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中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬あさ
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第八話 レオスとダンジョン(後編)5

 出口のない七層。

 しかし、ここはダンジョンの最下層ではない。なぜなら俺たちは『異能』を授かることもなく、『遺物』という宝を手に入れてもいないのだから。

 つまり、出口が無いように見えるだけで、どこかに必ずあるという事だ。それが分かっているので、ジョゼやルークたちは必死になって隠し扉がないか壁を叩いて探っているのだが、恐らくは徒労に終わるだろう。


「ギル、お前は気付いているんだろう?」

「……ええ、まあ」

「ここまで来たんだ。やるしかないだろう」

「ですね。あれは罠かとも思いましたが、こうも出口が見つからないとなると、あそこにあるのが普通でしょう」


 俺とギルはもう気付いていた。

 この部屋の本当の出口。すなわち、八層へと続く階段がどこにあるのか。


「何か分かったのですか?」


 俺たちの会話が聞こえたのか、エマが水中を気にしながら近付いて来る。


「ああ。今から説明するよ。全員、こちらへ集合してくれ、水中から攻撃される可能性もあるので、慎重にな」


 俺が声を掛けると、バラバラに部屋を調べていた仲間たちが素早く集合する。全員が集まったのを確認して、俺は自分が気付いたことを説明するために両足に命力を纏わせて水上方向へ大きく跳躍し、空中で『魔導盾』を足場にするようにして固定した。


「これを見ていてくれ」


 俺は『魔導盾』の上に立って『五行剣』を抜くと、意識を集中して命力を剣へと込める。


「『ライトニング・ショット』」


 先ほどよりは威力を押さえた雷の命技を真下の水中へ向かって発射する。

 命力を節約するために威力は抑えたが、俺はそれ以上に雷の命技に秘められた『貫通』の能力を意識して放った。

 それが功を奏したのかは分からないが、雷の命技は水上で拡散することなく一直線に突き進み、水底まで到達した。

 その激しい光によって、これまでは底の見えない不気味な闇だった水中の全貌が明るみに出る。

 雷の命技を察知して素早く避けたAランクの巨大なサメ系魔物たちと、逃げ遅れた数体のBランク魔物。そして運よく雷の命技の範囲内にいなかったBランク魔物たち。

 潜んでいた魔物の数も恐ろしいが、俺が見たかったのはそれではない。

 雷の光で照らされた水中で、不気味な魚影以外に見えたもの。八層へと続く階段が、水の底には確かにあった。

 それを確認して、どうやって辿り着くか考え始めるよりも前に、エマの叫び声が響く。


「お父様、来ます!」

「――っ! 『魔導障壁』!」


 俺はその場で足場にしていた『魔導盾』の能力を発動させ、水面方向へ物理障壁を展開する。

 いくつもの魂術が障壁にぶつかるたびに、命力が驚くほどの速さで持っていかれ、俺はたまらずセレスへ向かって叫んだ。


「ぐぅ!? セ、セレス!」

「は、はい! 『ウォーター・ウィップ』!」


 咄嗟の声掛けだったが、セレスはすぐに俺の意図を察して水の命技を発動。水の鞭で俺の身体を絡め捕ると、力任せに魔物の射程範囲外へと引っ張り出してくれた。


「…………た、助かったよ、セレス」

「い、いえ、お役に立てたなら良かったです」


 『魔導障壁』が如何に強力な技とはいえ、使っているのは人間の俺であり、その発動には命力が使用されている。

 そして強力な攻撃を受ければ受けるだけ、『魔導盾』は大量の命力を要求してくるので、あのままでは危うく全ての命力を使い果たして『魔導障壁』を維持できなくなるところだった。

 俺が水上から消えた事で、水中の魔物たちの攻撃が止む。

 ギルが水中を警戒しながらも、口を開く。


「兄さん、水底の階段を見ましたよね?」

「ああ、見た。どうやら、あれが八層への階段らしいな。おそらくは、水底は二層のように水のない空間になっているのだろう」

「最悪ですね。どう考えても、水中の魔物と戦闘しなければ階段までは辿り着けそうもありません」

「やるしかないだろう。幸い、ここは安全なようだから、しばらく休んで体力を回復させたら、全員で総攻撃に――」


 突如、聞き覚えのある音が響く。

 何かが砕ける様な、不気味な音。

 水の底に水のない空間があるという条件が揃った段階で、俺はその危険性に気付かなければならなかった。

 ダンジョンでは常に気を張って、罠を警戒していなければならない。

 そんな当たり前のことを、俺やギル、ニックといったベテラン冒険者が怠っていた。

 ここまでの攻略があまりにも順調で、最難関に思えた六層を犠牲ゼロで乗り越えたという自信から生まれた怠慢だ。


「――しまっ!?」


 ダンジョンでしてはならない油断を、俺たちは無意識の内にしてしまっていた。

 安全圏だと思っていた床板が全て同時に砕け散る。

 二層で体験したものと、全く同じ罠にハマり。俺たちは床板の下に潜んでいた水中へと落下した。




 油断大敵。

 雷の命技を習得し、心強い仲間たちに囲まれて、俺はこのダンジョンに最初に踏み入った時よりもずっと――油断していた。

 ダンジョンとは外道が作った殺戮場だと何度も自分に言い聞かせていたのに、八層を目前にして、俺は油断した。

 自分の失敗を認識して軽くパニックに陥りかけた時、暗闇だった水中に細長い炎の蛇が現れる。


『ファイア・サーペント』


 中央南ギルド最古のSランク冒険者であるジェフリー・オルブライトが入手した真紅の遺物『炎蛇剣』。

 伝説級の遺物を受け継いだ息子のギルバート・オルブライトは、俺が自分の失敗を悔いている瞬間も冷静に生存への道を探り、最善の行動を取った。

 どういう原理なのか分からないが水中でも問題なく燃え上がる炎の遺物は、細長い蛇となって俺たち全員の周囲を照らし、暗闇で見えない魔物から攻撃されるという最悪の事態を回避してくれた。

 ギルが俺に近寄って目で訴えてくる。


『次はどうすればいい?』


 この状況でパニックに陥っていた俺を、ギルはまだ信じてくれていた。

 最年長で、誰よりも経験豊富で、Sランクで、最上級命技を使える攻略隊の隊長。それが今の俺なのだと、その目を見て思い出した。

 俺より先に仲間のために動いてくれたギルが、俺を信じてくれている。それに答えるのが、隊長である俺の役目であり、使命だ。

 俺はギルのおかげで自分を取り戻すと、状況を打開するために脳をフル回転させる。

 雷の命技は水中で使うのは危険すぎる。使うにしても、もっとみんなが俺から離れていなければ無理だ。

 俺が考えている間も、周囲にいる魔物たちはこちらへ照準を定めて迫っている。悠長に作戦など立てていられない。

 今必要なのは、水底までの障害となる魔物を排除できる突破力を持ったアタッカーと、追撃を防ぐタンク。

 俺はギル、イライザ、ベラ、シドニーの4人を指差して指名してから、力強く水底を指差した。

 俺の指示を理解した4人は、一斉に水底へ向かって泳ぎ出した。

 ギルの『炎蛇剣』ならばBランク以下の魔物なら簡単に排除できる。そして、ベラは水中で最も使いやすい水の命技が使えるので、ギルの攻撃を掻い潜る素早い魔物がいた場合に活躍できるはずだ。

 イライザとシドニーは強力な水と金の魂術が使えるので、ギルと一緒に突き進みつつ、魂術を乱射するだけでも役に立つ。

 エマが魂力で感知出来なかったことからも、現在真下に魔物はいない。迅速に行動すれば、最小限の戦闘で水底までたどり着けるだろう。

 続いて、グレンダ、キャサリン、セレス、エマ、ジョゼを指名して、下を指差す。

 第二陣は現在、そこまでの攻撃力が見込めないメンバーだ。つまり、この5人を守るのが先陣を切った4人と残されるメンバーの務めでもある。

 泳げないエマとジョゼに関してはセレスが素早く水の命技で絡め捕ってくれたので、問題なく水底へと潜水できると思われる。また、グレンダとキャサリンは水の命技も使えるので、最低限の防御も可能だろう。

 サポーター組は俺の意図を素早く理解したのか、エマとジョゼを抱えているセレスを真ん中に配置して、グレンダとキャサリンが周囲を警戒しながらも潜水を開始した。

 6人が潜水を始めたのを見た所で、俺は残っていたニック、アルフ、ルークの3人と共に潜水を開始する。

 先行したギルと距離が離れたために周囲はかなり薄暗いが、俺の『魔導盾』が『魔導障壁』を発生させたことで、その問題は解決された。

 『魔導障壁』は光り輝く盾のようなものであり、光源としての役割も十分に果たしてくれるのだ。

 すると、最も視認性が高いからか、俺の展開した『魔導障壁』にいくつもの衝撃が伝わって来た。


「――っ!」


 俺は即座に『魔導盾』の能力で盾を固定して吹き飛ばされるのを防ぎつつ、先行した仲間たちのために囮となった。

 この威力。命力の消耗具合から考えても、間違いなく上級魂術を数発叩き込まれた。続いて魂術を放った魔物自身の体当たりを受け止める。

 命力の消耗は激しいが、固定も障壁も破られることは無く、俺は水中でもしっかりと盾としての役割を果たすことが出来た。

 突撃をかまして来た水棲魔物と目が合う。

 人間の5倍はある巨体と、刃物のようなヒレを持ったサメ系魔物だ。俺はBランクのサメ系魔物までしか知らないが、こいつはどう見てもそれよりも上位の存在。Aランクの魔物だろう。

 地上でならいざ知らず、水中での戦闘となれば例えBランクのサメ系魔物だとしても仕留めるのは難しい。ましてや未知数のAランク魔物と水中戦など、馬鹿のすることだ。

 俺は『魔導盾』の固定を解くと、ペース配分など考えずに『五行剣』を鞘から引き抜き、広範囲攻撃を放つ。


『白銀斬』


 構えることも、命力を溜めることも出来ないため、奥義を放つことは出来ない。だが、これまで何度も使用して使い慣れている『五行剣』による『術技』なら、水中だろうと素早く放つことが出来る。

 俺の放った銀色の斬撃は、魂術中最強の切れ味を誇る鋼の刃だ。それが広範囲に拡散しつつ、眼前のAランク魔物と、周囲のBランク魔物へと襲い掛かる。

 次の瞬間。Aランク魔物が身体を捻って高速で回転すると、あろうことか刃のようなヒレを使って俺の魂術を弾き飛ばした。


『こいつ……ヒレそのものが魂術以上の強度を持った武器なのか?』


 やはり、水中でまともに戦うべき相手ではない。今の一撃は、対応の速さから考えても避けることが出来たはずだ。それをせずにあえて回転による防御行動を取ったということは、この魔物は後ろにいたBランクの魔物たちを守ったと考えるのが妥当だ。

 統率の取れた魔物との水中戦。まともにやれば間違いなく死ぬことになるだろう。

 状況は最悪。だがそれでも、俺はここで戦う必要がある。

 俺は『魔導盾』の内側にある五つの窪み全てに術魔石を嵌め込む。ダンジョンマスターとの戦いに備えて温存してきたが、ここで死ぬようなら温存の意味もない。


『術魔障壁』


 俺は魂術に対する最強の障壁を展開すると、近くにいたルークへと盾を渡す。

 ルークは突然の事に驚いて目を見開いたが、すぐに覚悟を決めた目で頷いた。ニックはもちろん、アルフも防御に関しては優れた土の命技を使用できるが、ルークは水中では通常の上級命技による盾しか作り出せない。ギルの遺物と違って、炎の命技は水中ではほとんど効果が無いからだ。

 ルークは自分の盾を『魔導盾』と交換して渡してきた。

 俺はルークの盾を受け取ると、ルーク、ニック、アルフを指差してから、水底へ進むように命令する。

 普通なら反対されそうな命令だが、3人は素早く俺の命令に従って動き出した。状況が状況だ。判断が遅れれば全滅もあり得る。

 俺は3人の行動を俺に対する信頼だと感じて嬉しく思いつつ、『五行剣』を一閃して襲い掛かって来たAランク魔物の牙を弾いた。


『さて……魂力によるヘイト管理が出来ない分、暴れることで注目を集めないとな!』


 俺は魔石の入っているバックパックや『霊薬瓶』を水底へ沈めるように手放して身軽になると、『五行剣』に命力を溜め込んで雷へと変換させる。

 すると、魔物たちがこちらへと一斉に意識を向けたのが分かる。


『やはりな。この水中にいる魔物たちは、脅威度で狙う相手を決めている』


 速度の速い8体のAランク魔物の内、2体は下方向へ向かうのが見えたが、残りの6体は俺の方へと向かってきていた。

 そして、様子見で俺に攻撃を仕掛けた1体以外は少し離れたところで待機してこちらを警戒していたのだが、ニックと『魔導盾』を持たせたルークが潜水を始めた瞬間、6体の中4体が追いかけようと行動を起こした。

 俺たちが所持している遺物はギルの『炎蛇剣』、ニックの『魂喰盾』、俺の『五行剣』、『魔導盾』、『霊薬瓶』の五つ。

 魔物が遺物の強さを理解しているのなら、これを持つ者を優先的に狙うのはおかしな話ではない。だが――


『――こちらへ狙いを変えたという事は、この命技がお前たちの弱点であることは間違いない様だ』


 ニック達を追いかけようとしていたAランク魔物4体がこちらへ狙いを変え、すぐ近くにいる1体が素早く俺に襲い掛かる。

 俺は即座に仕掛けてきた魔物の牙をルークの盾で受けると、こちらへ引き返していた4体へ向かって剣を振り降ろす。


『ライトニング・ショット』


 いくら強靭な身体を持つAランクの魔物とはいえ、水中で最上級命技の雷を受ければひとたまりもないのは、先ほど水上にいた魔物たちで知っている。

 となると、水中を高速で泳ぐことが出来るAランクの魔物であれば、次にとる行動を予測するのは簡単だ。

 俺への突撃を中断し、回避運動。

 予想通りの動きをしてくれた魔物を見て、俺はニヤリと笑う。


『だろうな、だから本命はこっちだ!』


 俺はルークの盾ごと左腕に喰い付いて来ていたAランク魔物へと視線を移す。

 これまでは雷の命技を中級命技のように正面に撃ち出すだけで使用していた。だが、俺は本来、炎の命技や土の命技を使用する時は上級命技の『形態変化』と複合して使っている。

 最上級だろうと同じ命技であるならば、同じように『形態変化』させることが可能なはずだ。


『ライトニング・シールド』


 ルークの盾が、雷を纏った盾へと変化して光り輝く。

 そんなものを口の中に入れていて、無事で済む生命体などこの世にいるはずがない。

 雷の盾に噛み付いていた魔物は一瞬のうちに感電し、全身を痙攣させて絶命する。


『まずは……一体撃破……だ、な』


 強力な魔物を一体片付けたところで、俺は意識が朦朧としてきたことに気付く。

 突然の落水によるパニック。度重なる強力な技の連発。盾ごと左腕を囮にしたことによる負傷と出血。

 俺の身体はとうに限界を迎えており、酸欠に陥っていた。


『くそ……さすがにここまでか……』


 たった今仕留めた魔物から少し離れた所に待機していたもう1体のAランク魔物と、俺の攻撃を避けた4体が一斉に迫るのが見える。その後ろにはBランクの魔物がうじゃうじゃとひしめいている。

 もう生存は見込めない。

 だが、死ぬ寸前まで暴れて、何としても仲間たちが水底へ辿り着く時間を稼いでやる。

 俺は再び『五行剣』に命力を込めると、命を削る覚悟で雷の命技を発動させる。


『来い……最低でも、あと2体は道連れに――』


 不意に――俺の左足に何かが巻き付いたかと思うと、一気に下方向へと引っ張られる。


『――なんだ?』


 驚いて下を向くと、俺の左足には見慣れた水の命技が巻き付いていた。


『ウォーター・ウィップ』


 あらゆる場面で役に立つ万能命技であり、彼女たちが得意としている命技だ。

 左足に巻き付いた命技の先には、水底に立ってこちらを見上げて手を伸ばしているセレスとキャサリンの姿があった。


『…………俺は本当に運が良い』


 意識を上にいる魔物たちへ戻すと、『五行剣』とルークの盾を手放し、右手に上級命技で槍を作り上げる。


『ライトニング・ランス』


 雷の槍を上に向かって投擲すると、『貫通』の能力のおかげなのか、槍は俺の思っていた以上のスピードで突き進み、2体のAランク魔物にかすらせることに成功した。

 雷は触れたものに伝わる性質があるようで、摩っただけで2体の魔物は全身を痺れさせて動きを止めた。

 それ以外の魔物たちも攻撃を回避することに全力を注いでいたので、全ての力を使い切った俺は、そのまま無事に水底の水のない空間へと引きずり降ろされた。


「――かはっ! ……はぁ……はぁ……た、助かったよ……」


 俺は床板の上に仰向けに倒れつつ、助けてくれたセレスとキャサリンへと感謝を述べる。


「いえ、全てランバートさんのおかげです」

「肩の傷、これで治療しますね」


 セレスとキャサリンは素早く俺の肩の傷を『霊薬瓶』を使って治療してくれる。半ば賭けに近い形で放り出した遺物だったが、二人はしっかりと回収してくれていたようだ。


「ニック、兄さんを担いで階段へ移動する。手伝ってくれ」

「分かってる。みんな、まだ安心できないよ。周囲を警戒しながら付いて来て!」


 俺はギルとニックによって起こされると、そのままギルにおぶさる様にして担がれる。

 本当なら自分の足で一緒に走りたい気持ちなのだが、どうやら本当に命力を使い果たしたらしく、全く身体が言う事を聞かない。


「……す、すまん」

「兄さん、今は回復に全力を注いでください。俺たちの冒険はまだ終わりじゃありません」

「ああ、分かった」


 俺は大人しくギルに運ばれながら、いち早く回復するために眠りについた。

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