そんな君だから~キット~2
パーティの雰囲気は切り分けられた誕生日ケーキを前にして、重くなっていた。
レイリールは不機嫌そうにケーキを頬張る。キットはその前で気まずそうにしていた。
「さ、三十歳差は、い、いくらおれでも、悩むぞ……」
五十年以上生きているレイリールだが、まだ姿は十八歳くらいのままだ。キットはずっとレイリールを自分より年下だと思っていたのだ。それが思わぬ年齢差を知ってしまった。
「ブラック、おまえだったらどう思う?」
レイリールの秘密を知っていた六十過ぎのグルジアが、まだニ十歳のブラックに尋ねる。
「おれは気にしない」
年齢の割に落ち着いた性格のブラックは淡々と答える。
「まあそうだろうな。やっぱりおまえがレイリールの連れになればよかったんだよ」
キットからすれば、グルジアは勝手な事を言っているとも思えたが、今のキットには反論する事ができなかった。
レイリールは足を組んで椅子に座る。
「じゃあどうするの? ぼくと別れる?」
「い、いや、そこまで言っている訳じゃ……」
レイリールが珍しく不機嫌さをあらわにしているというのに、キットの歯切れは悪い。
「子供達はどうするの? ぼく、親権渡す気はないけど?」
そう言ったのが聞こえたかのように、中庭に面した部屋の奥から赤ん坊の泣き声が聞こえた。キットとレイリールの間にはもう既に双子の子供がいるのだ。
「だ、だからそう言う事を言っている訳では……」
真剣な話をしているレイリールの代わりに、アンナ達が昼寝から起きた子供達の面倒を見に行ってくれる。
「じゃあぼくを愛してくれるの?」
レイリールの声と表情はいまだに厳しい。その責めるような物言いにも、キットははっきりと答える事ができない。
「す、すまん。少しだけ考えさせてくれ」
そこでレイリールの怒りが頂点に達した事を、気を使って席を外したみんながいたら気づいたかもしれない。
「今日はもう君の顔は見たくないな」
レイリールはそっぽを向いてそう言った。キットは消沈したように背を向けた。
「すまん……今日は帰らない……」
とうとうレイリールの堪忍袋の緒が切れた。
「勝手にしろよ!!」
その日の夜、子供達が寝た後もまた、レイリールは中庭のパーティ会場の席に座っていた。実は今日はクリスマスだ。風は緩やかだが、やはり肌寒い。アンナは家の灯りに背を向けているレイリールの背中に、羽織をかける。
レイリールはアンナの方には振り返らないまま、小さく話し出した。
「永遠を生きている時、愛する人が先に逝く度に悩んだ。また別の人を愛してもいいのか? 失くした人を裏切る事にならないかと」
レイリールはそこで苦笑するようにふっと息を吐きだして首を振る。
「ぼくの記憶じゃなくて、あいつの記憶だけどね」
レイリールはメサィアとして生きているリールの四百年の記憶を持っているのだ。自分の記憶じゃないと思っても、かつて意識を共有していたリールの記憶は、いまだにレイリールの人格形成に影響を与えている。
アンナは何も言わずに、後ろに立っていた。レイリールは泣いたり怒ったりしている顔を人に見られるのが好きじゃない事を知っているからだ。レイリールは絞り出すような声を上げた。
「寿命がある人間になった時、やっとたった一人の人を愛せると思ったのに……」
レイリールの肩は自嘲して笑っているのか、それとも泣いているのかわからないままに震えていた。
「滑稽だ。人間になった途端、愛を失うなんて」
アンナは「わたし達はあなたを愛しているわ」と伝えたかったが、かろうじて言うのを留めた。今、レイリールに必要なのはその言葉じゃなかったから。
キットは弟のカットの家に来ていた。有尾人の地位向上を目指して、共に故郷から出てきてくれた弟だ。そのカットもキットがどんなにレイリールを追い求めていたかを知っている。
それなのに。嫁のミルキィと一緒に話を聞いたカットは、理解できないというように眉をひそめた。
「何を迷ってるんだ、おまえ?」
「わ、わからん……」
キットはカットの視線をまっすぐ見返す事ができない。
「レイリールが年上なのが嫌なのー?」
ミルキィはきゃるんとした表情で聞いてくる。
「い、いや、確かにショックだったのはあるんだが……」
カットは曖昧なキットの返事に若干苛立ったようだが、落ち着いた声で「とにかく家に帰れ」とキットを玄関まで送った。
「よく考えろよ。おまえが思うほど、レイリールは待ってくれねえと思う」
カットにそう言われても、キットはまだ家に帰れなかった。ふらふら夜の街を歩きながら、かつて恋敵だったアラドという青年の家まで来る。
以前はレイリールを巡って険悪だった二人も、今では気の置けない友人だ。話を聞いたアラドもやはりカットと同じ事を言って首を傾げた。
「おまえ、何を迷ってるんだ?」
キットはここまで来る道のりの中でなんとか整理してきた感情を、ようやく話し始めた。
「も、もしあいつがおれより三十年も早くに死んでしまったら、おれは耐えられる気がしない……」
それを聞くと、アラドは端正な顔をふっと崩して笑った。
「なんだ、おまえ、やっぱりレイリールを愛してない訳じゃないんだな」
アラドはげんこつをキットの胸に当てた。
「でもおまえ、間違ってるよ。おまえは今、自分の気持ちだけ見てる。一番不安なのは、おまえじゃない」
アラドもキットを玄関まで送る。
「帰ってやれよ。おまえの帰りをきっと待ってる」
キットはレイリールが昼間と同じ席にずっと座っているのを見た。何かがこみあげそうな気がして、ぐっとこらえる。
キットはレイリールの隣に跪いた。
「レイリール、すまなかった。もう一度プロポーズさせてくれ。おれはおまえを永遠に愛し続ける」
レイリールは月明かりの中に儚い笑みを浮かべた。
「永遠なんていらないよ。ぼくが死ぬまででいいんだ。もしぼくが死んだら、君は他の人を好きになったっていいんだ」
キットはもうこらえきれなかった。手で自分の目を覆う。
「お、おれはガキだな。いつまでも子供だ。だが愛させてくれ。おれはおれが死ぬまでおまえを愛し続ける」
レイリールはやっといつもの無邪気な笑みを見せた。
「ふふ、だからぼくは君が好きなんだ」
完
わたくしの長編小説「子供の島の物語」のスピンオフ作品です。訳が分からなかったら申し訳ないす! 雰囲気で楽しんでくださったならば幸いです!
お読みくださりありがとうございました!