第12話 火あぶりとメリルの神様 ①
教会内には「悪魔、悪魔、悪魔」と父に向かっての罵声が反響していました。
声を発する者の中には、一緒に新天地にやってきたかつての仲間もいます。
「皆さーん、静寂に」
裁判長に早替わりしている保安官が声をあげる。
「どうやら、裁判結果は出たようですね。詫びるならともかく、この期に及んで神を冒涜した罪は重い。ですので、悪魔のジョセフとその手先となる魔女マリアに対して、我々の……」
母がいつのまにか魔女にされている事からろくでもない判決がされるのは分かっていました。
一応に場の聴衆は固唾を飲んで結果を待っています。
そして、茶番じみた裁判からの判決が保安官の口から言い放たれました。
「ジョセフとマリア及びその家族は死刑とする。尚、処刑方法は悪魔祓いも兼ねている事から火あぶりの刑と処す」
「ちょっと待ってくれ! 俺は確かに神父に暴力を働いたから罰は受けるが、妻と子供達は何もしてないじゃないか!! 御慈悲を願います」
父は無慈悲で残酷な判決である火あぶりの刑、つまりは死刑を受け入れてまでも家族の為に声を張り上げ裁判長に情けを求めてくれました。
「だからぁー、あなたの妻メリルはアイリス神父を陥れる為に凌辱されたと嘘をつき、脅迫して食糧を奪ったでしょうに。これは7つの大罪より重いと思っての判決ですよ。魔女を火あぶりにしたらここにいる聴衆の方々も安心ですからね。子供は両親が亡くなってしまったらその後が不憫ですから恩情で一緒に逝ってもらうのですよ」
「そもそも、何を証拠に妻マリアが嘘をついているといい切れるのか。いい加減な供述でアイリス神父の言っている事を信じ、私はともかくとして家族全員を処刑する。それこそが、正に悪魔の所業だと何故わからないのだ!」
ですが、そもそもが見世物的な要素が高い裁判もどき。
しかも極刑で火あぶりという判決にもはや悪魔と化した裁判長や聴衆が覆すわけはなく、父の反論など「黙れ悪魔め!」と言う心無い者達の罵声によってかき消されてしまいました。
「刑の執行は明晩日没後に行う」
父は判決後も声が枯れ果てるまで抗議していましたが家族以外は誰もいなくなった教会に虚しく響くだけでした。
このような経緯で家族は裁かれることになりました。
町外れの丘には、土の上に乾燥した藁がしかれていてそこに丸太を十字に縄で縛った物が等間隔で6つ並べて立てられてました。
それは、私達家族の処刑場に他なりません。
日没後、その丘に連れられた私達家族は半ば強制的に光景を目の当たりにされ絶望を抱かされたのです。そして小さい子どもから順番に丸太に両手両足を縄紐で固定され動けなくされました。
ヴァージニアの季節はちょうど冬でしたので、足元に積まれた藁は乾燥と北風によって火を着けると直ぐに火柱が上がり全身を炎が包む事でしょう。
父は家族全員が磔にされても声を上げる事さえ出来ない状態になっていました。
あの茶番的な裁判後、不服を言いながら叫び続けていたので、保安官と数人の信者により舌を抜かれてしまったからです。
声を失い、舌を無くした父は意識がないのか首がだらんと下がっていました。もしかしたら処刑される前に絶命しているのかもと思うと涙が溢れてしまいます。
小高い丘から見える景色は本来なら眺めがいいでしょうが、今は町中の人が集まったのでしょう沢山の頭が見えていました。
そして、敷かれた藁に着火する松明を持った処刑執行人が現れると「ワァー」と歓声が上がりました。
執行人が磔にされている私達の左右に分かれると丘の下にいる見物人達に一礼すると松明を一度掲げます。
見世物である火あぶりの刑の開幕といったところでしょう。
十字に磔にされた処刑台は6つ。
左から弟、私、母、父、兄、妹の順番に縛られてます。
左右に分かれた処刑執行人が同時に磔台の下に敷かれた藁に松明で着火しました。
ヴァージニアのこの季節は寒くて乾燥していますので途端に藁からは火走りが上がり隣の弟の身体を火に包みました。
それと同時に「うわぁー……熱いよ母さん、た・す・け・て」と聞いた事もない弟の断末魔が耳にこびりつき、肉の焦げる臭いがしたかと思うと隣の弟は既に見えてる部分が黒く炭になっていく途中でした。
見物人はその様子に歓声を挙げる者やあまりにも酷い有り様に目を背ける者などまちまちでした。
続いて無慈悲にも見物人の視線は黒焦げて炭になってしまい興味の対象では無くなった弟から私に向けられています。
先ほどまで火あぶりから視線を反らしていた見物人も再び目を見開いて凝視している気がしました。そして、私の足元に敷かれた藁に松明が……。
途端に身体中のあらゆり場所から熱さからの激痛が走ります。
「あぁー、神様御慈悲を……早く痛みから解放してそちらに逝かせてくださいまし」と私は心の中でお祈りしました。
その時でした。
急に身体が熱さや痛みから解放されたのです。
母に抱かれているような安心感と心地良さが私を包みこみます。
頭の上の方からは昼間になったかのように明るい光がさしました。
見上げると神々しい光で、その中に大きな聖母様が両手を拡げてるお姿が目にぼんやりと浮かんでいました。
私は願いが通じ、ようやく天に召される時が来たのだと感じ心の中で十字をきりお祈りしました。
ですが、この光と聖母様の存在を感じているのは私だけではないようで、見物人達も空を見上げ皆が十字を切ったり、その場で頭を垂れひれ伏している姿が見えたのです。
どうして火あぶりになっているのに、私は見物人達の姿を俯瞰で見ているのだろう? などと苦痛から解放されてそんな考えが浮かんでいると。
私は光の帯に包まれ宙に舞い上がっている事に気がついたのです。
眼下には家族が磔にされてる十字の丸太が火柱を上げて燃えてるが見えました。
そこには父も母も弟も妹も火あぶりにされて炭になっていくのに……。
自分だけなぜだか俯瞰でその様子を見ているのです。
その時です。
「我は神なり。メリルよ、汝の最初の試練は過酷であったな。信仰深き家族をこのような形で別れさせた非情な運命。神はソナタに慈悲を与える」
私はすぐにその声は信仰する神様、即ち聖母様だと直感で分かりました。
「我は決して信仰深きソナタの家族にこのような試練を与える意図は無かった。信仰を間違え勝手に神に成り代わり残酷な事を行い悪魔と化した者達に我は天罰を与えると汝に示すであろう」
すると、空からは雷光が表れ稲妻が地上に向かって落下するのが見えました。