3-7 宴の後
宴が始まって四半時ほど経った頃合いで、白髪の公家が花婿花嫁の参上を伝えた。
宴会場の引き戸が大きく引き開けられ、そこに朝廷貴族の婚礼姿の二人が立っていた。
いつぞや、前田綱紀公が言っていた内裏雛そのままの姿がそこにあったのである。
そこから上座へとゆっくりと歩く二人の姿は出席者全員が見ることができた。
かがりやお咲が日ごろ見慣れている彩華であったが、十二単衣に身を包み、総髪のおすべらかし姿になった彩華は正しくお雛様のように可愛く綺麗であった。
二人が上座の席に着くと宴会は最高潮に達したと言えよう。
その場で老翁と老媼の注ぐ酒で三々九度を行って、彩華と宗徳の婚儀は大勢の見守る中整った。
その後、多くの人たちが二人に酒を勧めに来たが、二人はほんの少し口を付けるだけにとどめていた。
それから少しすると二人は中座した。
四半時ほどすると今度は武家姿の婚礼衣装で二人は現れた。
白無垢の衣装に角隠し、白色の打掛の彩華が眩しいくらいである。
宗徳は、大紋直垂で野袴をつけ、烏帽子を付けている。
二人は会場の入り口でお辞儀をし、一つ一つの卓を回り始めた。
一人一人を宗徳かあるいは彩華が紹介し、二十に及ぶ全ての卓を回ったのである。
時刻は八つ時頃、宴会場の大広間の一角が開け放たれて金屏風の前に十数名の舞妓が揃っていた。
華やかな三味線や太鼓、笛の音に合わせて舞を舞い始めた。
宴会場にいるもので京の舞妓を知っている者も多かったが、これほど多くの舞妓を一度に見る機会は滅多にないはずであった。
しかも舞妓の中でも最も綺麗どころと言われる娘たちが揃っている。
この分では、花街は閑古鳥が鳴いているはずである。
宴会は、未の下刻に終わった。
二刻(四時間)に及ぶ祝言は必ずしも長いわけではない。
中には一晩中ぶっとおしで宴会を続けるところもあるからである。
だが、千名以上の者を寝泊まりさせるだけの部屋に余裕はないし、通いで手伝いに来ている者達を帰す時刻でもあった。
そこで未の下刻で宴会は終わったのである。
後片付けなどは、暮れ六つまで掛かったが、手伝いの者達は陰十二菊の家紋入りの提灯を持ってそれぞれ家路についていた。
残ったのは、松倉の屋敷に雇われた者達と宗徳の母千代、彩華の母郁代、そうして宗長と伴侍の吉野である。
改めて普段着に着替えた宗長は、家で働く者を紹介した。
前田家からはお咲と百合の他にお葉がついてきた。
お葉は残りの奉公期間を彩華の元で過ごすことを望んだのである。
中間の克二と昭三も京の都に務めを変えることを望んだ者である。
二人は加賀の生まれであり、江戸には来たものの何となく馴染みが薄いと感じていたようであった。
そこで一転して上方に行ってみようと思ったようである。
二人ともに十八歳の若者であり、新しいものに取り組む気概を持っていた。
年寄は、柔軟性に乏しいだけにその点が難しい。
彩華が岡崎から連れて行った八太も無論一緒について来ている。
京の仙水寮の門前で出会った三次は、既にこの屋敷に馴染んでいる様子だった。
そのほかに采女として十二名、用人として三名、従者、小物、中間を入れて十八名が居り、そのうち三名は公家侍と呼ばれる用心棒である。
彩華と宗徳以外には三十九名の者がこの屋敷の住人となる。
百合たちは、既に奥女中姿に着替えていた。
前田家の矢絣と違い、松倉家は花柄模様の着物である、桃色が奥向き、薄青が下働きになっているようだ。
百合、お咲、お葉のほか、二名が奥向きとなっている。
残り十名の者は、一応下働きとなっているが、何しろ屋敷はとてつもなく広い。
奥向き女中と言いながらも、下働きと同じような仕事をしないと、お掃除だけでもとても追いつかない筈である。
敷地の広さはおよそ十万坪、加賀前田藩の上屋敷とほぼ同じ広さを持っている。
その中に今日宴会場として使った二百畳敷きの板張りの大広間がある。
大広間と言うよりは道場に近い造りかも知れない。
天井が高く一番高いところでは五間以上の高さがあるだろう。
そのほかに、屋敷の中に大小百を超える部屋があるのである。
主寝殿は屋敷のほぼ中央にあって、渡り廊下で結ばれているが周囲を中庭で囲まれた屋敷である。
この主寝殿だけで十畳間二つ、八畳間二つ、四畳半二つ、浴室、脱衣所、ご不浄からなる広い一つのお屋敷である。
ここが若夫婦の寝室と居室になる。
渡り廊下を経て厨房があり、百合やお葉が見たことも無い設備が整っている。
水道と呼ばれる金物の管から水がでる。
その水の出を調節する柄を少し動かすだけで水が湯に変わる。
お湯はこの屋敷の中で掘り当てた温泉を使っているらしいが、飲み水もまた浅井戸で得ているようである。
井戸は精々五間ほどの深さの地下らしいが、温泉は数百間ほども掘った深い地面の中から沸いているようである。
その湯が、屋敷の中に全部で七つある浴室に引き込まれ、かけ流しの温泉がいつでも使えるようになっている。
そこから溢れた温泉のお湯の熱だけを井戸の水に加えたものが湯になって使えるようである。
温泉は少し塩辛いのだが、お湯も水も全くそのような味はしない。
夜になると更に驚くことがあった。
各部屋の明りは行燈が燈されるのだが、この行燈は非常に明るいのである。
おまけに油も火も使わない行燈である。
場所によっては、壁の高いところに行燈がいくつか置かれ、真昼のように室内を明るくすることができる。
主寝殿を境に西側は男衆、東側を女衆が概ね使う部屋があり、中央付近は共用部分や厨房などが配置されている。
夕餉の食事の準備は、賄いの者達の手によって進められており、暮れ六つの頃には用意ができていた。
百合とお咲がその膳を運んで主寝殿に行った。
厨房から主寝殿に至る廊下には灯りが燈されているが左程明るい光ではない。
主寝殿の十畳間は明るい光で満たされており、二人は仲睦まじく座っていた。
お葉の手によって別の部屋には既にお床入りの準備もなされている。
二人が食事をする間、御給仕をするのがお葉と百合の役割である。
二人が食事を済ませると後は二人だけの時間になる。
百合とお葉は、ちょっと晴れがましくも淫らな光景を想像しながらお休みなさいませと挨拶して辞去した。
二人が主寝殿から離れていく気配を感じながら二人はどちらからともなく近づいた。
彩華が待ちに待ったその時が近づいていた。
宗徳が彩華の肩をそっと抱いて口づけをしてくれた。
船の中でそっと抱き合って以来半年余りが過ぎていた。
昂ぶる気持ちを抑えなくてもいいと言う自由が嬉しかった。
少し長い口づけが終わって互いの目を見つめ合う。
「お風呂に入ってお互いに身体をきれいにしようか。
その後で、睦事だけれど覚悟はいい?」
「ええ、覚悟はできています。
お屋敷を出る前にさんざん身体を磨かれましたけれど、今日は少し暑かったから汗をかきました。
お風呂に入って汗を流すのがいいと思います。」
「ここのお風呂は一つしかない。
私も一緒だけれどいいかな。」
彩華は顔を赤らめながら言った。
「私は晴れて宗徳様にお嫁入りができました。
今日からは私は貴方様のものです。
何も隠すものはありません。
どうぞ、私の生まれたままの姿を見てください。」
「よし、では行こう。」
二人は立ち上がって浴室へと向かった。
既に床を敷いている寝室の隣の部屋が浴室へと通じている。
四畳半ほどの脱衣室があり、その先に八畳ほどもある浴室がある。
ほのかな明かりの脱衣所で彩華は帯を解き始めた。
宗徳も一緒に衣装を脱ぎ始めた。
髪飾りや簪を外し、髪を総髪にして背後で細紐で縛り、腰巻を取ると一糸まとわぬ裸である
宗徳も同じように髪を背後で縛り、既に裸になっていた。
見事な筋肉美がそこにあった。
宗徳は彩華の手を取って浴室に入るとそこは湯気が立ち込めていた。
左程は明るく無い灯りの中で二人は手拭いで身体を洗い、浴槽に身を沈めた。
浴槽は二人が入っても十分な広さがある。
四畳半まではないにしても三畳ほどの広さは十分にあるだろう。
「彩華の肌は綺麗だね。」
向かい合って宗徳がそういう。
「え、・・・。
でも、どなたかと比較してですか?」
「まぁ、比較にはなるかもしれないが、裸の女の人を見たのは初めてだな。」
「出会い茶屋の時はどう思われたのですか?」
「あの時は、できるだけ彩華の肌を見ないようにはしていたな。
それでも胸のふくらみと太ももの辺りはちらっと目に入ってしまったね。
でも今日はゆっくりとみることができる。」
「あの時からですともう十月、一年近くなるんですね。
あれから私の身体は少し変わりました。
胸が少し膨らみ、逆にお腹の肉が少し落ちたようです。
お咲には女らしくなったと言われますけれど、宗徳様から見てどうですか?」
「さて、彩華の胸が大きくなったかどうかはわからないな。
そこまではしっかり見ていない。
でもあの時も形の良い乳房だったような気がする。
朝の稽古を続けているのは良いことだ。
人は身体を動かすことで身体の代謝が活発になる。
そうしていれば病気にもかかりにくくなるんだ。」
「はい、そう言えば、この一年は風邪もひいては居りません。」
「いいことだね。
彩華、・・・。
こちらへおいで。」
彩華は泳ぐように宗徳に近づいて首筋に手を掛けた。
宗徳が背後に手を回し少し強く抱きしめながら口づけをした。
・・・・・・・
** その後の秘め事は、読む人の推測にお任せします。 **
10月1日より、新作『事故に遭いました~俺って全身不随?でも異世界では元気ハツラツ?』の投稿を始めました。
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よろしければどうぞご一読ください。
By サクラ近衛将監




