第27話 旅支度
「それと、もう一つ。あのキマイラと戦っておられた時に空間を裂いて現れた髭面の男達はいったい? どうにも格好からして太刀同様に異国の者に見えまして。失礼ながらドラゴンに乗っていた化物もあのようないでたちをしていたような気がしましてな」
聖騎士団長ルーク。
何食わぬ顔して、こちらがあまり話したくない事をズケズケと聞いてくる。
恐らく一番聞きたい事を最後に質問してくる種類の人間だと思う。
俺としてはいっその事この世界に来た経緯を話してもよいのだけれど、どうもメリルは嫌がる節があるので自重していた。
とりあえず、すぐに馬脚を現す俺なんかよりメリルに返答してもらう方が安心だ。
「ルーク様、流石に私達を化物の仲間のような言われようは御言葉が過ぎるかと思いますが、あれは召喚魔法に近いものの類でして……ご存知の通り先の大陸間戦争より召喚魔法は禁忌とされてますのであまり誤解が生じる事は言いたくなかったのです。ちなみにあの武者は天移魔法で生じたものですから禁忌の召喚とは似て非なるものだと承知されてください」
メリルの言ってる事は言葉の綾の範疇だと思うが最初に厳しめに言ってるのでルークも納得せざる得ない。
「メリル嬢、誠に申し訳なかったです。そのようなつもりでは無かったのですが言葉足らずで軽率でした。お詫びいたします」
「ところでルーク様。ジェラルミン王から勅命があったとは言え、私どもはパラメキア国には行ったことがありません。帝都まではどれくらいかかりそうで準備とかはどうしたら良いものかと? それと、これからは嬢は付けなくてよろしいですよ。メリルとお呼びください」
確かに他人行儀だと偵察任務はやりにくいからの配慮なんだろう。メリルの質問は俺も知りたい。
「そうですね。我々が帝都からアレクサンドリアまで来るのに早馬で十日ぐらいでしたから馬車で行くとなると往復したとしてその三倍はかかるかと思います」
そっか、帰りの日数も加味しないといけなかった。
行くだけじゃ無駄足になってしまう。
あくまで勅命はパラメキア帝国領内に侵入しシャングリラの街や敵の様子伺いが任務だからな。
「準備と言っても、道中に町や砦がいくつかありますし、パラメキアの国境付近にはトーラス城というアレクサンドリアでは2番目に大きなお城がありますよ。ですから、たいていは半日馬車に乗っておられたらどこかの宿には泊まれます。勿論、何事も起きてなければ……が前提になりますかな」
そうだった。
ジーク卿もパラメキアからアレクサンドリアまで聖騎士団を追いかけて来ていたのだからアレクサンドリア領内も気になるところだ。
なにせとんでもない化物だったからアレクサンドリアの人々に被害者が出てるとも限らない。
「しかし、キマイラの事もありますし、もしかしたら領内の何処かが魔物に襲われている可能性もありますから。何かしらの事情で野営する事も考えて食料と燃料は馬車に積める分は用意しておいた方が安心かと思います。たいていはお金があれば何とかなりますけど、今は魔物が傀儡する世界になってしまいましたから……」
聖騎士団長の言う事は正しい。
常に最悪の事態を想定して動くのが統率や意志決定力で強い部隊の証だからな。
「ありがとうございます。ルーク様、では早速旅の準備いたしますね。出発はいつにしましょうか?」
「早いに越した事はないでしょうけど、今晩からとも参りませんので、明日の夜明けに出発といたしましょうか。それと、我々の事も様はつけなくていいですよ。ルークとお呼びください。メリル嬢、いやメリル様」
結局、ルークはメリルの事を呼び捨てにする事は絶対にないと思った。
「じゃ、馬車はアーガスとエリアが代わり交代でパラメキアまで御者になってもらいます。今からお屋敷までお送りさせますね」
ジェラルミン王の計らいで用意された馬車。
長くなりそうな旅なので助かる。
そもそも、双子はまだ乗馬出来る年齢でもないから連れて行くのなら馬車は必須な訳でもあるからそこらも王様は考慮されたのだと思った。
トレマシーとドーラは幼くても戦力になる事は聖騎士団から伝えられていたのだろう。
「それでは、明朝にお迎えにまいります。アーガスお屋敷まで頼んだよ」
お城の外にある待機所には立派な四頭立ての馬車が用意されていた。
騎手用の幌付き御者台が後方の馬にひき具で繋がれている。
御者台は二人座れるようになっており馬の体力さえあればかなり長時間の移動も可能なようだ。
肝心の俺達が乗る客車部分は長方形の箱型をしていた。
諸侯が遠出出来るように作られたものでキャリッジと言われ鉄製の四輪車輪からして頑丈な作りで少しばかりの悪路では脱輪しないような気がする。
客車内は大人六名がゆったり座れるぐらい広くふかふかの座布団のような座り心地の繋がった長椅子が三列あり真ん中は折りたたみ収納出来る細工がされている。
この座布団みたいな椅子はこちらの世界ではソファと言って高価なものだそうだ。
お転婆真っ盛りのドーラはソファの上で飛び跳ねて天井に頭をぶつけて泣いている。
馬車が動き出すと、心地の良い揺れ具合からトレマシーとドーラはすぐに夢の中に落ちたよう。
魔法使いとしては大人顔負けの双子でもこういう部分はやはり子供だからホッと出来る。
「なぁ、この馬車は物凄く立派でありがたいけど、パラメキアまでの道中大丈夫かな。大きすぎない?」
俺がいた世界は山、川、谷と難所だらけの地形だったからどうなのだろうと思ったものでな。
メリルは以前出してくれたプロメキアスの地図を魔法を使って出し確認してくれた。
ステッキや指先で空間に地図を出す魔法はいつ見ても驚いてしまう。
「どうなのでしょうかね。私もパラメキアまで行った事がないから断定は出来ませんけど、地図を見る限り、国境のトーレス城付近まではずっと平野になってますから大丈夫じゃないかと……あと、父から聞いたのを思い出しましたがプロメキアスの信仰はパール教なのですが数百年前に布教活動する際に各地の主要道を整備したそうです。その時に作られた道がパールロードと呼ばれていて今も修繕しながら維持されてるかと」
パール教にパールロードかどこの世界も信仰は強い。
確か、パラメキア皇帝もパール国とかに落ちのびていると言っていたからな。
そこも熱心な信徒達の国なのだろうか。
俺も信長様に仕えていた時から宗教の教えを信じる者たちにはだいぶ悩まされた。
結局どこも和解するまでは徹底抗戦して武装さした坊主や信徒達は死をも恐れなかったし、味方の兵にも信者がいたから土壇場で裏切られ苦汁を何度も飲まされたものだったわ。
「もうすぐ、屋敷に着きますので旅の支度をこの後しようと思います。街に買い物に行ってきますね」
メリルがそう言うと「買い物、買い物、行くダバサ」と寝ていたはずのドーラが起きトレマシーも目覚めた。やはり双子は行動も共有して似ているのだと思った。