④
ラストです。途中で視点変わります。
「お帰りなさい、お姉様」
私が帰宅すると、笑顔でリリーが出迎えた。
その腕には、可愛らしい赤ちゃんを抱いている―――新しくできた私の姪っ子だ。
「ただいまリリー、フローラも」
笑顔で指を差し出すと、フローラがその指を握って、きゃっきゃと笑う。
それを見て、疲れが少し取れた気がした。
「それでどうでした?お姉様。」
フローラをメイドに預けて部屋に入ると、リリーが訊ねて来た。
「上々よ。むしろ思ったより呆気なくて、肩透かしだったわ。」
伯爵親子の死んだ後事情聴取されたが、あらかじめ決めておいたシナリオ通りに話した。
結果として伯爵親子が私を殺そうとして、誤って毒を飲んでしまった事故として処理された。
その後伯爵家の代理人として名乗りを上げたが、案の定伯爵家の遠縁が文句をつけてきたが、正当な跡取りとその母親がこちらにある事と、伯爵親子直筆の代理任命書が黙らせた。
(大金を投じた甲斐があった)
任命書を書かせるのにかなりの損失を出したが、上級貴族との取引が始まれば数年で回収できる額だ。
少し乱暴にソファに腰を下ろすと、リリーも正面に座り、すかさずメイドが、紅茶を用意した。
「これでお姉様の商会もさらに発展しますね、おめでとうございます。それで、あの…」
顔色を伺いながら、言いにくそうにするリリーに、分かってるとばかりに頷いて、執事を呼ぶ。
「お呼びでしょうか。」
「例の彼のところに行って交渉して頂戴。借金はこちらが肩代わりすると。」
執事は頷くと、一礼して部屋を出て行った。
「ありがとうお姉様。」
執事が出て行くのを見届けると、リリーが笑顔で礼を言った。
「こちらこそありがとう、あのバカ親子が身分を盾に結婚と援助を強要してきた時は、どうしようかと思ったわ」
言いながら、当時を思い出す。
「どうしましょう、お嬢様…」
「そうね…困ったわね」
執事と2人、机の上に置かれた手紙に目を落とす。
そこにはライリー伯爵家からの手紙があった。
内容は要約すると「ライリー伯爵の一人息子と結婚して援助しろ。断れば伯爵家の力で潰す」と、言うものだ。
ライリー伯爵家と言えば、有名なバカ親子だ。
現当主はギャンブルで借金まみれ、息子は女好きの節操無し。
毎日のように借金取りやどこぞの貴族令嬢からの抗議がやって来て、伯爵夫人にすら愛想をつかされて、離縁される有様だ。
忌々しいが、チャンスでもある。
今まで取引は平民やよくて下級貴族に限られていた。上級貴族はプライドと選民意識が強く、いくら大きい商会でも平民の商会は相手にされない。たまに上級貴族に声をかけられるが、身分を盾に代金を踏み倒そうとする奴だけだ。
だが伯爵家ゆかりの人間になれば、上級貴族との取引が見込める。
だが大人しく食い物にされるのは御免だし、評判のバカ息子と結婚するのも嫌だ。
そこへ妹のリリーが「結婚したい」と言って相手を連れてやって来て、更に頭を抱えることになった。
「お姉様お願いです、彼との結婚を認めて下さい。」
「彼女を愛してるんです、必ず幸せにしますから。」
ウンザリした顔を隠しもせず、2人を眺めた。
2人もこちらの言いたい事が分かってるようで、緊張しているようだった。
「リリー、貴方はもう少し賢い子だと思っていたけど、とんだ買い被りだったようね。それともその男が貴方を愚かにしたのかしら?」
チラッと男を眺めると、ビクッと反応する。
男の事は調べて知っている。
街で花屋をしており、父親の借金で首が回らなくなってる状態だ。
「貴方借金を抱えているそうね。大方リリーと結婚して、私に借金を清算してほしいという事なんでしょうけど、私は…」
「待って下さい」
払うつもりはない、と言いかけた私の言葉を遮って、男が言う。
「確かにそう言う期待もあります。でもリリーを愛しているのも本当です。肩代わりしてくれたら嬉しいですが、それがなくてもリリーと結婚したいです」
キッパリという男の言葉に、呆気にとられる。
「貴方…それって『金目当て』だって、自分で言ってるのよ?わかってる?」
「もちろんです!愛は大事ですが、愛さえあれば~なんて寝言を言う気はありません、愛も大事ですが、お金も大事です!!」
拳を握り締めて力説する男に、リリーは口をポカンと開け、私は…大笑いした。
「あははははははははははははは!!!!」
涙まで浮かべて大笑いする私に、今度は2人がポカンとした。
「はぁはぁ…こんなに大笑いしたのは、初めてよ。貴方正直で、面白いわね」
ようやく笑い止んだ私に、2人がパッと顔を明るくする。
だが私は次の瞬間、態度を変える。
「でも私は身内に面白さは求めてないの、求めているのは私の役に立つかどうかよ。借金抱えた男なんて、足手まといにしかならないわ」
私の言葉に、2人がショックを受けた顔をするが、構わずリリーに顔を向ける。
「リリー、選びなさい。私と縁を切ってこの男と貧乏暮らしをするか、この男と縁を切ってこれまで通りの生活を送るか。妹だろうとお荷物はいらないわ」
私の言葉に、リリーが悔しそうに唇をかむ。
そのまましばらく待ったが何も言わないので、これ以上は時間の無駄だと判断した。
「決められないようだから、私が決めるわ。お客様のお帰りよ、お送りして」
執事を呼んで追い出そうとすると、リリーが待ったをかけた。
「待ってお姉様、それなら私が彼の分まで働くわ!役に立てばいいんでしょう?」
その言葉に、動きを止める。
(そうだ、リリーに任せよう)
リリーに伯爵の息子と結婚させて、それから爵位を奪い取ろう。
そうして利害の一致した私達は、計画を立てて実行した。
(上手く言ってよかった)
カップに口をつけながら、私は内心ホッとする。
(お姉様に伯爵子息を誘惑して仮結婚しろと言われた時は、どうなるかと思ったけど…さすがお姉様だわ)
姉は伯爵子息が女好きでこらえ性が無く、浮気する事も、あっさり伯爵家の名を貸す事も見越していた。
唯一の誤算は、私の妊娠だった。
計画を立てた時、私は妊娠していた。
だから気づかれないよう、1年姉の元に身を隠した。
あの男は金をせびる事しか頭になく、私に会いに来る事も様子を聞く事もなく、安心して出産に専念できた。
そこでふと疑問に思った。
「ところでお姉様、もしフローラがルーカス様に似ていなかったら、どうするおつもりでしたの?」
私の質問に、姉はニヤリと笑う。
「可能性は低いと思っていたわ。貴方がルーカスと同じ金髪ですもの…でも万が一似ていなかったら『死んだ母親と同じ色だ、隔世遺伝ね』で、通したわ。」
「まぁ!さすがお姉様」
確かに母はフローラの父親と同じ茶髪だし、同じ姉妹でも姉は父と同じ黒髪で、私は祖母譲りの金髪だ。隔世遺伝と言われても、誰も疑わないだろう。
(お姉様はそれも見越してたのね…やはりお姉様についたのは正解だった)
亡くなった両親を思い出す。
両親は商会を姉に任せっきりな癖に、金を握る姉を疎んじて人買いに売ろうとしていた。私は両親を見限り、姉についた。
(お父様とお母様には悪いけど、貧乏暮らしなんてまっぴらだもの)
2人で力を合わせて両親を殺し、その後は互いに助け合って生きて来た。
やはりあの時の選択は正しかったと、確信する。
「これからも私を助けてね、リリー」
妹が顔を上げると、姉が両親を殺した時と同じ顔で微笑んでいた。
「えぇお姉様、もちろんですわ。だって私達仲良し姉妹ですもの」
そう言うと2人で、笑いあった。
ここまでお読み下さりありがとうございました。