第八話 レオスとダンジョン(後編)6
あれからどれだけの時間がたったのか、眠っていた俺には分からないが、俺は両脇を暖かい何かに挟まれた状態で目を覚ました。
「ん、兄さん、目が覚めましたか」
「ギル……ここは?」
ゆっくりと寝ぼけている頭を覚醒させつつ周囲を見回し、自分の置かれている状況を確認する。
「七層と八層を繋ぐ階段です」
「階段?」
俺は現在、比較的平らな場所に横たわっているのだが、これのどこが階段だというのだろうか?
「七層の罠から考えて、比較的安全な場所は階段以外に無いという結論に至りまして、『黄土石』を使って土を生み出して、休めるように均しました」
「な、なるほど、考えたな」
大量の土を使って階段を埋め立て、眠れるスペースを確保したということか。
よく見ると、俺やギルがいる場所から上へ階段が伸びており、角度的に見えないがその先にまた土が盛られている。おそらくはあそこでも誰かが眠っているのだろう。
「あっ、兄さん。上は女性陣が寝ているので、あまり覗かない方が良いですよ」
「む、そうか」
俺はすぐに目を背け、逆方向へ頭を動かした。
「という事は、俺たち以外の男は下にいるわけか?」
「はい。まずルークとシドニーがいて、一番下にニックとアルフがいます」
「そうか。なあ、その流れから言うと、ここは俺とお前の寝るスペースということだよな?」
「そうですね」
「なら――どうしてこいつらがいるんだ?」
俺の両脇には、エマとジョゼが張り付くようにして眠っていた。俺の服を握りしめているので、起き上がることも出来やしない。
「離れようとしなかったんですよ。エマはまだ子供ですし、一緒に寝ても問題無いでしょう?」
いつだったか、一緒に寝ると言って来たエマを退けたことがあったのを思い出す。
今回は、俺が死にかけたのが原因だ。エマとジョゼにはかなりの心配をかけてしまったのだろう。
「……ギル、出発はもう少し後でも良いか?」
「はい。大丈夫です。兄さんはこの隊の要ですから、万全の状態になるまで回復を優先してください」
俺は、今くらいは思いっきり子供扱いしてやろうと思い。眠っている二人を起こさないようにしながら、優しく頭を撫でてやった。
エマとジョゼが目を覚ましたところで、俺は全員に呼びかけて装備を整える。
『五行剣』、『魔導盾』、『霊薬瓶』、各種魔石の入ったバックパック。七層の戦いで手放した全てがしっかりと仲間たちによって回収されていたのを確認して感謝する。
これさえあれば、俺は十分に戦える。
『魔導盾』の窪みには術魔石を3つと魂魔石を2つセットした。これまでのダンジョン攻略でいくつか術魔石を回収していたが、七層でルークが『術魔障壁』を展開した『魔導盾』を使って仲間たちを庇いまくった結果、俺の持っている術魔石のストックは3つまで減ってしまった。
ルークには謝られたが、それで仲間たちを守れたのなら安いものだ。とはいえ、八層の戦いで多用するには不安な数しかないのは確かなので、『魔導盾』に頼りっきりで戦うわけにはいかないだろう。
「ギル、ひとつ確認したいんだが、お前がこれまで到達した八層はどんな場所だった?」
「全て同じです。十分に戦える広い空間があるだけで、奥の宝物庫へと続く扉の前にダンジョンマスターが陣取っています」
「……なるほど、その奥の部屋に遺物や転移陣があるということか」
「そうですね。ちなみに、『異能』も奥の部屋で授かるようです。これまで俺が貰えたことはありませんでしたが」
ギルは自嘲するように笑うと、俺から目を逸らした。
彼が持っているのは父親から受け継いだ遺物のみ。ギルはこれまでのダンジョン攻略で一度も『異能』や『遺物』を手に入れた事がないのだろう。
「兄さんが攻略したダンジョンも同じでしたか?」
「ああ、基本的には同じような作りだった。だが――」
脳裏に当時の地獄絵図がフラッシュバックする。
俺の攻略したダンジョンの八層に宝物庫などは無く、広い部屋の奥に金銀財宝と3つの『遺物』が積み上げられていた。
魔物がいない事を確認しつつ財宝を物色し、『遺物』を手に入れ、『異能』を授かった。達成感に満ちていた俺たちは、その後に罠が待っているなど思ってもいなかったのだ。
「――俺の時は、ダンジョンマスターは後から出てきたんだ」
「後から?」
「転移陣を使って現れた。それで不意打ちをくらい、ライアンが死んだんだ」
「て、転移陣から……それは警戒しなければいけませんね」
「もしも、ダンジョンマスターが待ち構えていなかったらな。正直、俺たちはレアケースを引いてしまっただけだと思っているよ」
普通なら、ダンジョンマスターがいないことをもっと疑うところだ。俺たちのようなダンジョン経験の無い若手だけのパーティが八層まで辿り着いたせいで起きた現象だろう。
今回はギルのパーティもいるし、俺も十分に警戒しているので、あの時のように不意打ちで誰かが死ぬような事には絶対にさせるものか。
「ともかく、俺たちの全力でダンジョンマスターに挑みましょう。出し惜しみの必要もありません」
「分かっている。十分に休めたし、最初から全力で行く」
俺はギルと共に先頭を歩き、長い階段を降りていく。いつもよりも長い階段が、緩やかな螺旋状に続いている。
下に降りれば降りるほど、俺たちはダンジョンマスターの存在を肌で感じるようになっていった。
もはや転移陣からの奇襲など考えなくても良い。
間違いなくダンジョンマスターは八層で俺たちを待ち構えていると確信できるほどに強力な魂力が下から発せられている。
「……お、お父様。これがダンジョンマスターなのですか?」
すぐ後ろから、エマの不安そうな声が聞こえてきた。
誰よりも魂力を察知する能力に長けている分、ダンジョンマスターの異常な強さが良く分かるのだろう。
「間違いないだろう。これほどに強い魂力はAランクの魔物には出せはしない」
「わ、私たちで勝てるのでしょうか?」
「エマ。俺たちは勝つために下へ向かっているんだ。全員の力を終結させ、必ず勝つ。そうだろう?」
「……は、はい!」
エマは正直に不安を口にしたが、おそらくは黙っている他の若手たちも不安に駆られているはずだ。
必ず勝つと、先ほどまでは意気込んでいたものの、いざ本物を前にすると身体が竦む。
当たり前の現象だ。むしろ、そうならない方がおかしい。
「ギル、ニック。分かっているな?」
「もちろんですよ、兄さん」
「僕たちだって、最初は先輩たちに守られながら戦いましたから」
「お前たちが居てくれて良かったよ」
若手が初動で遅れるのは織り込み済みだ。そこは俺たちベテラン組がカバーするべきポイントであり、最初の関門だ。
少数精鋭で最初の攻防を乗り切れれば、若手たちが援護に回って動いてくれるだろう。
長い階段に終わりが見え、薄暗い階段とは違う明るい部屋へと続く入り口が見えてくる。
俺、ギル、ニックの三人は素早く武器を抜いて、部屋の奥で待ち構えていた『化け物』と対峙する。
「あれが、今回のダンジョンマスターか……」
「ギル、僕が一番前に出るよ?」
「任せた。兄さん、防御はニックに任せて、俺と一緒に攻撃を――兄さん?」
俺の額から頬を伝って一筋の汗が流れ落ちる。
まさかとは思ったが、何度もフラッシュバックした相手を見間違えるはずがない。
「……ギル、ニック、ダンジョンマスターってのは、全部同じ見た目なのか?」
「まさか、毎回違いますよ」
「ん? レオスさん、それってまさか」
俺はニックの前に出て、『魔導盾』と『五行剣』を握る手に力を込める。
「あいつは、昔俺が戦ったダンジョンマスターと全く同じ奴だ」
目の前に立つ『化け物』は昔と変わらない威圧感を漂わせた異形の生物であり、既存の生物からは考えられない形をしている本物の『魔物』だ。
無理やり既存の魔物でカテゴライズするなら、『四本腕の半蛇人系魔物』。
まるで四本腕の人間のような上半身と、大蛇の下半身を持ち、顔には口や鼻、耳がなく、四つの赤い眼が怪しく光っている。
同じ魔物ならパターンが分かって戦いやすいと言いたいところだが、俺はあの魔物に手も足も出なかった。
そして何より、この八層は昔俺が攻略したダンジョンの八層によく似ているというのが、これから繰り広げられる地獄を明確なものにしていた。
ダンジョンマスターがそびえ立つ場所の両脇には大昔に作られた金銀財宝の山が気付かれており、その中には異様な存在感を放つ物体がいくつか見受けられた。
「全員、武器を構えろ! 今から、挑むのは俺たち全員の全力を出し切らなければ勝てない本物の『化け物』だ! 様子見はするな! 奴はどこまでも追いかけてくることを念頭において、逃亡も考えるな! 倒せなければ、死ぬのは俺たちだ!」
俺が叫ぶと、後ろで仲間たちが武器を構えたのが分かった。震える手足に力を入れ、魂力を全開にして抗う姿勢を見せている。
「兄さん、奴はどんな行動パターンなんですか?」
「ヘビが滑るように高速で移動し、四つの目から魂術のような謎の攻撃を放ってくる」
「魂術のような? 火炎や毒ですか?」
「いや、詳細は分らんが土の命技で防げるから、魂術の一種なのかもしれん。それよりも、もっと危険な特徴が奴にはあるんだ」
「それは?」
ダンジョンマスターはゆっくりと動き出し、四本の腕をそれぞれ左右の財宝の山へと突き刺した。
そして、財宝の中から4つのアイテムを掴み取って構える。
「……奴は人間と同じように『遺物』を使う事が出来るんだ」




