第31話 The Last Supper in アレクサンドリア ①
「だったら俺にも感じるはずだが何も見えないけど……」
「いや、ずっと見えてるってわけでもないのですよ。ただ、あまりにも街中の人の多くで嫌なオーラを感じたものですから」
なんとも気になる事を言うな。
「だから、さっきフレドの顔を見つめて探ってたのかい?」
「はい、そうなんですよ。ただ今は嫌なオーラは消えてました。もう少し様子を伺いたくて食事にお誘いしたのです。いえ、勿論手伝ってくださった御礼を兼ねていますよ」
直感的に前者だと思った。
なぜなら、いくら早く買い物が終わって時間が出来たとしても、余裕が出来た合間は明日の準備や睡眠に当てる。
体調を含めて万全な体制で任務に応じたいからだ。
特にメリルのような深慮深い性格なら尚更のような気がする。
「そういう訳でフレドを見つめていたんだ。俺はてっきりひと目惚れして恋に落ちたのかと思っていたよ」
「だったらどうします?」
「いや、……」
「安心してください。私がお慕いしてるのはヒデヨシ様お一人ですから」
なかなかにメリルは意地悪な返しをしてくる。
さっきは変な事を言いだしたが気のせいって事もあるからな。
それより、視覚に色がつくのは目の病とかじゃないかと心配になる。
「でも、本当に目の方は大丈夫か?」
「恐らく大丈夫ですよ。最初は日没前の陽の光が反射して黄色に見えてたのか思ってたのですが……だんだんと夕暮れになるに連れて色が暗くなっていきましたから。ただ、ずっとじゃないですから」
こればかりは、メリルの視覚にでもならないと感じ方は、分からない。
流石に本人も目の不調と能力から来てるものの違いは魔法使いなら分かるだろうから、俺もメリルの様子を見る事にした。
屋敷に着くと、フレドの弟達が兄を待っていた。
しっかりと荷物運びをしてくれていたのでありがたい。
「お前たち、ご苦労ご苦労」
フレドはそんな弟達に労いの言葉をかけていた。
「うん。兄ちゃんの言う通りにあの大きな馬車の荷台に食材は入れておいたよ。あとは皆んなが手に持ってるの乗せるだけだよ」
メリルから事前に馬車に積んでおいてくれと俺からフレドに伝えておいた事をしっかりやってくれていて助かる。
お代を弾んだ甲斐があるってものだ。
「今日は頑張ったからお前達にメリル様からご褒美があるぞ!! なんとこれから夕御飯をご馳走してくださるそうだ。貴族のお家だから晩餐会って言うそうだ。俺も初めてだから楽しみだな」
フレドは嬉しそうな顔をして得意げに言う。
「いやいやフレドさん。晩餐会だなんて大袈裟です。明日からしばらく家を空けますから持っていけない食材を皆様に食べてもらおうかと思っていますだけなのですよ」
なるほど、育ち盛りの子供達だから家の残った食材空っぽにしてくれそうだな。
なんだか、こういう風景は微笑ましく思えてしまう。
この世界に来て初めて抱く感情だった。
今までの俺の人生と言えば、若い時は手柄を立てることばかりで常に人を出し抜く事が頭の大半をしめていたからな。
転生だかなんだか分からないが、俺自身を客観的に見る時間が時々はある。
屋敷に入るとメリルと双子は普段着になりエプロンをつけると夕食の準備にかかった。
どうやら今日はドーラとトレマシーもお手伝いするようだ。
「コンコン、コンコン」
と調理場から食材を切る小気味よい音がしてくる。
メリル達は手際よく分担して料理をしているようだ。
待っている間に、フレドに出かけてる間は不審者がいないか外回りだけ見わってくれとお願いしておく。
勿論、弟達も分も含めて手間賃は沢山渡すつもりだ。
ほどなくして、調理場から食欲をそそる香りがしてきて「グゥー」と思わず腹がなってしまう。
そして食卓には晩餐会と呼ぶに相応しい様々な料理がならび目を喜ばせてくれる。
大人達の席にはグラスにワインが注がれており、子供達には果物を搾った果汁の飲み物が置かれている。
主菜だけでも七面鳥ターキーと呼ばれる雌鶏に大海老ロブスター、鮭のムニエル、豚の腸詰に野菜たっぷりのシチュー。
卓の彩りを華やかにしてくれる果実。白いパンや葡萄パン硬いパンなどの好みに応じた様々な主食。
パンにつけるバターやジャムにチーズが卓に並べられて見ているだけでヨダレが出てしまう。
ちなみに俺はシチューに硬いパンを「ピチョピチョ」と浸して食べるのが好きだ。
それにしても短時間でこのような素晴らしい料理の数々を用意するのは、流石魔法使い三姉妹と言ったところ。
いや、魔法使いは関係なかったかな。
「皆さーん、お待たしました。席についていただきましょうか」
俺達とフレドの家族を入れて八名が各々が好きな席についた。
俺とメリルは自然とフレド達とは対面になる席についている。これはもてなす側として食卓に乗っている料理は取り分けてやる為だった。
今日に限っては上座とか関係なく、俺はあくまでも晩餐会の主催者に徹する気持ちだ。メリルの席順の意図は定かではない。
「さぁ、トレマシー。今日は頂きますのお祈りをあなたがしてちょうだい」
この世界に来て大事な事だと教えられた食事前のお祈り。
この世界はパール教を信仰している。
この地においての一神教でパール教の信徒でなければ人扱いされないらしい。
だから、俺やメリルのように異世界から人間は誤解をこの世界の住人に抱かせないように嘘でも食事の前のお祈りをするのは必須だった。
ふだんはメリルが祈りの言葉を言っていたが今日はなぜだかトレマシー。
「えっと、プロメキアスの創造主よ! 生きとし生きるものの命の糧をくださり主に感謝いたさそます。わたしたちを祝福し、主の恵みによっていただくこの食事を祝してください。主プロメキアスよ。感謝いたします。ミラ・バーモス」
全員がおでこと胸に数字の九を逆にしたように指先で宙に描き「主に感謝いたします。ミラ・バーモス」と合唱した。