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中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬あさ
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第八話 レオスとダンジョン(後編)4

 地下七層。

 入り口に差し掛かる少し前からその兆しが見えていたのだが、いざ七層の入り口に立ったことで、俺たちはこれまで以上の不安を抱かざるを得なくなった。


「レオスさん、僕もギルと一緒に何度かダンジョンに挑戦していますが、このパターンは初めてです」

「そうか……これは不用意に踏み入るわけにはいかないな」


 共に隊列の先頭を任されていたニックが表情を引きつらせるのを見ながら、どのようにしてこの層を攻略しようか考えを巡らせる。

 目の前に広がるのは、何人も見通すことのできない暗闇。

 地下という状況では当たり前ながら、ダンジョン内という状況では初めての経験である灯りの無い階層だ。


「すまないが、誰か紅炎石をくれないか? 七層には灯りがない」

「は、はい。これを使ってください!」


 階段上に向かって声を掛けると、サポーターであるグレンダの声が返って来た。隊列の丁度真ん中辺りにいたグレンダから先頭へと手渡しで順番に回って来た布袋を受け取る。中には五つほど紅炎石が入っていた。

 俺は紅炎石を一つ手に取って魂力を流し込むと、前方の暗闇へと放り投げる。

 炎を纏った魔石は辺りを照らしながら緩い放物線を描き、最後に『ぽちゃん』という水音と共に消失した。


「なっ……!?」


 今の音は誰がどう見ても、魔石が水中に落ちた音だ。

 そして、ほんの一瞬だったが魔石の落下によって床だと思っていた暗闇が波紋を広げて揺れるのが見えた。


「『フレイム』」


 俺はすぐに炎の命技を剣に纏わせると、それを松明の代わりにして近くを照らした。


「……一応、すぐ手前には床があるな?」

「そうみたいですね。どの辺りから水なんでしょう?」

「よし、次は転がしてみよう」


 今度は紅炎石に炎を纏わせつつ、前方に向かって転がすように投げてみる。

 すると、おおよそ成人男性の背丈二人分くらいの距離で水音と共に魔石は水中へと吸い込まれていった。


「なるほど、あの辺りからか」

「そこから先は全部水だと考えた方が良いかもしれませんね」

「だな。次は魔物だが――」

「私の出番ですね?」


 俺の真後ろで待機していたエマが、待っていましたとばかりに声を上げた。


「ああ。頼む」

「任せてください。お父様!」


 エマは目を閉じると、意識を集中させて七層の魔物を探る。

 例え暗闇の中だろうと、魂力を隠すことは出来ない。魔物の強さや位置を正確に把握できるエマの能力はこの階層の難易度を大幅に下げてくれている。


「……どうやら、ほとんどが水中にいるみたいですね。6体ほどの魔物が水上に浮いていて、その内の3体はとても小さいです」

「魂力の大きさは?」

「水中にはAランクが8体。Bランクが大量にいます。泳ぎ回っているせいで正確には数えきれませんが、20体はいます」

「水中へ落ちたら助からんな……水上にいる6体はどうだ?」

「全てAランクです」

「ちっ……さすがは七層、これまでで最大の難易度だな」


 水上にいる小さいAランク魔物は恐らく五層にいた毒針を放つ貝系魔物だろう。そして、それ以外にもAランクが3体。『アーマード・クラーケン』、『ブラッドアイ・クロコダイル』、そして半魚人系魔物。これまで戦って来たAランクのどれがいたとしても、今の俺たちなら何とか倒せる相手だったが、貝系魔物が一緒にいるとなれば話は別だ。

 毒による攻撃を受けてしまえば、俺の『霊薬瓶』を使う暇もなく死ぬ可能性が非常に高い。そして、おそらくは他のAランク魔物たちは防御力と機動力の無い貝系魔物を守る様に立ち回るだろう。

 同種族でもない魔物が連携を取ることは本来有り得ないが、ここはダンジョンだ。古代に生きていた何者かによって作られた外道で悪辣な思想を感じさせるこの遺跡内部では、外での常識は通用しない。

 ダンジョンの制作者の気持ちになって考えれば、魔物たちに明確な役割を与えて攻略に来た冒険者を苦しめるのは当然の事だ。故に、魔物は人間並みに連携して俺たちを殺しに来ると考えた方が良い。


「ジョゼ、前に来てくれ」

「ん? わ、分かった」


 俺が後ろへ振り返って声を掛けると、呼ばれるとは思っていなかったのか、軽く驚いたような返事をしながらジョゼが前で出てくる。


「レオスさん、どうするの?」

「エマと協力して五層の時と同じように小さい魔物目掛けて攻撃してみてくれ」

「五層? ああ、貝の魔物か」

「そうだ。頼むぞ」

「うん、分かったよ」


 ジョゼの力強い返事を聞き届けたところで、俺は隣に立っているニックへ視線を向ける。


「ニック。俺たちは防御の準備だ。五層と同じなら、とんでもない威力の反撃が来る」

「分かりました。防御なら任せてください」


 身体の小さなジョゼなら、俺とニックの間に何とか入ることが出来る。俺はニックと共に間に立ったジョゼを守る様に盾を構えた。

 ジョゼが命力を漲らせて右手に短剣を創り出し、叫ぶ。


「行くよ。『ウインド・ダガー』!」


 風の力を纏った命力の短剣が二つの大盾の間から暗闇に向かって投擲される。

 『共有』の異能によってエマと経験を共有したジョゼは、水上にいる小さなAランク魔物に対してピンポイントで攻撃を仕掛けた。

 攻撃力、速度、共に申し分ない攻撃だったと思うのだが、暗闇の奥からは甲高い金属音のような物が響いた。

 貝系魔物に命中したのならば、そんな音はするはずがない。


「お父様!」


 エマが魔物の魂力の変化を察知して叫ぶが、俺とニックは彼女に促される前に行動を開始していた。

 例え攻撃が成功していようがいまいが、反撃が来ることは分かっていたからだ。むしろ、あの金属音がしたおかげで、ジョゼの攻撃が何かにぶつかった瞬間が分かって、防御行動に移るタイミングが分かりやすかったくらいだ。


「「『アース・ウォール』!」、『魔導障壁』!」


 俺とニックが同時に土の命技を使って壁を作り、更にその内側に『魔導盾』の能力で物理障壁を展開した。

 直後、強力な魂力の塊が土の命技に激突し、衝撃と轟音が響く。

 俺一人で創った命技では簡単に砕かれていただろうが、今回はニックとの共同で創った非常に強力な命技だったために、三度にわたる魔物側の連続攻撃を全て防ぎきることに成功し、全壊寸前までひび割れた土の壁は役目を終えて消え去った。

 俺は念のため物理障壁を出したままで、すぐ後ろに待機していたエマへと尋ねる。


「エマ、ジョゼの攻撃結果はどうだった?」

「ダメですね。直撃コースでしたが、隣にいた大きな魔物に割って入られて弾かれました」

「そうか……」


 予想はしていた事だが、やはり魔物たちは連携を取るようだ。

 俺は一呼吸置いてから『魔導障壁』を消すと、大盾を構えて前方を警戒しているニックに尋ねた。


「ニック、次に同じレベルの攻撃が来たとして、一人で防げるか?」

「一人で、ですか? 前提条件がありますが、恐らくは一度なら防げます」

「条件?」


 ニックはエマへと振り返ると、目線を合わせるために膝を付く。左手に持っていた大盾は依然としてジョゼを守る様に七層の暗闇へと向けられているのはさすがと言える。


「さっきの魔物の反撃。僕は自分の命技が視界を遮っていて見えなかったけど、エマちゃんなら何が飛んできたのか分かるんじゃないかな?」

「もちろんです。防御にまわった大きな魔物以外の、水上にいる5体の魔物が一斉に魂術で攻撃してきました。属性は分かりませんが、お父様とニック様の命技にぶつかった瞬間に大きく膨れ上がったので、中級魂術の『破』が使われていたと思います」

「す、凄いね。そこまで分かるのか」


 ニックが素で驚いた表情をしてエマを褒めると、彼女は得意げに口角を上げた。


「レオスさん、5体のAランク魔物の『魂術破』に対して僕たちの土の命技で完封まで持っていけたという事は、上級魂術の複合だったとしても、属性は『黒水』ですよね?」

「だろうな。いくらなんでも、相性が良くない限りは防ぎきれる攻撃じゃない」

「であれば、条件は揃いました。先ほどと同じ攻撃なら、僕一人でも一度は完封してみせます」


 ニックは再び正面に向き直ると、自信満々で言い放った。

 一体何が条件だったのかは分からないが、彼が完封できると言い切ったのなら間違いなく出来るのだろう。ギルと同じく歴戦の冒険者であるニックの言葉なら、俺は無条件で信頼できる。

 俺は彼の返事だけで満足だったのだが、会話を聞いていたギルが後ろから頼んでもいない補足情報を出してきた。


「兄さん、ニックは虚勢を張るタイプじゃない。こいつが出来ると言ったなら、一度は確実に防ぎ切ります」

「別に疑ってなどいないよ。それに、その遺物の盾の事を考えれば、3回は防げるんじゃないか?」


 ニックの持つ牙のついた大盾の遺物に視線を向けると、彼は俺の視線に気付いて苦笑した。


「あはは……まあ、本当にヤバい時はギルに手伝ってもらうことで5回は防げると思います」

「そんなにか。ということは条件が揃えば俺の『魔導盾』と似たような効果が見込めるということか」

「いやいや、レオスさんの盾はハッキリ言って強すぎですよ。それと比べられた足元にも及びません。けど――」


 ニックはチラリと後ろにいるギルや仲間たちを見て、いつもの柔和な表情から真剣な戦士の顔へと変わる。


「――僕の後ろにみんながいることを考えたら、どんな無茶も出来ますから」


 防御に特化した土の命技は、臆病で仲間想いな者が習得する属性だ。

 仲間のために盾になる。

 ニックはためらいもなくそれが出来る人間なのだと、俺はその表情を見て理解した。


「安心したよ。お前になら、仲間の守りを任せられる」


 俺は灯り代わりにしていた『フレイム』を消すと、『魔導盾』を隣にいたジョゼに預け、両手で『五行剣』を握って上段に構える。


「今から渾身の一撃を放つ。もしもそれで仕留めきれなかった場合は反撃がくるだろうから、ニックはそれに備えてくれ」

「分かりました。任せてください」

「兄さん、それなら兄さんの盾をニックが使った方がいいんじゃないですか? 防御力で考えると兄さんの盾の方が強力だ」


 俺は背後から聞こえたギルの進言に首を振る。


「無理だ。『魔導盾』は『霊薬瓶』と違って能力の数が多すぎて使いこなすのが非常に難しい。俺は狙った能力を発動させられるようになるまで3年かかった」

「そ、そうなんですか……」

「ギル、僕の『魂喰盾』を信じてよ。レオスさんの盾ほどじゃないけど、これまでだって何度もギル達を守って来たでしょ?」

「……ああ、悪かった。頼んだぞ、ニック」

「うん。レオスさん、いつでも良いですよ?」

「よし、では行くぞ……!」


 俺は意識を前方の暗闇に集中させる。

 紅炎石を放り投げた事で、水面がどの辺りからあるのかは把握した。魔物の位置は分からなくとも、水の位置が分かれば問題ない。

 全身の命力を剣に集め、それを激しい稲妻へと変換していく。

 六層で放った時の痺れるような感覚が俺の両手を軽く刺激した。


「……す、すげぇ」


 隣で俺を見上げていたジョゼが呟く。

 雷というものを、俺たちはまだよく理解していない。

 雨雲から地獄のような轟音を纏って地表へと放たれる光。古くには神の怒りとも言われていた超常現象。

 雨、雪、霰とも違う、協力無比なエネルギーの塊であり、子供たちにとっては恐怖の対象でもあった。

 それが今、俺の剣に宿っているという確かな感覚がある。

 『フレイム』を消したことで暗さを増していた周囲が俺の剣から発せられている光によって照らされ、衆目に晒されている。


「――お父様、魔物たちに動きがあります!」


 奴らめ、俺の命技に反応したか。

 だが、もう遅い。

 命技には、自然界のルールがある程度適用されている。

 水は炎を包んで消し、土は水を吸収してせき止め、風は土から水分を奪って風化させ、炎は風を受けてより一層燃え上がる。

 そして雷は――


「『ライトニング・ショット』!」


 ――水を伝って水上を駆け巡る。

 剣を振り下ろすことで前方へと発射された稲妻は、辺りを照らしながら水面へ直撃。

 すると雷は水面で拡散して水上にいた魔物たち全てにダメージを与えた。

 本体の魔物が死んだ事で、俺と同タイミングでこちらへ攻撃していた魔物の魂術はコントロールを失い消滅。

 いつでも命技でみんなを守れるように身構えていたニックは俺の放った雷が魔物たちを蹂躙する様を見届けるだけとなった。


「……お父様、今の一撃で、水上にいた6体の魔物は全て死亡したようです」

「そうか。水中の魔物は?」

「水中は雷の影響を受けていないようですね」

「なるほどな。数年前に雷が海に落ちた時に、近くで泳いでいた者たちが死んだ事件があったのだが、雷とは水上を伝わるだけで、水中へは通らないのか」

「状況から見ると、そのようですね」


 こうして七層において最も厄介だった水上の魔物たちは息絶え、俺たちは全員で七層に踏み入ることが出来た。

 紅炎石の灯りを使って周囲を照らすと、七層は驚くほどに何も無い空間だったことが分かる。

 何の装飾も無い壁と天井、床板。そして全体の七割を占める水があるだけだ。水中では依然として魔物が泳いでいるのが見えるので、不用意に近寄るのは危険だな。

 その後も仲間たち全員で隅々まで調べることで、俺たちはこの部屋に灯り以上に足りていないものがあることに気付くことができた。

 ギルが諦めたように俺に声を掛けてくる。


「兄さん、これはいくら探しても、無さそうですよ」

「みたいだな……」


 この部屋には、出口が無かった。

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