第八話 レオスとダンジョン(後編)
俺はギルから差し伸べられた手を取る。
引っ張り上げられる形で立ち上がると、彼の目を見て尋ねた。
「……おそらく、後戻りは出来なくなるぞ?」
「分かっています。俺の方がダンジョン攻略の経験は豊富なんですよ?」
「ふっ、そうだったな」
ギルは俺を自らよりも強いと評価してくれていたが、実際はそんなことはない。俺の身体は全盛期とは比べ物にならないほど衰えており、特に反射神経と体力の衰えは戦いの中で実感するレベルだ。
唯一の取り柄は戦闘経験の豊富さだったのだが、ダンジョン内ではそれもギルに抜かされてしまっている。
「頼もしくなったな、ギル」
「兄さんほどじゃないです」
「ん? レオス兄ちゃんじゃないのか」
「そ、それは……さっきはわざと昔の呼び方をしただけです」
ギルは少しだけ恥ずかしそうに視線を泳がせる。
俺は少々名残惜しさを感じながらも、攻略隊全員へと向き直った。その場で深呼吸して気持ちを切り替える。
「みんな、腑抜けた発言をして悪かった。ギルのおかげで目が覚めたよ。全員の意見が一致した以上、ここから先はこのダンジョンを最下層まで攻略することを目的として話を進める。いいな?」
全員が力強い声と目で俺の問いに答える。
本当に今更だが、この場にいる全員の気持ちが一つになった。
俺は六層の床を囲んでいる水に視線を向けて、エマの肩に手を置いた。
「エマ、一つ聞きたいんだが、闇雲に水中に魂術を打ち込んで魔物に当たると思うか?」
「う~ん、半分は避けられると思います。あそこはあくまでも入り口で、水の中はかなり広いスペースがあるみたいです」
「まさか床の下まで水がある状態か?」
一瞬、最悪のパターンが頭をよぎったが、エマが首を振って否定した。
「いえ、魔物の待機している位置からして、今回は足場の下は何も無いと思います。どちらかというと、外側へと広がっている状態ですから」
「ふむ。なら、やってみる価値はあるな。作戦を伝える。まず初めに中級魂術の『破』を使える者たちに水中へ魂術を叩き込んで欲しい。エマはあえてAランクの魔物は狙わず、Bランク以下の魔物へ狙いを定めて数を減らしてくれ」
俺が指示を出すと、エマ、セレス、ギル、イライザ、シドニー、キャサリンが前に出た。
「ギルも使えるのか?」
「はい。中級までなら何とか。俺は指示を出す立場でもあるので魔石を使いますが」
「キャサリンと同じタイプか。なら、ギルとキャサリンは攻撃に加わらずに俺やグレンダと一緒に別の行動してくれ」
「何をするんですか?」
「アタッカーが水中へ攻撃を加えたら、俺たちは全員で一気に広間を駆け抜ける。その際に、魔石の扱いに慣れている俺たちはこれを水に向かって投げながら走るんだ」
俺はバックパックから『黄土石』を取り出して見せる。
それを見て、察しの良い者たちは俺の作戦を理解したようだが、念のためこの行動の狙いを丁寧に説明しておく。
「つまり、魂術による攻撃で先手を打って魔物には回避や防御に専念してもらい、あわよくば数も減らす。そしてその隙に俺たちは広間を駆け抜けるわけだが、全員がジョゼやギルのように素早く走れるわけじゃない。そのために『黄土石』を使って大量の土を生み出し、水を埋めてしまうわけだ」
ダンジョン側もここまで先手を打たれるとは想定していないだろうから、魔物の対応も遅れるはず、かなりの時間が稼げるはずだ。
「だが、おそらくは広間の四隅にいるらしいAランクの魔物がいち早く対応してくるだろう。ギルとジョゼ、後はニックとベラ、お前たちは先頭を走って前からくる二体のAランク魔物を何としても退けろ。後衛のみんなを安全圏の階段前まで護衛するんだ」
ギル、ジョゼ、ベラの三人はそれぞれ、攻撃力、素早さ、不意打ちに特化しており、これが上手く噛み合えばたとえ相手がAランクの魔物でも対処できないだろう。
そして、もしもこの三人の攻撃を掻い潜るレベルの魔物だったとしても、ニックがいれば後衛を守れる。
無傷というのは難しいが、倒し切らなくても良いので成功確率は高いはずだ。
「そして、俺は最後尾を務め、後ろからの追撃から仲間を守る。当然後ろからも二体のAランク魔物が来るはずなので、『魔導盾』の物理障壁でシャットアウトするつもりだ」
「兄さんの盾なら、確実ですね」
「ああ。そして、ルークとアルフは側面からくるBランク魔物たちから仲間を守ってもらう」
「お、俺がBランクの魔物からみんなを……」
側面の防御を任されたアルフが一瞬にして顔色を変えた。自分がミスをした場合、後衛の誰かが死ぬかもしれないと分かったのだろう。
この作戦で一番問題なのはここなのだ。
味方を守ることに特化しているニックと俺がそれぞれ前と後ろを担当している。大抵の魔物の群れならそれで十分だが、今回は数があまりにも多いので、アルフとルークにも頼らなければならないのだ。
ルークは三層でAランクの『アーマード・クラーケン』から仲間を守った経験があるのでまだ平気そうだが、アルフはこれまでタンクとしてダンジョンで活躍した経験が無い。自分の実力に自信が持てないのだろう。
「二人ともDランクではあるが、戦闘だけで見ればCランクの中でも上位のレベルになっていると俺は思っている。このダンジョンでの戦いが、お前たちを明らかに成長させたんだ。この先に進めばBランクよりも遥かに強い魔物の攻撃を受けなければならない場面も出てくるだろう。先に進む覚悟が本当にあるのなら、たかがBランク魔物の攻撃くらい防ぎきって見せろ」
「はい!」
「は、はい!」
ルークは闘志を宿した目で力強く、アルフはやや無理やりに自分を奮い立たせたのか、多少のぎこちなさを残した状態で大きな声で返答してきた。
不安要素が無くなったわけではないが、二人ならきっとやってくれるだろう。
「俺の考えた作戦は以上だ。誰か、他に案のある者はいるか?」
誰の意見も取り入れていない俺の作戦をそのまま決行するのは危険なので、ギルやエマ、セレスやキャサリンなどの頭の回転の速い者たちの意見に期待しながら話を振ると、エマが素早く手を上げた。
「お父様、無理に奥へ進むよりも、この場で陣形を整えて水中へ攻撃。反撃に出てきた魔物を各個撃破で全滅させるまで戦った方が安全ではないですか?」
「それは俺も考えたが、あまりにも敵の数が多すぎる。一斉に出て来られて総攻撃をされたら、さすがの俺の魔導盾でも数秒しか持たないだろう。総力戦になった場合はこちらが不利なんだ」
「この場にいる全員の魔石をかき集めれば、お父様の盾はもう少し持つのでは? その間に私たちで魔物の数を減らしていけば何とかなると思います」
「ふむ。確かに、キャサリンやグレンダが持っている魔石まで使わせてもらえるのならもう少し長く耐えられるかもしれないが……」
俺がエマの意見に丁寧に答えていると、隣で話を聞いていたギルが口を開く。
「魔物の数が現状から変わらないことが前提の作戦だな」
「えっ?」
「忘れたのか? 四層では壁の奥からAランクの魔物が湧いて出てきたことを。エマはあの時、俺たちに何の警告もしなかった。つまり、あの魔物の増援に気付いていなかったんじゃないか?」
「た、確かに……あの魔物はジョーが広間に入ってダンジョンが動き出すまで気付きませんでした」
「ということは、六層であるこの広間も、同じように魔物が湧いて出てくる可能性があるということだ。もしもエマの作戦を決行して、大量の魔石を消費した後でその事に気付いた場合、続く七層と八層で使う分の魔石を温存できず、ダンジョン攻略は格段に厳しくなるだろう」
ギルはあくまでも冷静にエマの作戦を決行した場合の危険性を示しただけだが、エマはそれを聞いて自信をなくしたように下を向いた。ギルの意見が正しいと思ったのだろう。
俺はエマの肩に手を置くと、ギルに尋ねた。
「ギル、お前ならこの層をどうやって攻略する?」
「基本的には兄さんと同じような作戦で行くと思います。ダンジョンで持久戦は愚策ですから」
ギルは悪気なく言っているのだろうが、『愚策』という言葉を聞いてエマの身体がビクリと震えた。そろそろエマが泣きださないか不安だ。
俺は落ち込むエマの頭を優しく撫でながら、ギルとの会話を続ける。
「何か改善点はあるか?」
「そうですね……出来れば『霊薬瓶』をサポーターに持たせて欲しいです」
「ふむ。確かにその方が良いか――セレス」
俺は『霊薬瓶』を手に取ると、セレスに向かって投げ渡す。彼女は若干慌てつつも『霊薬瓶』をキャッチした。
「回復は頼んだぞ?」
「は、はい!」
『霊薬瓶』を使うにはそれなりの命力を消費するので、俺が持つには不向きだ。マリアの形見でもあるので所有権を放棄する気は無いが、戦闘時はセレスに持ってもらっていたほうが良いだろう。
「……兄さんのそういうところは本当に凄いと思います」
「どういうところだ?」
「遺物を簡単に手放す所ですよ。普通は他人に触らせたくないと思うものですから」
「セレスは他人ではなくパーティを組んでいる仲間だ。何の問題もない」
俺は大真面目に答えたのだが、ギルは何故か緊張を緩めて笑顔を見せた。
「さすがは兄さんです」
ギルは俺から視線を外すと、広間の奥に見える階段へと向き直った。
「そろそろ行きましょう、兄さん」
「ああ。全員、覚悟を決めろ。ここからは後戻りのできない戦いだと思え」
俺が声を上げると全員が素早く戦闘態勢を取り、多少緩んでいた空気が一気に張り詰めた。
「よし、準備は良いな? 攻撃開始だ!」




