寝て、風邪でもひかれたら可哀想なので屋敷の客間に運んだ。
やはり楽しい一時は時間を忘れてしまう。
時計を見ると日付けが変わる時刻になってしまい焦るが後の祭り。
あと、三時間もすれば聖騎士団が迎えにやってくるが、今更晩餐会の興奮冷めやらぬし寝る気もしないので、明日の旅支度をメリルとする事にした。
準備をしている間、メリルの表情は曇っているように見えて元気がなく黙り込んでいる。
「晩餐会楽しくなかったのか?」
と、さり気なく聞いて見る。
「買い物している時にアレクサンドリアの人々やフレドさん達に気になる事があると言ってたじゃないですか。気の色が悪いみたいな……。だから様子を伺う為にヒデヨシ様には過密な予定を組んでしまいました」
「晩餐会の事だな。いや素敵な提案で楽しかったから気にしなくていいけど……それでどうだったの?」
メリルの表情を見れば察しがついたが気になるから聞いてみる。
「そうですね。フレドさんや弟さん達から感じられるオーラの色は買い物当初に気がついた時よりどんどんと暗い色に変わっていき、先ほど見た時は灰色をしていました」
そもそも、メリルが心配している色が悪いと……。
わざわざ晩餐会までして観察したい色変化は何を意味する?
「灰色だと何か問題あるのか? 色が暗いとどうなるんだ?」
「以前に私がこの世界に来るきっかけになった家族の話をしましたよね」
「確か、ヴァージニアに移民してきた話」
メリルにとっては辛い過去。
俺に忠誠、いや軍師になって協力している源泉の出来事。
「いつ頃かどうか正確な日にちは覚えてませんが、移住先に着いてほどなくした頃に家族達に色がついているように見えはじめたのです。最初は明るい色をしてました。毎日見えてるわけじゃなくて見える日は見えるみたいなでした。それで移住先でいざこざが起きるようになってから暗い色に変わっていきました。そして、ご存知のようにあの出来事の前日には父、母、妹、弟の家族全員が真っ黒い影みたいなオーラが纏わりついてました」
考えるにメリルのオーラが見える、色の変化が分かるのは予知みたいな類の能力なのだろうかな。
「ですから、アレクサンドリアの人達やフレドさん達に何も起こらなければよいのですが……あまりに数が多いのもあるので心配に思います。とは言っても私の家族の場合は一年くらいに渡っての事でしたし、晩餐会でフレドさん達を観察していたら急激に色変化していて……」
「で、フレドの色は……」
「あの時に近い限りなく黒い影が纏わりついてました」
つまるところ、メリルの能力が正しいとしたら……。
「近いうちにフレドさん達は……」
「どうなるっての?」
「死にます……」
メリルの心配はよく分かるが、あまりにも不吉な予知ではないか。
「勿論、あの能力は前の世界にいた時に現れた事だし、こちらに来てからは初めてですから。何もないと思いたいから見てました。何か分かるかもと思いましたが、複雑な気持ちになるだけで不幸な事が起きない事を祈るばかりです。ヒデヨシ様、これから旅に行くという日に心配な話してしまいゴメンなさい」
まぁ、聞いたのは俺だしメリルが謝る事もない。
思うにメリルの言った話は何かの前触れだよな。聞くのじゃなかった的で落ち込む内容のものだったが、ここで一緒になって杞憂して凹んでいるようでは並みの男だ。ここは一つ元気づけないとな。
「俺の国のことわざで取り越し苦労ってのがあるんだ。意味は先の事を考えても意味ないし、何も起こらない事の方が多いって事なんだよ。それにメリルの能力が正しかったとしてでも、フレド達の行動次第ではその不幸な運命が変わって次の日には明るい色に変化してるかも知れないからな」
俺はたまにはいい事言ったと自画自賛していた。ただ、今までのメリルの能力を見ているとやはり説得力は自分自身薄い気もする。
「確かにヒデヨシ様の仰る通りですね。未来なんて分かったら面白くないですし、苦労しませんよね。少し明るい気分になれましたから、もうこの話は終わりにしますね。ありがとうございます」
そうなんだ。
俺もメリルも未来を変える為に進むしかないのだから。