第二話 レオスと剣士の娘2
双子とアルフが揉めた事件から十日ほどが経過した。今日も彼らは午前の魔物討伐に勤しんでいる。アルフに関してはそろそろ中央大陸へ渡っても良いのでは囁かれるほどに実力を付けていた。
「ジョー、あれを見て」
「――っ! ついに、来たね」
「ええ。行きましょう!」
この十日間。双子は大型の貝系魔物を討伐することだけを目標に訓練を積んでいた。そしてついに、目当ての貝系魔物が海岸に現れたのだ。高さが人間の大人とほぼ変わらないほど巨大な二枚貝だ。
「おい、お前ら! 二人だけで行くな!」
「アルフ兄ちゃん、まずは俺たちだけでやらせてよ」
「はあ? お前ら、また魔石を独占したいのか?」
俺は双子を窘めようとするアルフの下へ素早く近付いて声をかける。
「アルフ、ちょっといいか」
「あっ、ランバートさん、聞いてくださいよ。こいつらが二人であの魔物と戦うって言うんです」
「あ、ああ、俺も聞いていたよ。それよりアルフ、まずはこれを受け取ってくれ」
俺は無造作にアルフへと手のひらサイズの魔石を手渡した。それは虹色に輝く術魔石であり、アルフはぎょっとして目を見開いた。
「ええっ!? ど、どういうことですか?」
「聞いたぞ。お前たち、次の船で中央へ行くんだろう? 餞別だ。それと、あの魔物の討伐はエマとジョゼに任せてやってくれ。ダメそうなら、俺が助けに入る」
「……えっと、こ、この魔石は有り難く貰っておきます。でも、大丈夫なんですか?」
アルフは純度の高い術魔石を手にしてごくりと喉を鳴らすと、パーティメンバーの一人にそれを渡してカバンにしまわせた。
アルフ達が魔石を受け取ったのを確認し、エマとジョゼは俺とアイコンタクトを取ってから魔物へと走り出す。二人の後ろ姿を見ながら、アルフへと説明した。
「二人は、この日のために訓練を積んで来た。この前とは別人だと思ってくれ」
「あれから二週間もたってないですよ?」
「あの子たちの成長速度には、俺も恐ろしさを感じることがあるよ」
「……ランバートさん、親バカですね」
「ぐっ……俺は別にあの子たちの親になったつもりはない」
アルフの言葉を否定しつつも、自分が二人の師匠であることは事実なので、完全に否定も出来なかった。親バカではないが、師匠バカになりつつある自覚はあった。
「けど、ランバートさん。俺はここ数日あいつらが戦うのを見ても、特別強くなったようには感じませんでしたよ?」
「それはそうだろう。別人とは言ったが、戦闘力が増したわけじゃない。依然として中級命技は習得できていないからな」
「えっ? それって不味くないですか?」
「大丈夫だ。俺はこの数日間で二人にヘイト管理について教え込んだからな」
ヘイト管理とは、魔物が誰を狙うのかを意図的にコントロールすることを指す。
前回の戦いで言えば、エマがその強大な魂力から魔物の注意を引いてしまい、集中攻撃を受けた。それが不利な状況を生んだので、今回はジョゼが魔物の注意を引くように二人を指導したのだ。
エマとジョゼの違いはスピードにある。ジョゼならば魔物に狙われてもそのスピードで翻弄して生き残ることが出来るのだ。
二人には魔物がどういう存在を狙うのかを勉強させ、ジョゼがあえて狙われるような行動をして、エマは逆に狙われないように立ち回る方法を教えている。
俺が期待を込めた目で見守る中、二人と貝系魔物との戦いが始まった。
「行くぞぉー!」
ジョゼが声を上げながら短剣を投擲すると、貝系魔物は殻を一度閉じることで短剣を弾く。ジョゼはまだ短剣に命力を纏わせたまま投擲する技量がないので魔物の殻に阻まれたが、これからの訓練次第では今の一撃で殻を貫いてダメージを与えられることだろう。
初撃を防がれはしたものの、ジョゼはしっかりと魔物の注意を引くことに成功した。貝系魔物は再び殻を開いて内部から大砲の様な水管を露出させると、そこから強力な魂力を物質変化して放つ。
直撃すれば命にかかわる攻撃だが、ジョゼは走る速度を急速に上げて回避に成功。そのまま魔物へ接近を試みようとしたのだが、外れた魂術が砂浜に着弾すると同時に大爆発を起こした。
「うわぁっ!?」
爆風によって弾き飛ばされたジョゼが砂浜を転がる。
「ジョー、大丈夫!?」
「う、うん。だ、大丈夫だから、エミーは作戦通りに動いて!」
「わ、分かったわ」
ジョゼはこのために新たな短剣を五本も購入していた。二本目の短剣を腰のホルダーから引き抜くと、再度魔物へと投擲して注意を引く。更に普段は魔物の威圧感を相殺する程度にしか使わない魂力を極限まで増幅して魔物を威圧するように睨み付けた。
ジョゼの思惑通りに魔物は継続して彼へと狙いを定め、魂術を乱射した。魔物の魂術は決して遅いわけでは無く、南大陸ギルドにいるほとんどの冒険者は避けられたとしても二発か三発程度だっただろう。しかしジョゼは合計十二発もの魂術を回避しながらも、合間に短剣を投げることで魔物の注意を引き続けた。
「あっ、無くなっちゃった――けど、もういいか」
ジョゼが手持ちの短剣を投げ切ったところで、勝利を確信して立ち止まる。何故なら、貝系魔物はジョゼに気を盗られてエマの接近に気付いていなかったからだ。
「ふふっ、おしまいよ」
これまで魂力を抑えて存在感を消していたエマが、突如として全力の魂術を放つ。
貝系魔物はすぐさま殻を閉じて防御姿勢に移ろうとしたが、ギリギリのところで魂術が殻の中へと侵入した。
殻を閉じた貝系魔物がビクリと動くと、ゆっくりと殻が開く。水管が伸びてエマへと向くが、その速度は明らかに鈍っており、隙だらけだった。
魂術は命中すると強烈な痛みと共に精神を削る。貝に痛覚があるかどうかは分からないが、魂術を使うには相当な集中力が必要であり、それを削られた魔物は完全にエマの後手に回っていた。
「あら? わざわざ口を開けてくれるの?」
水管から魂術が発射されるよりも速く、エマが連続で魂術を叩きこむ。人間であればショック死して然るべき量の魂術を浴びて、貝系魔物は沈黙した。
「トドメッ!」
最後はジョゼが拾った短剣で貝柱を斬り裂いてから殻を蹴り上げて完全に開かせると、内部を抉って魔石を取り出した。
貝系魔物の死骸の上に立って、天高々と魔石を掲げて見せる。
一部始終を見届けた後で、俺は隣にいたアルフへと声をかけた。
「どうだ? あの二人は中々だろう?」
「……正直、驚きました。自分の役割を理解すると、こうも違うものなんですね」
「あの子たちはまだ子供だ。才能があると言っても、知らない事ばかりで視野も狭い。放って置いたらとんでもない遠回りを平気でするものだ」
「それを、あなたが導いてあげるつもりですか?」
「導くというほど大それたこと、俺には出来ないよ。ただ、俺の見つけた近道を教えてやるくらいはしようと思っただけだ」
アルフは勝利に喜ぶエマとジョゼを眺めながら、優しく笑った。
「ランバートさんがいれば、二人は中央大陸で活躍するトップ冒険者になれそうですね」
アルフは褒め言葉として言ったのだと思うが、俺はそれを聞いて少し表情を歪めてしまった。中央大陸で見た地獄がフラッシュバックし、とっさに腹部を押さえる。
「ど、どうしました?」
「いや、何でもない。古傷が痛んだだけだ」
「古傷……」
アルフは俺を心配する素振りを見せた後で、少し考え込んでから真剣な表情で探る様に質問してきた。
「ランバートさん。俺の実力は……中央大陸で通用しますか?」
今まで俺に対してそういった内容の質問をしてくる若手など一人としていなかっただけに少しだけ驚いた。
中央大陸の情報は南大陸ではほとんど手に入らない。ならば経験者から話を聞くのは当たり前の事だと思うのだが、このギルドにいる若手は俺の様なベテランを負け犬と呼んで陰で馬鹿にしているので、そういった質問をしてくることはないのだ。
アルフがせっかく俺を頼ってくれているのだから、ここは真剣に答えてやらねばならないだろう。
俺は少し考えてから、やや厳しい言葉を贈ることにした。それがきっとアルフのためになると思ったからだ。
「ハッキリ言って、お前のパーティだけでは死に行くようなものだ。だが、中央で活動しているパーティに入れてもらえるだけの実力はあると思う。まずは自分の強みを中央の連中にアピールし、パーティ探しをすることだな」
「俺の強み……ですか?」
「あの子たちと同じだ。集団で魔物を討伐する際に、どの役割を自分が担う事が出来るのかということだな」
「なるほど。ありがとうございます。今一度、俺たちのパーティでの役割を見直してみます」
アルフは深く頭を下げて礼を言うと、さっそくパーティメンバーと役割について話し合いを始めた。
中央大陸とパーティでの役割の話をしたせいか、俺は記憶の奥底に封じていた自分のパーティでの役割を思い出した。
「……くそっ、余計な事を思い出したな」
思い通りに魔物を倒したことに喜ぶ双子と、まだ見ぬ中央大陸での冒険に思いを馳せるアルフ達若手冒険者。
夢と希望に溢れた空間で、俺だけが過去の絶望に囚われていた。