そんな君だから~キット~1
一年と少し前まで、この大陸の端に子供の島と呼ばれた島があった。子供だけが住んでいた島だ。
そこに住んでいた子供達は、みな元は大人だった。レイリールという少年の魔法で、みんな子供の姿に変えられていた。
「結局、あの島の目的ってなんだったの?」
今はもう子供達は大人の姿に戻り、ホールランドと言う都会の町でそれぞれの暮らしを送っている。アンナという二十代の女性はレイリールの屋敷で、家政婦として働いている。
今日はレイリールの誕生日だ。アンナは屋敷の庭にたくさんのご馳走を用意しながら、レイリールに話しかけていた。
そのレイリールという十八歳くらいの少年は、身長が百七十八センチメートルで、金色の髪に金色の目を持っている。
少年……と言ったが、実は彼は女だ。ウルフカットの髪型に、女性としては少し肩幅がある高身長の体。中性的な顔立ちに少年のような声。そして一人称が『ぼく』のため、彼女は男だと誤解される事が多い。
「うーん」
レイリールは言いにくそうに首を傾げる。その金色の目は黙っていると冷たい印象を受けるが、すぐに無邪気な笑顔を浮かべる彼女の性格は、決して冷たいものではない。
「ぼくらが死ぬためだよ」
答えたのはレイリールにそっくりな声だったが、レイリールではない。いつの間にか後ろに、レイリールに姿形がまったくと言っていいほどそっくりな少年が立っていた。
「なんだよ、リール。簡単にばらすなよ。みんなが心配しちゃうだろ」
「別にもう終わった事だろ」
彼はリール。彼は本当に少年……いやもう青年というのがふさわしいかもしれないが、とにかく彼は本当に男だ。
彼と彼女は並ぶと本当に見分けがつかない。だから説明しよう。彼らは双子という訳ではない。
リール(男)はリアル教という宗教の現人神。メサィアと呼ばれていて、彼はもう四百年以上を生きている不死身の男だった。長い時を生きるリールは自分の死を探し、自分の代わりを作った。それがレイリール(女)なのだ。
リールの分身として作られたレイリールは、リールと意識や記憶を共有していた。リールもレイリールも口には出さないが、愛する者に先立たれていく人生をずっと送ってきた。分身を作っても何をしても死ねないリールは、やがて自分達が死ぬための計画、子供の島の計画をレイリールと共に立てたのだ。
「リール、来てくれたのね」
「ま、一応ね」
アンナは忙しなく動きながらリールに声をかける。リールはお忍びで来てくれたらしい。お供の者を撒いてきたと言うので、たぶん後で怒られるだろう。
「だからあなた、キットを諦めさせようとしていたの?」
アンナは話題の先も忙しない。また子供の島の話に戻ってくる。レイリールはまた「うーん」と首を傾げた。
キットと言うのは、先日レイリールと結婚した男性だ。歳は二十四になる。筋肉質で身長が百九十二センチメートルもある巨漢だ。高身長のレイリールにはちょうどいい男性かもしれない。
キットはバーベキューの肉を焼いている。彼の姿を見れば誰もが不思議に思うだろう。なぜなら彼の耳は動物の耳のように毛が生えてピンと尖り、お尻の方にも毛が生えた三十センチメートルくらいの尻尾があるのだから。
キットは有尾人という、世界の秘境にしかいない希少な人種なのだ。二年と数か月程前、有尾人の調査を目的に有尾人の島を訪れたレイリールと心を通わせ、その時からレイリールを愛するようになっていた。
だが一度キットと生き別れたレイリールは、子供の島の計画を始める事になり、もうキットの愛に応える事はなくなっていた。
キットはひたすらにレイリールを追い続けていた。時にはレイリールも己も傷つけて、レイリールの愛を取り戻す事に必死だった。
「ぼくはね、キットに自分の夢を叶えてほしかったんだよ」
キットが自分の故郷から出てきた目的は、下等に見られる有尾人の地位を高めたいがゆえだった。キットはそのために自分の心の支えになる愛する者を欲し、レイリールは自分など忘れてまっすぐにキットの夢を目指してほしがっていた。
「おれは本当に辛かったぞ」
話の聞こえたキットは、肉を取り分けた皿をレイリールの方に持ってきながら口を挟む。
もう既にパーティは始まっている。残念ながら、ここに子供の島の住人だった者達全員は来ていない。
「この前、婚約パーティに来てもらったばかりだから」
そう言って今回のレイリールの誕生日パーティは簡単なものにする事にしたのだ。
レイリールはキットにお皿を渡されて「ありがとう」と言いながら、微笑む。
「でもね、ぼくが何度君を遠ざけようとしても、君は諦めないでいてくれた。だからぼくは普通の人間になれた時、思ったんだ。ああ、君とならいつまでも一緒にいられるって」
リールとレイリールが死ぬためだったはずの子供の島の計画は、同じく島の住人だったラウスという青年にかき回され、リールとレイリールが思わぬ方向に進んだ。ラウスはリールとレイリールを普通の人間にする事に成功したのだ。
キットはレイリールの頬にキスをする。
「まあ見せつけてくれるわね」
アンナはそう言いながらもにこにこしている。アンナと同じ屋敷の使用人になっているグルジアとカールというおじさん達も、「ま、しようがねえな」という顔で肩をすくめる。レイリールを好きだったブラックという青年は見ないようにして、黙々と食事を食べている。
パーティの時間は楽しく進み、とうとう誕生日ケーキがテーブルの真ん中に出された。
「ケーキには年の数だけ、ろうそくを立てるのよ。この大きいのが一本で十歳。小さいのが一歳分」
アンナはそうキットに説明しているが、キットは不思議そうな顔をしていた。
「それでなんなのだ、この数は?」
刺さっているのは大きいのが五本。小さいのが五本。
「これね。実はわたしも去年のお誕生日に初めて聞いたのよ」
「……どういうことだ?」
レイリールはようやく気付いた。
「ああ、そう言えば君にちゃんと言った事なかったっけ。ぼく、もう五十年以上生きてるよ?」
キットは思わず動揺していた。
「そ……それを知ってたら、おれはおまえを諦めてたかもしれん……」
「え、なんだよ、君。ひどいな」