王都にて side リヒト=ネクロン
カツ、カツ、カツ______ 足音が遠ざかっていくのが聞こえる。
ポルジア家当主ポルジア=アルドゥイノの足音が遠くに聞こえなくなったのを確認して、執務机に向かう。
執務机には積み重なった処理まちの書類。まったく、と独りごちたいところではあるが、廊下の護衛に万が一聞かれているということもあるので、立場上そんなことはできない。
弟を跡継ぎにしたい人々が多くいるのは、知っている。この国では珍しい濃い紺色の髪と赤い目は母譲りだ。そのため、この国の重臣たちは敵対派閥同士で手を組んででも私の即位には反対するだろう。
正直、表に立つより裏で暗躍するほうが得意であるし好みでもあるので、異母弟に譲ってしまっても良いのではないか、と思わないでもないのだ。
しかしながら、この座を譲ったところで争いに巻き込まれることは目に見えている。魔王とよばれる私が負けるはずもないが。
フッとあまりの皮肉さに笑えてしまう。『魔王の笑み』とよばれて、恐れられている笑みである。
跡継ぎ目されている私が、現国王である父を支えるためには、反対勢力や反乱の動きを察知し未然に防ぐ必要がある。
アルドゥイノを呼んだのは、彼がどこまで私たちの動きを知っているかを確認するためであったのだが、彼は気づいていないようだった。これでもし気づかないふりをしていたのならばなかなかの食わせ者である。
奇妙な報告書が上がってきたのは一月ほど前。国境沿いの山地に5級魔獣ペペロムが現れたという要請を受けて騎士団が派遣されたのだが、騎士団はぺぺロムを回復が不可能なほどに討伐した。
しかしながら、騎士団が討伐から都にかえってきた数日後に、同じ場所でまたペペロムが出現したということで再派遣。複数のペペロムが生息していることが考えられたため、再討伐。
こんなことが4回ほど続いたという。他の個体がいないことは確認したはずなのに。4度目に止めまで刺したのだが、ペペロンの足跡をたどると人の足跡も発見される。
そして、液がわずかに付着していた、と報告書にはまとめられていた。北領でも怪しい動きが認められたので、少し不穏だ。
聖水が用いられているのではないか、そう考えた私は、諜報活動の得意な右腕ロウズ=ランディンに調べさせた。王室の管理を受けているはずの聖水が盗まれている可能性はないか、と。
ランディンの報告によると、監視は四六時中行っているのでそんなことはありえない、ということであった。聖水を汲んでいるのは聖堂と王室のみ。王室においては、現在みんな健在であるので、最近では採集されていない。
では、聖堂が?
ランディンには、聖堂へ部下を数人潜入させた。ランディンの息子もまだ12歳であるが、適任ということで孤児院へ潜入しているようだ。
前にランディンに連れられてきたこともあるが、幼いながらどんな空気、どんな場も素早く理解して行動をコントロールできる利発な子であった。
ちょうどそのとき、ランディンが入室する。
「リヒト様、生き生きしてますね」
この右腕は口が達者だが仕事はできる。達者な口は相手を油断させるのに役立っているはずだ。
「まあな。片付ける雑用は相変わらず多いが、大きな獲物が掛かりそうなことだしな」
ランディンは苦笑する。
「さて、その件についてはなにかわかったか」
「神官として潜入しているものからは『聖水について一部の神官が話し合っているところを確認した』という報告を受けています。しかし、これだけでは曖昧なので罪を立証することは不可能でしょう。息子のほうからは『聖水に関して分かったことはまだない』とのことです」
「ほかに孤児院については」
「孤児院には上流出身が2人とのことですが、彼らに目立った動きはないと。ウァンドール家とアルデンヌ家出身です」
「ふむ、ウァンドールの治めるのは北領だな。その孤児がなにか家で耳にしたこともあるかもしれぬ。接触を図るようにつたえてくれ」
「ええ、仰せのままに」
無慈悲な魔王は積み重なった書類に目を通しつつも、不敵に微笑んだ。
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