第二話 レオスと剣士の娘
俺の家にエマとジョゼが同居するようになって二か月が経過した。
二人も少しずつ魔物狩りの要領を掴み始め、他の冒険者たちと上手く連携しながら元気に働いている。
俺が狩場で二人をサポートすることも減り、見張り台で厄介そうな魔物を発見した時以外は狩りに加わることすらほとんどなくなってきた。
二人の成長度合いとしては、エマは下級魂術をほぼ極めており、本来なら中級魂術の訓練に入って良いレベルに到達している。問題は俺に魂術に関する知識がほとんどないことだ。ギルドにあった魂術に関する本を渡して自主練習を繰り返す日々を送らせているが、成果はあまり出ていないように見える。
ジョゼは走る事だけに特化させていた下級命技を武器による攻撃や腕力、肉体強度などにも応用できるようになり、より一層の戦闘力アップを果たした。特に最初に極めた走りに関しては、子供故の身軽さもあって俺すらも上回っており、すでに南大陸ギルドでは最速を名乗れる状態にある。しかし、中級命技に関しては苦戦中なため、攻撃力は若手の冒険者とそう変わらないレベルに落ち着いている。
この二か月間でエマとジョゼが倒した魔物は大きく分けて四種類。獣系、スライム系、貝系、そして棘皮系魔物だ。この中で俺が手を貸したのは斬ることで分裂して増殖するヒトデ型棘皮系魔物だけだった。
今日はそれなりに大きい貝系魔物を討伐していたようだったが、俺は見張り台から動かずに済んだ。それは俺にとってやっと取り戻した日常であり、双子が成長した証だ。今後は双子にばかり構わずに、他の若手たちにも教えられることがあれば教えていこうと考えていると、見張り台の下からジョゼが大声で俺の名を連呼した。
平穏な時間が破壊され、俺は多少の苛立ちを含んだ声で返事をする。
「……どうした?」
「さっきの戦い見てたでしょ? 俺が一番活躍したよね?」
「どういう意味だ?」
「だから! 魔物を倒したのは俺でしょ!?」
俺はジョゼの主張が何を意味しているのか分からず、仕方なく見張り台から飛び降りた。命力を足に纏わせて着地すると、ジョゼを無視してエマへと歩み寄る。
エマは他の若手たちと一緒に、海岸に並べられた魔石と素材を眺めている。
「エマ、何か問題が起きたのか?」
俺が尋ねると、エマが困ったように頷いた。
「こちらのお兄さんとジョーが取り分で揉めているんです」
それを聞いて、俺はやっとジョゼが何を言いたかったのかが分かった。自分の方が魔物討伐に貢献したことを認めてもらい、より多くの魔石と素材を手に入れようとしていたのだ。
俺が視線を向けると、ジョゼと揉めているという若手冒険者の青年が軽く頭を下げた。
「Fランク冒険者のアルフ・バレットです。あなたは確か、こいつらの保護者の……ランバートさんでしたよね?」
俺は自分が若手たちにどう思われているのか知って、軽く眉間にしわを寄せた。師匠役をやっているが、保護者になったつもりはない。だが、自分がここ数年、若手に対してまともに名乗りすらしていないことを思い出し、少しでも名誉を回復するために堂々と自己紹介をしてみることにした。
「俺はDランク冒険者のレオス・ランバートだ」
俺のランクを聞いて、その場にいた若手たちが目を見開く。エマとジョゼだけはキョトンとして他の冒険者たちを眺めていた。
「……Dランクということは、ランバートさんは中央に?」
現在、南大陸ギルドではどんなに活動しても冒険者はFランクにしかなることが出来ない。ここで最もベテランであるヘンリーさんですらFランク冒険者だ。その中で、Dランクの俺は少々異質な存在だった。
「昔ちょっとだけな。今の俺はお前らが良く言う、負け犬という奴だよ」
「あっ――い、いやでも、それは中央で何も出来ずに逃げ帰って来た冒険者のことであって、Dランクまで昇格したなら凄い事ですよ! 俺、ランバートさんに教わっているエマとジョゼが羨ましく思えてきました」
アルフの言葉に周りの若手たちが頷く。
もちろん彼らが最終的な目標にしているのは中央大陸で活躍するBランク以上の冒険者だろうが、南大陸から中央へ渡ったほとんどの冒険者はEランクに上がる前に死亡するか、逃げ帰ってくる者がほとんどなので、Dランクまで昇格している俺は彼らにとって雲の上の存在なのだろう。
「そう言ってくれると嬉しいよ。それで、アルフとジョゼが揉めているのは、そこの貝系魔物の魔石と素材に関してか?」
「あっ、そ、そうです。ジョゼの奴が、自分が仕留めた魔物だから魔石と素材を寄越せと聞かなくて、ランバートさんからも言ってやってください」
「ふむ。ジョゼ、どうしてお前は魔石と素材を独り占めしようとしているんだ? これまではちゃんとみんなで分け合っていただろう」
俺の知る限り、ジョゼはこの二か月間、魔石や素材を独り占めしようとしたことはなかった。エマも交えて若手で話し合って功績に応じた取り分を決めていたはずだ。
「だ、だって、その魔物は最初から俺とエミーの獲物だったんだ。そして俺が貝柱を斬って中身を攻撃して倒した。だから魔石も素材も俺の物でしょ?」
「あれは俺たちがこの魔物の攻撃を引き受けていたおかげで倒せたんだ!」
ジョゼの主張にアルフが素早く反論する。するとジョゼは不快そうにアルフを睨み付けた。
「別に、そんなこと頼んでないよ。どうせあんな攻撃は俺には当たらないんだ。レイドを組む約束もしてないのに、勝手に出て来て分け前を貰おうとする方がおかしいよ!」
「なっ!? あ、あの魔物は、そもそもお前の事を狙っていなかっただろ。あいつは魂力の強いエマを集中的に狙っていた。お前が突然エマを守るのを止めたから、代わりに俺たちが援護に入ったのに、何て言い草だ!」
「エミーだって命技くらい使える。あの魔物は俺とエミーだけで倒せたんだ!」
俺はジョゼの言い分を聞いて、彼に命技ばかり教えたことを後悔した。戦闘技能の前に、もっと肝心なことを教えなければならなかったのだ。
「ジョゼ、少し黙れ」
俺の言葉にジョゼがビクリと震えて押し黙った。俺の声のトーンから、多少なりとも俺を怒らせてしまった事だけは理解したようだ。
「アルフ。すまなかった。お詫びに魔石と素材はお前のパーティで分け合ってくれ」
「――っ!?」
ジョゼが驚いて声を上げそうになるが、俺に睨まれて縮こまる。
「い、いいんですか?」
「ああ。全面的に君たちの主張が正しいからな。ジョゼはこの後で教育しておく」
「分かりました」
俺は話を終えるとジョゼの腕を掴んで内陸へと歩き出した。後ろをエマがため息を吐きながらも付いて来る。彼女はある程度状況が見えているようで安心した。
場所をいつもの訓練場へと移し、俺はジョゼの腕を放して向き合った。
「ジョゼ、お前は冒険者の仲間を何だと思っている?」
「えっ? 仲間ってパーティのことでしょ? 俺にとってはエマとレオスさんだよ」
「……俺はソロの冒険者だ。とはいえ、お前やエマの事は仲間だと思っている。もちろん、アルフ達もだ」
「レイドを組む可能性があるから?」
「違う。いいか、パーティやレイドはあくまでも報酬の取り分に関する条件を設定したチームの事だ。だがそれ以前に冒険者は全員が仲間だ。俺たちは魔物という強大な生命体に立ち向かうために助け合う仲間なんだ。普段は別々のパーティだったとしても、仲間の冒険者が窮地に立っていた時は助けに入る。それが冒険者だ」
俺は地面に片膝を付いてジョゼと目線を合わせると、彼を鋭い目で睨み付けた。
「アルフはエマの危機を察して全力を尽くした。その行動は冒険者として称賛されるべきものだ」
「……で、でも、エミーだって命技を使えるし」
「エマ、あの魔物の攻撃をお前は防ぎきれたか?」
俺は答えの分かりきった質問をあえてエマにする。これでエマが回答を間違えるようなら、二人とも自分と魔物の実力差を理解できない烙印が押される。
エマは少しだけ申し訳なさそうな目でジョゼを見てから俺の質問に答えた。
「あの魔物の魂術はとても威力が高かったと思います。アルフお兄さんが助けに入ってくれなければ、私は間違いなく怪我をしていました」
「――え?」
ジョゼが信じられないという顔をしたので、エマが更に詳細を付け加えた。
「ジョーには私がアルフお兄さんに守って貰った時の経験を共有したよね?」
「う、うん。でも、あのくらいならエミーでも防げたでしょ?」
「防げないよ。あの時、アルフお兄さんは中級命技で魂術を防いでいたことに気付かなかったの? あれは私でも、ジョーでも防げない威力だったのよ」
ジョゼの顔色が見る見るうちに青ざめていく。よく似た双子だが、エマの方が魔物の技量を見極める力が強い様だった。
ジョゼがしっかりと自分の発言の間違いに気付けたところで、俺は彼を睨むのを止めて優しく肩に手を置いた。
「今なら分かるだろう? お前とアルフ、どちらの言っていることが正しい?」
「……アルフ兄ちゃんが正しい」
「本来なら、今回の取り分はどうなったと思う?」
「えっと……お礼に魔石と素材を全部譲る?」
俺は小さくため息を吐くと、首を振る。
「あの戦闘で最も活躍したのはアルフだ。そして、その次に活躍したのは間違いなくお前だぞ。お前に取り分がないのはおかしいだろう?」
「そ、そうなの?」
「あの魔物の討伐に参加したのは、アルフとジョゼとエマの三人だ。であれば、アルフが四割、ジョゼとエマが三割ずつ。といった配分が妥当だろうな」
もちろんこの配分が絶対の正解というわけではないが、俺の長年の経験からこの程度が妥当という判断だった。細かく言えば、利用価値の高い魔石や素材をアルフが優先的に取るのが望ましいが、この辺りはアルフが何を欲しがるかにもよるので、単純な価値だけでは決められない問題だ。
「今回はお前の発言に対する謝罪として全ての魔石と素材を譲ったが、それとは別にアルフには個人的に謝っておいた方がいい」
「うん。あと、エミーを助けてくれたお礼も言わないと」
俺はジョゼの頭を優しく撫でると、立ち上がって二人に笑いかける。
「今日の昼は奢ってやる。午後からは今回のような魔物と戦う際の立ち回りを訓練するぞ」
才能にあふれた双子が俺の手を離れるにはまだまだ時間がかかりそうだった。俺はそれを面倒だと思いながらも、少しだけ嬉しくも思っていた。






