第八話 レオスとダンジョン(後編)8
「や、やった……」
俺は肘上から切断された腕を押さえて膝を付く。出血が酷い。早く何とかしないと命に関わる。
「レオスさん、これ!」
ジョゼがニックから受け取ったのか『霊薬瓶』を持って高速でこちらへ駆け寄ると、素早く俺の腕を拾って正しい位置へ繋げようと試みる。
「や、やり方って、これであってる?」
「……ああ。ベラの時と同じだ。多少のずれは自動で治る」
ジョゼは『霊薬瓶』に命力を込めて霊薬を創り出すと、素早く俺の腕を繋げてくれた。
本当に、この遺物と俺の異能は相性が良い。何度もやりたいと思える行為ではないが……。
「よ、良かった、繋がったよ?」
「素早い判断で助かったよ、ジョゼ」
「あ、うん。エマが教えてくれたから」
「そうか、『共有』の異能か」
「そうそう。だから、後でエマも褒めてあげてね」
「分かった」
視線を向けると、エマは腰を抜かしたように床に倒れていた。他の仲間たちも同様に床にへたり込んでいる。
あれだけの激戦だったのだ、無理もない。
「ん、そういえば、ベラは大丈夫か?」
途中でダンジョンマスターに突き飛ばされて、その後は姿が見えなかった。さすがに死んではいないだろうと思っていたが、気を使ってやれる状況でもなかったから今まで確認出来なった。
「……大丈夫です」
「うおっ!? お前、いつの間に」
ベラはいつの間にか俺とジョゼの近くで座り込んでいた。影の薄さは相変わらずだ。
しかし、よく見ると左足を押さえている。あの時の攻撃で痛めてしまったのだろう。
「大丈夫には見えないぞ、ジョゼ、もう一回『霊薬瓶』を使えるか?」
「う、うん……ちょっと待って、これ一回でとんでもない量の命力を使うから……」
ジョゼは床に座って呼吸を整えながら言う。
『霊薬瓶』はとても強力な遺物だが、消費する命力も多い。腕を繋げるレベルの霊薬となると、おそらくはジョゼの命力の三分の一は持っていかれただろうからな。連発は逆に命に関わる。
すると、こちらへゆっくりと歩いてきていたキャサリンがジョゼに向かって手を伸ばした。
「ジョゼくん、私にやらせてもらえる?」
「キャシー姉ちゃん? うん、お願い。いいよね、レオスさん」
「もちろんだ。キャサリン、頼む」
キャサリンはジョゼから『霊薬瓶』を受け取ると、ベラの足に霊薬をかける。
「どう?」
「……ん。痛みが引いた。ありがとう、キャシー」
「良かったわ……けど、この遺物、本当にとんでもない量の命力を持っていくのね……」
キャサリンは突然の疲労感に耐え兼ねたのか、ベラの隣に腰を下ろす。
俺もしばらくは動けそうにない。ダンジョンマスターの死骸の解体も進めたいところだが、それは全員が回復しきってからでいいだろう。
俺が本格的に休もうと床に腰を下ろしたところで、広間に転がっていた五つの遺物が光り輝き、宙に浮く。
「な、何!?」
「落ち着け、ジョゼ。これは選定だ」
ジョゼが驚いて声を上げたが、俺はこの現象を知っている。
あの時はダンジョンマスターが出る前に行われたが、今回は倒した後で行われるようだ。というよりも、これが本来の選定なのだろう。
「せんてい、って?」
「遺物というのは、持ち主の冒険者を自分で選ぶんだ」
「武器が持ち主を選ぶの?」
「そうだ。もちろん、その後で他人に譲渡することもできるが、事前にそう言った取り決めがない限りは、冒険者ギルドの決まりとして遺物は選定で選ばれた冒険者のものとなる」
輝く遺物は素早く空中を移動すると、自分の持ち主と定めた冒険者の前で停止する。
浮遊する遺物はダンジョンマスターが使っていた際は人間の身では使い辛そうな巨大な遺物だったが、選ばれた冒険者に適応するようにサイズまで変化した。
「これは……意外な結果になったな」
遺物の選定は、ダンジョン内での戦いぶりで決まると言われているが、実際にはどういった基準で選ばれているのかなど、俺たちには分からない。
だが、今回は冒険者ギルドの歴史から考えても例を見ない結果となった。
雷の力を持つ黒い短剣。Cランク冒険者、ジョゼ・メイレレス。
水の防御膜を創り出す白銀の杖。Cランク冒険者、セレス・シーン。
物理障壁を生み出す黄金の杖。Cランク冒険者、エマ、メイレレス。
治療効果のある水を生み出す指輪。Cランク冒険者、キャサリン・アイアランド。
植物の葉と炎を生み出す長剣。Dランク冒険者、ルーク・オルセン。
五つの遺物が所有者を選び終えると、自分の目の前に停止した遺物を見て、選ばれた五人は同時に息を呑んだ。
冒険者にとって遺物というのは憧れの象徴であり、所有者を目にするたびに『いつか自分も』と思いを募らせるものだ。
そして今回は、AランクのギルやBランクのニック、イライザ、グレンダを差し置いての選定であり、年若い五人はベテランから向けられる視線に身を震わせた。
ギルにはこの後、ダンジョン攻略者としてSランクへの昇格という栄誉が待っているわけだが、それはそれとしてあれだけ苦しめられた強力な遺物が欲しくないと言えば噓になるだろう。
特に、ギルやニックとは違い遺物を持っていないイライザとグレンダはあまり心の余裕がないようで、羨ましいという気持ちがもろに表情に出ていた。
具体的に言うと、イライザはエマ、グレンダはセレスという自分と同じ役割を担っていた若い二人に嫉妬の視線を向けている。
「全員、思うところはあるだろうが、選ばれたのはこの五人のようだ。お前たち、まずは遺物を手に取って見ろ。詳細な情報が頭に流れ込んでくるはずだ」
俺は遺物を使いこなすのに時間がかかったが、それは他人の遺物だったからであり、選定で選ばれた冒険者が遺物を手にすると、その使い方は脳に流れ込んでくるらしい。
俺に促されて五人が遺物を手に取ると、直後に遺物の輝きが収まる。五人は少しの間呆けていたが、すぐに真面目な顔に戻って自分の遺物を見つめた。
「どうだ? 遺物の名前や使い方は分かったか?」
俺の問いに五人は小さく頷く。
その後、それぞれが遺物の名前を教えてくれたが、使い方や能力の詳細は語らないように釘を差した。
ここにいる仲間たちが遺物を奪うとは思わないが、どこからか使い方の情報が洩れて盗まれるというリスクを極限まで下げるためには、信頼できる相手とはいえ秘密にした方が良いからだ。
続いて、広間の天井から光が差し込み、一人の人物を照らし出したので、ジョゼが驚いて声を上げる。
「こ、今度は何?」
「遺物の次は、異能だ」
「異能? ってことは……」
「……ああ。今回はあいつが選ばれたみたいだな」
天井から降り注ぐ光が収まると、俺は拳を握りしめて歓喜に打ち震えていた人物に声を掛ける。
「やったな。ギル」
「は、はい! 兄さん、俺は『すい――」
「――待て待て! 嬉しいのは分かるが、詳細はあまり口外するな!」
「あっ、そ、そうですね」
ギルがここまで子供の様に嬉しそうにしているのは初めて見る。これまであまり表には出していなかったが、よほど異能が欲しかったのだろう。
その後、ある程度体力が回復したところで、全員で協力してダンジョンマスターの解体を行った。
巨体ゆえに全てを持ち帰ることは出来ないので、利用価値が高そうな蛇の下半身の鱗や赤い瞳を優先して回収した。
本来は分配が難しい魔石だが、胸部から最高純度の虹魔石が五つも出てきてくれたので、俺のパーティとギルのパーティが二つずつ、ルークのパーティが一つで分けることが出来た。アルフは魔石を貰えない代わりにダンジョンマスターの目二つと財宝を多めに貰って満足したようだった。実際、あれは相当な額でギルドに買取して貰えるだろうから、当分の生活には困らないだろう。
「よし、では俺から乗るぞ?」
「いや、兄さん……さすがにこれ以上トラップは無いと思いますよ?」
部屋の奥にあった地上帰還用と思われる転移陣を前にして俺が慎重になっていると、ギルがやや呆れ気味に肩に手を置いてきた。
「あ、ああ。頭では俺もそう思っているんだが、こればかりはトラウマでな……」
「気持ちは分かりますが、転移陣は何回使えるものなのか分かっていないので、全員で乗った方が良いと思います」
「む、確かに……そうか」
床に描かれている巨大な円と文字はこの場にいる全員が同時に乗れるほど巨大であり、準備万端だと言わんばかりにぼんやりと発光している。
「行きましょう、お父様。この近辺にはもう一切の魂力を感じません。私たちはダンジョンマスターを討ってこのダンジョンを攻略したのです」
「……ああ、エマの言う通りだな。みんな、地上へ帰ろう」
俺はエマに促されるようにして転移陣の真ん中に立つ。共に死線を乗り越えた仲間たちが続き、全員が陣の上に乗ったところで辺りが白い光に包まれる。
俺にとっては人生で初めての転移だ。
眩しさに目を手で覆うと、しばらくして周囲に変化が生じる。
久しく嗅いでいなかった草木や土の匂い、穏やかに流れる水の音、暖かな日差し。
俺たちは、もうずいぶん昔に見た気がする湖の前に立っていた。
「……」
周囲を見回すと、そこには同じようにキョロキョロと辺りを確認している仲間たちが目に映る。
無事に地上へ戻れた。その事実に目頭が熱くなる。
俺たちは本当に、ダンジョンを攻略できたのだ。
「やりましたね、兄さん」
「……ああ」
言葉にならない喜びを噛み締めていると、ジョゼやルークたちが大声を上げて喜びを表現し始める。
普段は大人しいエマやセレス、ベラまでもが一緒になってはしゃいでいる姿を見ていると、少しだけ羨ましく感じた。
「なあ、ギル」
「何ですか?」
「……オドーリーたちも、喜んでくれるかな?」
「――っ。も、もちろんですよ! 居住区に戻ったら、一緒に報告に行きましょう」
「報告? ギルドにか?」
「違いますよ。居住区にある、3人のお墓にです」
ギルの言葉を聞いて、俺の思考は一瞬だけ停止した。
「墓が……あるのか?」
「知らなかったんですか?」
「ああ。冒険者が死ぬなんて珍しい話じゃないし、俺たちは親もいないから、墓なんて誰も作っていないかと思っていた」
「戻ったら、ジニーさんに聞いてみてください。お墓を作ったのはあの人ですから」
「わ、分かった。聞いてみるよ」
ジニーが3人の墓を作っていた。その事実は俺の帰宅への欲求を上昇させると共に、彼女へ一早く生還の報告をしたいという衝動に駆り立てた。
俺はすぐにはしゃいでいる若手たちへ向かって声を掛けた。
「みんな、喜ぶのは後にして、まずはギルドへ帰還するぞ。ダンジョンほどではないにしても、ここも危険な場所だということに変わりはない」
「え~、レオスさん、この辺の魔物なんて正直言って今の俺たちの敵じゃないでしょ?」
「自惚れるな、そういう奴から足元をすくわれるんだ」
俺はヘラヘラと笑いながら調子に乗っているジョゼの頭を乱暴に撫でてから、先頭に立ってギルドへと向かう。
すぐ後ろでは、エマが俺の代わりにジョゼを窘めていた。二人はまだ12歳だ。今回のダンジョン攻略での活躍は凄まじいものだったが、子供故に調子に乗り過ぎる可能性がある。実力的には既に冒険者の平均を軽く超えていると思うのだが、精神的には大人とは言い難い。
冒険者としての大成功を経験してしまったがために増長するようなことが無いよう、しっかりと教育していかなければならない。
だが、しかし――
「――ああ、言い忘れていた。エマ、ジョゼ」
「はい、何でしょう?」
「なあに?」
今この瞬間だけは、多少甘やかしても良いだろう。
「お前たちのおかげでここまで来られた。ありがとう」
するとエマとジョゼは二手に別れ、俺の両手を握って来た。
エマが右、ジョゼが左だ。
「お、お前たち、これだといざという時に素早く対応できないだろう」
「大丈夫です。私が周囲を常にチェックしていますし」
「何かあったら、俺が最速で対応するからさ」
「まったく……ピクニックじゃないんだぞ?」
俺は軽く苦言を呈しつつも、二人と繋いだ手をしっかりと握りしめた。




