第七話 レオスとダンジョン(中編)10
俺はギル、ルーク、アルフの三人を順番に見る。すると、ギルとルークはそれぞれ無言で頷くと自分のパーティメンバーと集まって話し合いを始めた。
アルフはソロでの参加なので相談する必要など無く、即座に意見を伝えるために俺の下へと近付いて来た。
「ランバートさん、俺の答えは決まっています」
「教えてくれ」
「もちろん、先に進みたいです」
「意外だな。お前の仲間の敵討ちは果たされたはずだが?」
「俺にはもう失うものはこの命以外にはありません。そして、もしもこのチャンスを逃したら、次にダンジョン攻略隊へ参加できる確率は途轍もなく低い。だったら、あなたとギルバートさんというトップ冒険者がいる攻略隊の一員として、命を賭けてダンジョンに挑んでみたいんです」
「そうか……お前たちはどうだ?」
俺はアルフの意志を確認し終えると、エマ、ジョゼ、セレスへと視線を移す。パーティのリーダーは俺だが、俺の意思だけでパーティの方針を決めることは出来ない。
「お父様、先にお父様の意見を聞かせてください」
「俺か? 俺は撤退した方が良いと思っている」
「どうしてですか?」
「俺たちの目的は北の探索隊へ入るための実績と経験を得ることだ。ダンジョンの五層までを攻略したというのは十分な実績だし、ここまでの戦いで得た経験値は相当なものだ。これ以上先に進むのは本来の目的からずれている上に、命の危険が大きすぎるだろう」
「……な、なるほど」
もしかすると、エマは六層に挑戦したかったのだろうか?
だがそれならば、先に俺の意見を言わせたのは失敗だろう。
俺がしっかりと理由を付けて撤退したいと言ってしまえば、エマたちは先に進みたいと言い辛くなる。
案の定、エマとセレスは黙り込んでしまった。
しかし、そこで空気を読まずに自分の意見を述べる者が一人いた。
「レオスさん、俺はもう少し頑張ってみたい」
「ジョゼ、それは好奇心からか?」
「それもあるけど……俺はレオスさんやエミー、セレスちゃん、アルフ兄ちゃん、ルカにぃたち、ギル兄ちゃんたち、みんなの力を信じているから」
「信じているだけで、ダンジョン攻略など出来ないぞ。あそこを見ろ、たとえAランク冒険者がいたとしても、ダンジョンでは奇襲やトラップによって命を奪われるんだ」
「言ったでしょ? 俺はみんなの力を信じているって。エミーがいれば魔物に奇襲されることは無い。強さも数も分かっているなら、レオスさんとギル兄ちゃんが勝てる作戦を立ててくれる。そうでしょ?」
「それは……」
俺もエマの力は信じているので、魔物の数や強さに疑いを持ってはいない。魔物の出方次第ではあるのだが、おそらくは六層を突破することは可能だろう。
だが、それ故に引き返せるのならここで引き返しておきたいのだ。
もしも六層を犠牲無く突破できてしまえば、全員の意思はダンジョン攻略へ向いてしまう。
七層、八層と攻略し、異能と遺物を持ってギルドへ帰るという意志で満ち溢れてしまうだろう。
それがダンジョンの罠なのだ。
俺は持っていた魔導盾を握る手に力を込める。
この盾も、剣も、瓶も、全て俺の物ではない。
これら三つの強力な遺物は、『ダンジョンマスター』になす術もなく殺されたオードリー、ライアン、マリアの物だ。
もしも八層にあのレベルのダンジョンマスターがいるのなら、今のうちに撤退しておきたい。
それが今も臆病風に吹かれている俺の本音だ。
「ランバートさん、私もジョゼくんに賛成です。私一人じゃ無理ですけど、ランバートさんやみんながいれば、きっと先に進めますし、私はその助けになれると思います」
「セレス……」
「もちろん、俺たちも同じ意見ですよ。兄さん」
「ギル? もう話し合いは終わったのか?」
「はい。ルークのパーティも終わったようですよ」
見ると、ルークたち四人も覚悟を決めた目でこちらを向いていた。
「ランバートさん、俺たち四人は先に進む意志を固めました。自分たちの実力不足は分かっています。けれど、長所を活かせばきっと力になれると思います」
これで先に進む派の者が過半数を超えた。
エマがクスリと笑って、少し困ったような顔で俺を見上げてくる。
「どうします、お父様。12対1ですよ?」
「ぐっ……エマも先に進みたいのか?」
「はい。お父様となら、きっと負けません」
「そうか……」
俺は目を閉じると、自分の中の恐怖と向き合った。
一瞬のうちにライアンの首を跳ね飛ばし、逆上した俺を庇ったオードリーを掴み上げて捻り殺し、俺と共に逃げようとしたマリアを刺し殺したダンジョンマスター。
こんな生命体がこの世にいるのかと戦慄し、死の寸前まで追い詰められた。
あんな化け物と二度と戦いたくはない。
そうだ。俺はダンジョンマスターと戦うのが怖かった。
それは今も変わらない。
けれど、何よりも怖かったはずのダンジョンマスターに再び挑むかもしれないと思うと、俺の心中はこれまでとは違っていた。
ただ単に、奴と戦うのが怖いという言葉では説明できない恐怖が俺の中にはあった。
俺はその恐怖を分析し、言葉へ変えて目の前の仲間たちへ伝えることにした。
「……俺は、先に進むのが怖い」
「兄さん、それは俺たちも同じです。けれど、その恐怖を乗り越えて、ダンジョンを攻略したいと思っているんです」
「ああ、分かっている。だから怖いんだ」
「えっ?」
「俺は、八層で待ち構えているであろう『ダンジョンマスター』に大切な仲間であるお前たちが殺されるのが怖いんだ」
そう口にすると、ギルは何かを察したように悲しそうな目をして下を向いた後で、力強い目付きに戻って俺を見据えた。
「俺たちがライアンさんたちのようになるのが怖いんですね」
「……そうだ」
「兄さん、失礼を承知で言わせてもらいます」
「なん――」
俺は左頬に強い衝撃を受けて突き飛ばされた。
それは、ライアンの名前を出されて目を逸らした一瞬の隙を突いた一撃。
ギルの怒りの右フックが俺の頬を直撃した衝撃だった。
「――ぐっ……ギ、ギル?」
「俺を馬鹿にするな! 兄さんは、俺を誰だと思っているんだ!」
「な、何を?」
「俺はAランク冒険者のギルバート・オルブライト。俺の実力は当時Dランクだったライアンさんよりも遥かに上だ!」
「なっ……」
「俺の見立てでは、アルフ、ルーク、ベラ、そしてジョゼも当時のライアンさんを越える命技アタッカーであり、ニックは当時の兄さんよりも強いタンクで、イライザとシドニー、それにエマはマリアさんよりも強力な魂術アタッカーだ。グレンダ、キャサリン、セレスの3人だってオードリーさんよりも優れたサポーターだって、兄さんは分かっているはずだ!」
ギルに殴られてジンジンと痛む頬を押さえながら、俺は彼の言葉に口を挟むことも出来ずに怒鳴られ続けた。
ギルの言う事は、おそらく正しい。
そうだ。
当時の俺たちなんて、Dランクに成り立ての調子に乗っていたガキじゃないか。そんな奴らと、今の俺の仲間たちを比較するなんて、それこそ過去に囚われて成長していない馬鹿のやることだ。
「そして兄さん。あなたは過去のあなたよりも、ずっと強いじゃないか!」
「ギ、ギル……」
「あなたは強い。過去のあなたより、Aランクの俺よりも。だから――」
ギルは床に座り込んでいた俺に手を差し伸べると、昔のように笑ってみせた。
「――俺たちと一緒に戦ってくれよ、レオス兄ちゃん」
後編へ続きます。
年内には完結予定です。




