ザンク視点 波乱をもたらすセレナ
今日は2話だします!
今夜は報告の日だ。父上の息がかかった者は聖堂内に2人ほどいる。彼らとは今夜、落ち合って情報を交換する手はずになっているのだが......。
1週間前に部屋を広げることに成功した機嫌が良さそうな少女に目をやりながら、私は小さく嘆息する。
私の斜め前を歩いていた少女は耳ざとく聞きつけると、サッと振り向いて私の体調を問う。そなたのせいだ、と言い出したいところをぐっと抑えて肩をすくめて見せる。
機嫌の良さそうな少女、もといセレナは異国風の顔立ちをした、美しい金色の髪と赤い目を持つ美少女で、私の未来の主君であるリヒト様を連想させる顔立ちだ。
本人は気づいていなそうだが、この容姿があれば本人の意思は関係なく、どこぞの貴族に高値で買われるに違いない。本人は愛妾になることに嫌悪を示しているが、孤児院にきたからには買い手がいれば、聖堂側としては喜んで売るものである。
しかしながら、セレナの魔力は膨大。この魔力量に気づく者が敵対派閥でも現れて、彼女を買い、駒として囲ってしまったら、いくら王太子の権力があっても干渉することはできず、厄介なことになる。
現王妃の息子である第2王子を推す派閥に属しているアルデンヌ家の出身ではあるが、アルデンヌ家からの援助は本当にないようだ。前王妃のお子である王太子様付きの自分としては、その点では安心できる。
セレナの魔力はセレナ自身が言うように、聖水の池に落ちてから膨大になったらしい。つきものが取れたみたいに体を縛っていたようなものが取れた、と。
セレナが池に落ちた日、父と会った。自分の正体がバレないように慎重にしなければいけないのだが、少し大変なことになった、と伝えると、息のかかった神官の伴として街にでるように言われたので、従った。
神官に連れられた、町はずれの小屋に庶民の変装をした父がいた。セレナ自身アルデンヌ家出身と言わなかったことから密偵を疑っていること、池に落ちたせいで魔力が増えたと主張していること、交渉をするほどの精神を持ち合わせていること。
父にこれらのことを話すと、彼女の全てを監視するように言われた。必要があると判断したら彼女を迷わずに殺害すること、と。
父は彼女が異国の血を引くことにも少し興味を示した。リヒト様も異国の血を引いているのだが、隣国との混血は、今や珍しいものとなっている。
リヒト様の母君は隣国フェルシア皇国の前王朝の皇女であり、この国との友好関係を確固とするために嫁いでいらした。
しかしながら、前王朝が傍系王族であった元王朝に倒されたことで、前王朝と関わりの深かった我が国と新フェルシア皇国との関係は険悪になり、我が国に攻めてきた。
リヒト様の母君は敵国の皇女ということで廃位に追い込まれて、二の宮の妃(現王妃)が繰り上げで王妃の座に収まってしまった。このせいでリヒト様の皇位継承を巡って対立がある。
そんなわけでこの国からはフェルシア皇国の血を引いたものはだいたい逃げ出しているはずで珍しいのだ。父からはセレナから目を離さないように命じられている。
そういうわけでセレナを見張っていたのだが、最近では彼女が敵ではない気がしている。これまでに会ったことのある貴族の子女とは違う、とそんな気がしている。
セレナは自分のことを監視している私を面倒に思っているようだが、今しているのは監視ではない。強いて言うならば見張りだろうか。彼女の能力が知られないように。壁をずらすなんて相当な練習が必要な芸当だったりする。
「ねえ、ザンク。小鳥さんが山に美味しい実ができる植物があるって言うんだけど、取ってきてくれない? ほら、私は山への立ち入りを禁止されちゃったでしょ」
「俺が行ってやってもいいぜ。お前がどうしてもっていうなら」
この声の主はウァンドール=ダリウス。セレナに叱咤されてからというもの、妙にセレナにかまっている。面白くない。何故かそう思った自分を振り払うようにして、セレナの肩に手を置く。
「僕に頼んでるんだ、そうだろう?」
そういってダリウスを睨みつけた瞬間、周囲がすっと息を飲むのが分かった。でも、一人だけ周囲の緊張感に気付けない彼女は頬に手を当ててゆったりという。
「ええ、まあ。別にダリウスにお願いしてもいいののだけれども」
どや顔でこちらをみるダリウスに対し、何故か腹立たしく思ったが、そんな小さいことで怒るな、と自分をなだめて、ダリウスに実のことは任せることにする。そして、相変わらず、くるくると動き回るセレナのゆく先々に付き従って見張りを続ける。
セレナが口にしていたことに違和感があった気がしたが、なぜかザンクはこのときは違和感を気にしなかった。
*
報告会議にて。
地方の神官からの見習いとして聖堂に潜入しているワルノールに「神官に呼ばれている」、との嘘で共同部屋からよびだされてこの部屋に集まっている。鍵をした上、だれも入れず、聞こえないように魔法を重ねがけしたので安心して話せるようにはなっている。
父からセレナの話は伝わっているらしく、セレナの情報を聞いてくる。
「そうですね、なにも敵対する様子は見せていません。しかし、ウァンドールが接触を試みています。彼についても、魔力量の不足で追いやられていて、援助はあるものの不審な動きは見られません。
聖水に関しては、神官長には呼び出され、責任者であるポルジア=アルドゥイノには呼び出されていないので、おそらく神官長が握りつぶしたかと......」
そこでひとつの懸念に行き当たる。神官長にはきっと目をつけられているだろう。このままだとセレナは、消されるかもしれない。
あわててその懸念をワルノールとカルクドに伝える。セレナが殺されるかもしれないし、彼女が抵抗したら力が露見するかもしれないと。
ワルノールはセレナが殺されるかもしれないという懸念には反応しなかったが、力が露見する、ということには少し反応する。
では先に殺すか......、温和な顔をしているが父の長年の部下だ。中身が伴っているわけもなく体育会系の考え方だ。ワルノールは問う。
「なにか迂闊な言動はなかっただろうな」
少し考え込んで頭を抱えたくなる。まさかこんなことがあるだろうか。
「もしかしたら......彼女は動物と意思疎通しているかもしれません。私自身比喩だと思って聞き流していたのですが『小鳥が言った』、彼女はそういったのです。そしてそのとおりの場所からウァンドールは採集をしてきました。思えば前にも似たようなことを言っていた気が......『励ましてくれた』と」
カルクドは笑って言う。
「そんなはずがないだろう。まさかそんな冗談を本気にするなんて言わないよな! きっと前に行ったときにに覚えてたんだろう」
そうかもしれませんね、そうつぶやくのが精一杯だった。
「とりあえず、ロウズ=ランディン様にお伝えしておこう」
ワルノールはわたしの真剣な表情に思うところがあったのか、そう約束してくれてお開きとなった。すでにみんな寝静まっている時間のはずだ。共同部屋に静かに戻りながら、セレナの言葉にも注意を払うことに決めた。