2ー8 都の地廻り
「宗さんのどんなところに惚れはったのですやろか。」
「その時は、正直言ってよくわかりませぬ。
でもこれまで見たこともない素敵な殿方だと思ったのは確かでございます。
江戸に着いてからも色々あって、白木屋さんの屋敷で寝食をご一緒させてもらい、剣術を教えてもらいながら御傍に居させてもらったのですが、宗徳様は剣術の腕もさりながら、色々な知識も豊富な方ですし、何より貴賤を問わぬ考え方と優しい御気性に好感を抱きました。
私などの伴侶にはもったいない方と存じておりますが、宗徳様を知ってしまった以上は他の殿方に目を向ける余裕などはございませんでした。
天下広しと言えど、宗徳様の様な方は二人と居られぬと思っております。」
「それでも、宗さんの素性を知った時は身を引こうとなされたとか・・・。」
「私は、武家の娘として生まれ、格式を重んじるように育てられました。
宗徳様がそうした格式にこだわらない方であるのも承知でございましたが、余りに違う身分と知って宗徳様のお為にならないと思い、身を引くことを申し上げました。
なれど、宗徳様に好きか嫌いかと問われ、嘘を申し上げるわけにも行かず、お慕い申しあげておりますと本音を申し上げました。
なれば許嫁としてそれぞれが伴侶に相応しいかどうか今少し考えなさいと言われ、その時に適わぬまでも側女にして欲しいと申し上げましたなら、宗徳様は側女は置くつもりもないと仰られました。
約束の日が来たとき、私の気持ちは燃え盛りこそすれ、変わっておりませんでしたのでその旨をお伝えすると、宗徳様が微笑まれて、なれば名目だけの許嫁は止めて本当の許嫁になりましょうと言ってくださいました。
本当に天にも昇る気持ちであり、あの時の高揚は決して忘れないと思います。」
「お二人ともお互いに良い人に巡り会えましたなぁ。
宗さんのお人柄については松倉屋の者ならば誰でも保証してくれますぇ。」
昼前のひと時、老夫婦と若夫婦は二人の若い許嫁を相手に話し続けた。
その間に、庭遊びで疲れたか、お夕が二人の間で座ったまま居眠りをしていた。
昼餉には松倉屋が趣向を凝らして接待をしてくれた。
午の刻を過ぎた頃、千代が松倉屋を訪れた。
積もる話もあって松倉屋を辞去したのは、申の刻に入っていた。
伏見の屋敷に戻る道筋で、一行は難儀をしている旅姿の母娘に出会った。
地廻りのやくざ者に因縁をつけられ困っているのである。
周囲に人はいるが、難癖をつけている地廻りに意見しようという者はいなかった。
土下座をして謝っている母娘に向かって、地廻り達が因縁をつけて金をせびり取ろうとしているのである。
見かねて宗徳が声をかけた。
「そこの者、天下の大道で騒ぎなど起こすで無い。」
「なにぃ、このどさんぴんが、なめた口ききやがるとただでは済まへんど。」
「ほう、そうやって誰彼かまわず難癖をつけるのがそなたらの稼業か。
一体誰の手下だ。」
「この野郎、どついたろうかぁ。
俺らは泣く子も黙る京極の伊佐治親分のとこの者だ。」
「ふんふん、京極の伊佐治か。
伊佐治ならばなかなか気風の良い男の筈だが、その配下にそなた達のような者がいるとはなぁ。
伊佐治はそなた達の悪行を知らぬのではないか。」
「てめぇ、なれなれしく口をききやがって、親分をしっているってぇのか?」
「あぁ、伊佐治ならば駆け出しの岡っ引きの時分から知っておる。」
「えぇっ?」
一瞬、やくざ者三人の顔色が変わった。
「あんさんは一体誰なんでぇ。」
「伊佐治と知り合った頃は、鞍馬の小天狗と呼ばれた頃もあったなぁ。」
「鞍馬の小天狗?
一体、そいつは何の話でぇ。」
その時、鳥羽口方面から急いでやってきた男が慌て掛け寄った。
いきなり三人のやくざ者の頭をぽかりぽかりと殴りつけたものだ。
「痛ぇじゃねぇか、弥太吉の兄貴、なにすんだよぉ。」
「あほんだらぁ、こちらの若様を誰だと思ってるんじゃぁ。
おめぇら、まさか失礼をしたんじゃねぇんだろうな。
万が一にでも失礼があったらおめぇらの首だけじゃねぇ、親分の首でもおっつかねぇっことになるんやぞ。」
三人のやくざ者は、呆けた顔で、弥太吉の顔と宗徳の顔を見比べている。
「松倉の若様、申し訳ねぇ。
この若いもんが何か失礼をしでかしたんなら、兄貴分のあっしが責任をとりやす。
その代り、どうかお目こぼしをおねがいしやす。」
「久しぶりだな。
弥太吉さん。
何ね、そこにいなさる旅姿の母娘が難儀しているのをそこの三人が助けようとしていただけだろう。
弥太吉さんが心配するようなことは無かったはずだ。
なぁ、そうだろう。」
そう言われて、やくざ者三人は縮みあがった。
何せ、女連れの旅人から小遣い稼ぎに路銀を巻き上げようとしていた矢先だからだった。
その様子で何事か察したのであろう、弥太吉はじろりと三人を睨んだ。
「何をしてるんでぇ。
地べたにそこのお二人さんを座らせたままにしておくんじゃねぇ。
あとで、きっちりとけじめをつけてやる。」
その一声で慌ててやくざ者は母娘に手を貸して立たせたものだった。
「旅の方、どうやら若いものが迷惑をかけたようだねぇ。
こいつは少ねぇが、迷惑賃や。
とっといてんか。」
弥太吉は懐から二分銀を取り出すと、立ち上がった母の手に無理にも握らせた。
「何か困ったら遠慮なく京極の伊佐治親分とこの家に来てくんな。
あっしは若頭の弥太吉、あっしにできることなら何でもやりまっせ。」
弥太吉が宗徳に顔を向けて言った。
「若様、申し訳ねぇ。
この始末はきっちりつけます。」
「弥太吉さんに任せておけば大丈夫だな。
この人たちは私たちが預かろう。」
弥太吉は、深々と腰を折った。
宗徳に促されて、旅姿の母娘は南へと宗徳の一向について行った。
去りゆく宗徳一行を見送りながらやくざ者が言った。
「兄貴、一体あの人はどなたなんで?」
「仙水寮の若様だい。
おめぇらも良く覚えておきない。」
「仙水寮…って、もしや仙洞はんの?」
「そうよ、それに・・・あの若様がまだ十歳かそこらの頃、白木屋を襲った凶悪な奇面組十二人の盗賊をたった一人で叩き殺したお人だい。
おめぇらが束になって突っかかって行ったって箸にも棒にも引っかからねぇだろうよ。
何もできねぇ内に胴から首が離れてるはずだ。
命拾いをしたな。
それよりなにより、その時分から親分とはごく親しい間柄だぁな。
今後ともあの若様やその関わりのあるお人に迷惑なんぞかけたら親分が絶対に許さへんし、その前にこのわいが許さへんど。
誰であろうと簀巻きにして鴨川に放り込んだるからな。」
そう言われた三人の三下は首をすくめたものである。
ほどなく仙水寮に戻った宗徳一行は、旅人である母娘を座敷に揚げて、事情を聴いた。
母はお須磨という三十四歳、娘はお喜代十五歳である。
二人はお須磨の夫、与之助とともに九州博多の豪商西国屋で働いていたのだが、半年ほど前、夫与之助が船番頭として乗った船の西戸丸が玄界灘で難破、与之助は行方知らずとなっていた。
西国屋の配慮で半年ほどは内向きの仕事もさせてもらってはいたが、厄介になるのも気が引けて、江戸にいるお須磨の兄を頼って江戸までの旅の途中であるという。
但し、姫路の宿で枕探し(旅籠の盗人)に会い、路銀の大部分を盗まれてしまったのである。
このままでは江戸にも辿り着けないことから、二人でどこか住み込みで働ける場所を探しながら鳥羽口からくいな橋の袂まで歩いてきたところを先ほどの三人組に絡まれたようである。
「で、江戸の訪ね先は何というところなんや。」
宗徳が言った。
「へぇ、神田明神下に店を構える稲荷蕎麦萬盛でございます。」
「ほう、萬盛か、兄様の名は?」
「庄兵衛と申します。」
「そうか、庄兵衛さんの妹さんか。
そう言われれば目元に似たところがあるなぁ。」
「兄をご存じにございますか?」
「江戸でも有名なそばどころの一つだよ。
萬盛は。
その主の庄兵衛さんとはちょっとした知り合いだ。
なれば、お須磨さんとお喜代ちゃんを江戸まで送り届けなければなるまいな。」
「いくら兄の知り合いとは申せ、貴方様にそのようなご迷惑をおかけするわけには参りませぬ。
私ども親子二人、何とでもなりましょうから、どうぞお気遣いを成されぬませぬように。」
「路銀を無くしちゃぁ、いくらなんだって江戸までの旅は無理だ。
なぁに、明日は私の許嫁を伴って、江戸に向かう算段をしているところだ。
二人増えても大して迷惑にはならないよ。
明日は、大阪に向かって、そこから船で江戸に向かう予定だからね。
船に乗ってしまえば手間はかからない。」
結局、遠慮する母子を説得して、宗徳と彩華の旅にまた二人同行者が増えたのである。




