第11話 信じる者は救われる⁉ ヴァージニアのメリル ②
そんな折、ヴァージニアの町にイングランドから私達の信仰と対立してる神父が沢山の信者と共に布教活動にやってきました。
町では、すぐに噂になりました。
神父は布教するに当たり教皇や貴族の信者から大量の金と食糧を用意してもらっていて、今の信仰を改宗して神父側の教会で洗礼を受ければ先立つものや食べ物の施しを受ける事が出来るそうです。
元々、神父側の信仰は教皇を頂点とした階級社会という一面もありましたから、私達のような新興宗教と違い、歴史も信者の数も資金力も圧倒的に違いました。
ですから、神父達一行はヴァージニアの町に着くなり信者達と教会を作りはじめ数週間ほどで立派な教会を建ててしまいました。
それは以前に牧師さんが建てたものより大きくて窓という窓にはステンドグラスが装飾された美しい教会で人目を惹くものです。
最初の頃は「資金力にものを言わせよって権威主義者共め! 神の下では全ての人々は等しく平等だ!」と町の人達も父も教会のやり方に対して憤っていましたが、町の人達は等しく貧しい事もあり、神父が示す馬の前に人参的なものに心を乱す仲間も多く、徐々に仲間たちは改宗していきました。
そんな状況のある早朝の事です。
父と母が口論している声がして目が覚めたのです。
献身的に尽くしている母にとっては父との喧嘩は珍しいことです。
悪いとは思いつつ、両親の事なので聞き耳を立ててしまいました。
「俺にあの権威主義の神父達に頭を下げて施しを受けろと言うのか、お前は!!」
口ぶりから父はかなり激昂しているようです。
「そういった奴らの考えが嫌だから、原理に戻った信仰、即ち神は全ての者に対して等しいのじゃないのか。教皇や寄付を沢山納める者達が高い位置にいるのがおかしいから俺達は離れたんだ!
命を賭けて新天地まで来たのに、お前は何も分かっていない」
「そうね。あなたは確かに立派な人だわ。でもね、家族の皆が飢えている。明日の食事さえも不安なの。少しぐらい神父さまに甘えても神様は許してくれるわよ。そうよ、神父様の前だけ改宗したように見せたらいいのよ。そしたらパンが貰える……」
「少しぐらいだと! それが奴らのやり口なのが何故わからないんだ!! 神様が我々に試練を与えて試されてる事が分からないのか。それにお前は俺に嘘を勧めるのか。なんという事だ。お前の言ってる事は失楽園の邪悪な蛇と同じ事。穢らわしい……」
「あなたは、子や妻が飢えていても神様の試練だと言う。さぞかし立派な信徒で牧師様ですね。でも、あなたは家族の為に狩りもまともに出来ないし、私に黙って色々な物を売りましたわ。母の形見の指輪も大事にしていた燭台も……さぞかし素晴らしい夫だこと……」
「ガシャーン」
父か母に向かって何かを投げつける前に「バタン」と扉が閉まる音がして母は家を飛び出しました。
その事が家族の取り返しのつかない不幸の引き金となり、私がこの世界に来るきっかけとなるのです。
家出した母は翌々日に沢山の食糧と引き裂かれた服を纏って帰宅しました。
「おかえり、マリア。この前は少し言い過ぎたよ。いないと子ども達が寂しがるし、家の中が暗くなる。勿論、俺自身もマリアがいないと何も出来ない。何より寂しいから……」
不器用なジョセフの精一杯のごめんなさいでした。
父の声を聞くと同時に母は声を出して泣きました。
「泣くなよマリア。子ども達が見てるじゃないか。それに着ている服がボロボロだけど、いったいどうした? 何かあったのか?」
「ごめんなさいあなた。私は悪い妻でした。あなたが辛い時に側に入れなくて……。私は食糧の代わりに汚らわしい身体になってしまいました」
そこまで言うとまた泣きじゃくる母。
「どうしたのだマリア。汚らわしいとは?」
「あの日、わたしは……。あなたと喧嘩してしまったので、アイリス神父のところに懺悔しに行きました。神父のところに行ったのは牧師さんとは知り合いだから、あなたと喧嘩した事を懺悔するのが恥ずかしいからです。それとあの美しいステンドグラスで飾られた教会の中に入ってみたいという好奇心もありました」
母は涙を堪えながら淡々と話を続けました。
「わたしはジョセフの妻、マリアと言います。先日、主人と……わたしは小窓に向かって懺悔しました。すると懺悔室の横の扉が開き、そこにはアイリス神父が笑顔でわたしを迎えてくれて、心配する事はない。任せてくださいと自室に……そしてわたしはそこで辱めを受けました。事が終わると神父は黙っていれば悪いようにはしない。またここに来てわたしの言いなりになれば食糧を……」
母の話は、とても悲惨で聞いている家族も涙目になるほどの内容でした。
「アイリスの奴め!」
そういうと父は上着を羽織ると、家を飛び出していきました。それから数時間後に父は服のシャツに返り血がついた状態で帰宅しました。
次の日、父は拳銃を所持した保安官と何人かの町の人によって留置場に連行されていきました。
「それで、アイリス神父。誘って来たのはマリアだと言うのですね! 色目を使い誘惑してきたマリアに対してあなたが頑なに断るとマリアが自分で服を破き、あなたを脅迫してきたと……」
突如開かれた公開裁判に両親は被告として教会に作られた壇上にいました。
本来、ミサが行われる教会には立ち見が出るほどの人出で皆の好奇な目は父と母に注がれていました。
あの日、怒りに煽られた父はアイリス神父に暴行をしたようで、アイリス神父は顔が腫れあがり腕が折れたのか三角巾を肩から肘にかけていて痛々しい姿をしています。
「はい、食糧を渡さないと神父に乱暴されたといいふらすと脅してきたのです。ですが私は神に仕える身ですから罪を憎んでも人は憎まずがもっとうですのでメリルさんには食糧をお渡しいたしましたよ。それは事実無根だとしても脅されたからじゃありません。神のご意思だからです」
神父の供述に町の人達は賛美の声と拍手が送られました。
「アイリス神父様、大怪我をされ痛々しいお姿の中、言いにくい発言ありがとうございます」
裁判長ならぬ、父を自宅から連行し昨日までは保安官をしていた者が神父に頭をさげています。
「では、ジョセフに聞きます。あなたは妻マリアの言う事を信じ、怒りに支配され、神父の住む教会に押し入り激しく暴行をした事を認めますか。素直に認めたら情状酌量の余地はありますよ。それでも町から追放だがな……」
「確かに私は自身の感情をコントロール出来ずにアイリスに暴行を働きました。ですが、我が妻はそこにいる神父に辱めを受けたのです。アイリスは妻に乱暴を働いているのに神聖な教会、いや神の前で平気で嘘をつく。彼は聖職者として恥ずべき人間です。だから殴ったのです。悪魔を殴って何故悪いのですか? わたしは自分のした事は間違っているとは思いません。間違っているのは権威主義から神の下では平等であるはずの信者達を身分によって別け隔て高貴な位の者達が貧しき信者を支配する構造ではないか!!」
父は理不尽な裁判だと言うことを承知で聴衆の前で思いの丈をぶつけました。
これは異教徒扱いされている父にとっては勇気のいることで立派だと思いました。
ここにいる大半の者にとっては恐らく父の言った事は耳の痛い事で刺さったのでしょう。教会内はなんともいえない静寂が包み、すぐに不穏な空気が場を支配するのが子どもの自分にも感じる事が出来たのです。
そんな中、聴衆の一人が父に向かって「悪魔だ! 悪魔め!!」
と叫びます。
その声に呼応したかのように、教会内にいた聴衆も「悪魔、悪魔、悪魔、悪魔」と叫び出しました。その様子こそが正に神聖な場所から邪悪な場所に教会が変わった時だったのです。